39.どこをほっつき歩いておったのですか
「ぐぬぬぬぬ!」
「集中しろ。ザック」
「っていってもよう! こんな激しい矢弾じゃよぉ!」
(小娘、ここはお前の方が効きそうだ)
ライカの瞳が、獰猛な金色から、本来の可憐な菫色へと変わる。
「ザック……お願い。私を護って」
「……!?」
(上出来だぜ)
そしてすぐさま、瞳はふたたび金色へと戻った。
「ウオォォォォォ! こっちだ! ライカ! 左だ! 弾幕が薄い! そんな矢じゃ、このザック様はビクともしねぇぜ!」
(ククク、こいつの死の嗅覚は本物なんだよ)
『悪鬼……悪党よね』
(今更すぎるぜ)
盾を構えて絶叫するザックの的確なナビゲートに従い、ライカは馬を巧みに操り、雨あられと降り注ぐ矢の隙間を縫っていく。
そして、死線の末に、ついに最前列を走るチャリオットの一機へと肉薄した。
護衛として並走していたエルドラドの傭兵が、眼前に迫る影を見て目を剥く。それは戦場を駆ける銀髪を見たからか、それとも常軌を逸した「盾との二人乗り」を見たからか。
それでも傭兵は歴戦の反射神経で得物を構え、ライカの放った凶悪な一撃をガキィッ! と受け止めた。
「俺に二合打たせた栄誉をくれてやる」
だが、傲岸不遜な悪鬼の宣告と共に放たれた返す剣で、傭兵の身体は防具ごとあっけなく両断され、大地へと崩れ落ちていった。
「――! ――!?」
「何言ってるかわかんねーよ」
護衛を一瞬で屠り、ライカは自らの馬の鞍を蹴って、並走するチャリオットの荷台へと大きく跳躍した。
遠距離からの狙撃しか頭になかったラビィの弓兵が、自らの特等席に飛び込んできた銀の化け物を見て、未知の言語で悲鳴を上げる。だが、その声が形になるより早く、ライカの容赦ない蹴りが狩人の鳩尾にめり込み、彼等を荷台から蹴り落とした。
「ザック! こい!」
「相変わらずめちゃくちゃだぁ!」
空になったチャリオットに降り立ったライカが、自らの馬に残されていたザックの胸ぐらを掴み、強引に荷台へと引きずり込む。
「ハッハー! こいつはいい兵器だ! いくぜぇぇぇぇ!」
「ライカ! 揺れる! めちゃくちゃ揺れる!」
敵の機動兵器の手綱を完全に奪い取った大悪党は、狂喜の叫びを上げながら、チャリオットを三国連合軍の陣のど真ん中へと暴走させ始めた。
「お前! やめろ! 弓兵いないんだから、ただの少し動けるデカブツでしかないんだぞ!」
迫りくる矢を盾で弾きながら、ザックは必死の形相で叫ぶ。飛来する一つ一つが、盾を貫かんとするラビィの重い矢である。すでに両腕は痺れきり、悲鳴を上げていた。
「ごめん……なさい。ザック。調子乗りすぎたみたい」
不意に、ライカの瞳が獰猛な金色から可憐な菫色へと変わり、しおらしい声で謝罪の言葉を紡いだ。
「そっちのモードで謝ってもだめだ! すぐ戻れ!」
(チッ、効かねぇか)
『チッ。私はまだお母様には届かない。か』
死の淵に立たされて完全に冷静さを取り戻した(あるいは開き直った)ザックの的確なツッコミに、悪鬼と令嬢は脳内で忌々しげに舌打ちをした。
「ライカ将軍!?」
「貸せ!」
ザックの正論をあっさりと聞き入れたライカは、手綱を乱暴に引いてチャリオットを急旋回させ、自陣の方向へと反転する。そして、すれ違いざまに驚く味方の兵士から、部隊旗を強引に引ったくった。
「フハハハハ! 連合軍の雑魚ども! 我はライカ・ローサ! 貴様等のおもちゃは頂いていくぜ!」
大気をつんざくような大悪党の高笑いが、戦場に響き渡る。
矢の雨が降り注ぐ中、暴走する巨大な戦車の荷台に仁王立ちとなったライカは、奪い取った『狼と薔薇』の旗印を、敵陣に見せつけるように大きく振り上げた。
