24.聖杯(毒)と偽りの戦乙女
「ハッハァ! 野郎共! 初っ端はな! どんくせぇやつを、呑むのさ! おせぇ!」
先陣を切ったライカの恐るべき単騎突撃を見て、敵軍の弓兵が慌てて矢を放つ。
「んなでたらめの矢が当たるかよ!」
軍馬と完全に一体となり、飛来する矢の雨を紙一重で潜り抜ける。
「そら、軍同士の戦いなんてもんもよ、緒戦は単発の火力がモノをいうのさ」
最前列の歩兵隊を馬の巨躯で強引に突っ切り、ライカは背から飛び降りる勢いそのままに後方の弓兵隊へと突撃した。戦場に着地したのと同時、大悪党の刃が閃き、敵軍の只中に真っ赤な血飛沫が舞い散る。
頭上を飛び越えられた敵の歩兵たちが、慌てて背後のライカへと気を向けた、その瞬間だった。
「ザックだ! ザック・ローだ! やけっぱちだぜ、おい!」
「ザック、てめぇ! 家名があったのかよ! ライドだ!」
見事に作り出されたその死角を、砂塵の傭兵団が容赦なく強襲する。
先陣の連携が見事に決まり、敵の部隊が混乱に陥ったまさにその時、ライカの鋭い声が戦場の喧騒を切り裂いた。
「転進!」
その号令が響くや否や、百の野犬たちは狂乱の只中にありながら、恐ろしいほどの完璧な軍律で動いた。
彼らは目前の敵陣に食い込むことをやめ、部隊ごと鋭く直角に進路を折る。そして、敵軍の長大な隊列とピタリと並走する軌道を描いた。
突撃してきた百人もの帝国軍が、急に戦場の中央へと向かって爆発的な猛スピードで駆けていく。連合軍からみれば、目前で無防備な横っ腹を晒して走っていくという、信じられない愚行に映った。
「その隊を殲滅せよ!」
連合左翼の部隊が、一斉にこの百人の列を蹂躙するべく陣形を崩して前へ飛び出す。
「退却!」
だが、同時に銀色の死神が叫んだ。
無防備な横一文字を見せていた部隊は、その瞬間、一糸乱れぬ動きで踵を返し、全速力で射程外へと離脱していく。
「なっ! なんだこいつらは!? 追え! 追うんだ!」
「ククク、気が付けば射程圏内なのさ。散開!」
銀色の死神の号令とともに、百人の野犬たちが一糸乱れぬ動きで左右にサッと道を開ける。
無防備な背中を追って前のめりに突撃していた連合軍の目に飛び込んできたのは――大きく開かれた道の奥で、すでに弓を引き絞り、殺意を番えて待ち構えていた帝国軍弓兵隊の姿だった。
次の瞬間、絶望の豪雨が降り注いだ。
***
高台に張られた第三皇子ファラリスの本陣幕屋。
「右翼交戦中! 敵軍左翼が進軍してきました!」
「見えているぜ。フォルテのやつ、見せてくれるじゃないか! 変更だ! よし! 陣をすべて右翼に固める! 中央を右翼に寄せ、左翼を中央に寄せろ!」
「し、しかし、それでは敵軍に横を見せつけることに!」
常識外れの命令に、伝令の将校が血相を変える。
だが、盤面を見下ろす帝国屈指の勇将は、獰猛な笑みを浮かべて言い放った。
「寄せ次第、陣を縦に長くしろ。……横っ腹が正面になるだろう?」
「……ッ! 御意!」
***
(残念だな、小娘。第三皇子はやり手だぜ)
『見ればわかる。綻びからすぐに戦術変更をしてきた。それに、それを実現する将たちの練度の高さ……これが帝国……』
散開したのち、友軍の歩兵隊の背後で合流した傭兵団は最前線から退いていく。
「貴様等! 私はそんな命令はしていないぞ!」
そこに血相を変えて現れたのは、ライカの所属する部隊の千人将だった。
「わりいな、思春期な女なもんでよ。恋したい年頃なのさ」
金色の瞳が獰猛に嗤う。
それに一瞬呑まれたのか、千人将は言葉を詰まらせた。
「き、貴様! なんと無礼な!」
「まぁ行くぜ、おっさん。不意を突いただけだ。そら、やっこさんも立て直してきている。後退しないとやばいぜぇ?」
「チッ! こ、後退! ん!? ゴハッ!」
馬上の千人将が突然ドス黒い血を吐いた。そして真っ青な顔をして、空気を欲しがるように口をパクパクとさせ始める。
(ククク、遅効性の刺激毒だぜ)
