22.砂塵の傭兵団
大陸歴1452年。
穏やかな『アーティアの季節』が終わりを告げ、空が戦場のように焦げるような熱を孕む『ドラグの季節』の兆しが見え始める頃。
フォルテの私兵、砂塵の傭兵団は、その短い期間にも辺境の局地戦で圧倒的な戦果を挙げ続けていた。
時に凄惨に、時に鮮烈に、時に華麗に。そして、いかなる戦場においても彼らの傍らには常にフォルテの姿があった。
***
皇宮デズロード。第四皇子ベルベットの執務室。
重厚な執務机越しに見下ろしてくる冷徹な兄に対し、フォルテは恭しく頭を垂れていた。
「辺境での数々の武功、耳に入っている。……其の方の飼い犬たちは、ただの粗暴な野犬ではないようだな。特にあの女、ライカ・ローサ。手籠めにしてはどうだ?」
「勿体なきお言葉です、兄様」
「フン、つまらないやつだ」
飾りの予備として疎んじられていようとも、ここは力を尊ぶガルヴェリア帝国である。明確な武功(暴力)を示せば、どれほど気に入らなくともそれを正当に評価し、利用するのが帝国の絶対的なルールだった。
「フォルテ。其の方の私兵の武力、このベルベットが正式に認めよう」
「はい。ありがとうございます」
微塵も感情の読めない青い瞳で応じる弟を見据え、ベルベットは羊皮紙の束を机に放り投げた。
「休む暇はない、次はファラリス兄様の軍に加われ。戦地は西の国境だ」
「西、ですか。この前ディーズの侵攻を、まさか……」
「そうだ。ディーズ公国とベール王国の連合軍が国境を侵した。……長年、領土を巡って血を流し合ってきた犬猿の仲のくせに、帝国への憎悪という一点のみで野合した形だ。忌々しいことこの上ない」
吐き捨てるように言うベルベットの言葉に、フォルテは内心で素早く盤面を計算する。
総司令官は、第三皇子ファラリス・ゾーラ・ガルヴェリア。
六人いる皇子の中で最も武闘派であり、自ら槍を振るって陣頭に立つ、帝国屈指の勇将として知られている男だ。
(……ファラリス兄様の軍。前線で最も血の雨が降る激戦区じゃないか)
「ファラリス兄様の麾下に入るのは初めてだな。あの御方は武勇を何よりも重んじる。せいぜい、其の方の有能な野犬たちの牙をアピールしてくることだ」
「御意に。……必ずや、兄様のご期待に応えてみせます」
深々と頭を下げるフォルテ。その陰に隠れた唇は、次の巨大な戦場を与えられた喜びに、微かに弧を描いていた。
***
帝都の路地裏にある、傭兵団行きつけの酒場。『鷹のくちばし亭』。
今回も厄介な任務を無事に終えて凱旋した『砂塵の傭兵団』は、天井が抜けんばかりの馬鹿騒ぎを繰り広げていた。
「飲めよ! 俺らは最強の砂塵の傭兵団だ!」
副官のザックが、元・辺境守備隊の一人――今や立派に血の匂いが染み付いた傭兵の背中をバンバンと叩き、なみなみと注がれた木杯を押し付ける。
「ザック! てめぇ! 生き汚いだけが取り柄の癖に調子に乗りやがって!」
「あー? てめぇ、時に真実は人を怒らせる。……上等だ、勝負だ!」
「やれぇっ! ザック!」
周囲の傭兵たちが囃し立て、ジョッキが乱暴にぶつかり合う。
『……騒がしい』
酒場の隅の席。一人静かに杯を傾けていたライカの内で呆れたようにため息をついた。
(ハッ、ロッソとフェルムの宴会はよ、戦士の嗜みだぜ?)
