16.助けて……ほしいの
「青獅子フォルテ皇子が私兵団、隊長のライカだ! てめぇら、嬉しいだろ? 大好きな戦乙女スフィーリア様に早く会えるようになるんだからよ」
黄金の瞳を爛々と輝かせ、敵軍に突撃しながらライカが名乗りを上げる。
だが、その口上が終わるのを待つ暇など、ディーズ公国軍には与えられなかった。
「な、なんだこいつ!? 槍衾を敷けェッ!」
「遅ぇよ、成長期か?」
豪雨のように降り注ぐ矢を紙一重で躱し、剣で払う。無数に突き出される長槍の切っ先を、ライカは地を這うような低い姿勢でかいくぐる。彼女が狙うのは、分厚い装甲に身を包んだ歩兵でも、指揮官でもない。
敵陣の機動力の要である、騎馬隊の馬の脚だった。
「ッ!?」
「うわぁぁぁッ!?」
白銀の閃光が足元を薙ぐたびに、前脚を両断された巨大な軍馬が次々とバランスを崩し、悲鳴を上げて前のめりに倒れ込む。
落馬し、重い甲冑のせいで地面に叩きつけられた騎士たちの上に、さらに後続の馬が折り重なっていく。前衛部隊はライカたった一人の予測不能な猛攻によって、大渋滞を引き起こし、自滅の連鎖に陥っていた。
「団長に続けェェェッ!」
「オラァッ! 邪魔だ邪魔だァ!」
馬ごと地に落ちていく騎士たちに、容赦なく群がり、叩き斬っていくのはザックやライドたち荒くれ者だ。
だが、彼らは倒した敵が完全に息絶えたかまでは確認しない。否、確認している暇などないのだ。
(くそっ、速すぎる……!)
ザックは血を吐くような思いで剣を振るいながら、必死に前を追う。
我らが最凶の女団長は、後ろを振り返ることもなく、ただひたすらに血路を開いて敵陣の奥深く、最深部へと兎に角、突き進んでいくからだ。少しでも足を止めれば、一瞬で置いていかれ、周りの敵兵に挽肉にされてしまう。
「ライカ! これ以上は突っ込みすぎだ! そろそろ完全に囲まれるぞ!」
ザックの胃袋が限界を迎え、悲鳴のような警告を飛ばす。
周囲を見渡せば、混乱から立ち直りかけた公国軍の兵士たちが、突出したライカたちを包囲し、一斉に槍を構えて距離を詰め始めていた。もはや四面楚歌。絶体絶命の包囲網。
だが。
「ハッ! それが良い塩梅ってもんだぜ?」
足を止めたライカは、黄金の瞳を細め、迫り来る無数の敵兵を見回して底意地悪く嗤った。
次の瞬間、彼女の懐から取り出されたのは、拳大の黒い玉。
それを思い切り、自身の足元の地面へと叩きつける。
パンッ! という破裂音と共に、周囲一帯に視界を完全に遮るほどの猛烈な紫煙が爆発するように広がった。
「な、なんだ!? 煙玉か!」
「ごふッ!? け、煙が……目がァッ!」
突如として視界を奪われ、大混乱に陥る公国軍。
その紫煙の中心から、大悪党の楽しげな号令が響き渡る。
「引け! 体勢を低くしてついてこい!」
その声を聞いた瞬間、ザックの脳裏に、先日のオーガの洞窟の記憶がフラッシュバックした。
ライカ、広範囲、オーガ達……ザックの頭の中で推論のピースがはまる。
「ま、まさか……毒……ッ!?」
「ザック! 喋ってると吸い込むぞ! 息を止めて走れェェ!」
「うおぉぉぉぉぉッ!」
ライカに襟首を掴まれながら、ザックたちは全速力で来た道――つまり、今しがた自分たちでこじ開けた血の道を引き返し始める。
後ろからは、紫煙を吸い込んだ敵兵たちが、バタバタとカエルのように地面に倒れ伏す、奇妙で鈍い音が連続して響いていた。
「ライカ殿!?」
離れたところに待機させていたフォルテと合流する。
「フォルテ皇子、失礼」
