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僕とマヌーとオサミさんは、ボウリングの受付へ移動した。登録を済ませてシューズを借り受け、右端のレーンへ向かった。
「マヌーはボウリング、初めてなんだよね」
「うん、やったこと無い」
僕は今までに、2回だけボウリングをやったことがある。どちらも場所はバニーボウルだ。
1度目は、まだ父さんが家にいた頃、家族3人で来た。けど、途中で父さんと母さんが夫婦喧嘩を始めちゃったから、ものすごく恥ずかしかったことを覚えてる。
その頃は、まだ喧嘩するだけの愛情が母さんにも残っていたってことだよね。その後、母さんは父さんが身勝手な振る舞いをしても、冷淡に対応するようになったもんね。
2度目は父さんが出て行った後で、母さんとスナックのホステスさん2人の4人だった。シンさんは、まだ働いていなかった。
その時は、ホントは行きたくなかったんだよね。だって、そのメンバーに僕が入るなんて、どう考えたって変でしょ。
それに、別に職業差別をするつもりはなくて、ホステスも立派な仕事だとは思うけど、その2人はどうも肌が合わなかったんだよね。だって、芸能ニュースばかりを楽しそうにベラベラと喋っているんだよ。あるアイドルが二世タレントと付き合っているらしいとか、ある俳優が事務所と揉めているらしいとか、その手の話題ばかりなんだ。そんなの、ウンザリだよ。
まだ年齢的にオバサンなら仕方が無いかなあとも思うけど、どっちも20代なんだよ。他に喋ることは無いのかと思うよ。
それが仮に、ホステスの仕事には何の役にも立たないような話題であっても、ゴシップ以外のことを喋っていたら、僕はもう少し好意的に見られるんだけどね。例えば血管迷走神経失神への対策とか、フィボナッチ数列の利用法とか、そういう難解な話題だったとしてもね。
とにかくゴシップしか話題が無いってのは、ホステスとしても三流だと思うよ。
それが今までの2回だったから、今回はメンバーがマヌーとオサミさんという時点で、ちょっと嬉しいんだよね。男同士ってのは、やっぱりいいなあと。
何かに興じる時には、女は邪魔だよ。男同士なら感覚的に分かることも、女は理解してくれなかったりするからね。
「マヌー、ルールぐらいは分かる?」
「何となく」
「そんなに難しく考えなくていいよ。この球を向こうへ転がして、あそこに立っているピンをなるべく多く倒せばいい。点数計算は、機械が勝手にやってくれるから」
「とりあえず、やっていれば分かるんじゃないかな。対戦方法は、どうする?オレがマヌーと組んで教えながら、ルイと対戦する形にしようか」
「ううん、オサミさんは一人でやってよ。僕らはおごってもらうんだし、僕とマヌーが一緒にやるよ。いいよね、マヌー?」
「ボウリングがやれるなら、ボクはどっちでもいいよ」
「そうか、それじゃあ、その形でいこうか。じゃあ、先攻はオレでいいかな」
「うん。マヌー、こっちは先にマヌーが投げて、後から僕が投げることにしよう」
「分かった」
まずはオサミさんがボールをレーンに滑らせ、7本のピンを倒した。
「さあ、次はマヌーの番だよ」
そう言うと、マヌーは嬉しそうに立ち上がり、ボールを手に取った。それからオサミさんと同じように構えて助走を取ったけど、ボールを手から離した瞬間、ツルンと滑ってしまった。ボールはすぐにガターに入った。みんなは良くレーンの脇にある溝をガーターって言うけど、ホントはガターなんだよね。
それはともかく、マヌーが転倒したので、僕は歩み寄った。
「大丈夫?」
「うん、平気」
マヌーはお尻をさすりながら、笑って起き上がった。
「マヌー、行き過ぎたんだよ。レーンにはワックスが塗ってあるから、そこまで行っちゃったんだろう」
オサミさんが言う。
「マヌー、気を付けないと」
僕はそう声を掛けながら、別の方向が気になっていた。隣のレーンの奴らが、こっちを見てクスクスと笑っていたからだ。
そいつらは4人組で、不良とかヤンキーとか、そんな風に呼ばれる類の生き物だろう。3人が男で、1人は女だった。
男は1人がツンツンと髪を逆立てたヘアスタイルで、1人が鼻ピアスをしていて、1人がサングラスを掛けていた。女は赤毛で緩いウェーブが掛かっていた。
