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大悪令嬢 ー最凶の悪鬼と貧弱令嬢ー  作者: ぐんそう
第一章 砂糖菓子の夢に溺れて死ね
13/28

13. まぁ、殿方ったら荒々しくていけないわ

(三日前の夜、書斎でこの街の『取扱説明書』を読んだ時には、さすがのおれも愉悦を隠せなかったぜ)

 

 本陣たる屋敷の執務室にて、次々と届く戦況報告を受けながら、エルマの中のバルバロッサは獰猛な笑みを深めていた。


(レールが街中に張り巡らされ、普段は道路の模様として完璧にカモフラージュされてやがる。家屋を建てる段階から底面に多数の車輪を装着させ、大小の歯車を複雑に組み合わせることで、少人数の力(小さな動力)だけで巨大な家をスライドさせるという異常な徹底ぶりだ。……ハッ、どこまでイカれた親父だ)


(どうりで家屋が不自然なほど整然と建ち並び、奇妙な『すり鉢模様』の区画になっているわけだぜ)


 大悪党おれすら感嘆させる、完璧な狂気の迎撃要塞。

 その凶悪なカラクリが作動してしまえば、あとはただの一方的な狩りだった。


 開始からわずか数十分。

 三百いたはずのカインズ軍は、四方八方からの異常な戦闘力による包囲攻撃を受け、瞬く間に各個撃破されていった。


「ば、化け物どもめ……! 狂っている! この領地は異常だ!!」


 部下たちが次々とすり潰されていく地獄絵図の中、ザイードは恐怖で顔を歪ませた。

 勝てない。こんな庭で狂犬どもを相手にしていては、全滅させられる。ザイードの視線が、緩やかな上り坂の頂点――領主の館を捉えた。


 ――あの小娘だ。あの泣き虫の男爵令嬢を人質に取れば、こいつらも手出しできまい!


「おのれ……面会を願おう! 男爵令嬢!! 伯爵様の名代として、直々にお話をさせていただきたい!!」


 ザイードは己の権威を盾にするように喚き散らしながら、血路を切り開いて(というより、狂犬たちが『わざと』開けた道を)屋敷の玄関へと走った。


 屋敷の大きな木扉の前に転がり込むように辿り着くと、ギィィ、と重い音を立てて扉が開いた。

 そこに立っていたのは、三日前に応接間で床に転がり、無様に泣き叫んでいた十四歳の少女、エルマだった。


「どうぞ、ザイード様。……『お話』の続きをしましょうか」


 その声は、春の陽だまりのように優しく、そして……ひどく冷たかった。

 三日前の「温室育ちの令嬢」の面影は微塵もない。深淵を覗き込むような暗い瞳でザイードを見下ろすと、エルマは屋敷の中へと一歩退き、静かに招き入れた。


『こ、怖いよぉぉ……! ザイードさん、剣持ってるよぉ! 血走った目でこっち見てるよぉ!』

(ククク……上出来だ、小娘。最高の出迎えじゃねぇか。頑張ったな、あとはバトンタッチだ)

『バルバロッサさんが褒める方が怖いですよ……っ』


 脳内で恐怖に震える少女の悲鳴とは裏腹に。

 エルマの深淵に棲む最凶の悪鬼は、自ら檻(密室)に飛び込んできた極上の獲物を前に、歓喜の嗤いを漏らしていた。


 重い木扉が閉ざされ、屋敷の玄関が完全な『密室』となった瞬間。


「貴様ぁっ! 大人しく人質になれぇぇッ!」

『ひぅ!?』


 ザイードは血走った目で咆哮し、丸腰の少女へ向けて迷わず掴みかかった。

 狂犬どもが外にいる以上、悠長な交渉などしている暇はない。小娘の首根っこを押さえつけ、剣を突きつけて外に出る。それが活路だ。

 大人の男の分厚い手が、容赦なくエルマの細い首筋へと伸びる。


 だが。


「ふふっ。……荒々しい求愛行動も嫌いではありませんけども」


 エルマは一歩も引かず、深淵を覗くような暗い瞳を細めて嗤った。

 次の瞬間。


「――なっ!?」


 伸びてきたザイードの右腕に、白魚のような細い手がふわりと添えられる。

 それは力任せの抵抗ではなかった。相手の突進の勢いを利用し、完璧なタイミングと角度で骨の継ぎ目を捉える、歴戦の死地を潜り抜けた者のみが知る『理(技術)』の冴え。


 ギリリッ……!!


「ぎゃっ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 エルマはザイードの手首を正確に捉え、関節が折れる寸前の極限の可動域まで、躊躇なく捻り上げた。

 たった一瞬。それだけでザイードは激痛のあまり、床に無様に両膝を突いた。


「がっ、あぁっ……!? き、貴様、何を……ッ!?」

「さぁ、男爵令嬢たる私に求婚するのです。綿密なお話し合いが必要でしてよ? あら? 領地を一方的に襲ってくるカインズ伯爵という方は野蛮すぎて、そんなこともわからないかしら? それともあなたの独断でして? オーホッホッホッ!!」


『私、そんな口調ですか?』

(俺の見てきた令嬢ってなこんな感じでな。なぁに、とっ捕まった瞬間はおとなしいもんだったがな)

『ひぃ!?』


 内なる持ち主の的確なツッコミと悲鳴を軽快にスルーしながら、悪鬼はエセ令嬢の芝居を続ける。


「乙女のやわ腕では、殿方を引きずり込むこともできませんの。ご自分から動いてくださる? でないと、折れてしまいますわよ」


 手首を完璧にめたまま、冷酷に自身で歩くことを強要する少女の瞳。

 そこにあるのは、三日前に流していた弱々しい涙などではない。這いつくばる虫けらを見下ろすような、絶対的な捕食者の嘲笑だった。


「ひっ……!?」

『ひっ……!?』

(小娘、力が抜けるから少しの時間でいい、黙ってろ)

