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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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28.チェイサーはいかがですか?

 一方その頃、主戦場。

 フォルテが指揮する八百の遊撃隊は、両軍が激突する【中央戦線のやや後方】――戦場全体を見渡せる扇の要の位置に陣取っていた。

 彼らの役割は明確だ。ザックの隊を『陽動』として走らせ、ライドの隊を『火力』として運用する。そして、友軍が劣勢に陥っている箇所を見つければ、即座にそこへ急行し、戦線の崩壊を防ぐというものだった。


「うちのボスは、今度はなにをやらかすのかね!」


 敵部隊の横っ腹を叩き、見事な陽動を終えて後退してきたザックと、すれ違いざまにライドが笑いながら零す。


「まーた、悪辣な手だよ! あいつのよく言う『綺麗』ってやつだよ!」


 息を切らしながらもニヤリと笑うザックの言葉に、ライドも獰猛に口角を上げた。その直後、後方から凛とした声が戦場に響き渡る。


「ザック隊、そのままもう少し下がって! ライド隊、いくよ! 突撃陣形だ!」


 フォルテの的確で淀みない号令。

 それに応え、ライド率いる騎馬の部隊が、ザックたちが釣り出した敵の隙間へと、怒涛の勢いで雪崩れ込んでいく。見事な連携だ。


(……それにしても、こうも変わるかね)

 ザックは後方に下がり、息を整えながら、馬上から鋭い視線で盤面を支配するフォルテの姿を見上げた。

 数日前までの無力な皇子の面影は、もうどこにもない。

(これも、ライカの影響なんだよな……)


 あの金色の瞳を持つ、理不尽で強引なバケモノ。

 彼女が放つ圧倒的な覇気が、皇子も、自分たち傭兵も、すべてを暴力的に引き上げている。

 ザックは小さく首を振って溜息まじりに、再び剣を構え直した。


 * * *


「――敵軍後方! 黒煙が上がっています!!」

「ハッハッ! 何言ってるんだ? ……おい。何言ってるんだ?」


 本陣から戦場を見下ろしていたファラリスは、伝令の言葉に思わず聞き返した。だが、確かに敵の背後から黒々とした煙が立ち上っている。配置のセオリーからして、敵の兵糧庫と見て間違いなさそうだ。


 誰がやった? いや、決まっている。

 自分の軍の中に、これほど神速でふざけた手品をやってのけるような狂人はいない。であれば、誰の仕業かは明白だった。


「全軍、敵軍に向け『くの字(包囲)』の陣形を作り、進軍せよッ!!」

 歴戦の猛将は、この好機を絶対に逃さなかった。

「敵は背後を絶たれ、混乱の最中にある! このまま一気に飲み込むぞ!!」


 * * *


「ククク……弓兵、構え。燃えたらよう、水分が恋しくなるんだよな」


 一方、奇襲を終えた別働隊。

 ライカは川の対岸に陣取り、金色の瞳を獰猛に細めていた。

 彼女の視線の先には、炎上する兵站から火を消すため、あるいは煙に巻かれて喉を潤すために、慌てて水辺へと駆け寄ってくる敵兵たちの姿があった。川を堰き止めたことで水場が遠くなり、彼らは無防備にも泥だらけの川底へと深く足を踏み入れてくる。


「――放て」


 冷徹な号令と共に、対岸から容赦のない矢の雨が降り注いだ。

 水を求めてきた敵兵たちが、次々とハリネズミのように泥水の中へ倒れ伏していく。


「そうだ。上流へ徐々に後退しながら、なるべく敵を減らすんだ」


 ジリジリと上流に向けて後退する。敵兵がまばらにやってくる。どいつも必死で、こちらに気が付くこともなく死んでいく。

 こちらも余裕などではない。少しでも軍の本隊が来てしまえば、二百人の少数などすぐに潰されてしまう。敵陣の背後で孤立していることには変わりないのだ。


 だが、ライカ・ローサは大胆不敵に獰猛な笑みを浮かべていた。


「野郎共、くるぜ。川から離れろ」

 

