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僕らは、オサミさんの車でボウリング場へ向かうことにした。
アパートには駐車場が無いので、オサミさんは少し離れた場所に車を停めている。
「さあ、乗って」
オサミさんに促され、マヌーが助手席に乗り込んだ。
マヌーは、前方の景色を眺めたいから、助手席に乗りたがるんだ。自分も運転しているような感覚に浸りたいんだよね。僕はそういうことに全く興味が無いから、後部座席に座る。
オサミさんが持っている車は、中古の国産車だ。オサミさんは移動手段としての車にしか興味が無くて、だからオシャレなデザインとか、スピードが出るとか、そんなのは、どうでもいいらしい。大事なのは丈夫で長持ちすることで、後は安いこと。高級車とか新車には、何の関心も示さない。
そういう感覚も、僕はオサミさんと気が合う。
オサミさんの車に乗って、僕らはボウリング場に到着した。
僕の町にボウリング場は1つしかない。っていうか、たぶん幾つもボウリング場があるような町なんて、そんなに無いんじゃないだろうか。
1つの町に、ボウリング場とペットショップは1つあれば充分だ。この町にペットショップは1軒も無いけど、無いのは構わない。2軒以上あったら嫌だけどね。
そのボウリング場は「バニーボウル」っていう名前で、太ったウサギがマスコット・キャラクターになっている。
その古臭いセンス、僕は嫌いじゃないね。意図的にやっていたらカッコ悪いけど、オシャレを狙ったのにダサくなっているのは、なんか愛おしくなるんだ。
だから2丁目にあるレストラン「ボールズ」なんて最高だね。
前は「成毛食堂」だったのをリニューアルしたんだけど、店長としてはカッコ良くて今っぽいネーミングにしたつもりなんだよね。
ボールズってのは、店長の名前が球二だから、それを英語に変えたってわけだ。
ただ、実はボールズって、英語のスラングで「キンタマ」っていう意味なんだよね。それを知らずに名前を付けちゃったんだね。
っていうか、今も店長は知らないんだけどね。
もしかしたら、気付いているのは僕だけかもしれない。でも、教える気は無いよ。だって、僕はそのネーミング、気に入っているんだから。
それに、知らなくて幸せなこともある。気分良く営業しているんだから、そのままにした方がいいんだよ。店長は好感の持てるオジサンだし、落ち込んだりしたら可哀想だからね。
その店に比べて、ちょっと離れた場所にあるレストラン「モージョ」は最悪だね。
そっちの方が流行っているみたいだけど、僕は嫌いだ。オープンした当時、母さんと一緒に行ったことがあるんだけど、入店を断られたんだ。ドレス・コードがあって、それに合わない服装だからダメって言われたのさ。
もしかしたら、その時も母さんは酔っ払っていたし、それを嫌がった可能性もあるけど、店が定めたドレス・コードに合致していなかったことも確かだ。
だけど、何だよ、ドレス・コードって。服装で差別するなんて、サービス業であるレストランが取るべき態度じゃないよ。お高く止まりやがって、何様のつもりだっていうんだ。
僕が大富豪の息子なら、みすぼらしい格好で訪れて入店を拒否された後、立派な身なりに着替えて素性を明かし、赤っ恥をかかせてやるんだけどな。
でも残念ながら、僕には「実は財閥の御曹司で、幼少の頃に捨てられて」という漫画みたいな設定は無い。悲しいぐらいに、母さんと父さんの息子だ。
僕とマヌーとオサミさんは、ボウリング場に足を踏み入れた。
ボウリング場と言っているけど、他にも遊戯施設がある。入り口から近い場所にクレーンゲームが設置されていて、そこにマヌーは目を留めた。
「マヌー、クレーンゲーム、やってみたいのか?」
気付いたオサミさんが声を掛けると、マヌーは目をキラキラさせて、
「うん、やってみたい」
と言った。
僕は少し気掛かりなことがあったので、
「オサミさん、ちょっと」
と呼び寄せ、耳元で
「マヌーは一つのことに夢中になったら、ずっと続けようとする傾向があるんだ。もしかしたら、クレーンゲームにハマって、やめようとしない可能性もあるよ」