すかさずバルバロッサの豪快な笑い声が響く。この平和な喧騒すらも、血に飢えた悪鬼にとっては極上の時間らしい。
やがて、ドサァッ! という派手な音と共に、飲み比べと殴り合いの勝負は両者ダブルノックアウトという形でもつれ込んだ。
床に大の字で転がるザックのもとへ、小走りで駆け寄ってくる可愛らしい足音。
「ザック様、ああ、お怪我なされてませんか?」
心配そうに覗き込んできたのは、この酒場の看板娘であるファムだ。
「ファムちゃぁん……優しいなァ。俺ぁ感動したぜ。うっ、うっ……」
さっきまでの威勢はどこへやら。ザックはデレデレに鼻の下を伸ばし、大袈裟に泣き真似をしながらちゃっかりと看板娘の膝にすがりついた。
「おいザック! 抜け駆けすんな!」
「ザックの下心を叩き斬れーっ!」
怒号と笑い声が混ざり合う。
「――隊長様は、楽しんでおられますか?」
「ああ、ピリカ嬢。問題ない。うちの馬鹿どもが騒がしくてすまないな」
「い、いえッ! えと、これからも頑張ってください!」
ライカが優雅に――貴族のような所作で――ふっと微笑むと、もう一人の看板娘ピリカは、ぼんっ! と音が鳴りそうなほど顔を真っ赤にして逃げるように厨房へ駆け込んでしまった。
それを見たザックが、ファムの膝からガバッと起き上がる。
「おい! ライカずるいぞ! なんで女のお前がいつも俺よりモテるんだよ!」
「……ザック。お前、隊長にその命知らずな軽口が叩けるところだけは、本気で尊敬するぜ……」
理不尽な嫉妬でわめくザックに、元守備兵の男が呆れ半分、畏敬半分といった顔でジョッキを傾ける。
――その時だった。
ギィ、と酒場の立て付けの悪い扉が静かに開く。
「全員、直立」
ライカの、氷のように冷たく、しかし空間を圧する声が響き渡った。
瞬間、喧騒が嘘のように掻き消える。つい先ほどまで酔いに身を任せていた面々も、床に倒れていたザックでさえも、即座に跳ね起きて踵を鳴らし、直立不動の姿勢をとった。
完全なる沈黙の中、酒場に足を踏み入れたのは――第六皇子、フォルテだった。
「……ごめんね。楽しんでいるところ」
「フォルテ殿下。火急のご用件と存じます」
申し訳なさそうに微笑む少年の前に進み出て、ライカは流れるような動作で片膝をつく。
恭しく頭を下げるその菫色の瞳は、徐々に黄金色へと変わり始め――すでに血の匂いを嗅ぎつけた猛禽の光(バルバロッサの殺気)が爛々と宿っていた。
ピリカは、彼女のその変化が好きだった。普段は凛とした理想の女騎士。だが、ひとたび戦場の空気を嗅ぐと、急に獰猛な将へと変貌するのだ。思わず、ほうっと熱っぽい溜息を吐く。
「ファム、ピリカ。厨房に下がれ。殿下の御前だ、不敬になる」
空気が殺気立つ前に、ザックが鋭い声で娘たちを遠ざけた。
「あ、はいッ」
「そんな、僕に不敬なんてないのに……」
「フォルテ殿下」
「……いや、なんでもない。ベルベット兄様からの指令なんだ。次は、ダダリアの方面でファラリス兄様の本軍と合流する。敵は……ディーズとベールの連合軍だ。今回も、僕に雇われて……くれるかい?」
今までの局地戦とは違う、圧倒的な大軍同士の激突。フォルテは不安げに唇を噛み締める。
次の瞬間、黄金の瞳を持つ悪鬼は、立ち上がりざまに獰猛な牙を剥き出して嗤った。
「喜べ者共! 次は斬っても斬っても手柄が湧いてくる、さいっこうの戦場だ! 地位! 名誉! 金! すべてがそこにはある! 喜べ野郎共! そこには闘い(血)がある! 答えろ、俺たちはなんだ!?」
「無敗の『砂塵の傭兵団』だァ!!」
「そうだ! 大軍にビビッてしょんべん垂れるような奴は置いていく! 各員、出陣だ!!」
酒場がビリビリと揺れた。
それはもはや怒号というより、血に飢えた野犬たちが獲物を前にして放つ、狂乱の雄叫びだった。




