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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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9.悪鬼の教示

 抉り取られた広大なクレーター。

 旧ゼネビアの跡地に降り立った少年の青い瞳は、熱病に浮かされたように輝いていた。


「すごい……! 本で読んだ通りだ! この巨大な岩が熱で融解した跡、爆心地から同心円状に広がる破壊の痕跡……! バルバロッサは、一体どんな魔法を使えばこんな――」

「坊ちゃまッ! 不謹慎にも程があります!!」


 はしゃぐ少年を、侍女の金切り声がピシャリと打ち据えた。


「ここは、大勢の誇り高き帝国兵が、あのおぞましい悪鬼の道連れになって命を落とした慰霊の地なのですよ!? そのような場所で目を輝かせるなど、品位が疑われます!」

「あっ……ご、ごめんなさい……」


 侍女の正論に、少年はシュンと肩を落とし、フードを深く被り直す。

 初老の執事はそのやり取りを止めることもなく、ただ油断なく周囲へ視線を配るだけだった。


(ククク、正解は地下にありったけの火薬を仕込む、だぜボンボン。魔法はスパイスがてらの着火よ)

『……薄々感づいてはいたけれど。バルバロッサって、実在したのね』

(さぁな。大衆が見た幻かも知れねぇぜ?)


 脳内で呆れるエルマに対し、バルバロッサが内心で(うそぶ)いた、その時。

 ふと、風に乗って微かに届いた鉄の匂いに彼は鼻を鳴らした。

 間違いない。密書にあった「他国のスパイ部隊」の潜伏位置は、このすぐ先だ。


「……少年。あちらの岩陰の方が、当時の爆心地の様子がよく見えるはずです」


 ライカは、わざとらしく恭しい態度で、旧ゼネビアの奥へと続く獣道を指し示した。

 憧れの爆心地という言葉に釣られ、少年がふらふらと歩き出す。侍女が文句を垂れながらそれに続き、護衛の傭兵たちもぞろぞろと後を追う。

 そして、一行が切り立った岩肌の間に差し掛かった、その瞬間だった。


「――ッ! 伏せろ!!」


 傭兵の一人が叫ぶより早く、岩の影から音もなく放たれた黒い矢が、前衛の肩を深々と貫いた。


「敵襲ゥゥッ!!」

「ひぃいいいッ!?」


 侍女が悲鳴を上げ、少年が地面にへたり込む。

 姿を現したのは、黒装束に身を包んだ二十人ほどの集団。装備には野盗を装った細工が施されているが、その足捌きや弓を構える姿勢は、間違いなく高度な訓練を受けたものだった。


「野盗の分際で舐めやがって! 野郎ども、数はこっちが上だ! 囲んで叩き潰せ!!」


 団長ライドが怒号を上げ、三十人近い傭兵たちが一斉に武器を掲げて突撃する。

 ――しかし、敵の狙いは最初から数の暴力の無効化だった。

 突如、後方へ投げられた刺激臭のする煙玉。

 さらに、敵は二つの小隊に分かれ、絶妙な連携で傭兵たちの陣形をズタズタに切り裂いていく。前線で剣を振るうライドを少数の精鋭で足止めし、本隊は煙に紛れて、ただ一直線に護衛対象ボンボンの首だけを狙って別働隊を送り込んできたのだ。