『で、でも……』


 激痛と冷や汗に塗れながら、ザイードはここでようやく気づいた。

 外の狂犬どもから逃れるために飛び込んだこの場所が、安全な人質のいる温室などではなく――狂犬どもの『首魁』が待ち構える、最悪の檻(密室)であったことに。


 ◆


 手首を極められたまま、這いつくばるようにしてどうにか応接室へと自ら歩かされるザイード。

 三日前、彼が傲慢にふんぞり返っていたその部屋の扉が閉ざされると、少女は不意にその手を離した。


「……さて。ここまできて、猫かぶりはもうやめだ。腹ァ割って話そうや」


 ガンッ!!

 少女は、応接間の机の上に、わざと大きな音を立ててブーツの踵を投げ出した。

 そして、ソファに深く腰を沈め、獰猛に嗤う。その姿はどう見ても、温室育ちの男爵令嬢などではない。歴戦のならず者たちを束ねる、裏社会の『首領ドン』のそれだった。


 ザイードの全身の震えが止まらない。冷や汗がとめどなく溢れてくる。脳内で『逃げろ』という本能の警告が何度も警鐘を鳴らしている。そして、なまじ軍人として訓練しているからこそハッキリとわかる、圧倒的な殺気。この人間には、絶対に『敵わない』と。


「なぁ、兄ちゃん? 兄ちゃんもよぉ、色々と大変なんだよな?」


 しかし、絶対的な死の恐怖を前にして紡がれたのは、全く予想外の『労い』の言葉だった。


「……は?」

「わかる。痛いほどわかるぜ? てめぇの力はとっても有能なのによぉ、無能な上司にはそれが理解されねぇんだよな?」


 ――そうだ。

 ザイードは無意識に、心の中で同意してしまっていた。私はただの一小隊の部隊長などに据えられるような、ちっぽけな器の人間ではないのだ、と。


「どうせならよぉ、自分の力に見合った『評価』は、納得いくようにもらいてぇよな?」

「……は、はぁ……と、言いますと?」


 毒蛇に睨まれたカエルのように、ザイードの口から間抜けな相槌と、自然と敬語が漏れる。


「俺は評価するぜ? あの街の入り口での、突撃行動の迅速さ。相手がうちのシマ(要塞)じゃなきゃ、あっさりと負けてたのはこっちの方さ」

「な、なんと……! わかっていただけますか……!?」


 恐怖で白濁していたザイードの瞳に、不気味なほどの光(縋るような希望)が宿る。

 この令嬢の皮を被った怪物は、自分の実力を正当に評価してくれている。気を良くしたザイードの口からは、現状の待遇に対する不満がタラタラとこぼれ始めた。

 ――理解者だ。この人は正当な理解者なのかもしれない。

 そう完全に錯覚しかけた、その時だった。


「で、だ。その有能なザイード君よ」

「は、はい……!」

「俺と伯爵、どっちが怖いか? ああ、どっちに就くかじゃねぇんだ。気軽によ? 怒らねぇから正直に言っていいぞ?」


 ザイードは逡巡した。

 目の前で満面の笑みを浮かべる令嬢と、王都でふんぞり返る傲慢なカインズ伯爵の顔を天秤にかける。やはり、いくら不気味とはいえ所詮は十四歳の――。


「どっちが怖ぇか言えっつってんだオラァッ!!!!」


 ドッッガァァァンッッ!!!


『ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!????』


 突如、少女の足が跳ね上がり、分厚いオーク材の机がへし折れんばかりの轟音と共に蹴り飛ばされた。

 耳をつんざくような怒号と、それ以上に内側でパニックに陥ったエルマの絶叫が重なる。


『い、いったああああああ! 痛い、痛いですうう!!!!!』

「ひぃっ、あ、あ、あああっ!?」


 優しく撫でられていた思考を突如として暴力で殴りつけられ、ザイードの精神の天秤は完全に粉砕された。目の前にいるのは理解者などではない。話の通じる相手ですらない。純度100%の、暴虐の悪魔だ。


「あ、あ、あなたです! 男爵令嬢様です!! 伯爵様など比べ物になりません!!」

「……ククッ。そうかそうか。そりゃあ光栄だ。……正直で有能な方は大好きですわ」


 急な男殺しのような甘い微笑みと、優しい声色。

 泣き叫びながら床に額を擦りつけるザイードを見て、悪鬼はひざまずく男の頭を優しく撫でる。


 ああ、この方は美しい……。

 極限の恐怖と甘い労いの異常な落差によって、ザイードの認識は完全に改変バグされていく。


「素晴らしき、私の騎士ザイード? 嘘はないわね? 繰り返して言います。私は嘘が嫌いなの。忠誠の証として、血判をいただけるかしら?」


 ザイードが震える手で血判を押すと、悪鬼は満足げに目を細めた。


「……いいわ。今回はご苦労様でした。このお金、持っていきなさいな。手ぶらでは帰れないでしょう? ああ、伯爵には『ベルン領は泣き叫んで許しを懇願していた』とでも言いなさいな」


『恐喝、懐柔、賄賂……っ! そんなお金どこに? あっ、バルデ子爵の!?』

「ハッ、過分なご配慮……ありがたき幸せ……!」


 脳内で戦慄するエルマのツッコミをよそに。

 涙と鼻水に塗れたザイードは、もはや完全に支配された狂信者の顔で、深く深く平伏した。

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