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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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13.拳で語ろうぜ

「なにを、はじめるの?」


 目を輝かせるフォルテには答えず、ライドを睨みつける。


「ライカ、か。お互いこれを使う」


 投げ渡されたのは刃引きされた剣だ。


「ここにきて御託はいいよな。始めるぞ」


 言うが早いか、ライドは一直線に距離を詰め、単純かつ力強く、剣を上段から振り下ろしてきた。


 ――速い。そして、重い。


 必死に身体を捻り、致命傷の軌道を横へと逸らす。躱したはずだった。だが、掠めた。

 巨漢の膂力が生み出す剛剣の風圧と、切っ先が皮一枚に触れただけの衝撃。たったそれだけで視界がぐるりと回転し、身体は容赦なく地面へと叩きつけられる。


「おおおッ! ライド! その女やっちまえ!」


 野次馬の傭兵たちが、血の匂いに熱狂したように汚く叫ぶ。その下劣な怒号の隙間に、


「ライカ……頑張れ」


 ザックの小さな、けれど切実な声が耳に落ちた。

 ジャリ、と。口の中に広がる砂と血の味を吐き捨てながら、土に塗れて再び立ち上がる。


(どうする? 替わるか?)

『馬鹿いいなさい。替わるわけないでしょう!』


 全身の骨が軋む痛みに耐えながら、立ち向かう。

 しかし、再び無慈悲に吹き飛ばされる。それでも歯を食いしばり、立ち向かう。また吹き飛ばされる。


 何度立ち上がっても、男の巨躯から放たれる質量には届かない。膝から崩れ落ち、ついに立ち上がる力が尽きかける。


(小娘。終わりだ。替われ)

『私は、私は飾り、じゃ、ない、のよ……ッ!』


 ただ身体を貸すだけの人形にはならない。そう念じても、限界を超えた身体は、もはや指一本動かすことすら拒絶していた。


(限界だな。小娘。――替わるぞ)

『ちく、しょう……』


 悔し涙と共に、意識が深く沈んでいく。


 ――フッ、と。

 視界が切り替わり、俯いていた顔を上げる。


「早く降参って言ったらどうだ!? ライカァ! 弱いものイジメは好きじゃねぇんだよ!」


「弱いものイジメ? ハッ、弱いものイジメがこの世の最高の遊戯だろ? 何せ俺から見れば、この世の全員が弱者だからだ」


 ――顔を上げた瞬間、ライドの顔が引き攣り、巨体がビクリと強張るのが見えた。


「おめぇ、瞳の色が金色に……!?」


 だが、ライドは剛剣を振り下ろす。力任せの一撃が頭上へと迫るが、その軌道は、欠伸が出るほどハッキリと見えていた。


「なっ!?」


 ズドンッ!! と、凄まじい地鳴りが響いた。

 ライドが目を見開いている。それほど意外だったのだろう。振り下ろされた剣の切先は、地面に深くめり込んでいる。振り終わりの剣の峰を上から踏みつけ、押さえ込んでやったのだ。


「いいねぇ、殺す気じゃねぇか。そら、一撃だ」

「がはっ!?」


 剣を固定され、前のめりになったライドのがら空きの顎に、下からの踵蹴りをめり込ませてやる。メシっと骨が軋む音がした。

 脳髄を激しく揺らされたのか、巨漢の現団長が白目を剥いてよろける。


「弱いものイジメのコツだ」

「ライドォ!? どうしちまったんだ!?」


 周囲の傭兵たちが思わず悲鳴を上げ、一斉に後ずさる。


「躾! 雑魚犬には躾だ」


 動きが止まったライドの剣の腹を足で払い、無様に地べたへ這いつくばらせる。すかさず、その巨体の上に馬乗りになった。


「ほらよ」


 ゴキッ! と、拳をライドの顔面に容赦なく叩き込む。


「が!?」

 

 ライドの顔面から血が噴き出る。


「そうら」

「ごふ!?」


 頬骨が折れたか。だがかまわず続ける。


「おら」

「がァァァァァ!? こ、こうさ――」

「きこえねぇよ。ああ、楽しいなぁ!?」

 

 降参という言葉すら吐く暇を与えず、無抵抗の団長の顔面を嬉々として殴り続ける。


「や、やべぇ! ライドが死んじまう! ライカを止めろ!!」


 顔面蒼白になった団員たちが慌てて群がり、腕を強引に引き剥がしにかかってきた。


「あぁ!? テメェらも立候補! ってやつかぁ!? 止まんねーぞコラ!」


 止めに入った傭兵たちへ向け、歓喜の咆哮を上げる。

 束になってかかろうが、この暴力の前にしては三流の傭兵など枯れ葉に等しい。群がってくる荒くれ者たちを片っ端から宙に舞わせ、地面に叩きつけてやる。


 しばらくすれば、周りで意識があるのは――岩陰でガタガタと震えながら息を殺している、ザックのみになっていた。


 首をポキポキと鳴らし、ピクリとも動かなくなった足元の『元先輩たち』を見下ろす。


「交易都市ってな賑やかでたまんねぇわな」

「ライカ殿! すごい! すごいよ!」

「殿下! その者は危のうございます!」


 不意に、少し離れた場所から例の侍女が声を上げる。


「あぁ!?」

「ひっ!?」


 鋭く睨みつけると、侍女は情けない悲鳴を上げてすくみ上がった。


「なんにせよ、これで俺が団長だ。いいか、お前ら、俺の為にせっせと働けよ。脱走者は殺す。フハハハ! 聞こえちゃいねぇか! なぁ!? ザックゥ!?」

「知らねぇ知らねぇ、俺は何も見てねぇ何も見てねぇぜ」


 岩陰で頭を抱え、ガチガチと歯の根を鳴らすザックの姿に、腹の底から愉快な笑いが込み上げてくる。

 足元には、ピクリとも動かなくなった巨漢と、無様に倒れ伏した有象無象の傭兵たちが散らばっている。

 悪鬼の歓喜の哄笑だけがいつまでも響き渡っていた。

 

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