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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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39.どこをほっつき歩いておったのですか

「ぐぬぬぬぬ!」

「集中しろ。ザック」

「っていってもよう! こんな激しい矢弾じゃよお!」


 ザックが必死に盾を構えながら悲鳴を上げた、その時。

 エルマは、試しにしおらしい声を背中へ向けて紡いでみた。


「ザック……お願い。私を護って」

「……!?」


 急な色仕掛けに、ザックの動きが一瞬だけ止まる。

 そして、主導権をすぐに悪鬼に戻す。


「ウオォォォォォ! こっちだ! ライカ! 左だ! 弾幕が薄い! そんな矢じゃ、このザック様はビクともしねぇぜ!」


 自暴自棄めいたザックの絶叫と的確なナビゲートに従い、馬を操って雨あられと降り注ぐ矢の隙間を縫っていく。

 そして、死線の末に、ついに最前列を走るチャリオットの一機へと肉薄した。


 護衛として並走していたエルドラドの傭兵が、眼前に迫る姿を見て目を剥く。戦場を駆ける銀髪を見たからか、それとも常軌を逸した盾との二人乗りを見たからか。

 それでも傭兵はすぐさま得物を構え、こちらの一撃を受け止めた。


「俺に二合打たせた栄誉をくれてやる」


 そう言って、返す剣を叩き込む。傭兵の身体は防具ごとあっけなく両断され、大地へと崩れ落ちていった。


「――! ――!?」


「何言ってるかわかんねーよ」


 護衛を屠り、自らの馬の鞍を蹴って、並走するチャリオットの荷台へと大きく跳躍する。

 遠距離からの狙撃しか頭になかったラビィの弓兵が、飛び込んできた銀髪を見て、未知の言語で悲鳴を上げた。だが、その声が形になるより早く、蹴りを狩人の鳩尾にめり込ませ、彼等を荷台から蹴り落とした。


「ザック! こい!」

「めちゃくちゃだぁ!」


 空になったチャリオットから手を伸ばし、自らの馬に残されていたザックの胸ぐらを掴んで、強引に荷台へと引きずり込む。


「ハッハー! こいつはいい兵器だ! いくぜぇぇぇぇ!」

「ライカ! 揺れる! めちゃくちゃ揺れる!」


 敵の機動兵器の手綱を奪い取り、狂喜の叫びを上げながら、敵陣のど真ん中へと暴走させ始めた。


「お前! やめろ! こっちは弓兵いないんだから、動けるデカブツでしかないんだぞ!」


 迫りくる矢を盾で弾きながら、ザックは必死の形相で叫ぶ。飛来する一つ一つが、盾を貫かんとするラビィの重い矢である。すでに彼の両腕は痺れきり、悲鳴を上げているのが伝わってきた。


「ごめん……なさい。ザック。調子乗りすぎたみたい」


 再度、しおらしい声で謝罪の言葉で試してみる。


「そっちのモードで謝ってもだめだ! すぐ戻れ!」

(チッ、効かねぇ)

『チッ、私はまだお母様には届かない。か』


 死の淵に立たされて開き直ったかのようなザックの叫びに、内心で舌打ちをした。


「ライカ将軍!?」

「貸せ!」


 ザックの言を聞き入れ、手綱を乱暴に引いてチャリオットを急旋回させる。自陣の方向へと反転し、すれ違いざまに驚く味方の兵士から、部隊旗を強引に引ったくった。


「フハハハハ! 連合軍の雑魚ども! 我はライカ・ローサ! 貴様等のおもちゃは頂いていくぜ!」


 大気をつんざくような高笑いを戦場に響き渡らせる。

 矢の雨が降り注ぐ中、暴走する巨大な戦車の荷台に仁王立ちとなり、奪い取った狼と薔薇の旗を、敵陣に見せつけるように大きく振り上げた。


(挑発にはのってこねぇか。日も落ちてきた。今日はこれくらいが良い塩梅だな)


 上機嫌に高笑いしていれば、やがて陽が沈み始めるころであった。

 互いの軍が、潮を引くように退いていく。





「ふむ」


 野営陣。奪い取ったチャリオットを隅々まで検分する。

 車輪同士をつなぐ金属棒。それと荷台をつなぐ箇所には両サイドに長穴が彫られており、その長穴の幅も前後左右で工夫がなされている。


 これが、左右の急転換を可能としているのだ。また、車輪には植物を煮詰めて編み込んだ繊維が巻かれており、これが緩衝材の役割を果たしている。


「ザック、ライド。うちの隊は練兵は欠かしていないよな?」

「勿論だぜ」

「おう」

「ゴミムシはいないな?」

「あ、ああ」

「おう……」

「木材でいい。この荷台の大きさを、そうだな。二倍にしろ。そして四輪だ。その分、馬も必要だがな」

「何をするつもりなんだ?」

「そうだな。私とあと数人大盾を持ってこれで突撃する。敵陣に入り込んだら降りてヤるんだよ。足には自信があるだろ?」


 その言葉を聞いた二人の顔が、(あ、次こそ俺死んだな)と引き攣るのを見て取った。

 と、近づいてくる人物を視認するや否や、悪鬼はエルマに主導権を渡す。


「ライカ殿、流石です」

「殿下こそ、巧みな用兵術でした」

「よしてよ。まだまだだよ。この緒戦はある程度の攻撃みせて耐えればいいんだから」

「ですね。迂回ルートからの本陣はおよそ四日後といったところでしょうか」

「フフン、今日の皆さんの勇姿、この大陸随一の吟遊詩人カルロが見届けましたよぉ! あ」


 吟遊詩人は不自然に言葉を途切らせ、接近してくる人物を見た。


「銀狼。なかなかの働きであった」

「じいさんもな」

「フォルテ殿下と戦術の打ち合わせをしたかったのだがな。――少し、その男を借りられるだろうか?」

「ひっ!? いやだ! いやだ!」

「よくわからんが行ってこい」

「ひぃ!? ライド殿!? ひとでなしぃ!」

「お借り申す」


 そう言って、バモンはカルロの首根っこを掴んで強引に立ち去って行った。


「なんだったんだ?」


 それが、ライカを含めたこの場にいる全員の疑問だった。


 * * *


 バモンの陣幕。そこに、老将の悲痛なまでの怒声が響き渡った。


「カルロス殿下ァァァァァァ! 何年も! 何年もどこほっつき歩いていらしたのですか!?」

「わぁ!? バモン!? やめて! やめて! 殿下って呼ばないで!」


 普段の飄々とした態度はそのままに、カルロ――ガルヴェリア帝国第五皇子カルロスは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「たまに見つけたと思ったら、何度も、何度も追手を巻いて!」

「いやぁーだってぇ、僕だって危なかったんだよ? ディーン兄様は殺されちゃうし。同じデラードの僕だって危ない身なんだから」

「そ、それは……! あれは他殺なのですか?」


 バモンの声が僅かに震えるのがわかった。第一皇子ディーンの変死。それは帝国上層部においても、あくまで急病によるものとして処理されていたはずだったからだ。


「さぁね。でも万全にするべきでしょう? だから、殿下なんて今はやめておくれ。ぼくは吟遊詩人のカルロさ。そして、フォルテを見守る義務がある。僕はお兄ちゃんだからね!」


「カルロス殿下……」


 自嘲気味に笑いながら、脳裏には、血生臭い権力闘争の渦から自分を逃がすため、身を挺して囮となったひとりの忠義なる侍女の顔が浮かんでいた。

 素性を隠し、道化を演じて放浪を続けていた自身にとって、『カルロ』という名こそが、今の己なのだ。

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