そいつらは、みんな頭頂部から太いボルトが突き出していて、その先端には花が咲いている。花の種類は、4人とも違っている。
そりゃあ誰かが転倒したら、面白いかもしれない。けど、その笑い方が僕の癇に障った。小バカにしたように嘲笑う感じだったんだよ。
それは僕の思い過ごしかとも思ったんだけど、
「コケてやがんの。カッコ悪い」
「しかし、変な連中だよな」
という会話が聞こえてきたから、間違いない。
僕から言わせれば、そいつらの方が断然カッコ悪いけどね。だって、コケなくても、そこにいるだけでカッコ悪いんだからさ。
「マヌー、次も続けて投げていいよ」
僕は視線を戻し、そう告げた。
「えっ、だけどルイの順番だよ」
「僕はやったことがあるけど、マヌーは初めてだから、まず何回か続けて投げて、慣れるといいよ」
「ありがとう。優しいなあ、ルイは」
マヌーは微笑んだけど、優しさで言ったんじゃないんだ。隣の連中の嘲笑を浴びたマヌーに、名誉挽回の機会を与えてあげたいと思ったんだよ。
とは言っても、マヌー本人は笑われたことを何とも思っていないから、そんな必要は無いんだけどね。だから結局、マヌーのためじゃなく、僕が悔しさを晴らしたかっただけなんだよね。
マヌーはボールを持ち、助走を取った。手を離すと、全く勢いの無いボールがコロコロとレーンにポトッと落ちた。
「遅っ」
ツンツン頭が言い、グラサン男がプッと吹き出した。確かに、ボールのスピードはものすごく遅かった。だけど、ボールはノロノロとレーンを進むと、パタパタとピンを全て倒した。
「やったよマヌー、スペアだ」
僕は意図的に大きな声で言い、マヌーとハイタッチを交わした。それから隣の奴らにチラッと視線をやり、フッと誇らしげに微笑した。ざまあみろ、お前らが嘲笑ったマヌーは、見事にスペアを出したんだぞと、無言でアピールした。
でも、それは余計なことだったよ。つい嬉しくて、調子に乗ってしまったんだ。鼻ピアスがキッと睨んだので、その途端にマズいと思ったんだけど、もう後の祭りさ。
「おい、お前、俺らのこと見て笑ったよな」
鼻ピアスが立ち上がり、こっちに近付いて来た。
「いや、笑ってないですよ」
僕は丁寧な言葉遣いで、低姿勢に対応した。穏便に済ませて、なるべく早くトラブルを解決したかったんだ。だけど、そいつは収まらない。鼻ピアスだけじゃなくて、他の仲間も立ち上がった。
「いや、笑った。ハッキリと見てたぞ。なんで笑ったんだよ」
「笑ったように見えたとしても、それは皆さんを見て笑ったんじゃありませんよ」
「嘘つけ、完全に俺らをバカにしてただろ」
「してませんよ」
バカにされるような覚えでもあるんですか、と付け加えたかったけど、それは心の中に留めておいた。
僕の隣では、マヌーがブルブルと体を震わせている。いつも笑顔のマヌーを怖がらせてしまった。厄介なことに、マヌーまで巻き込んでしまった。マヌーがいるんだから、もっと慎重に行動すべきだったんだよな。
「ちょっと君たち、どういうことだ?」
オサミさんが困惑の顔付きで、僕と鼻ピアスの間に割って入った。マヌーだけじゃなくて、オサミさんも巻き込んでしまった。申し訳ない気持ちで、僕はオサミさんを見つめた。
「こいつが俺らのことをバカにしやがったんだよ。テメエも仲間だろうが」
鼻ピアスの怒りの矛先は、オサミさんにも向かう。
「何かの勘違いだと思うよ。こんなことで変に大騒ぎしても仕方が無いだろう。お互い、ボウリングをやりに来ているんだからさ」
鼻ピアスが今にも殴り掛かりそうな雰囲気だったので、オサミさんは刺激しないよう、穏やかな口調で言った。
「ルイ、誤解させてしまったことは確かなようだから、とりあえず謝ったらどうかな」
悪いことをしたつもりは全く無かったけど、せっかくオサミさんが仲裁に入ってくれたのだし、僕は従うことにした。
「すみません」
僕は恐縮した態度で、心にも無いセリフを口にした。
考えてみれば、僕も日常生活において、平気で嘘をついているんだよね。だから父さんのことを、とやかく言う資格は無いのかもしれない。ただ、僕の嘘は、そんなに醜悪なものじゃないとは思うけど。
