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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: ぐんそう
第二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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6.優秀な傭兵団員

 血印を押されたザックの絶望の叫びなど、バルバロッサの耳には微塵も届いていなかった。

 彼の意識は、奪い取った書簡に書かれた暗号じみた文字列に完全に釘付けになっていたからだ。


(こいつはナイスな情報だ。……ククッ、あと三年は必要だと想定していたが、大幅に短縮できそうだぜ)


 黄金の瞳が、歓喜と邪悪な野心で三日月のように細められる。


『悪党。これは……』


 肉体の奥底から、信じられないものを見たというようにエルマの声が響いた。


「ひでぇ……血が止まんねぇ……だいたい俺はしがない底辺の一般人なんだぞ。なんで国家規模の反逆罪の片棒担がされてんだよ……」


 隣では親指に汚い布を巻きつけながらザックがぶつくさとボヤき続けているが、バルバロッサはそれを完全に無視し、脳内の令嬢へと応えた。


(この小僧の言う通りだ。ただの密書じゃねぇ、帝国軍の将軍クラスがやり取りする本物の『軍事機密』だ。ガルヴェリア帝国が、東の国家群を呑み込み、このグランベル大陸を支配する為の作戦の概略が記されてやがる)

『では、これをどうする気? まさか公に……』

(するわけがねぇだろうが。俺はこの情報を元に、傭兵団を動かす。帝国の連中がどこで何を仕掛けるか、全部事前に分かってるんだからな)


 バルバロッサの口角が、限界まで吊り上がる。


(この軍隊崩れのチンピラ共(傭兵団)を完全に掌握するために必要なのは、圧倒的な『実績』だ。まずはこの密書に事細かく書かれている、国内の小競り合い――そのすべてを「先回り」して、美味しいところを根こそぎ俺たちが頂く。手始めにそこからだな)


 バルバロッサは書簡を丁寧に折りたたむと、懐の奥深くへとしまい込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 数日後。

 むせ返るような酒の匂いと、男たちの汗、そして血の匂いが染み付いた薄暗い空間。

 『砂塵の傭兵団』のアジトとして使われている荒くれ者たちのたまり場の扉を蹴り開け、ライカとザックが帰還した。


「……おい、帰ってきやがったぞ」

「チッ、またあのバケモノと目が合ったぜ……」


 二人が足を踏み入れた瞬間、酒場の空気がスッと冷えた。

 嘲笑う者はいない。傭兵たちの視線に混じっているのは、底知れぬ気味の悪さと、明らかな腫物扱いの畏怖だ。

 ライカはそんな視線など一切無視し、受付代わりのカウンターへと歩み寄ると、ドサリ、と麻袋を乱暴に放り投げた。

 中から転がり出たのは、腐臭を放つ巨大な『レッドオーガ』の生首だった。


「うおッ!? きったねぇな! いきなり生首を出す奴があるか!」


 カウンターの奥で帳簿をつけていた団の管理役が、顔を顰めながら身をのけぞらせる。


「依頼完了の証明だ。とっとと確認しろ」

「わ、わかったよ! ……チッ、相変わらず血生臭ぇ女だぜ」


 管理役が文句を言いながらオーガの討伐を帳簿に記録する中、ライカはさらに、革袋に入った銀貨と銅貨をじゃらりとカウンターに置いた。


「依頼主の村からの追加報酬だ。規定通り、団への上納金として一部を納める」

「……追加報酬って、これっぽっちかよ。相変わらずチマチマした稼ぎしやがって。まあいい、ご苦労だったな」


 舌打ちしながら金貨を回収する管理役。

 一見すれば、ただの底辺傭兵のありふれた依頼報告の風景である。だが――。


 (……チマチマした稼ぎ、ねぇ……)


 少し離れた場所からそのやり取りを眺めていたザックは、死んだ魚のような、どこまでも遠い目をしていた。

 カウンターに出されたその追加報酬は、村長が隠し蔵にため込んでいた金貨や財宝の山の、ほんの耳かき一杯分にも満たない「小銭」であることを、この場でザックだけが知っている。

 残りの軍資金と、特大の爆弾(密書)は、目の前にいる銀髪の女がすべてネコババしているのだ。


 (何も知らねぇってのは、ある意味一番幸せなことなんだな、まったくよ……)


 己の胃の痛みが、もはや慢性的なものになりつつあるのを感じながら、ザックは深く、ひたすらに深い溜め息を吐き出した。


「お前ら、なかなか早い仕事っぷりじゃねぇか」


 その時、酒場の奥から野太い声が響いた。

 立ち上がってきたのは、筋骨隆々の巨漢。『砂塵の傭兵団』を束ねる団長、ライドである。

 彼はカウンターに転がる首を見て、ニヤリと笑った。


「レッドオーガかよ。超大物じゃねぇか。……よし、ザック。お前ら、このまま組ませてみようと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、ザックの心臓がヒュッと冷たく跳ね上がった。


(冗談じゃねぇッ!!)


 さっきまで「このイカれた女からどうやって逃げようか」と、帰り道の間ずっと必死に考えていたのだ。

 ただでさえレッドオーガを地形利用で突き落とす容赦のなさ、水場に毒を仕込む外道に加え、村人の惨殺はいいか。隠し財宝のネコババ、極めつけは帝国軍の『特級軍事機密』の保持。これ以上こんな歩く国家反逆罪のようなバケモノと一緒にいたら、命がいくつあっても足りない。


「おい、団長、ちょっと待て!」


 ザックは血相を変え、縋り付くようにカウンターへ身を乗り出した。


「俺はしがない普通の砂塵の傭兵団員だぜ!? なんで俺が、こんなどこの馬の骨とも分からねぇ――」

「砂塵の傭兵団は優秀ってことだな!」

「団長。ありがとう」


 だが、ザックの必死の抗議は取り合ってもらえず、無情にも真横からすっぱりと遮られた。

 ライカは淡々と礼を述べると、さっそく密書の情報を元に盤面を動かすべく口を開いた。


(御しやすい駒いただきだな)

「次なんだけど……」

「これからでっけぇ案件がある。まずはそれからだ。今回は砂塵の全員で行くぞ」

「あ? 聞いてねぇぞ、ライド!」


 団長の突然の宣言に、酒場で飲んでいた団員たちから一斉に不満の声が上がる。


「うるせぇ! もう決めたんだ! 帝都のボンボンが旧ゼネビアに行きたいそうだ。その護衛だ!」


 ライドの一喝が酒場を静まらせる中。

 ライカの黄金の瞳が、僅かに見開かれた。


(ゼネビア……ね)

『?』


 令嬢が不思議そうに首を傾げる気配を感じながら、悪鬼は内心で獰猛な笑みをこぼした。

 交易都市ゼネビア。それは約十八年前、大盗賊団『ゼノン一家』の戦頭であったバルバロッサ自身が、都市もろとも道連れに自爆した因縁の地である。


(まぁいい。小娘、問題ない。目的地は同じだ。……このボンクラ団長、存外いい仕事持ってくるじゃねぇか)


 己の野望と、過去の因縁が交差する。

 銀髪の傭兵は、来るべき波乱の予感に、冷酷な笑みを深く刻んだ。

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