11.墓荒らしは許さねぇぜ?
瞬間、物理的な重圧にも感じるようなどす黒く重い殺気が、戦場全体に圧し掛かってきた。ザックは思わず息を詰まらせる。
「フハハハ! この俺が死地よ! 愚鈍な者共! ひれ伏せ! 泣き叫べ! 俺がバルバロッサだ!!」
「わぁ! バルバロッサ!」
「ライカ……お前、マジで乗り、移った、ようだぜ」
返り血を浴びた銀髪の女が放つ、その可憐な容姿からは到底考えられない強者の覇気。ザックは額に浮かんだ冷や汗を拭うことすらできなかった。
「生きたい奴は聞け! 死にたい奴は思考停止して、そのままあの世に逝きな!」
戦場に、ライカの鋭い声が鞭のように響き渡る。
劣勢に顔を引き攣らせていた傭兵たちが、その傲慢な声に打たれ、ビクッと肩を震わせた。
「相手の陣形は円陣だ! 横一列で馬鹿正直に打ち合うな! まずは二歩引け!」
その言葉に、前衛で死に物狂いに剣を振るっていたライドたちが、弾かれたように後ろへ大きく跳躍する。
刃の交差が途切れ、一瞬の静寂が落ちた。
二歩下がって距離を置いたことで、ザックの視界にも、初めて敵の陣形の全容がはっきりと映り込んだ。盾を隙間なく並べ、死角を潰した強固な鉄の壁だ。
「そら、見えただろう! 大した大きさじゃねぇ! 盾を並べて固まってるだけで、中身はスカスカなんだよ!」
ライカは戦場を見下ろしながら、嘲笑うように告げた。
「散開し、さらに大きな円で包囲しろ!」
砂塵の傭兵たちは一斉に剣を引き、ただの横一列から、敵の円陣を外側から丸呑みするように大きく左右へと散開し始める。
「囲ませるな! 対応しろ!」
敵の隊長らしき男が鋭く指示を飛ばしたのが聞こえた。
包囲されることを嫌ったのだろう。敵兵は、傭兵たちの動きを牽制し、阻止すべく反射的に自分たちの円陣を外側へと広げていく。
(……なるほどな。そういうことかよ!)
ザックは、悪党の意図に気が付いた。
限られた人数のまま無理に円の直径を広げれば、当然、兵と兵の間に繋がりを維持できない隙間が生まれる。強固な盾の壁は自らの動きによって引き裂かれ、敵の円陣はあっけなく綻びはじめた。
「――馬鹿め!」
ライカの黄金の瞳が、獰猛な歓喜に歪んだのが見えた。
「円陣が崩れたぞ!! そのまま雪崩れ込めェッ!!」
ライカの号令が、戦場に響き渡る。
陣形を崩され、ただの個人の集まりへと成り下がった敵に対し、息を吹き返した荒くれ者たちが、その隙間へと怒涛の勢いで殺到していく。
そして、号令をかけた張本人もまた、残虐な笑みを浮かべて獲物の群れへと駆け出した。
「そら、ザック! 少年! 行くぞ! イーーーヤッハーーーッ!!」
「おいこら襟首を引っ張るな! 俺は隠れてたいんだよ!!」
「うん! ここで殲滅なんだね!」
狂喜乱舞するライカに襟首を掴まれ、ザックは引きずり出されながら悲鳴を上げた。
血飛沫が舞う戦場に向けて、目をキラキラと輝かせながら嬉々として物騒な単語を復唱する少年の無邪気な声が隣から聞こえる。
(どいつもこいつもイカれてやがる!)
ザックは顔を歪めた。
ライカは崩れた円陣に狂気の声をあげながら突撃していく。
「ハハ! ファーハッハッハ!!」
助走をつけたライカは、構えられた敵の盾を足場にして軽やかに跳躍した。そのまま上段から突き下ろされた凶刃が、兜ごと敵兵の脳髄を容易く串刺しにする。血飛沫を蹴り上げて彼女が舞い降りたのは、敵陣のど真ん中だった。
「人の墓場ぁ、荒らしたらよォ。化けて出てくるって話じゃねぇか? あ? オイ」
顔面を蒼白にして狼狽する敵兵。振り返る間すら与えず、ライカはがら空きの背中を剣で薙ぎ払う。肉を断つおぞましい音が響いた時には、彼女は既に円の外へと離脱していた。
「イカレ女! 俺は嫌だからな! お前となんて命がいくつあっても!」
ザックは叫びながらも、決して無理に斬り合おうとはしなかった。一合打ち合えばすぐさま死角へと退避を繰り返す。死にたくない一心で逃げ回っている自分の行動が、結果的に敵の陣形を乱している。
「最ッ高じゃねぇか! オラ! 野郎共! 殺せ! 殺せ!!」
周囲を見渡せば、先ほどまで顔を引き攣らせていた傭兵達が、ライカの放つ狂気に当てられ、獰猛な笑みを携えて獣のように剣を振るっている。
絶叫が支配した一方的な蹂躙劇は、唐突に終わりを迎えた。
陣形をくずされた敵本隊の最後の一人が地に伏し、ピクリとも動かなくなる。
傭兵たちでさえ、激しい疲労と興奮で肩を上下させ、荒い息を吐き出す中――。
「すごい! すごいよ! みんなすごい!」
静まり返りつつある戦場に、場違いなほど無邪気で、透き通った声が響き渡った。
ザックが息を呑んで振り返る。
そこには、死体の山と飛び散った血の海を背景にして、目を星のように輝かせている『ただのボンボン』の姿があった。
「フォルテ・ダイタス・ガルヴェリアが、君たちの武勇をたたえる!!」
ビシィッ! と。
返り血を浴びた凄惨な光景の真ん中で、少年は堂々たる態度で胸を張って叫んだ。
「――は?」
その言葉にザックは目を剥き、己の口から、思わず間抜けな声が漏れ出てしまっていた。




