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大悪令嬢 ー最凶の悪鬼と貧弱令嬢ー  作者: ぐんそう
二章 狼と薔薇の輪舞曲(ロンド)
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3.害虫駆除

「着いた……。控えめに言って、生きた心地がしなかったぜ……」


 すっかり日の昇った朝。

 徹夜の強行軍と、隣を歩く相棒の禍々しい気配にすっかり神経をすり減らしたザックは、肩で息をしながらボヤいた。

 目の前には、粗末な木の柵で囲われた小さな集落――目的地のマルチダ村があった。活気などは微塵もなく、痩せこけた村人たちが遠巻きにこちらを不安げな目で見つめている、地味で貧相な農村だ。

 そんな村の入り口に、ザックとは対照的に涼しい顔(というより、感情の一切抜け落ちた能面のような顔)をしたライカが佇んでいる。


「おお、砂塵の傭兵団の方とお見受けしました!」


 みすぼらしい村人たちの中から、一人だけ少しマシな服を着た初老の男が小走りで近づいてきた。村長だ。


「よくぞ来てくださいました。最近、村の者が次々と東の森に――」

「……」


 村長が涙ながらに被害状況を語り始めた、まさにその途中のことだった。

 ライカは説明を最後まで聞くこともなく、興味なさげに背を向けると、村長が指差した『東の森』へ向かってさっさと歩みを進め始めた。それは道中抜けてきた森である。


「おい、待てって! 人の話は最後まで聞けって、親に習わなかったのか!?」

 あまりの非常識さに、ザックが慌ててライカの肩を掴んで引き留める。


「……親は、いない」


 振り返ったライカの表情を見て、ザックは思わず息を呑んだ。

 常に絶対零度だったその美貌に、一瞬だけ、今にも泣き出しそうなほど寂しげな色が浮かんだからだ。


「あ……す、すまねぇ……。いや、今はそれ関係ねぇ! とりあえず依頼主の話を聞けって!」

 思わぬ地雷を踏み抜いてしまったことにザックが慌てふためくが、ライカの表情はすでに、元通りの氷のような冷徹さに戻っていた。


「必要ない。場所さえわかれば問題ない」

「ったくよォ……。お前、そんなんじゃ、そのうち真っ先に命落とすんじゃねぇか……?」


 周囲の警戒もせず、敵の規模や情報すら聞かずに単身で森へ向かおうとする相棒の背中を見て、ザックは深い深いため息をついた。


(ハッ、ちげぇねぇな)


 ザックのその呆れたボヤキに対し、内側の悪鬼――十八年前に一度自爆して命を落としている大悪党・バルバロッサの笑いの線にかかったのか鼻で笑い、東の森へと足を踏み入れた。


 * * *


 茂みの陰から谷底を覗き込んだザックは、顔面を蒼白にして震え上がった。


「おいおい、ライカ。これはヤベェ数だぞ……」

「……」

(おうおう、ずいぶんと景気よく繁殖してんな)


 村長の指差した方角に残っていた、巨大で乱雑な足跡。それを辿っていった先の切り立った崖の下には、巨大な洞窟が口を開けていた。

 そしてその周辺には、人間の倍はあろうかという筋骨隆々の巨体――食人鬼オーガたちが、大小合わせて数十匹もひしめき合っている。血肉の残骸が散らばるその光景は、まさに地獄の釜の底だった。


「冗談じゃねえぞ……あんなバケモノの群れ、俺たち二人でどうにかなるレベルじゃねえ! まともにやり合ったら、帝国の正規軍が百人は必要だろうが……ッ!」


 ザックがパニックになりかけ、這いつくばったまま後ずさろうとした、その時だった。

 ライカは群れの規模を一瞥しただけで、剣を抜くこともなく、再び無言で歩き出したのだ。それも、洞窟から少し逸れた森の奥の方角へ向かって。


「お、おい! だから人の話を聞けって! 逃げるなら村の方角はあっちだぞ!」


 必死に声を殺しながらライカの背中を追うと、やがて岩肌から澄んだ水が湧き出す、小さな泉を見つけた。

 ライカはその泉にたどり着くや否や、躊躇いもなく昨晩の野営で作った小瓶を取り出し、あの『甘く刺激的な異臭』を放つドス黒い粘液を、清流へとドボドボと流し込み始めた。


「おい、まさか……お前、それ、毒じゃ……!?」


 ザックが顔を引きつらせて問うと、ライカは空になった小瓶を捨て、淡々と事実だけを口にした。


「奴らの住処周辺の足跡の深さ、土の踏み固められ方、それに獣道の動線……見ればわかるだろう。あの群れは、必ずこの泉から日常的に水を引いている」

「お前……毒って戦士の誇りはないのか?」

「害虫駆除は戦ではない」


 あまりにも非情で、戦士の誇りすら微塵もない「駆除作業」。ザックは血の気が引くのを感じ、それ以上言葉を続けることができなかった。


(基本だな)


