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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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16.助けて……ほしいの

「青獅子フォルテ皇子が私兵団、団長のライカだ! 喜べ! お前らの大好きなスフィーリアにすぐ会わせてやるよ」


 先頭をひた走る女が口角を吊り上げ、敵軍に突撃しながら名乗りを上げた。


(ちくしょう! その華奢な体のどこからそんなエネルギーが!)

 

 追いつくのに必死なザックは内心悲鳴をあげる。


 ディーズ公国軍は異様な戦士に呆気に取られていたようだが、すぐに気を取り直して迎撃の構えをとる。


「な、なんだこいつ!? 矢を放て!」

「遅ぇよ、成長期か?」


 ザックの前でライカは豪雨のように降り注ぐ矢を紙一重で躱し、剣で弾き落としていく。無数に突き出される長槍の切っ先を、ライカは地を這うような低い姿勢でかいくぐった。彼女が狙うのは、分厚い装甲に身を包んだ歩兵でも、指揮官でもない。

 敵陣の機動力の要である、騎馬隊の馬の脚だった。


「ッ!?」

「うわぁぁぁッ!?」


 白銀の閃光が足元を薙ぐたびに、前脚を両断された軍馬が次々とバランスを崩し、悲鳴を上げて前のめりに倒れ込む。

 落馬し、重い甲冑のせいで地面に叩きつけられた騎士たちの上に、さらに後続の馬が折り重なっていく。前衛部隊は、ライカたった一人の猛攻によって大渋滞を引き起こし、自滅の連鎖に陥っていた。


「団長に続けェェェッ!」

「オラァッ! 邪魔だ邪魔だァ!」


 荒くれ者たちは、馬ごと地に落ちていく騎士たちに群がり、容赦なく叩き斬っていく。

 だが、倒した敵が完全に息絶えたかまでは確認しない。否、確認している暇などない。


(くそっ、速すぎる……!)


 ザックは血を吐くような思いで剣を振るいながら、必死に前を追う。

 我らが女団長は、後ろを振り返ることもなく、ただひたすらに血路を開いて敵陣の最深部へと突き進んでいくからだ。少しでも足を止めれば、一瞬で置いていかれ、周りの敵兵に挽肉にされてしまう。


「ライカ! これ以上は突っ込みすぎだ! そろそろ完全に囲まれるぞ!」


 周囲を見渡せば、混乱から立ち直りかけた公国軍の兵士たちが、突出したこちらを包囲し、一斉に槍を構えて距離を詰め始めていた。もはや四面楚歌。絶体絶命の包囲網。

 だが、


「ハッ! それが良い塩梅ってもんだぜ?」


 足を止めたライカは黄金の瞳を細め、迫り来る無数の敵兵を見回して底意地悪く嗤った。

 次の瞬間、彼女の懐から取り出されたのは、拳大の黒い玉。

 それを思い切り、自身の足元の地面へと叩きつける。

 パンッ! という破裂音と共に、周囲一帯に視界を遮るほどの紫煙が広がった。


「な、なんだ!? 煙玉か!」

「ごふッ!? け、煙が……目がァッ!」


 突如として視界を奪われ、大混乱に陥る公国軍。

 その紫煙の中心から、ライカの楽しげな号令が響き渡る。


「引け! 体勢を低くしてついてこい!」


 その声を聞いた瞬間、脳裏にオーガの洞窟の記憶がフラッシュバックした。

 ライカ、広範囲、オーガ達……頭の中でピースがはまる。


「ま、まさか……毒……ッ!?」

「ザック! 喋ってると吸い込むぞ! 息を止めて走れェェ!」

「うおぉぉぉぉぉッ!」


 ライカに襟首を掴まれながら、全速力で来た道――つまり、今しがた自分たちでこじ開けた血の道を引き返し始める。

 後ろからは、紫煙を吸い込んだ敵兵たちが、バタバタとカエルのように地面に倒れ伏す、奇妙で鈍い音が連続して響いていた。


* * *


「ライカ殿!?」


 離れたところに待機させていたフォルテと合流する。

 悪鬼から主導権を取り戻し、素早く皇子の馬に乗り手綱を引いた。


「皆の者! ついてこい!」

「あいつらはやらないので?」


 ここで言う、あいつらというのは毒でしびれているあいつらのことだろう。


「そんなのにかまって向こうの本隊がきたら終わりだ。今のうちにあそこにいく。ああ、あと殿は貴方、お願い。ちょっと遅めに走って。ちらっと陣が見えたんだ。騎士隊が別にいる。わざと遠目から見つかるように走れ」


