30.第三皇子の意趣返し
――帝都への凱旋。
大通りを埋め尽くす民衆から割れんばかりの歓声が送られる中、慣れない熱狂にザックは馬上でガチガチになっていた。
「ザック、お前、馬から落ちそうだぜ……」
「お、お前もだぜライド……」
特別に狼と薔薇のマントを纏った二人は、引き攣った顔で前方に視線を向ける。
視線の先では、ライカが白銀の剣を優雅に掲げ、涼やかな笑みを浮かべて民衆の歓声に応えていた。その容姿の良さも相まって、ひときわ彼女に熱狂的な声が贈られている。
「あぁ、なんて凛々しくも美しい……ライカ様ぁ!」
きゃあきゃあと、若い女性たちの黄色い声が飛び交う。
「中身知ってたら、絶対言えねぇ言葉だよな」
「ああ……」
美しさは認めよう。しかしながら、戦場での彼女はまるで血に飢えた獣だ。
ライドは笑いながら敵を有象無象に屠り、強奪した酒で上機嫌に剣舞を踊っていたあのボスの姿を思い出し、味方ながらブルッと身震いした。
熱狂のパレードは凱旋門を抜け、やがて広大な皇宮前広場へと至る。
そこで軍の正式な解散式が行われ、長いと思いきやあっけない勝利に終わった西部戦線の遠征は、ひとまずの幕を下ろしたのだった。
* * *
場面は変わり、帝都の一角。
フォルテは第四皇子であるベルベットの別邸を訪れ、ファラリスから預かった書簡を差し出していた。
「此度はえらく活躍したそうだな。ダイタスとして誇らしいぞ」
書類を受け取りながら、ベルベットは上機嫌に頷く。
(あれ?)
と、拍子抜けした。彼からいつになく優しい眼差しを向けられたからだ。
――そうか。僕が武で結果を出したからだ。
単純な人だ、と心の中で密かに笑う。
「兄上、これを。ファラリス兄様から預かりました。ライカ・ローサの隊を、私の直属軍とするための正式な書状です」
「ほう? ファラリス兄上が、お前の私兵を正規軍として認めたと」
ベルベットは鷹揚に頷きながら恭しく封を切り、その内容に目を通した。
だが、次の瞬間。彼の冷静な顔から血の気が引き、書状を持つ手がガタガタと震え始める。
「……ッ!? ふぉ、フォルテ。これは、本気で言っているのか……?」
「兄様の書いたものだから、間違いないと思います」
目を見開き、額に脂汗を浮かべる兄の姿に、不思議そうに首を傾げる。
(たかが私兵が千人将に組み込まれるだけで、やけに大袈裟な反応だな……でも千人将だもんな)
そう思いながらも、コクリと頷いた。
「ば、馬鹿な! いくらなんでもあのファラリス兄上が、これほどの特例を……いや、だがこの署名は間違いなく本物……!」
ブツブツと譫言のように呟きながら、ベルベットは頭を抱えた。
「わ、わかった。直ちに、軍部への手続きを進めよう……」
先ほどまでの余裕は消え失せ、第四皇子はふらつく足取りで執務室の奥へと消えていった。
* * *
そして数日後。帝都の皇宮にて、論功行賞の場が設けられた。
煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちが、皇族としての正装に身を包み堂々と立つフォルテと、その傍らに控える平服姿の部下達を、ヒソヒソと嘲りの混じった目で見下ろしている。
神聖な儀式の場には相応しくない、質素な出立ち。身分がわかるというものだ。といった声も聞こえてくる。
だが、そんな嘲笑など痛くも痒くもない。
むしろ、ただの平服であるにも関わらず、周囲の着飾ったどの貴族よりも煌びやかで美しく見えてしまう彼女の――ライカの容姿が、彼らの嫉妬を煽っているのが手に取るようにわかった。
せいぜい、野盗崩れが少し活躍したからといって調子に乗っているのだろう。
出来損ないの第六皇子にはお似合いだ。
貴族たちの顔には、そう書いてある。フォルテ自身でさえ、今日は千人将の叙勲が行われるだけだと思っていた。
だが、軍部の高官が高らかに読み上げた戦功は、場内の空気を一瞬で凍りつかせた。
「――西部戦線における多大なる戦功を賞し、第三皇子ファラリス・ゾーラ・ガルヴェリアの名の下に、特例をもって新たな部隊の設立を認める! 第六皇子フォルテ殿下を、新設『遊撃総司令』に任命!!」
「えっ……!?」
思わず素っ頓狂な声を上げ、貴族たちの嘲笑がピタリと止まる。だが、高官の言葉はまだ終わっていなかった。
「並びに! その直属の剣として、遊撃軍の指揮を執る長として……ライカ・ローサ『将軍』を推挙する!! 前へ!!」
「…………は?」
広間が、水を打ったような静寂に包まれる。
「遊撃、総司令……!?」
「それに、平民の女がいきなり将軍!? ば、馬鹿な! 帝国の歴史上あり得ん!!」
「千人将の手続きではなかったのか!?」
貴族たちの顔面が怒りと驚愕で蒼白に染まるのが見えた。後方では、ザックとライドも目玉が飛び出るほど驚愕して固まっている。そして侍女たちは、壇上に立つライカへうっとりとした視線を送ってきている。
あの書状の内容は、単なる千人将への任命ではない。ファラリスの手回しによる【皇子の総司令就任】と【平民の将軍への飛び級】という、帝国の常識を破壊する特大の爆弾だったのだ。
ざわめきと怒号が渦巻く皇宮のど真ん中で。
当然だと言わんばかりに、ライカは自然と口角が吊り上がった。
(こいつは流石の俺も予想外だ。あの小童、やりやがったな)
第三皇子のしてやったりの顔が思い浮かぶ。
『将……軍……?』
(将軍だ。帝国の将軍だな。てことは、大陸でも指折りの将になったわけだ。ハッ、あの手下どもはその精鋭部隊になるわけだな)
内で歓喜の声を上げる中、ザックとライドはいまだに硬直から抜け出せずにいた。
大陸歴一四五二年、ドラグの季節。
第六皇子フォルテ、帝国軍遊撃総司令に就任。その直属として、砂塵の傭兵団団長ライカ・ローサが将軍に任ぜられた。ライカ・ローサ配下には副官として、ザック・ローおよびライドの二名が任じられた。
ここでライカ・ローサの名は、初めて帝国の歴史に深く、そして鮮烈に刻まれることとなったのである。
――しかし。
歴史の表舞台に名が刻まれたその瞬間。華やかな壇上で並び立つ帝国将軍たちの顔ぶれを見渡し、ひっそりと獲物を見定めていた。
(ハッ……そんなところにいたのかよ。……そういうことか。俺はここにいる。居る以上、落とし前はつけさせてもらうぜ)
居並ぶ将軍たちの中に、昔馴染みの顔を二名ほど見つけていたのであった。




