13.拳で語ろうぜ
「なにを、はじめるの?」
目を輝かせてフォルテはライカを見る。
しかし、それに答えることもなく、ライカはライドを睨みつける。
「ライカか。お互いこれを使う」
投げ渡されるは刃引きされた剣。
「ここにきて御託はいいよな。始めるぞ」
言うが早いか、ライドは一直線に距離を詰め、単純かつ力強く、剣を上段から振り下ろしてきた。
――速い。そして、重い。
ライカは必死に身体を捻り、致命傷の軌道を横へと逸らした。完璧な回避だった、はずだった。
だが、掠めた。
巨漢の膂力が生み出す剛剣の風圧と、切っ先が皮一枚に触れただけの衝撃。たったそれだけで、小柄な少女の身体は枯れ葉のように宙を舞い、無惨に吹き飛ばされた。
「おおおッ! ライド! その女やっちまえ!」
野次馬の傭兵たちが、血の匂いに熱狂して叫ぶ。
その下劣な怒号の隙間に。
「ライカ……頑張れ」
誰にも聞こえないような、ザックの小さな、けれど切実な声だけが落ちた。
ジャリ、と。口の中に広がる砂と血の味を吐き捨てながら、ライカは土埃に塗れて再び立ち上がる。
(どうする? 替わるか?)
『馬鹿いいなさい。替わるわけないでしょう!』
全身の骨が軋む痛みに耐えながら、立ち向かう。
しかし、再び無慈悲に吹き飛ばされる。それでも歯を食いしばり、立ち向かう。また吹き飛ばされる。
ライカの魂の強さとは裏腹に、二人の間にある力の差は、あまりにも絶望的で歴然だった。
膝から崩れ落ち、ついに立ち上がる力が尽きかける。
(小娘。終わりだ。替われ)
『私は、私は飾り、じゃ、ない、のよ……ッ!』
血を吐くようなエルマの叫び。ただ身体を貸すだけの人形にはならないという、強烈な矜持。
だが、限界を超えた身体は、もはや指一本動かすことすら拒絶していた。
そんな彼女の不屈の意志を、満足げに、そして残酷に肯定するように。悪鬼の低い声が脳髄に響く。
(限界だな。小娘。――替わるぞ)
『ちく、しょう……』
悔し涙と共に、エルマの意識が深く沈んでいく。
――そして。
泥に塗れて俯いていた少女が再び顔を上げた時。その瞳は、すべてを蹂躙する『黄金』へと染まっていた。
「早く降参って言ったらどうだ!? ライカァ! 弱いものイジメは好きじゃねぇんだよ!」
「弱いものイジメ? ハッ、弱いものイジメがこの世の最高の遊戯だろ? 何せ俺から見れば、この世の全員が弱者だからだ」
泥に塗れた少女が顔を上げた瞬間、その瞳に宿った『黄金の輝き』を見たライドの背筋に、ゾクリと氷のような悪寒が走った。
だが、すでに剛剣は振り下ろされている。力任せの一撃が、今度こそ少女の身体を真っ二つに叩き割る――。
「なっ!?」
ズドンッ!! と、凄まじい地鳴りが響いた。
ライドが驚愕に目を見開く。振り下ろされた剣の切先は、地面に深くめり込んでいた。否、違う。
少女の足が、振り終わりの剣の峰を上から完璧に踏みつけ、押さえ込んでいたのだ。
わずかでも見誤れば己の足を切断される、太刀筋の軌道が完全に見えていなければ不可能な神業。
「いいねぇ、殺す気じゃねぇか。そら、一撃だ」
「がはっ!?」
剣を固定され、前のめりになったライドのがら空きの顎に、下からの強烈な踵蹴りがめり込む。
脳髄を揺らされ、後ろによろける巨漢の現団長。
「弱いものイジメのコツだ。ライドォォォォ!?」
「ひ、ひい!」
野次馬の傭兵たちが思わず悲鳴を上げた。
少女の小さな身体から、空気が歪むほどのどす黒い闘気が漏れ出て、戦場全体をねじ伏せるような圧を放っていたからだ。それはもはや、人間の放つ気配ではない。
「躾! 雑魚犬には躾だ」
恐怖で足が止まったライドの隙を見逃すはずもない。剣の腹で足を払われ、巨漢は無惨にも地べたに張り付いた。
すかさず、ライカはその巨体の上に馬乗りになる。
「ほらよ」
ゴキッ! と、尖った拳がライドの顔面に容赦なくめり込む。
「が!?」
「そうら」
「ごふ!?」
「おら」
「がァァァァァ!? こ、こうさ――」
「きこえねぇよ。ああ、楽しいなぁ!?」
降参という言葉すら、振り下ろされる暴力の雨が許さない。
血飛沫を上げながら、無抵抗の団長を嬉々としてタコ殴りにする狂気の光景。
「や、やべぇ! ライドが死んじまう! ライカを止めろ!!」
完全に戦意を喪失した団員たちが、慌てて群がり、顔面蒼白でライカを引き剥がして止めるまで、その血みどろの弱いものイジメは延々と続いたのだった。
「あぁ!? テメェらも立候補! ってやつかぁ!? 止まんねーぞコラ!」
止めに入った傭兵たちを、新たな挑戦者と曲解した悪鬼が歓喜の咆哮を上げる。
そこからはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
暴れ回るライカ。束になってかかろうが、圧倒的な暴力の渦を前にしては三流の傭兵など枯れ葉に等しい。次々と宙を舞い、地面に叩きつけられていく荒くれ者たち。
しばらく経てば、砂塵の傭兵団の団員で意識があるのは――岩陰でガタガタと震えながら息を完全に殺している、ザックのみになってしまった。
文字通り、死屍累々の戦場。
そのど真ん中で返り血で真っ赤に染まったライカは、退屈そうに首をポキポキと鳴らす。そして、ピクリとも動かなくなった足元の『元・先輩たち』を見下ろし、
「交易都市ってな賑やかでたまんねぇわな」
と、獰猛に嗤うのだった。