(挑発にはのってこねぇか。日も落ちてきた。今日はこれくらいが良い塩梅だな)
上機嫌に高笑いしていれば、やがて陽が沈み始めるころであった。
そして、互いの軍が潮を引くように退いていく。
* * *
「ふむ」
野営陣。ライカは奪い取ったチャリオットを隅々まで検分する。
車輪同士をつなぐ金属棒。それと荷台をつなぐ箇所には両サイドに長穴が彫られており、その長穴の幅も前後左右で工夫がなされている。
これが、左右の急転換を可能としているのだ。また、車輪には植物を煮詰めて編み込んだ繊維が巻かれており、これが緩衝材の役割を果たしている。
「ザック、ライド。うちの隊は練兵は欠かしていないよな?」
「勿論だぜ」
「おう」
「ゴミムシはいないな?」
「あ、ああ」
「おう……」
思い出すのは、ジークデンからの帰り道のあの地獄の練兵。
「木材でいい。この荷台の大きさを、そうだな。二倍にしろ。そして四輪だ。その分、馬も必要だがな」
「何をするつもりなんだ?」
「そうだな。私とあと数人大盾を持ってこれで突撃する。敵陣に入り込んだら降りてヤるんだよ。足には自信があるだろ?」
その言葉を聞いて二人は、
(あ、次こそ俺死んだな)
と、心の中で同時に悟ったそうな。
と、ライカは近づいてくる人物を視認するや否や、スッと菫色の瞳に戻った。
「ライカ殿、流石です」
「殿下こそ、巧みな用兵術でした」
「よしてよ。まだまだだよ。この緒戦はある程度の攻撃みせて耐えればいいんだから」
「ですね。迂回ルートからの本陣はおよそ四日後といったところでしょうか」
「フフン、今日の皆さんの勇姿、この大陸随一の吟遊詩人カルロが見届けましたよぉ! あ」
吟遊詩人は不自然に言葉を途切らせ、接近してくる人物を見た。
「銀狼。なかなかの働きであった」
「じいさんもな」
「フォルテ殿下と戦術の打ち合わせをしたかったのだがな。――少し、その男を借りられるだろうか?」
「ひっ!? いやだ! いやだ!」
「よくわからんが行ってこい」
「ひぃ!? ライド殿!? ひとでなしぃ!」
「お借り申す」
そう言って、バモンはカルロの首根っこを掴んで強引に立ち去って行った。
「なんだったんだ?」
それが、この場にいる全員の疑問だった。
* * *
バモンの陣幕。そこに、老将の悲痛なまでの怒声が響き渡った。
「カルロス殿下ァァァァァァ! 何年も! 何年もどこほっつき歩いていらしたのですか!?」
「わぁ!? バモン!? やめて! やめて! 殿下って呼ばないで!」
普段の飄々とした態度はそのままに、カルロ――いや、ガルヴェリア帝国第五皇子『カルロス・デラード・ガルヴェリア』は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「たまに見つけたと思ったら、何度も、何度も追手を巻いて!」
「いやぁーだってぇ、僕だって危なかったんだよ? ディーン兄様は殺されちゃうし。同じデラードの僕だって危ない身なんだから」
「そ、それは……! あれは他殺なのですか?」
バモンの声が僅かに震える。第一皇子ディーンの変死。それは帝国上層部においても、あくまで急病によるものとして処理されていたはずだった。
「さぁね。でも万全にするべきでしょう? だから、殿下なんて今はやめておくれ。ぼくは吟遊詩人のカルロさ。そして、フォルテを見守る義務がある。僕はお兄ちゃんだからね!」
「カルロス殿下……」
自嘲気味に笑うカルロスの脳裏には、血生臭い権力闘争の渦から彼を逃がすため、身を挺して囮となったひとりの忠義なる侍女の顔が浮かんでいた。
素性を隠し、道化を演じて放浪を続けていた彼にとって、『カルロ』という名こそが、今の己なのだ。




