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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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32.炎の劇場で戦士の魂は踊らされる

 翌日。

 皇宮デズロードの最奥に位置する軍事試験施設にて、帝国の中核を担う将軍たちが一堂に会していた。


 重苦しい静寂が支配する石造りの空間。その居並ぶ将軍たちの前に、此度の防衛戦の鍵を握る二人の男が進み出る。バモン・ドーラ将軍が彼等を紹介する。


「――改めて紹介しよう。新兵器『火弾槍』の開発者にして部隊の指揮を執る、レゼン将軍。そして、その運用を補佐するボーラ将軍である。ボーラ将軍は基本外にいるのでな。初対面も多いだろう」


 一人は、黒髪に色白の肌をした男、レゼン。

 神経質そうな細身の体を軍服に包み、その口元には常に他者を見下すような不遜な笑みを浮かべている。


 もう一人は、巨躯に白髪と見事な髭を蓄えた眼帯の男、ボーラ。

 歴戦の猛者のような重圧を放ち、腕を組んで傲然と前方を見据えている。


『レゼン……。こいつが、ベルン家を焼き払った火弾槍の開発者……!』

(間違いねぇ。あの不快な笑み……レゼンはリヒトの野郎だ。……そして、ボーラ……! ……! ……ゼノン!!)


 精神の奥底で、悪鬼の魂が驚愕に大きく震えた。


 ――かつての大盗賊団、ゼノン一家。

 大陸を震え上がらせたその悪党の頭領ゼノン本人が、身分と名を変え、帝国将軍ボーラとしてそこに立っていたのである。


(ハッ、やっぱりそういうことかよ! こいつら、俺たち一家の首を手土産に帝国に寝返りやがったな……!!)


 怒り。そして、腹の底から湧き上がるおぞましいほどの殺意。

 自分を裏切り、帝国に売り渡した二人の張本人が、最高位の将軍として並び立っている。

 かつて彼らに使い捨てられた悪鬼バルバロッサは、静かな令嬢の皮を被ったまま、黄金の双眸の奥底で獰猛に嗤った。


(完璧だぜ。ああ、完璧さ。だがな、何のバグだかわからねぇが、俺はここにいる。ククク、緩み切った顔してやがるぜ)

『悪鬼。あいつらは』

(ああ、ユベールと並ぶ、お前の宿敵さ。だがな、殺気は出すなよ。ここじゃねぇ)

「この度、大戦に用いる最新兵器の名前は『火弾槍』。ああ、夢物語のような兵器ではなく実地検証済みでありますので、その辺はご理解いただきたい」


 そう言って、レゼンは火弾槍をボーラに手渡す。

 ボーラは巨躯に似合わぬ手慣れた動作で、槍のようにそれを振り回した後、遠くの的に照準を合わせて手元のスイッチを押した。


 ――空気を震わせる轟音と共に、紅蓮の火球が放たれ、厚い的を跡形もなく吹き飛ばした。


「おおっ……!?」


 あまりの威力に、居並ぶ将軍たちからどよめきが上がる。

 だが、その光景を直視した瞬間。エルマの頭は真っ白になっていた。


『あぁ……! アレだ。見間違うことはない! あれだ! お父様! お父様ぁッ!』

(……しばらく代わってろ)


 炎の記憶に焼かれ、パニックに陥るエルマの意識を精神の奥底へと沈め、悪鬼が強制的に肉体の主導権を握る。

 もし今のままのエルマがいれば、狂乱して殺気を撒き散らしていただろう。だが、瞬時に表層へ出たバルバロッサは、令嬢の貌に冷徹な戦士の仮面を被せ、微動だにせずその様を見据えていた。