と警告した。
ボウリング場だから他のことに没頭するのが悪いって意味じゃなくて、クレーンゲームをずっと続けたら、ボウリングよりも遥かに金が掛かるだろうからね。
オサミさんはマヌーに、
「オレはそんなに金持ちじゃないから、何度も遊ぶのは無理だよ」
と、穏やかな口調で告げた。マヌーは元気に、
「うん」
と返事をする。
先に言い含めておけば、ちゃんと従うんだ。
そういう素直なところが、マヌーの性格の良さだね。
「それで、どうやるの?」
「マヌー、やったこと無いの?」
「うん、初めて」
「そうか。ボタンを押して、このアームっていう部分を前後左右に動かして、商品を掴む。そして、この穴に落としたら、その商品を貰えるんだ」
オサミさんが丁寧に説明した。
ケースの中身は色々なヌイグルミだった。良く知っているキャラクターに混じって、バニーボウルのマスコットもある。そんなのを欲しがる奴は珍しいだろうと思ったけど、僕は、その珍しい部類に入る。
でも、だからって金を使う気は無かったけどね。タダなら欲しいけど、というレベルだ。
「じゃあ、試しにオレがやってみせよう」
そう告げてオサミさんは硬貨を投入し、ボタンを押した。アームはヌイグルミを掴んだけど、すぐに落ちてしまった。
「ああ、残念。でも、やり方は分かっただろ。じゃあ、次はマヌーの番だ」
「うん」
マヌーは張り切って、ケースの正面に立った。オサミさんが硬貨を入れて、マヌーはボタンを押した。かなり荒っぽい手付きで、絶対に取れないだろうと思っていたんだけど、なんとマヌーは見事にヌイグルミを取った。マヌーが取ったのは、バニーボウルのマスコットだった。
「おっ、やったね」
オサミさんが小さく驚き、取り出し口に落ちてきたヌイグルミをマヌーに渡した。
「やった、取ったよ」
マヌーは嬉しそうに、ヌイグルミを掲げる。
「上手いね、マヌー。センスがあるんじゃないか」
僕は拍手を送る。その様子に気付いて、近くにいたカップルが変な目でこっちを見た。
でも、構うもんか。誰にも迷惑は掛けていないからね。こっちで勝手に楽しんでいるだけだ。
「一発目で取ったから、もう満足した?それとも、あと1回ぐらいやってみる?」
「やってもいいの?」
「ああ、あと1回ぐらいなら」
「じゃあ、やる」
マヌーが言うので、オサミさんは硬貨を入れた。マヌーは、また大胆にアームを動かした。失敗しそうな動かし方なんだけど、また取っちゃったんだ。
「いやあ、すごいな」
オサミさんが目を丸くする。それで、今回も取ったのはバニーボウルのマスコットだった。
「上手いけど、また同じ奴だったね」
僕が言うと、マヌーは
「うん。同じ奴」
と笑って、僕にそれを差し出した。
「えっ?」
「ルイにプレゼント。お揃いだよ」
「もしかして、僕にくれるために、同じヌイグルミを狙ったの?」
そう訊くと、マヌーは大きくうなずいた。
「狙った獲物を確実に仕留めるなんて、クレーンゲームの天才なんじゃないか」
オサミさんが、感心したように言う。ちょっと大げさな表現だったけど、僕も似たようなことは思ったね。
ただ、クレーンゲームのセンスがどうかっていうことよりも、マヌーが僕のためにヌイグルミを取ってくれたことへの感動が大きかったね。
そのマスコットは気に入ったけど、それが欲しい物かどうかなんて、関係が無いんだ。大事なのはマヌーの気持ちだよ。
「じゃあ、そろそろボウリングの方に行こうか」
僕は柔和な口調で言った。
「もう1回だけ、やってもいい?」
マヌーが懇願するようにオサミさんを見た。
「えっ、まだやるの?」
オサミさんが困惑する。
「マヌー、もしかして、オサミさんの分も取ろうと思ってるの?」
僕はマヌーの考えを察知し、質問した。するとマヌーは、無言でうなずいた。
「そういうことなら、オレの分は要らないよ。ヌイグルミは趣味じゃないから。気持ちだけ貰っておくよ」
オサミさんは苦笑する。
「本当に要らないの?」
「ああ、大丈夫」
「それなら、もう終わりにするよ」
マヌーは満足そうに笑った。




