12.フォルテ
その高らかな宣言を聞いて、執事と侍女は叫んだ。
「あぁあぁあああぁあ……ッ!!」
道中必死に隠し通していた身分を、よりにもよって野盗紛いの傭兵たちの前で盛大に自ら告白してしまった坊ちゃまを見て、白目を剥いて気絶する侍女と執事。
『――――ッ!? 帝国!? こいつが!?』
少年の口から飛び出した『ガルヴェリア(皇族)』の姓。
その瞬間、エルマの奥底に眠る激しい感情が爆発し、ライカの右手が無意識に、だが明確な敵意を持って自身の剣の柄を強く握りしめた。
(小娘。雑魚につられてでっけぇ魚を逃すってなもんだ)
反射的に殺意に駆られるエルマを内心で宥めつつ。
――ただ一人。大悪党バルバロッサだけが、この状況と、血の海で最高に嬉しそうに笑うイカれた皇子を前に、嗤う。
(――あぁ、最高だ。予想外の快速馬車だぜ。こいつを傀儡にすれば、全てが一手、二手早まる)
黄金の瞳を三日月のように細め、ライカは獰猛に舌舐めずりをする。
帝国に恨みを持つ令嬢と、大悪党、そして純真な狂気を孕んだ皇子。
彼らの運命が最悪の形で交わった瞬間であった。
「すごい! みんな! 僕のお抱えの傭兵にならないか!?」
無邪気に両手を広げ、目を星のように輝かせたフォルテ皇子が、とんでもない提案を口にした。
(……ほう?)
その言葉に、ライカの黄金の瞳が微かに細められる。
元々は密書に記された『要人の暗殺計画の察知』から始まったこの道中。まさかの皇子が、自ら私兵にならないかと誘い掛けてきたのだ。
帝国の皇子という後ろ盾。今よりは自由に動かせる軍資金。そして、内部情報への極上のアクセス権。
予想外すぎる特大の報酬に、悪鬼は内心で獰猛にほくそ笑んだ。
しかし、傭兵団をまとめる団長ライドは、剣を肩に担ぎ直しながら、困ったように頭を掻く。
「私兵たってなぁ……。王族のお抱えになれるってのは破格でありがてぇ話だが、俺たちは自由が売りでなぁ。堅苦しい軍の規則に縛られるのは御免被るぜ」
傭兵としての矜持と現実的な懸念。
それを聞いたフォルテは、一瞬だけシュンと眉を下げたが、すぐに胸を張って一生懸命に言葉を紡いだ。
「大丈夫だよ! その、ぼくは……第六皇子なんだ。だから、上に優秀なお兄様たちがたくさんいて、誰からも期待されてないんだ。……だから大丈夫! 王都に戻っても基本は放置されるから、ある程度は自由だよ!」
皇族としての自身の価値の無さ。本来なら口にするのも憚られるような境遇を、少年は就労条件の緩さのメリットとして満面の笑みでプレゼンした。
「いいじゃないか! 王族の私兵!!」
その言葉に、誰よりも早く食いついた男が一人。
馬車の陰からノコノコと這い出してきたザックが、金貨の幻影を見るような下卑た笑顔で身を乗り出す。
「給料は帝国持ち! しかも期待されてねぇ干され皇子なら、最前線に送られて下手に命張る必要もねぇ! 最高に美味しいお仕事じゃねぇか団長ォ!! 綺麗な嫁さんもきっと手に入る!」
「お前なぁ……」
ウキウキで特急券にサインしようとする三流傭兵の浅ましさに、ライドが深い溜め息を吐く。
一方、ライカは声を立てずに肩を揺らして笑っていた。
(戦場で脳みそぶちまけてきたようだな。第六皇子てなぁ、肉壁だぜ? クク、命なんざすぐ吹き飛ぶ魑魅魍魎の戦場さ)
『……命は壁ではない』
何も知らない傭兵たちと、狂気の片鱗を見せる皇子。
そして、盤面を支配する大悪党。
死体蹴りめいた喧騒の中で、彼らの最悪で最高の契約が結ばれようとしていた。
ザックの浅ましい歓喜の声が響く中、ライドは剣を地面に深々と突き立て、重い口を開いた。
「砂塵の傭兵団の掟だ。……受けるか、受けないか。部隊の命運を左右するこんな重要な決定は、団長が下す」
その重々しい宣言に、傭兵たちもザックも息を呑む。
だが、ライドはぐるりと周囲の団員たちを見回すと、ふとニヤリと笑った。
「が、これもまたウチの掟だ。丁度『アーティア』の季節だからな。俺が前任をぶちのめして団長になってから、きっちり二年が経った。……団長替えの時期だ」
アーティアの季節が二巡すること。それは、砂塵の傭兵団におけるトップ交代の儀式を意味する。
立候補制であり、名乗りを上げた者たちの中で『一番強い奴』が次の団長になるという、極めて単純明快で野蛮なルール。
当然、現団長であるライドもその座を譲る気などない。先ほどの乱戦でも自ら前線に立ち、武力と統率力を見せつけたばかりだ。統率力に関してはライカに奪われるケチが付くような形にはなったが。
誰か、俺に挑む奴はいるか。
ライドの無言の挑発に、血の気の多い傭兵たちも互いに顔を見合わせるだけで、一向に手が上がる気配はない。
今回も現団長の続投か。誰もがそう確信しかけた、沈黙の戦場に。
「――私がやる」
凛とした、そして澄んだ氷のような声が響いた。
全員の視線が一点に集まる。
そこには、先ほどまでの暴虐の王のような怪物ではなく、感情をどこかで落としてきたような、そんな表情の出来過ぎた美術品のような女が立っていた。
「あぁ……絶対やると思ったよ、このイカレ女……」
静まり返る戦場の端で。
唯一、ライカの思考回路を誰よりも理解しつつあるザックだけが、胃を押さえながら深く、深く溜め息を吐き出したのだった。




