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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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20.戦功

 斥候の理解不能な報告を受けたダルトン将軍は、己の目でその事実を確かめるべく、手勢を率いて現場へと馬を進めることにした。

 だが、到着した彼を待っていたのは、伝令通りの戦場の残り香だった。


 多数のディーズ公国軍の亡骸。その血の海の中で、砦の守備兵や傭兵たちが、戦功の証として無表情に敵兵の鼻を削ぎ、高価な装備品を次々と剥ぎ取っている。

 それは、勝者が敗者に行う生々しい勝者の後始末の光景だった。


「よう、遅かったな」


 戸惑いと嫌悪に足を止めるダルトンたちの頭上から、唐突に声が降ってきた。


「フォルテ殿下直属の将だ。ライカ・ローサ」


 見上げれば、高く積み上げられた屍の山の頂上で返り血に染まった銀髪の女が大胆不敵に膝を立てて座り、爛々とした黄金の瞳を輝かせながら獰猛に嗤っていた。


「……ダルトン・バラダだ。ベルベット殿下直属である」


 名乗ると同時、ライカは屍の山から音もなく飛び降りて着地する。間近で見ると、背筋が凍るほどに恐ろしく美しい女だった。


「貴公らがこれを?」

「他にいるように見えるか?」

「貴様ッ! ダルトン将軍に向かってなんという口の利き方だ!」

「それに続く言葉は『女の癖に』ってか?」


 激昂したダルトンの手勢の一人が、腰の剣の柄に手をかけた、その瞬間。

 抜刀の初動よりも速く。ライカはしなやかに足を振り上げ、兵士が握り込んだ剣の柄頭を、上から踵で強引に鞘の奥へと蹴り戻した。


「ぐっ……!?」


 異常な反射神経と関節の柔軟性に兵士が呻き声を上げる。一歩間違えれば、柄頭ではなく顎の骨を蹴り砕かれていたであろう神速の所業に、周囲の空気が凍りついた。


「やめよ」


 狼狽する部下を、ダルトンは低く静かな声で制止した。


「帝国民たるもの力で判断せよ、だ」

「ハッ、ちょっとばかりハイになっててよ。足りねぇんだよ。この戦場では足りなかった。ああ、ダルトン、お前は少しは楽しめそうだ」

「ライカ! イカレモードから戻れ!」


「……痛い」

(チッ)


 一見さえない顔の中肉中背の男が駆け寄り、ライカ・ローサの頭を遠慮なく引っぱたく。

 男がひっぱいた途端にライカの瞳の金色が氷のような菫色に戻り、周囲を圧制していたほとばしる覇気も嘘のように収まった。


(ぬう……この女。いつの間にか呑まれていたか)


 殺気が消え去って初めて、ダルトンは自分がひどく汗をかいていたことに気が付いた。


「ライカ殿、どこの生まれか?」


 得体のしれない者はまず日常会話から探る。それはダルトンが長年、軍にいて学んだ生存のメソッドであった。


「幼いころ確か二歳の時、ゼネビアにいた。と思う」

「お前、ゼネビア出身だったのか?」


 身内であるはずの男が驚きの声を上げる。ダルトンは目を細めた。


「悪鬼に滅ぼされた街の、か。若いな」

「幼き頃のことなど覚えていない。今は砂塵の傭兵団の団長、フォルテ皇子の将をやっている」


 ダルトンはそれ以上踏み込むことをやめ、手綱を引き直す。これ以上、この得体の知れない女と対峙するのは、本能が危険だと警鐘を鳴らしていた。


「ダルトン将軍よ、手柄がなくて残念だったな。無駄足の無駄遣いだ」


 去ろうとする将軍の背中へ、ライカは再び金色の瞳を爛々と輝かせ、あからさまな挑発の言葉を投げかける。

 部下たちが再び殺気立ち、空気が張り詰めた。だが、ダルトンは振り返ることすらなく、ただ眉一つ動かさずに鼻を鳴らす。


「ふん。貴公に栄光を」


 帝国将軍としての矜持を保ち、形ばかりの賞賛を吐き捨てて、ダルトンは無駄な衝突を避けるように部隊を前進させた。

 その徹底して冷徹な引き際を見送りながら、銀髪の死神は内心で忌々しそうに毒づく。

(チッ。乗らねぇか)