 恐怖に顔を歪める凡人を他所に、内側で悪鬼が満足げに嗤う。


「……来るぞ。息を潜めろ」


 ライカの冷たい声に従い、二人は泉を見下ろす風下の茂みに身を隠した。

 やがて、ザックの心臓が早鐘を打つ中、巨大な水桶を担いだ数匹のオーガが、地響きを立てながら水汲みに現れるのだった。


(――やっぱり来るんじゃなかった! こんなのが一匹でもこっちに気づいてみろ、俺なんか即座にミンチだぜ……ッ。一山当ててリッチになってよォ、綺麗で優しい嫁さん捕まえる俺のナイスな人生計画が!)


 生きた心地のしない茂みの中で、ザックはガタガタと震えながら己の不運を呪い、叶うはずもないささやかな夢にすがって現実逃避していた。

 

「……行ったな」


 やがて、巨体たちが地響きと共に遠ざかると、ライカが静かに立ち上がった。

 オーガという種は、力や生命力に関しては人間の比ではないが、悲しいほどに知性が足りない。彼らは水桶から漂う微かで不自然な『甘い香り』など一切気に留めることなく、せっせと群れの待つ洞窟へと毒水を運び去っていったのだ。


 * * *


 再び、二人は件の洞窟を遠巻きに観察する。


「おい、もう帰ろうぜ。最低でも、まずはみんなに報告しねぇとよ……」

「そろそろだ」

「おう?」


 ズズンッ……!

 ザックのボヤキを遮るように、洞窟の奥から、野獣の断末魔のような叫び声と、巨体が悶え苦しみながら地響きを立てて倒れる音が連鎖し始めた。


 それを見届けたライカが、獰猛に口角を吊り上げ、金色の瞳をギラリと輝かせて即座に駆けだす。


「おい! 待てってば!」


 ザックは必死でその後を追いかけた。恐怖で足がすくむが、ここでヤバい相棒を一人で放っておくほど、彼は薄情な男でもないのだ。

 だが、息を切らして洞窟に飛び込んだザックの目に飛び込んできたのは――相棒の危機などでは断じてなく、一方的で凄惨な大虐殺(お祭り)だった。


「イーーーーヤッハァアアアアアア!!!!!」


 血生臭い洞窟の中に、絶世の美女には到底似つかわしくない、野盗の頭目のような狂気じみた高笑いが響き渡る。

 そこには、毒に侵されて全身を麻痺させ、口からブクブクと泡を吹いて痙攣する数十匹のオーガたちの間を舞うように駆け抜け、その太い首を次々と無慈悲に刎ね飛ばしていく銀髪の戦士の姿があった。


「……できれば、人生で見たくねぇ光景の一つになるかもしれねぇ」


 返り血を浴びて歓喜の声を上げるバケモノを見つめながら、ザックは虚ろな目でそうこぼすのだった。


『おい、悪党! 私にも淑女としての嗜みというものが……。 一応、女は捨ててはいないのだぞ』

(やかましい。どうせ見てるのは、あのボサッとした兄ちゃんくらいしかいねぇよ)


「クアーハッハッハッ!!!」


 脳内で抗議する本来の肉体の持ち主をゲラゲラと笑い飛ばし、ライカはなおも血飛沫を上げながら洞窟の奥へと進んでいく。

 その道中には、無惨に引き裂かれた衣服や、人間と思われる四肢の欠片が散乱していた。村長の言葉通り、この群れが村人を攫い、間違いなく捕食していた何よりの証拠だ。


 そして、濃密な血の匂いが立ち込める洞窟の最奥。

 毒を盛られたはずの空間に、ただ一匹だけ、微動だにせず胡座をかく異様な巨体があった。


「……ほう」


 歓喜に歪んでいたライカの顔に、初めて戦士としての獰猛な光が宿る。

 岩のように隆起した筋肉と、血を被ったような赤銅色の皮膚。他の個体よりふたまわりはデカい、群れの長――『レッドオーガ』である。

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