「これで勘弁してもらえるかな」
オサミさんが言った。だけど、それで連中は終わりにしてくれなかった。
「おいおい、そんな程度で許せるかよ」
ツンツン頭が鼻ピアスの隣に来て、声を荒げた。
暴力沙汰になる予感がして、これはマズいことになったと思った。けれど、なぜか僕の中には、ワクワクした気持ちもあったんだ。それは、台風の時に興奮するのと似たような感覚だ。
ただ、もちろん僕は、マヌーやオサミさんが殴られることを望んでいるわけじゃないよ。
一触即発といった雰囲気の中、オサミさんがダッと走り去った。
突然の行動、そして意外な行動に、僕は面食らった。敵の奴らも驚いた様子だったが、ツンツン頭がプッと吹き出して、
「おい、あの野郎、怖くて逃げ出しやがったぞ」
と言った。
「お前ら、見捨てられたみたいだな」
「そんなこと無いよ」
僕はすぐに反発したけど、オサミさんの行動は理解できなかった。そして、それを理解するために最も分かりやすい答えは、逃亡したということだ。そんなはずはないと否定したかったけど、疑いを抱く自分も心の中にいた。
「守ってくれる奴がいなくなったぞ。どうする?」
グラサン男が、おどけたように尋ねてきた。
「ちょっと、やめときなよ」
赤毛の女が言うけど、顔は笑っている。本気で止めようとは思っていないんだ。
だけど、オサミさんがいなくなって動揺はしたけど、連中に臆することは何も無い。元々、オサミさんに守ってもらおうなんていう気は全く無かったし。
ここは自分が何とかしなくちゃいけないな、と思っていたら、
「あそこです」
というオサミさんの声が聞こえて来た。パッと視線を向けると、オサミさんがボウリング場の従業員を連れて戻って来るところだった。
「あの、どうかしましたか」
従業員が、おずおずと鼻ピアスたちに話し掛けた。
なるほど、オサミさんはトラブルを避けるために、従業員を呼ぶっていう策を咄嗟に思い付いたんだね。
「別に、何でもねえよ」
鼻ピアスが面倒そうに、顔を背ける。
「ちょっと、ややこしいのは勘弁してよ」
赤毛の女が顔をしかめる。さっきとは違って、今度は本気で嫌がっている素振りだった。
「おい、もう帰るぞ」
ツンツン頭が顎をしゃくる。従業員にまで怒りをぶつけて事を荒立てるほど、無茶な性格はしていなかったみたいだ。その程度の抑制は出来るんだね。
「えっ、だけど」
「いいから、もう行くぞ」
不服そうな鼻ピアスに、ツンツン頭がピシャリと言う。
ツンツン頭が女を連れて立ち去ろうとするので、渋々といった感じで、鼻ピアスも従った。
その様子を見送りながら、オサミさんは従業員に
「すみません、面倒をお掛けしまして」
と頭を下げた。
「はあ」
従業員はキョトンとした表情を浮かべながら、持ち場に戻っていった。
「あいつらが急用だって呼んでるから、すぐに来て欲しいって説明したんだ」
オサミさんが、僕とマヌーの方を向いた。
「喧嘩だから助けてくれって言うより、そっちの方が来てもらいやすいんじゃないかと思ってね」
なるほど、咄嗟の判断にしては、機転が利いてるよね。でも、今回は連中が立ち去ってくれたから良かったけど、もっとキレた奴らだったら、従業員が来ても喧嘩を始めようとする可能性だって考えられるんだよね。
そこまで考えると、オサミさんの判断が良かったかどうかは、微妙なところだ。もちろん、結果的には良かったんだけどさ。
僕は一つ、オサミさんに謝らなきゃいけないことがあった。
「ごめんね、オサミさん」
「いや、どうってことないよ」
オサミさんは微笑んだ。たぶんオサミさんは、助けてくれたことに対して、僕がそう言ったと思ってるんだよね。
でも、違うんだよ。オサミさんが消えた時、ほんの少しだけど、逃げたんじゃないかって疑う気持ちが生じたんだ。僕らを助けようとしてくれたのに、信じられなかった。それは、とても申し訳ないことだ。だから謝ったんだ。
僕はマヌーを見た。まだマヌーは震えている。
「大丈夫?」
「う、うん。でも、怖かったね」
マヌーは気丈に笑おうとしたけど、顔が引きつっていた。
「もう心配ないよ。とにかく、座って落ち着こうか」
オサミさんが優しく言って、マヌーの肩を抱いた。
やっぱりオサミさんは、ホントにいい人だ。