『帝国の層は、厚いか』


 血の匂いを嗅ぎつけても決して安い挑発には乗らない。帝国軍の将は、それだけ乗り越えた数が違うのだ。


 血の海と化した戦場を一瞥し、ダルトンは馬を下りてフォルテの前へと進み出た。

 恭しく、だがどこか白々しい態度で頭を下げる。


「フォルテ殿下。この度は不肖ダルトン、馳せ参じるのが遅れ大変申し訳なく……」

「提案があるんだ」


 ダルトンの言い訳を遮るように、フォルテは冷ややかで落ち着き払った声を落とした。


「……と、言いますと?」

「其の方も、手ぶらでは帰ることができないだろ? 見てよ、この軍馬を含めた戦利品を」


 フォルテが視線で示した先には、ディーズの増援を含めた千近い軍勢の残骸が転がっていた。

 無傷の軍馬、真新しい武具、公国軍の物資。それは軍を率いる将にとって、喉から手が出るほどの莫大な財産であった。


「どうだろう。これを手土産にしてさ、ベルベット兄様に報告するんだ。『フォルテ苦戦の最中、ダルトンが加勢して戦功を得たり』……ってね」

「ッ……!」


 ダルトンの目が僅かに見開かれた。

 それは紛れもない『偽証の提案』であり、同時にダルトンにとって都合の良い提案だった。


 第四皇子ベルベットは無能を許さない。遅参して手柄もなく帰れば、ダルトンの首は物理的に飛ぶ可能性すらある。だが、この莫大な戦利品と共に自分が殿下を救ったと報告すれば、逆に大功として称賛されるだろう。


 この見捨てられた末席の皇子は、自分の置かれた弱みを完全に理解した上で、この甘い毒を差し出しているのだ。


(……フォルテ皇子。飾りの予備。が、しかし、知恵は回る、か)

 背筋に冷たいものが走るのを感じながら、ダルトンは将軍としての仮面を貼り付け、静かに問い返した。

 これほどの利益を差し出すのだ。当然、見返りがある。


「……お望みは、なんでしょう?」

 ダルトンの問いに、フォルテは澄んだ青い瞳を真っ直ぐに向け、為政者としての冷徹な笑みを浮かべた。


「守備隊八十人が欲しい」

「ぬ、ぬう……」

「守備隊の全てじゃないんだ。八十。これだけだ。大分譲歩しているつもりなんだ」


 目の前に積まれた莫大な戦利品と手柄。それに比べれば、辺境の砦の兵八十人など安いものだ。フォルテは暗にそう告げていた。


「ううむ……」

「ダルトン将軍。其の方ならできるだろ?」


 甘く、しかし逃げ道を塞ぐように皇子が念を押す。

 ダルトンは一度だけ目を伏せ、やがて恭しく、白々しい忠臣の仮面を被り直して深く頭を下げた。


「参りましたな。殿下にそこまで言われては、不肖ダルトン、やらぬわけにはいきませぬ」

 その言葉を以て、両者の黒い取引は成立した。


 だが、安堵する将軍に向けて、フォルテはさらに言葉を被せる。


「ああ、そうだ。ダルトン将軍。激戦の末……砦の守備兵が八十名、戦死した」

「……は?」


 ダルトンは思わず間抜けな声を漏らした。

 何を言っているのだ、この少年は。激戦区を生き抜いた守備兵たちは今、あそこで鼻歌交じりに死体の装備を剥ぎ取っているではないか。


「いや、殿下。彼らはあそこで……」

「戦死したんだ。ディーズの猛攻が激しくてな。気の毒にな」

「ッ……!」


 有無を言わさぬ冷ややかな宣告。この見捨てられた末席の皇子は、自らの手足となる『本物の帝国兵八十名』の身分をロンダリングし、中央に悟られることなく完全に掌握しようとしているのだ。

 ダルトンは小さく息を吐き出し、今日一番の冷や汗と共に深く首を垂れた。


「……そういうことでございますか。御意」



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