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大悪令嬢 ー最凶の悪鬼と貧弱令嬢ー  作者: ぐんそう
第一章 砂糖菓子の夢に溺れて死ね
3/31

3.これは、愛ってなぁもんだ

『――――は?』

「ブッ、げほっ! ごほっ、けほっ!!」


 エルマは口に含んだ紅茶を盛大に吹き出し、むせ返った。

 いきなりの『侵略(国盗り)宣言』にパニックになるエルマをよそに、バルバロッサは冷徹に次の一手を要求する。


(おい小娘、むせてる暇はねぇぞ。とっとと俺に『盤面シマ』を見せろ。まずは領民どもの面と懐具合を確認しねぇと話にならねぇ)

『む、無理ですぅ……まだ足がぷるぷるしてるのにぃ……』

(歩け。歩けねぇなら這ってでも行け。国盗りの第一歩は『視察』からだ)


 スパルタ極悪人に急かされ、エルマは渋々、屋敷の周辺にある城下町へと視察に出ることに。


 * * *


 ベルン領の町は、通行税の引き上げの影響で物資こそ少なかったが――バルバロッサが想像していた「活気の落ち込んだ貧乏村」とは、全く空気が違った。


(……ハッ。存外イカれてるじゃねぇか)


 バルバロッサはエルマの目を借りて、すれ違う町民たちを観察する。

 軒先で巨大な骨付き肉を叩き切っている肉屋の親父。よくよく見てみれば、肉切り包丁の代わりに『バスターソード(大剣)』を握っている。それを丸太のような腕で、片手で軽々と振るっていた。


 笑顔で野菜を並べている八百屋の女将。一見隙だらけのようでいて、油断なく周囲を警戒している。

 荷車を引く若者たちの、いつでも武器を抜けるような重心の低さ。


(……ただの農民や商人じゃねぇ。どいつもこいつも、戦を潜り抜けた『戦士』の匂いがプンプンしやがる。あのクソ真面目な領主……辺境の領民を『私兵団』として育てあげてるってか?)


 驚愕するバルバロッサの耳に、広場のずっと奥の方から、やたらと響き渡る野太い、そして上機嫌な笑い声が聞こえてきた。


「あの痛みに打ち勝ち、自らの足で食堂へ歩いてきたのだ! まさに不屈の精神! そして私をも警戒させたあの殺気! さすがは私の天使だろう!! いや、ここにきて戦乙女か! ハッハッハ! よしたまえ、その通りさ! うちの娘は大陸一可愛いのだ!!」


「へ、へぇ」


 領民の困惑など一切気にする様子もなく、大声で娘のプライバシーを撒き散らしながら、すでに姿も見えないほど先へ行ってしまった父、ガルムの声だった。通行税問題で深刻に悩んでいたはずの領主の威厳は、そこには微塵もない。


「お、お父様……なにを、言いふらして……うぅ、腹筋が痛くて大声が出せません……待ってぇ……」


 エルマは顔を真っ赤にしながら、プルプルと震える足で必死に後を追おうとするが、当然走ることもできない。

 そんな情けないエルマの姿を見つけて、肉屋の親父が人懐っこく笑いかけてきた。


「おおっ!? お嬢! 体の具合はもういいのかい!?」

「よくないですぅ……お肉屋さん……」


 他の町民たちも「お嬢、無理すんなよ!」「お嬢、あとで林檎を持っていきな!」と、まるで自分の娘や孫を可愛がるような、温かすぎる視線を向けていた。


(……なるほどな)


 バルバロッサは、深い深い、底知れぬため息を吐いた。


(個々の戦闘力はまぁ悪くねぇ、使える手駒だ。……だが、こいつら、この小娘(お嬢)に対する『情』が深すぎる。冷酷な盤面の削り合いになった時……この身内への甘さが、全員の致命傷(命取り)になるぜ)


 大悪党の直感は、この温かくも狂った辺境の領地の『最大の弱点』を、即座に見抜いていた。


 ざっと見渡したところ、戦力になりそうな町民は合わせて百人といったところか。

 バルバロッサは冷徹にシマの戦力を量る。


(……遊撃隊として敵の大軍をかき回すことくらいはできるだろうが、正面衝突なんざ自殺行為だな。となると、特産品でも売り捌いて装備を整えるか……?)


 そこまで思案して、バルバロッサはハッと気がつく。


(……らしくねぇ。この小娘の甘さに当てられたか。なんで俺が真っ当な領地経営なんて考えてんだ。手っ取り早く、奪えばいいんだよ)


 そう、わざわざ北の森で魔獣なんて命がけで狩る必要はない。もっと安全で、まるまる太った獲物がすぐ隣にいるではないか。

『街道警備費』とやらをピンハネしている、バルデ子爵の豚の私兵(徴税人)どもだ。


(おい小娘。お前ら、通行税が上がって困ってんなら、その関所(料金所)ごとブッ壊して、逆に奴らの金庫をかっさらえばいいだけの話だろ?)


 広場の真ん中で、町民からお見舞いの林檎を貰っていたエルマは、脳内に響いた物騒すぎる提案に顔を引きつらせた。


『えっ!? なに言ってるんですか! そんなのただの強盗です! 犯罪ですぅ!』


 エルマが脳内で猛抗議する。


(強盗? 犯罪? そりゃあ、ちがうぜ小娘。愛ってやつだよ愛。うめぇもん蓄えて獲らせるような隙をみせてるってなぁ、『早く私から奪って!』てなぁもんだ)


『でも……! でも? え? なに?』


(いいか小娘。愛だよ愛。言ってみろ、最高だぜ?)


『む、無理ですぅっ! とにかく訳が分からな過ぎて無理です!』


(よし、決定だ。だが、いきなり関所を潰すには頭数が足りねぇ。まずは使い捨ての手駒を増やさねぇとな。なに、こんな辺境なんざ、いくらでも転がってるはずだぜ。……チンケな野盗ゴロツキどもがな)


『な、なにするんですか!? なにするつもりなんですか!?』

(ちょっと体を貸せ! ――ええい、主導権よこせ! 妙なとこで抵抗しやがって!)

『ダメダメダメェェェッ!』


 広場のど真ん中で、一人で林檎を抱きしめながらプルプルと震え、百面相をしているエルマ。

 その奇妙な一人相撲を、町民たちは「やっぱり筋肉痛が辛いんだな」と温かい目で見守っていた。

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