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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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25.ロールプレイ

「ちっ! あのバカ! また背中がガラ空きなんだよ!」


 俺は必死に剣を振り回し、狂ったように敵陣を屠っていくライカの後ろを守る。

 あいつは決まって、戦いが終わると平然とした顔で俺にこう言うんだ。

『ザック、いつもありがとう』

 ――本当に、たまったもんじゃねぇ。なまじ、いい女だから困ったもんだ。


 ライドのように大剣をぶん回してみたことがある。だが、俺の身体には合わなかった。

 ライカのように苛烈な手を何個も用意しようと試行錯誤したこともあった。が、どれもお遊びで終わった。結局、俺は俺なのだ。


「凡人がよォ! 天才に追いつくには、死に物狂いで喰らいつくしかねぇんだよ!!」


 迫り来る連合軍の歩兵の刃を弾き返し、俺は血を吐くように叫んだ。


「俺だって意地がある! あんなイカレた女とコンビ組まされた身としては、意地でも死んでたまるかよ!」


「ザック! ボスがいつもの『鼓舞』を始めたぞ! 流れが変わる!」


 血まみれで隣に並び立ったライドが、狂乱の渦の中心を指差して叫んだ。

 見れば、ライカの煽りに乗せられた帝国兵たちが、完全に痛覚を忘れた狂戦士バーサーカーと化し、雪崩のように敵陣へと突っ込んでいくところだった。


「ザック、見ろ。あっちに敵将だ。鎧の装飾からして、百人将ってところか?」

「……ライカなら、言うな」

「ああ。『殺せ』ってな」


 血飛沫の中で、俺とライドはニヤリと好戦的な笑みを共有する。


「あいつの後ろはもう平気だ。狂った信者どもが勝手に肉の壁になる。……俺たちは、行くしかねぇよな?」

「ああ。うちのイカレたボスに栄光を、な」


 俺とライドは狂戦士の波から離脱し、乱戦の奥で指示を飛ばす敵将の懐へと躍り出た。


「おら、田舎国のお偉いさんよ! ちょっと相手しろや! このザック様が、あー……とりあえず倒す!」

「お前がボスになれる日は遠いな」

「うるせぇよ!」


 背後からのライドの呆れたツッコミに悪態をつきながら、俺は剣を構えた。

 敵将の周りには、五人の精鋭が護衛として侍っている。対するこちらは俺とライドの二人だけ。普通に考えれば、圧倒的に不利な盤面だ。

 だが――俺の最大の強みは『嗅覚』だ。


「ライド! 右に四歩!」

「おう!」


 俺の叫びと同時にライドが右へ跳躍した、まさにその直後。彼が先ほどまでいた空間を、見えない死角から放たれた敵の槍が鋭く突き刺した。


 ジリジリと鼻腔を焦がす、濃密な死の香り。

 違えてはいけない。戦場の匂いを、殺意の矛先を、正確に嗅ぎ分けろ。経験? 感覚? 違う、生存本能だ。絶対に死なないという執念だ。


 俺は敵の刃を紙一重で避けつつ、あえて一人には当てる気のないフェイントの剣戟をお見舞いする。思わず体勢を崩し、俺へ反撃しようと踏み込んできた相手の横っ腹へ――ライドの豪剣が容赦なく薙ぎ払われた。


「ギャァァァッ!」


 護衛の一人が、分厚い鎧ごと胴体を真っ二つにされて血の海に沈む。

 残る護衛は四人。だが、こいつらを俺たちで全員殲滅する必要はない。

 俺とライドは視線を交わすこともなく、阿吽の呼吸で左右に大きく飛び退き、敵将へと続く中央の射線を完全に空けた。


「バッチリだぜ! ザァァック!!」


 呼応する声。直後、俺たちの背後から飛来したライカの投擲槍が、がら空きになった一直線の射線を猛スピードで駆け抜け――悲鳴を上げる間も与えず、敵の百人将の脳髄を見事に貫き飛ばした。