「実地訓練ではまぁ、その辺の傭兵レベルなら圧倒できる威力でした、と報告いたしましょう。なんでしたっけね。あぁ……『黒曜の牙』とかいう、古い傭兵団ですな」


「なんと!? あの『黒曜の牙』を!」


 レゼンの不遜な言葉に、思わず驚愕の声を上げたのはダルトン将軍であった。


『何が圧倒だ! 皆は! 勇敢に立ち向かってお前らの軍にも多大な損害を出したじゃないか! 撤退したんだろ! 訂正しろ! 訂正しろ! 皆は誇り高き戦士なんだッ!』


 魂の牢獄で叫ぶエルマの脳裏に、かつての誇り高き光景が鮮明に蘇る。

 ――『黒曜の牙』の剣儀。

 戦士は腰の長剣を抜き放ち、一度その切先を下げる。そこから、刃を下から水平に鋭く切り上げ、流れるような動作で手首を返し、そのまま反対方向へと水平に空を薙ぐ。

 そして最後に、柄を両手で力強く握り込み、刃を垂直にして胸の前に高く掲げるのだ。

 それは傭兵団『黒曜の牙』に伝わる、命を懸ける死地に向かう前の神聖な剣礼。


『――我は黒曜の牙が戦士の一人、エルマ・ベルン……』


「これの動力源はどこかと言いますと、筒の中に入れております、えー、これですね。火の魔石とでも呼びましょうか。ゼーレの技術を少し拝借させていただきました。これが濡れてしまうと機能しませんので御注意ください」


 魂の奥底でエルマが血の涙を流して絶叫する中、レゼンは得意気に説明をつづける。そして、取り出して見せたのは、一つの赤い石。

 それは、まるで生き物の鼓動のように怪しい光を放ち、明滅している。


『アレクおじさん! フィンおばさん! ロッシおじいさん! ファナ……おねえちゃん……ダイナ……ッ! うう……うぅ……』


「さて、ではこの魔石をどのように精製しているかという話になりますな? ……こちらをご覧ください」


 レゼンの合図と共に、部屋の奥に掛けられていた巨大なベールが引かれる。

 その瞬間。ライカの双眸が、限界まで見開かれた。


 (こいつぁ、悪趣味だな)


「こいつはかつて大陸中を恐怖に陥れた悪鬼でした。帝国の秘宝によって、このように生命維持を行いながら拘束しているのですよ。便利なものですな。この秘宝はあらゆる外乱を防いでくれる」


 そこにあったのは、見間違うはずのないもの。なぜなら――


(俺じゃねぇか)


 何本もの禍々しい管に身体を繋がれ、動力源として宙に磔にされている屈強な男の肉体。その接続先にある黒い石が、男から吸い上げた生命力によって、徐々に赤色へと発光していく。


「どうしようもない大悪党ですが、身に秘めたエネルギーは一流でしてな。こうして有効活用させてもらっているのですよ」


 生ける屍となったかつての戦友を背に、レゼンは醜悪な笑みを深めたのだった。


(ハハ、フハハハハハ! ハハハハハハハ!)

『あ、あくとう……?』

(分かりやすいぜ! ああ、シンプルだ! ものすげぇ綺麗じゃねぇか! 間違いない! 間違いなくあいつらは、文句なしの『敵』だ!)


 絶望に呑まれかけていたエルマの精神を揺るがすほどの、爆発的な歓喜と狂笑。

 怒りすら通り越し、極限の殺意を芸術のように研ぎ澄ませた悪鬼は、泣き崩れる令嬢へ向けて、獰猛な牙を剥き出しにして嗤った。


(フハハハハハ! 何を迷うことがある小娘! あいつらを殺すぞ! だが、ただで殺すんじゃねぇ! 絶望と恐怖を最大限に味わわせて……生かすのさ! それは『魂の死』だ! フハハハハハ! 楽しみだな!)


 かくして、身の毛のよだつような兵器の披露目は終わった。

 将軍たちの反応は三者三様だった。外道な製法に汚い物を見るような侮蔑の視線を向ける者。新兵器の異常な威力にただ感心する者。そして――絶対に殺すと、内なる狂気を燃やす者。

 ほどなくして説明会は解散となり、各々は帰路に就いたのだった。


 * * *


「お、ライカ。どうだ……って、どうしたんだよ」


 控室で待機していたザックは、戻ってきた上官の顔を見て息を呑んだ。

 付き合いの長いザックですら見たこともない、ひどく悲しげな表情。その美しい顔には、かすかに涙の跡が張り付いているようにも見えた。

 表層の意識に浮上したエルマは、極限の精神的疲労でもはや立っているのもやっとの状態だった。


「なんだ? 誇りでも傷つけられたのか? ……あ、いや、なんでもねぇ。ゆっくり休めよ。軍のことは俺がやっておくからよ」


 多くを語ろうとしない彼女の纏う空気を察し、ザックはそれ以上踏み込むことなく、不器用に気遣いの言葉を投げる。


「……ザック。ありがとう」


 今にも消え入りそうな声で、ライカはポツリとそう呟くのだった。

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