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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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7.万華鏡の元令嬢

 ガルヴェリア帝国西部、中規模都市『ダダリア』。

 砂塵の傭兵団が現在拠点としているこの街の裏路地の酒場に、およそ似つかわしくない上等な馬車が横付けされたのは、団長ライドが「でっけぇ案件」を宣言した直後のことだった。


 ギィ……と立て付けの悪い扉が開き、酒場に足を踏み入れたのは三人。

 一人は、隙のない身のこなしで周囲を警戒する初老の執事。

 その後ろに隠れるように立っているのは、上等な外套をすっぽりと被った十代半ばほどの気弱そうな少年――今回の護衛対象である帝都のボンボンだ。

 そして少年の隣には、恰幅が良く、鋭い目つきで酒場の汚れや傭兵たちを睥睨している中年女性の侍女が控えていた。


「坊ちゃま、外套の襟が曲がっております。このようなむさ苦しい場所、坊ちゃまの肌に触れる空気すら不衛生ですわ。ほら、シャンとなさいませ」

「あ、ありがとう……。でも、あまり大声を出さないで……」


 外套のフードを目深に被り、蚊の鳴くようなか細い声で縮こまる少年。その頼りない出で立ちは、彼が完全な温室育ちであることを如実に物語っている。

 侍女は周囲の傭兵たちの殺気など意にも介さず、甲斐甲斐しく、かつ口うるさく少年の身なりを整え続けていた。


『――ッ!』


 その光景を見た瞬間。

 ライカの感情がどす黒く粟立った。


(小娘)

『……あの手の「甲斐甲斐しい侍女」を見ると、反吐が出るのよ』


 ライカの脳裏に、強烈な血の匂いがフラッシュバックする。

 自分を愛していると嘯きながら、母の幻影に狂い、父を侮辱し、ベルンを内側から崩壊させた狂人――マーサ。

 右目に刺繍針を突き立て、骨ごと首を断ち割ったあの夜の感触が、右手首の奥でじくりと疼いた。


(ハッ。それはお前の隙だ。戦士としての弱さがそうさせる)

『チッ……』


 内側から伝わってくる強烈な嫌悪感に、バルバロッサは内心で冷笑した。

 この小娘にとって、あのような「貴族に仕える侍女」という存在は、もはや安心の象徴などではない。いつ内側から牙を剥くか分からない、吐き気を催す欺瞞の象徴なのだ。


(まぁいい。愛想笑いしてやる義理はねぇ)


 そんなライカの脳内での会話など知る由もなく、酒場の奥にある大きな円卓では、団長ライドと初老の執事が、ダダリアから東に位置する旧ゼネビアまでの広域地図を広げて最終確認を行っていた。


「ダダリアから東へ進み、ドラグの森を抜けて旧ゼネビアへ。……ドラグの森では魔物や野盗の類は多く出る。坊ちゃまの安全は絶対だ。腕の立つ者を馬車の直衛に回していただきたい」

「わかってる。そのためのウチ(砂塵)だ」


 執事の厳しい要求に、ライドはニヤリと笑って顎をしゃくった。

 その視線の先にいたのは、酒場の隅で胃を痛めている三流傭兵と、銀髪の女のコンビである。


「おい、ザック、ライカ! ちょっとこっち来い!」


 ビクッと肩を揺らすザックの首根っこを掴み、ライカは面倒くさそうに円卓へと歩み寄る。

 執事は、胡乱な目で三流傭兵のザックを一瞥し、次いで隣のライカを見て露骨に顔を顰めた。


「団長殿。彼らは……いかにも場数だけは踏んでいそうな身なりですが。失礼ながら、こちらの女性などに直衛が務まるとは思えませんな」


 執事がそう訝しむのも無理はない。ライカの容姿は、裏社会にはおよそ不釣り合いだった。

 黙って佇むその姿は、深窓の令嬢すら霞むほどの絶世の美女である。使い込まれた革の鎧を纏い、腰に物騒な剣を帯びてさえいなければ、野盗に攫われてきた可憐な貴族の娘だと誰もが勘違いするだろう。

 初老の執事の目には、彼女が「戦場を知らない見掛け倒しの女」にしか映っていないのだ。


「そう言うなよ。これでも中々やる腕だぞ?」


 怪訝な顔をする執事に対し、ライドはさも名案だというようにガハハと笑った。


「馬車のすぐ横に、むさ苦しい野郎がずっと張り付いてみろ。坊っちゃんもあの侍女も気が休まらんだろうが。その点、こいつは女だ。同性なら、あの侍女連中も無駄に警戒せずに済むって寸法よ」


(なッ……!?)


 団長のその言葉に、一番絶望したのはザックだった。

 『警戒されない』だと?

 この見掛け倒しどころか、レッドオーガの踵を鼻歌交じりに斬り裂き、村人を笑顔で惨殺し、懐に国家反逆クラスの極秘書状を忍ばせている『歩く理不尽』だと知らずに、馬車の直衛(一番近い場所)に置くというのか!?


「てなわけで、馬車周りの直衛は、お前ら二人に任せるぞ。コンビで仲良くな、きっちり頼むぜ」

「……私は別に構わない」


 ライカは、内心の野心をおくびにも出さず、わざと「無害な女傭兵」を装って小さく肩をすくめた。

 だが、その肉体の内側では――『あの女が少しでも妙な動きを見せたら、即座に目を潰して首を刎ねてやる』と、先ほどまでのマーサへのトラウマが完全に「過剰な殺意」へと反転していた。


(……ライドの野郎、冗談キツイぜ)


 一方のザックは、もはや反論する気力すら湧かず、目の前が真っ暗になるのを感じていた。

 世間知らずの貴族のボンボンと、トラウマを抉られて殺意を募らせる内なる令嬢。そして、中身が悪逆な爆弾女。


 道中でトラブルが起きないはずがない。旧ゼネビアに到着する前に、自分の胃壁が完全に崩壊する未来が見え、ザックは静かに天を仰いだのだった。

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