 銀色がそう言うと、上流から地鳴りのような大きな音が聞こえてきた。


「フハハハハ! 飲み込めや飲み込め! お前らの欲しがった大量の水だぜ!」


 それは即席の堰が崩壊してできた鉄砲水。その荒れ狂う流れの勢いで、対岸は完全に分断された。


「俺からのチェイサーのプレゼントだ。じゃあな」


 銀色はそう言って、ゆったりと上流へと後退していくのであった。


『……』


 ふと、その瞳が本来の『菫色』に戻る。

 ライカ(エルマ)は後退しながらも懐からペーパーナイフを取り出し、ジッと見つめた。

 それは、亡き父ガルム・ベルンが、娘エルマ・ベルンのために毎日研いでくれていたペーパーナイフだ。エルマにとって、それは失われた平穏な日々の象徴であった。

 背後で燃え盛る敵の兵站と、濁流に流されていく敵兵の断末魔を一瞥し、前を向く。


『もう既に……バルデやカインズなんかとは比にならないような、悪人になってしまった。あんなにも恐ろしかった鼻を衝く血の匂いに、いまは何も感じない。私は、何者になろうとしているのだろうか』

(あ? あの豚どもなら、悪人にすら入らねぇだろうが。感傷に浸ってねぇで、とっとと行くぞ馬鹿娘)

『……わかっている』


 精神の奥底で響く、悪鬼の乱暴な言葉。

 エルマはペーパーナイフをそっと懐にしまい込むと、己の血塗られた覇道を突き進むため、再び戦場へと歩みを進めた。


 * * *


「っ!? 左右陣の動きが変わった! 包囲陣形を取ろうとしているんだ! ライド! ザック! 集まれ! 皆、合わせるよ!」

 

 一方、主戦場。味方の本隊が『くの字』に展開し始めたのを察知するや否や、フォルテは即座に遊撃隊を呼び戻した。

 あの金色の瞳が、敵の背後を見事に崩したのだ。ならば、自分たちがやるべきことは一つ。


「皆! ありったけの旗を掲げよ! 第六皇子フォルテと、ライカ・ローサの軍は、ガルヴェリア最速であることを知らしめるんだ!」


 冠のない青獅子の旗が、戦場にいくつも乱立する。

 フォルテが力強く手綱を引き、誰よりも先に馬を駆け出させる。

 そこへ、左右から猛然と並び立ってきた二騎の馬があった。


「殿下! 一人でいいとこ持ってくなんて、やらせねぇですよ!」

「抜け駆けったぁ、感心しないですね!」


 ザックとライドだ。彼らの背中には、昨日ライカから手渡されたばかりの『狼と薔薇』のマントが誇らしげに翻っている。


「ザック! ライド! 競争だ!」


 無力だった皇子の顔に、年相応の、だが何よりも不敵な少年の笑みが浮かぶ。

 身分の壁などそこにはない。血と泥に塗れた戦場のど真ん中で、ザックとライドもまた、限界まで口角を上げて嗤い返した。


「言いましたね!」

「上等だ!」


 三人は顔を見合わせ、腹の底から楽しげに笑い声を上げた。

 敵軍の断末魔が響く盤面を、彼らはまるで悪ガキが野を駆けるように、笑顔を咲かせて疾走していく。

 

 その後、ベール・ディーズの連合軍は後退を徹底することにより、辛くも完全包囲だけは逃れたが、甚大な被害を出した。


 ――そして、その夜。

 命からがら撤退した連合軍の陣営では、焼け残ったわずかな物資で腹を満たした直後、指揮官クラスの謎の死が相次ぎ、その指揮系統は完全に崩壊することになる。

 すべては、あの金色の悪鬼の掌の上であった。

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