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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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21.百の軍勢

「――フォルテ殿下、良かったのですか?」


 遠ざかるダルトンの部隊を一瞥し、ライカは声のトーンを落として問うた。


「うん、いいんだ。使えるかもわからない武具の山より、ライカ殿に百の兵を持たせる方が、僕にとっては数倍価値があるからね」

「……身に余る光栄です」


 恭しく頭を下げるライカに、フォルテは柔らかく微笑む。


「さぁ、ベルベット兄様からの任務は全うしたんだ。帝都へ帰ろう」

「お待ちを。殿下、戦死したはずの八十名を連れて戻れば、ベルベット殿下の目は誤魔化せません。彼らはどう処理するおつもりで?」


 帝国の中枢、あの冷徹な第四皇子の目を欺くことなど容易ではない。ライカの当然の懸念に対し、フォルテは悪戯を見つかった子供のように、しかし極めて淀みない笑みを浮かべた。


「僕は生き残って、何とか防衛したんだ。不幸にも戦死者を出してしまったけれど、任務はきっちり全うした。……それなら、敵の『捕虜』を恩賞としてもらうくらいの戦功はあると思わない?」

「……捕虜、ですか」

「そう。ディーズの敗残兵をライカ殿が力で屈服させた。彼らには少し、見窄らしい格好をさせることになるかもしれないけど……兄様たちを納得させるには十分な理由だ」


 その策を聞いて、ライカは一瞬だけ目を丸くし――やがて、堪えきれないというように肩を揺らし、喉の奥でくくっと嗤った。

 生真面目な顔の下に隠された、末席の皇子の意外な悪知恵。それは、百戦錬磨の悪党にとっても、なかなか痛快な盤面操作だった。


「……御意に。立派な『捕虜』に仕立て上げてご覧に入れましょう」


 帰りの道中。粗末な武具や野盗のボロ布を身に纏わされた元守備隊の八十名は、息も絶え絶えに荒野を行軍していた。

 無理もない。先導する砂塵の傭兵団の健脚は、常人のそれを遥かに凌駕している。だが、遅れまいと泥に塗れて喰らいつく彼らの瞳に、不満や反逆の色は無い。


 あるのは純粋な畏敬だった。

 死地を文字通り蹂躙し、たった数十名で公国軍を壊滅させた者たち。力を尊ぶ帝国民にとって、圧倒的な暴力と強者は信仰対象に等しい。いつしか生真面目な彼らは、死んだはずの己の命をこの銀髪の死神に預けることに、奇妙な誇りすら抱き始めていた。


「おい、歩調が乱れてるぞ! そこ、止まれ!」


 道中、ライカは幾度となく行軍を止め、容赦なく陣形の訓練を叩き込んだ。

 ただの烏合の衆ではない。百人の部隊を再編し、手足として機能させるための練兵だ。


「ザック、お前が二十五人を率いろ。ライド、お前も二十五人だ。残りの五十人は私が直接指揮を執る」

「へいへい、人使いが荒い団長殿だ」


 ザックが軽口を叩きながらも的確に兵を動かし、ライドが暴力的な威圧感で隊列を整える。ただの辺境の守備兵たちが、道中の泥と汗に塗れながら、少しずつ『ライカ・ローサの兵隊』へと変貌していく瞬間だった。


 ***


 数日後。フォルテ邸。


「で、殿下……お帰りなさ……ひっ!?」

「あ、悪鬼の群れ……ッ」


 無事の帰還を喜ぶはずだった執事と侍女は、邸宅の庭を埋め尽くす柄の悪い傭兵たちと、『ボロ布を纏ってすっかり殺気立った捕虜たち』の姿を目にした瞬間、揃って白目を剥いて卒倒した。


 平和な温室に突如として放たれた血の匂いと威圧感。温室育ちであったエルマの記憶が微かにチクリと痛んだ気がしたが、バルバロッサとしての自我は「ふん、軟弱な奴らだ」と鼻で笑って一蹴した。


 ***


 道中で入念に練兵を重ねた結果、彼らの帝都帰還は、奇しくもダルトン将軍の凱旋と同時期となった。

 皇宮デズロード。冷徹なる第四皇子ベルベットの執務室に、二人は同時に呼び出されていた。


「大儀であった、ダルトン。其方の持ち帰った戦利品、見事な物量である」

「勿体なきお言葉。すべては帝国の、そしてベルベット殿下の栄光のために」


 恭しく頭を下げるダルトンの背後で、フォルテは静かに控えていた。

 ダルトンへの惜しみない賛辞が終わると、ベルベットは思い出したかのように、末席の弟へと冷たい視線を流す。


「フォルテ。其の方も辺境の防衛、大儀であった。いくらか戦死者を出したようだが……まあ、無事に生き残っただけでも良しとしよう」

「はっ。ありがとうございます、ベルベット兄様」

「それで、報告書によれば、いくらかの『捕虜』を自らの兵として引き入れたそうだが」

「はい。ライカ殿が力で屈服させた者たちです。およそ八十名。ろくな装備も持たぬ敗残兵ですが、私にはこれくらいが身の丈にあうものかと」


 ベルベットは鼻で嗤った。

 八十人の敗残兵。そんな薄汚い烏合の衆など、ダルトンが持ち帰った最新の武具と無傷の軍馬の山に比べれば、路傍の石ころほどの価値もない。これ以上深掘りする意味も見出せず、ベルベットは興味を失ったように手を振った。


