12.フォルテ
その高らかな宣言を聞いて、執事と侍女が悲鳴を上げた。
「あぁあぁあああぁあ……ッ!!」
『――ッ!? 帝国!? こいつが!?』
少年の口から飛び出した『ガルヴェリア(皇族)』の姓。
その瞬間、エルマの奥底に眠る憎悪が爆発し、少女の右手が無意識のうちに剣の柄に添えられそうになる。
(小娘。雑魚につられて、でっけぇ魚を逃すってなもんだ)
悪鬼は反射的に殺意に駆られるエルマを内心で宥めつけ、強引に手の力を抜かせた。
(――あぁ、最高だ。予想外の快速馬車だぜ。こいつを傀儡にすれば、全てが一手、二手早まる)
「すごい! みんな! 僕のお抱えの傭兵にならないか!?」
無邪気に両手を広げ、目を星のように輝かせたフォルテ皇子が、とんでもない提案を口にした。
(まさか皇子が、自ら私兵にならないかと誘い掛けてくるとはな)
帝国の皇子という後ろ盾。自由に動かせる軍資金。そして、内部情報へのアクセス権。
特大の報酬が向こうから転がり込んできた状況に、悪鬼は内心で獰猛にほくそ笑んだ。
しかし、傭兵団をまとめる団長ライドは、剣を肩に担ぎ直しながら、困ったように頭を掻く。
「私兵たってなぁ……。王族のお抱えになれるってのは破格でありがてぇ話だが、俺たちは自由が売りでなぁ。堅苦しい軍の規則に縛られるのは御免被るぜ」
ライドの現実的な懸念を聞いたフォルテは、一瞬だけシュンと眉を下げたが、すぐに胸を張って一生懸命に言葉を紡いだ。
「大丈夫だよ! その、ぼくは……第六皇子なんだ。だから、上に優秀なお兄様たちがたくさんいて、誰からも期待されてないんだ。……だから大丈夫! 王都に戻っても基本は放置されるから、ある程度は自由だよ!」
(ハッ。本来なら口にするのも憚られるような境遇だろうに、満面の笑みで就労条件のメリットにしやがった。大したタマだぜ)
「いいじゃないか! 王族の私兵!!」
その言葉に、誰よりも早く食いついた男が一人。
馬車の陰からノコノコと這い出してきたザックが、金貨の幻影を見るような下卑た笑顔で身を乗り出してきた。
「給料は帝国持ち! しかも期待されてねぇ干され皇子なら、最前線に送られて下手に命張る必要もねぇ! 最高に美味しいお仕事じゃねぇか団長ォ!! 綺麗な嫁さんもきっと手に入る!」
「お前なぁ……不敬罪がこわくねぇのか?」
あからさまに特急券に飛びつこうとするザックの浅ましさに、ライドが深い溜め息を吐く。
悪鬼は声を立てずに肩を揺らして嗤った。
(戦場で脳みそぶちまけてきたようだな。第六皇子てなぁ、肉壁だぜ? クク、命なんざすぐ吹き飛ぶ魑魅魍魎の戦場さ)
『……命は壁ではない』
悪鬼とエルマの精神内の会話をよそに、ライドは剣を地面に深々と突き立て、重い口を開いた。
「砂塵の傭兵団の掟だ。受けるか、受けないか。部隊の命運を左右するこんな重要な決定は、団長が下す」
その重々しい宣言に、傭兵たちもザックも息を呑む。
だが、ライドはぐるりと周囲の団員たちを見回すと、ふとニヤリと笑った。
「が、これもまたウチの掟だ。丁度、アーティアの季節だからな。俺が前任をぶちのめして団長になってから、きっちり二年が経った。……団長替えの時期だ」
アーティアの季節が二巡すること。それは、砂塵の傭兵団におけるトップ交代の儀式を意味する。
立候補制であり、名乗りを上げた者たちの中で『一番強い奴』が次の団長になるという、極めて単純明快なルールだ。
(先ほどの乱戦でも自ら前線に立って武力を見せつけたんだ。統率を奪われたのが相当悔しかったと見える。大人しく座を譲る気なんざ毛頭ねぇって顔だな)
誰か、俺に挑む奴はいるか。
ライドの無言の挑発に、血の気の多い傭兵たちも互いに顔を見合わせるだけで、一向に手が上がる気配はない。
誰もが「今回もライドの続投だ」と確信しているであろう、沈黙の戦場に、
「――私がやる」
エルマは凪いだ声で静かに進み出た。
全員の視線が一点に集まる。
「あぁ……絶対やると思ったよ、このイカレ女……」
視界の隅に、ザックが深く溜め息を吐き出す姿が映った。
この男だけは自身の行動を読んだらしい。




