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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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31.貴様は殺す

 大陸歴一四五三年、英知の神メトスの季節。

 それは戦神ドラグがもたらした戦場の熱を、英知の力で徐々に冷ましていく時期。そして、すべての生命を一度ゼロにすると言われるアスタロトの季節へと繋ぐ、静寂で重要な季節である。


 前年のドラグの季節に、遊撃軍総司令直属の将軍に任ぜられたライカ・ローサは、その後も鬼神の如き働きで次々と武勲を重ねていた。今や帝都において、『銀狼』ライカ将軍を筆頭とする『狼と薔薇の軍』の名を知らぬ者はいない。


 周辺諸国は、その名を聞くだけで震え上がっていた。

 戦場において、敵本陣に『冠のない青獅子』の旗が確認された時。それはすなわち、最前線に『狼と薔薇』の部隊旗が、避けられぬ死と恐怖の象徴としてはためいていることを意味するからだ。


 そして今日もまた一つ、苛烈な任務を完遂した『狼と薔薇の軍』は、帝都の大通りを華々しく凱旋していた。


「キャアアアアッ! ライカ将軍ー!」

「遊撃軍万歳! 狼と薔薇万歳!!」


 かつては馬上でガチガチに緊張していたライドもザックも、今や手慣れた様子で、沿道の歓声ににこやかに手を振り返している。


「いやー、生活がなぁ。すっかり良くなっちまって。俺なんか今や『準貴族』だぞ? なぁ、ザック副官よォ」

「ハッハッハッ、ライド副官よ。そりゃあ、俺たちは無敵の『狼と薔薇の軍』だからな。当たり前じゃねぇか?」

「準貴族だってよ」

「副官っつって」

「ハーハッハッハッ!」

「フハハハハ!」


 すっかり板についた立派な軍服とマントを翻し、元傭兵団の二人は上機嫌に笑い合うのだった。


 * * *


 帝都の路地裏にある、傭兵団時代の行きつけの酒場『鷹のくちばし亭』。

 華々しい『狼と薔薇の軍』へと出世してからも、古参の傭兵団である面々は変わらずここを貸し切りにして打ち上げを行っていた。


「おうザック! 今日も良い飲みっぷりだな!」

「さぁ飲め飲め! 準貴族様の奢りだぞォ!」


 どんちゃん騒ぎが響き渡る中。

 その奥の席で、ライカは一人静かに酒を煽っていた。


『最近、服がきつくなってきた……』

(いいじゃねぇか。更に女になってきたんだよ。害虫避けも令嬢の嗜みだぜ?)

『わかっている……が、戦場では邪魔なだけだ……』

(そうとも限らねぇ。戦場は相変わらず男社会だ。男ってのは下半身に弱えぇ。いくらお上品ぶってようが野蛮だろうが、そこは同じだ。――いいか? それはよ、立派な『武器』になるんだ。そら、去年の西部戦線でも充分にいけただろ?)

『あんな真似ごめんだ』

(割り切れよ。好き嫌いできるのはお姫様だけだぜ。ハッ、違えるな。お前の力じゃねぇ。この俺の戦果だ)

『チッ、わかっている』


 脳内で響く悪鬼の合理的すぎる下劣な声に、ライカは小さく溜め息をついた。

 最近、鏡を見るたびに思う。少しだけ残っていたあどけなさも消え、日に日に女性らしい丸みを帯びてきたこの身体。

 もしこの髪色が銀でなく、目つきの鋭さがなければ――成長した彼女の姿は、今は亡き母アデレータに酷似してきていた。


 ――母様。


 グラスの底を見つめ、復讐の炎を静かに燃やす彼女の耳に、聞き慣れた声が届いた。


「よぉ。相変わらずガラの悪い酒場だな、ここは」


「――全員、起立」


 ライカの短く鋭い号令で、先ほどまでどんちゃん騒ぎをしていた傭兵たちの空気が一変する。全員が即座に立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼を捧げた。

 路地裏の薄暗い酒場に姿を現したのは、ファラリス・ゾーラ・ガルヴェリア。帝国の第三皇子その人である。


「良い。楽にしろ。今回も大活躍だったと聞いたぜ」

「いつも通りです」


 ファラリスの鷹揚な言葉にも、ライカは表情一つ変えずに答える。


「相変わらず、危ない容姿ツラしてんな。貴族共が騒ぐのも無理はない。……そうだ、フォルテはどうした?」

「御自宅で書物を読んでおいでです」

「そうか。じゃあ、ライカ将軍でもいいか。よく聞け。最近、大陸がきな臭いんだ」


 ファラリスは勝手に椅子を引き、出されたグラスの酒を傾けながら、なんとなしに言い放った。


「なかなか旨い酒をだすな。ラビィ王国、トラキア国、エルドラド自由国家が手を組んで、帝国に攻め入ってくるって話だ。裏では神聖アスタロッテ、魔導国家ゼーレがそれぞれ糸を引いているという諜報からの知らせだな」

「なんだと!?」


 ザックをはじめ、団員たちが思わず叫び声を上げる。


「本当だとしたら、大戦だ。西部は去年ある程度抑えてあるからすぐには出てこないだろうが、油断はできん。さらにアズガルドの向こう側だが、アスタロッテが噛んでるとしたら、あのオルディスがアスタロッテを経由して攻めてきかねない」


「すべてが総力で来た場合の、我が国の勝率はどうお考えですか?」


 ライカの冷徹な問いに、第三皇子はふっと鼻で笑った。


「そんなもんは分からん。だが、負けるつもりはない。……ただ、此度の防衛戦、鍵を握るのはレゼン将軍の『火弾槍』だな」


 ――ピキッ。

 ライカの持っていたグラスに、微かな亀裂が走った。


『火弾槍……! レゼン! そいつがベルンを!』

(馬鹿娘、殺気を漏らすな。抑えろ)

『分かっている……分かっている……!』


 表向きは無表情を貫きながらも、精神世界で激昂するエルマの感情を、バルバロッサは力尽くで押さえつける。

 だが、その悪鬼の口角もまた、凶悪な弧を描いて吊り上がっていた。


(レゼン、か。あの『火弾槍』の運用、ここ最近の実績とやり口。そして、論功行賞で見かけたあのツラ。……間違いない。あいつはリヒトの野郎だ。戦士たるものやられたらやり返さねぇとな)


 ベルン家を焼き払った帝国将軍レゼン。

 バルバロッサを使い捨ての駒にした裏切り者リヒト。


 二つの復讐の標的が、完全に一つに重なり合った瞬間だった。


「で、だ。そのレゼン将軍の開発した火弾槍。そいつの運用はまぁ、中央本軍がするんだが、性能と実物は将軍クラスなら知っておかねばなるまい。というわけで、明日デズロードに来るように。……おお、なかなかの綺麗処じゃないか。どうだ? 側室に」


 酒と食事を持ってきたファムとピリカに、飄々と声をかけるファラリス。


「おうおう! 皇族だろうがファムちゃんとピリカちゃんは渡さねぇぞ!」

「ほう、不敬だぞ。面白い」

「ファラリス・ゾーラ・ガルヴェリア! 飲み比べだこらァ!」

「良いぞ! 戦士ザック! 受けて立つ!」

「いいぞザック! 男を見せてやれ!」


『レゼン……! 貴様は、必ず殺す……!』

(ハッ、こいつは競争になりそうだな)


 そうして、狂騒と殺意の入り混じる帝都の夜は更けていった。

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