『千人、貰う』
馬上で急に倒れた千人将に、周囲の兵達が混乱に陥る。その隙を狙わない敵ではない。動揺の空気を読み取った連合軍が、即座に怒涛の突撃を仕掛けてきた。
「お前、千人将を運べ」
「ハッ!」
静かな菫色の瞳に戻った銀髪の女が、隣にいた兵士に短く命じる。
「フォルテ殿下。お願いします」
フォルテは頷くと、大きく息を吸い込んだ。そして、戦場の喧騒を圧する大音声を張り上げる。
「聞け、皆の者! 千人将殿が急病を発した! 生死不明である! よって、我が直属の将、ライカ・ローサが代理で指揮を執る!」
「ライカ・ローサである! 死にたくなければ従え!」
突然の出来事に思考が追い付かないのか、右翼最前線の兵たちは、いまいち動きに精彩を欠いている。
「その目に焼き付けろ!」
迫りくる敵歩兵の波へ、ライカは百人の野犬たちと共に再び突撃した。
銀髪の女の瞳が菫色から再び黄金色へと反転し、狂気めいた高笑いを響かせながら、次々と敵の歩兵を屠っていく。
残された正規兵たちは、その圧倒的な蹂躙劇を畏怖と同時に、憧憬を込めた目で見つめていた。
昔話に出てくる豪傑のようだ。はたまた、その容姿の美しさも相まって、戦乙女のスフィーリアか、力の女神アーティアか。
――ガルヴェリア帝国の民は、何よりも『力』に憧れるのだ。
銀髪の女が次々と敵兵を屠り、それに合わせて傭兵団がライカの隙を突かせないように立ち回る。特に、目立たないが冴えない顔の男の立ち回りが素晴らしい。常に彼女の背後を完璧に守っている。
帝国兵はそれを見て、まるで女神の近衛兵(護衛)のように感じられた。
(羨ましい。私も誉れをいただきたい。あの強き者の一員になりたい)
そんな熱が彼らの目にこもった時、銀髪の死神は叫んだ。
「帝国民よ! 俺に強さを示せ! お前らの剣はディーズ、ベールなんかの田舎国に届かないナマクラか!」
「そんなことはない! 帝国は力の国だ! 戦乙女よ! 我が武勇を見るがいい!」
歩兵の一人が、腕に血管が浮き出るほどに槍を強く握りしめて叫んだ。
「戦乙女の前で無様な真似は見せられねぇ!」
「ハッハー! 言うじゃねぇか! なら今だけは、お前らのスフィーリアになってやるよ!」
黄金の瞳を三日月に歪め、大悪党は狂気めいた笑声を張り上げる。
そして、己の凶悪な本性を隠すように、大仰な演技で兵たちの闘争本能へと火を放った。
「民よ! 武士よ! 汝らの勝利は我が天剣が約束する! 勇ましく戦い! 心を砕き! 戦に心酔せよ! 殲滅だ! 蹂躙だ! いくぞ、ガルヴェリアの子達よ!」
それは、神話の一節――戦乙女スフィーリアの鼓舞になぞらえたものであった。
血まみれの剣を天高く掲げたライカ・ローサへ向けて、男たちの咆哮が天を衝いた。
千人の部隊は、もはや恐怖を知らぬ狂信者の群れと化していた。
「蹂躙だ。殲滅だ。蛮族どもの血で大地を濡らせ。蹂躙だ。殲滅だ。闘争の果てに安らぎはある」
呪詛のような合唱とともに、歩兵たちは猛然と突撃する。
矢が刺さっても、剣で腹を貫かれても、彼らの足は止まらない。中には敵刃に首を刎ね飛ばされながらも、死の寸前に相手の首を掴み、そのまま道連れにへし折る者すらいた。
――それは文字通り、狂戦士の軍勢であった。
(ククク、こんなもんはな。ザイードで検証済だぜ)
『神話は帝国だけのものではないのに、現金なものよね』
(自分らだけが正義と大義があると思い込むのが人間ってやつさ)
***
高台に張られた第三皇子ファラリスの本陣幕屋。
「右翼! 更に勢いを増しました!」
「だから、見えてるっつの。……流石にベールも対応が早いな。こちらの右翼から兵を退かせている」
「このままいけば、変更陣の対面は予定通りに進みそうですね」
「ああ。……しかし、フォルテめ、一体どんな魔法を使ったんだ?」
盤面を見下ろす帝国屈指の勇将は、狂乱の渦と化している右翼の戦端を見つめ、面白そうに目を細めた。