「クソッ! 分断された! ザック、ライカ! 対象を守れ!!」


 数十メートル先で敵に囲まれたライドが血相を変えて叫ぶ。

 砂塵の傭兵団の主力は分断され、今、少年と侍女、執事の周りに残っている戦力は、ライカとザックの二人だけとなっていた。


「……ッ、冗談じゃねぇぞ! 向かってくる奴ら、どう見てもただの野盗の動きじゃねぇ!」


 剣を抜いたザックが、迫り来る黒装束の集団を前に顔を引き攣らせる。

 だが、その隣で。

 ライカの唇は、三日月のように深く、獰猛に吊り上がっていた。


「……震えるなよザック。軍を動かす『練習』には丁度良いじゃねぇか」

「は……? 練習? お前、あれか? イカレモードに入ったのか?」

「――あの役立たずのボンボンが『キング』で、喚き散らすだけのババアが囮の『クイーン』だ。ジジイはどうでもいいな」


 カチャリ、と。

 ライカは小型のボウガンに矢を番えながら、黄金色に瞬く瞳で、殺到するスパイたちを『ただのチェスの駒』として見下ろした。


「そして、俺らが盤面を掻き回す『ナイト』だ。……さぁ、どこぞの犬共の首を狩るぞ」

「ナイトって柄じゃねぇんだよな、俺。死にたくねぇし。ライカ、あとは頼んだ」

「ハッ。潔い奴は嫌いじゃねぇぜ」


 ザックはあっさりと見栄を捨て、迎撃の構えすら取らずに馬車の陰へと身を潜める。三流傭兵の生存本能としては百点満点の動きだ。

 それを鼻で笑い飛ばし、ライカは背後で震える少年へと振り返った。


「少年。いいか、お前はキングだ。キングはどうする?」

「坊ちゃまに向かって、なんて口の利き方――」

「いいんだ!」


 喚き散らす侍女を、少年が珍しく強い声で制止した。

 小刻みに震える両足。それでも少年は、必死に恐怖を呑み込み、顔を上げて胸を張った。


「キングは、こういう時……偉そうに、ふんぞり返っているんだ!」


 腕を組み、精一杯の虚勢を張って両足で地面を踏みしめる少年。

 その青い瞳に宿る光に、ライカは微かに目を細めた。


「……上々だ。動くなよ」

『――来るよ』


 脳内の令嬢が放つ氷のような警告音と共に、黒装束の集団が殺意の牙を剥いて飛びかかってきた。


 迫りくる別働隊は、四人。

 先導から四方囲みまで、いかようにも陣形を変化させられる絶妙な距離感を保ちながら、彼らは一切の足音を立てずに殺到してくる。

 だが、その死の足音を前にしても、ライカの黄金の瞳は退屈そうに細められたままだった。


「いいか少年。こういう時はまず、小手調べの飛び道具だ」


 言葉と同時。ライカの左腕を覆うマントが翻った。

 腕の裏に仕込まれていた小型のボウガンの弦が開き、カシュッ、と短い音を立てて矢が射出される。

 先頭を走っていたスパイが、迎撃を警戒して身を沈めた――その動きを完全に先読みしていたかのように、甘い毒の塗られた矢は黒装束の喉元へと深々と突き刺さった。


「ガ、ッ……」


 声すら上げることもできず、敵の一人が前のめりに倒れ込み、絶命する。


「小手調べといえど、こうしてあっさり殺してしまう時がある。そんなときは『ラッキー』だ」

「……!」

「これで、さっきよりも状況が好転した。であれば、当初考えた戦術はさっさと捨てろ。盤面は常に動いてるんだ」

「すごい……!」


 目前で人が死んだというのに、少年の青い瞳は恐怖ではなく、純粋な感嘆に震えていた。

 その反応に、ライカは満足げに口角を吊り上げる。


「ああ、俺は凄いぞ。バルバロッサの一撃を見たいと思ったお前は、中々に見所がある」


 大悪党の傲慢な自己肯定。しかし、その言葉の裏打ちされた実力を前に、少年は熱に浮かされたように頷いた。


「奇策とはいえ、こういう時、統率された練度の高い奴らほど思考にノイズが混じって動揺が走る。……ほんの一瞬な」

「はい!」

「そういうときは、さらに奇策を重ねる。――逃げろ」


 言うが早いか、ライカは少年の襟首を掴むと、敵を迎え撃つのではなく、本隊が乱戦を繰り広げている方向へとあっさり背を向けて駆け出した。


「追えッ!」


 残る三人の敵兵が、態勢を立て直す間もなく激昂と共に後を追う。彼らが馬車の陰を通り過ぎようとした、その瞬間だった。


「伏兵を使え」

「おいしいところ、いただきッ! これで俺の分け前が増えるよなぁ!?」


 完全に意識の外――馬車の死角から飛び出してきたザックの長剣が、最後尾を走っていたスパイの背中を無慈悲に切り裂いた。

 鮮血が舞い、さらに一人が地面に転がる。

 三流傭兵の生存本能と、金への執着がもたらした完璧な不意打ちだ。


「……これで残り二人。そして、この盤面だけ見れば挟み撃ちとなる。同数になれば、単純に各個撃破ができる。だが、それは早計だ」


 走りながら、ライカは背後の敵を一瞥もせずに授業を続ける。


「このまま減らせば、もっと有利になれるからですか!?」

「ハッ。惜しいな少年。さらに圧倒的な数的有利に持ち込むために、改めて本隊に行くんだよ」


 ライカの視線の先。

 そこには、分断され、少数で敵本隊を押し留めている団長ライドたちの姿があった。

 敵の別働隊(残り二人)を引き連れたまま、味方の本隊に合流する。そうすれば、局地的な同数の戦闘を避け、味方の群れを利用して敵を確実にすり潰すことができる。


「ああ……! そうか!」

『悪党……自分のファンに甘いんだな』

(ハッ! 最上級を見る目があるやつはそれだけで愛でる価値がある)


 少年の顔に、パッと雷に打たれたような理解の光が走る。

 ただ剣を振り回すのではない。盤面全体を見渡し、己の手駒と状況を最大限に利用して敵をハメる、バルバロッサの軍略の真髄。

 大悪党の背中から放たれるその絶対的な強さに、少年は戦場の中にあってなお、魅入られたように笑みを浮かべたのだった。

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