 指さすのは、砦の外に広がる深く薄暗い森の中。

 傭兵たちは言われるがままに、森の中へと撤退していく。


(下手に砦の中の連中と合流するよりも、こっちで遊撃した方が鬱陶しいだろうからな)


「ボス! 敵兵力の一部がこちらに追ってきますぜ!」

「うん、みんな木に登ってほしい」

「へ、へい」

「合図を出す。合言葉は『助けて!』よ」


 フォルテと傭兵たちが木に登り潜んだのを見計らい、馬から降りる。おもむろに身につけていた鎧や装備を外し、薄い肌着姿になると、躊躇いもなく自らその布地を無残に引き裂き始めた。

 頭上の枝葉から、荒くれ者たちが思わず息を呑む気配が伝わってくる。


(小娘、おめぇの演技力が鍵だ)

『わかってる』


 やがて、ドドドッと重い蹄の音を響かせ、ディーズ公国の騎士たちが接近してくる。先ほどの部隊は痺れ毒で動けないはず。ならば、これは逃げた獲物を仕留めるために放たれた騎馬の別動隊だ。殿の効果がでたということだ。


「人がいたぞ! ……女?」


 森に潜んだ敵兵を追撃してきたはずの騎士たちは、予想外の光景に手綱を引き、馬の足を止めた。

 薄暗い木漏れ日の下で、か弱く涙ぐんで座り込んでみせる。


「き、騎士様ぁ……!」

「――ッ!? お、お嬢さん! こんな戦場の近くでどうなされました!?」


 すっかり警戒心を解いたらしい騎士たちが、慌てて馬から飛び降りる。ガチャガチャと重い鎧の音を鳴らしながら、心配そうに集まってくる彼らに対し、すがりつくように、よろよろと走り寄る。


「騎士様! 『助けて』……!」


 その声――合言葉を合図に。

 頭上の枝葉が揺れ、殺意に飢えた傭兵たちが一斉に木から飛び降りた。


「助けて。――貴方の首が、欲しくてたまらないのよ」


 木々から降り注ぐ死の雨が、唖然とする騎士たちをそのまま惨殺していく。

 すがりつくように抱き着いた騎士の首を、隠し持っていた刃で一息に刎ね飛ばした。

 ――その瞬間。フッと意識が切り替わり、喉の奥からドスの利いた高音が響き渡る。


「ようし、上々だ。おめぇら、こいつらの首を持っておけ。今夜、奴らの野営地にこの首をぶん投げてくるんだ。さぞや、喜んでくれることだろうよ」

「へ、へい……」


 あまりに外道な指示に、荒くれ者であるはずの傭兵たちが思わず後ずさる。


「ライカ!? そこまでやるのか!?」

「ザック、わかんねぇか? これは親切ってやつなんだよ。それとよ。一つ言う。死にてぇのなら、ここで死ね」

「ライカ……!」


 顔を歪めるザックを見下ろし、血塗れの刃を振り払いながら口角を吊り上げる。


「ライカ殿……いえ、勝つために必要なことなんですね」


 引き攣る大人たちの中で、ただ一人。

 フォルテ皇子だけが、転がる首と凄惨な血溜まりを見下ろしながら、その澄んだ青い瞳に覚悟を決めたような色を浮かべていた。


「あぁ、あと、これは喜ぶところだぜ? 立派なお馬さんってやつがよ、揃ったじゃねぇか」


 主をなくした軍馬を見て、愉悦に浸る。背中にゾクリと快感が走った。

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