「好きにせよ。その程度の戦功はくれてやる」

「……寛大なるお言葉、感謝いたします」


 深々と頭を下げるフォルテ。

 その唇の端が、誰にも見えない角度で三日月のように吊り上がっていた。

 ――チョロいものだ。

 八十人の『鍛え上げられた兵士』が、完全に中央の監視をすり抜け、この見捨てられた皇子の手中に収まった瞬間であった。


 ***

「しばらく、休んでいてよ」


 そうフォルテに告げられたライカたちは、帝都の片隅で思い思いに羽を伸ばしていた。

 その中で、ライカは一人自室にこもり、無心に針を動かしていた。


『癒される……』

(狼と薔薇、か。今の小娘の名前に合わせたというわけだな)

『私の唯一の特技だから……』


 バルバロッサの呆れたような声に内心で応じながら、布地からふうっと息を吐く。

 仕上がったのは、新調したマントの背に施された、狼と薔薇の精緻にして見事な刺繍だった。


 髪を銀に染め、偽名を使って血濡れの戦場を駆け抜けていても、忘れたことなどひと時もない。彼女の根っこは、故郷ベルンの穏やかな日々を愛する、刺繍好きの令嬢なのだ。


「ライカ、いるかー?」


 唐突にドアがノックされる。声の主はザックだ。


「どうした?」

「みんなでよー、パーッと酒飲むぞって話になってよ。団長なんだから来いよー!」

「……わかった、すぐ行く」


(代われ。酒は俺の領分だ)

 途端に、内なる悪党がウキウキとした気配を漂わせてしゃしゃり出てくる。だが、ライカはスッと目を細め、内心でピシャリと撥ね退けた。


『だめ。女は捨ててないから』


 仕上がったばかりのマントを颯爽と羽織り、ライカは気合を入れるように菫色の瞳を細めると、むさ苦しい男たちが待つ酒場へと自室を後にした。


 ***


「お、来た来た。団長のお出ましだ!」


 ライカが酒場に姿を見せると、ジョッキを掲げた傭兵たちが一斉に歓声を上げた。


「戦勝だぜ、俺らは勝ったんだ! ……でもよぉ、まぁちょっと歯切れが悪いっつーか。俺らの戦功が、丸ごとあの将軍に持っていかれちまったのがなぁ……」

「そうそう。殿下のお考えとはいえ、なんかなぁ」


 酔いが回っているのか、一部の団員からポロリと愚痴がこぼれる。

 そんな彼らを見渡し、ライカは静かに、だが酒場の喧騒を圧するほど通る声で告げた。


「お前たち、よく聞け。あんな小さな戦功などくれてやれ。その代わり、私たちは誰の縛りも受けない『百の牙』を手に入れたのだ」


 水を打ったように静まり返る団員たち。彼らの視線を一身に受けながら、ライカは不敵に、最高に悪党らしい笑みを浮かべる。


「いいか。私たちは帝国の正規軍ではない。ただの胡散臭い傭兵団と、薄汚い捕虜の集まりだ。……だが、だからこそいい!」

「正規軍なら手柄は将軍に上前を撥ねられるが、我々なら、これから出会うすべての敵を、誰の指図も受けずに好きに喰らい尽くすことができる! そして、誰も文句言えなくなるくらいデカくなって正規軍となろう!」


 一瞬の沈黙の後。

 意味を理解した傭兵たちの、酒場の屋根が吹き飛ぶほどの爆発的な歓声が上がった。


「俺たちはいずれ世界を蹂躙する、……最強の『砂塵の傭兵団』だ! 今日はとことん飲むぞ!!」


 一瞬の沈黙の後。

 酒場の屋根が吹き飛ぶほどの、爆発的な歓声が上がった。


「よっしゃああ! いいこと言うぜザック! 二十で千人をヤッたんだ! 百人なら二千人はいけるぜ!」

「計算が違えぞライドォ!」

「やかましい! とにかく飲むぞ!」


 ジョッキがぶつかり合う豪快な音が響き渡る。

 そんな傭兵たちのドンチャン騒ぎの輪の中には、ボロ布を纏った元帝国守備兵たちの姿もしっかりと混ざっていた。


「お、おい……俺たち、本当にこんなところで酒なんか飲んでていいのか……?」

「馬鹿野郎、団長が飲むぞって言ったんだ! ほら、お前らも遠慮すんな!」


 ザックに背中を叩かれ、強引に並々のエールを押し付けられる。数日前の地獄のような戦場と、生真面目だった帝国兵としての常識が、アルコールと喧騒の中でグズグズに溶けていく。

 やがて彼らも完全に毒気を抜かれたように笑い出し、半ばヤケクソ気味にジョッキを天へと掲げた。


 かくして、新たに誕生した『ライカ・ローサの隊(フォルテの私兵)』たちの騒々しい夜が、賑やかに更けていくのだった。

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