氷のように冷たい、菫色の瞳に戻ったライカが皇子の馬に乗り、素早く手綱を引く。
「皆の者! ついてこい!」
「あいつらはやらないので?」
「そんなのにかまって向こうの本隊がきたら終わりだ。今のうちにあそこにいく、ああ、あと殿はキミ、お願い。ちょっと遅めに走って。ちらっと陣が見えたんだ。騎士隊が別動隊にいる。わざと遠目から見つかるように走れ」
ライカが指さすのは、砦の外に広がる深く薄暗い森の中。
傭兵たちは言われるがままに、森の中へと撤退していった。
(下手に砦の中の連中と合流するよりも、こっちで遊撃した方が鬱陶しいだろうからな)
「ボス! 敵兵力の一部がこちらに追ってきますぜ!」
「うん、みんな木に登ってほしい」
「へ、へい」
「合図を出す。合言葉は『助けて!』よ」
フォルテと傭兵たちが木に登り潜んだのを見計らうと、ライカは馬から降り、おもむろに身につけていた鎧や装備を外し始めた。
そして躊躇いもなく薄い肌着姿になると、あろうことか自らその布地を無残に引き裂き始めたのだ。
そのあまりに無防備で扇情的な姿に、木の上に潜む荒くれ者たちが思わずごくりと生唾を飲み込む。
(小娘、おめぇの演技力が鍵だ)
『わかってる』
やがて、ドドドッと重い蹄の音を響かせ、ディーズ公国の騎士たちが接近してくる。先ほどの部隊は痺れ毒で動けないはず。ならば、これは逃げた獲物を仕留めるために放たれた騎馬の別動隊だ。殿の効果がでたということだ。
「人がいたぞ! ……ん? 女?」
森に潜んだ敵兵を追撃してきたはずの騎士たちは、予想外の光景に手綱を引き、馬の足を止めた。
薄暗い木漏れ日の下。そこには、服をボロボロに引き裂かれた絶世の美女が、か弱く涙ぐんで座り込んでいたのだ。
「き、騎士様ぁ……!」
「お、お嬢さん! こんな戦場の近くでどうなされました!?」
警戒心を完全に解いた騎士たちが、慌てて馬から飛び降りる。ガチャガチャと重い鎧の音を鳴らしながら、心配そうに集まってくる彼らに対し、ライカはすがりつくように、よろよろと走り寄る。
「騎士様! 『助けて』……!」
その声――合言葉を聞いた瞬間。
頭上の枝葉が揺れ、殺意に飢えた傭兵たちが一斉に木から飛び降りた。
「助けて。――貴方の首が、欲しくてたまらないのよ」
木々から降り注ぐ死の雨が、唖然とする騎士たちをそのまま無慈悲に惨殺していく。
そしてライカは、すがりつくように抱き着いた騎士の首を、隠し持っていた刃で一息に刎ね飛ばしていた。
「ようし、上々だ。おめぇら、こいつらの首を持っておけ。今夜、奴らの野営地にこの首をぶん投げてくるんだ。さぞや、喜んでくれることだろうよ」
「へ、へい……」
大悪党のあまりに外道な指示と、そこから漏れ出る濃密な殺気に当てられ、荒くれ者であるはずの傭兵たちが思わず後ずさる。
「ライカ!? そこまでやるのか!?」
「ザック、わかんねぇか? これは親切ってやつなんだよ。それとよ。一つ言う。死にてぇのなら、ここで死ね」
「ライカ……!」
激しい胃痛に顔を歪めるザックに対し、ライカは血塗れの刃を振り払いながら、黄金の瞳を底意地悪く歪めた。
「ライカ殿……いえ、勝つために必要なことなんですね」
引き攣る大人たちの中で、ただ一人。
フォルテ皇子だけが、転がる首と凄惨な血溜まりを見下ろしながら、その澄んだ青い瞳に覚悟の色を浮かべていた。
「あぁ、あと、これは喜ぶところだぜ? 立派なお馬さんってやつがよ、揃ったじゃねぇか」
主をなくした軍馬を見て悪党は獰猛に嗤った。