 これで、砂塵の傭兵団は更なる金星(実績)を上げたことになる。

 個の強さだけが戦場じゃねぇ。

 守る者、配る者、陽動する者、殲滅する者。

 個々の強みを理解し、それぞれの役割を全うする連携ロールプレイが発揮されてこそ、初めて強い軍であり、隊であり、団である。俺はそう信じている。


 だから、俺は喰らいつく。

 凡人の俺が、あのイカレた天才の隣に立ち続けるとしたら――極めるべきは、こっちの道なのだ。


「ザック、いくぞ」

「ライド、こんな時になんだが」

「なんだよ」

「なんでライカと俺を組ませたんだ?」


 血糊を払いながら尋ねると、ライドは鼻で笑って答えた。


「お前、世話好きだろ?」

「それだけかよ!?」

「お前は自分のことを凡人て言うがな。……そっちじゃ、一廉のものがある」

「ちっ、嬉しかぁねぇわ」


 悪態をつきながらも、俺は柄を握り直し、次なる死地へと向かう仲間の背中を追った。


 ***


「フォルテ殿下! やはり危険です! ここは最前線です!」


 怒号と悲鳴が飛び交う戦場のただ中。砂塵の傭兵団の中でも、比較的上品な身なりをした元ジークデンの守備隊たちが、血相を変えて盾の壁を作り、一人の少年を必死に守り抜いていた。

 だが、その盾の中心に立つ第六皇子フォルテは、一歩も退こうとはしなかった。


「だから? 僕は、僕は敵だらけさ。残念ながら、友軍陣内でもね。どこにいても最前線なんだよ。ならさ」


 振り返った少年の眼差しには、年齢に似つかわしくない、王族としての凄まじい『覇気』が宿っていた。

 元守備隊が、思わず息を呑む。


「見るのが僕の役目だろ? 僕はガルヴェリア帝国の皇子だ。安全な後方で惰眠を貪るつもりはない。戦士と共に生き、戦士と共に散る」


「殿下……ッ!」


 その高潔なる覚悟に、守備隊たちの目頭が熱く潤んだ、次の瞬間。


「でも、怖いものはやっぱりすっごく怖いから、絶対に死ぬ気で守ってね?」

「ハッ!! 我らが命に代えましても!!」


 年相応の震える声での素直なおねだりが、逆に守備隊たちの士気を狂信的なレベルまで跳ね上げた。


(落ち着け。ただここに突っ立っているだけじゃ、みんなの邪魔になるだけだ)


 フォルテは激しく波打つ心臓の音を聞きながら、必死に思考を回す。

 ――そうだ。ゼネビアで、ライカ殿に指南してもらったではないか。

 僕は、あの人や傭兵たちのように、前線で剣を振るうことはできない。ただのひ弱な子供だ。なら。


(なら、僕の『武器』は一つしかない……!)


 戦場の匂い。敵の動き。味方の配置。

 今まで書物庫で貪り読んできた戦術書の知識が、現実の血なまぐさい盤面とカチリと音を立ててリンクしていく。

 恐怖で強張っていたフォルテの口角が、彼自身も気づかないうちに、ライカそっくりの不敵な弧を描き上がった。


「聞け! ガルヴェリアの誇り高き兵達よ! 私を中心に、騎馬と歩兵で強固な『円陣』を組め!!」

「殿下!?」

「ガルヴェリアの皇子が命ずる!」

「ぎょ、御意!」


 澄んだ少年の号令が、戦場の喧騒を切り裂いて響き渡る。


「南の兵! 円を崩してくさびとなれ! 北の兵! 弓を構えて東西の守りを繋げ! 東西両翼は、南の突撃に合わせて左右からの援護に回れ!」


 ただの防御陣形だった円が、瞬く間に鋭利な『突撃陣(三角形)』へと変形していく。


「進め!」


 フォルテの号令とともに、陣形はそのまま敵の百人隊へと深々と突き刺さった。


「接敵したな! 南は刃を交えつつ徐々に後退しろ! 敵を内側へ引き込むんだ! 同時に東西は前進!」


 敵が手薄になった中央へ雪崩れ込んでくる。それを待っていた。


「よし、包め! 北の兵達! 東西の壁越しに、馬上から弓の雨を降らせろ!!」


 完璧な包囲殲滅陣形。

 先ほどまでフォルテの身体を支配していた恐怖の震えは、いつの間にか綺麗に消え去っていた。

 代わって背筋を駆け上がるのは、甘美なまでの高揚感。

 盤上が見える。敵の動きが見える。――死地に陥った敵兵の、絶望に歪む表情までもが、手に取るようにわかるようだ。

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