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<12>

 僕は駆け足でマヌーの家に戻った。

 急いでマヌーに会いたかったというよりも、シンさんから早く遠ざかりたい気持ちが僕を走らせた。

 マヌーは、まだゴムボールを投げて遊んでいた。

 「あっ、ルイ。やっと来たね」

 マヌーはボールを投げ上げたまま僕の方を向いたので、キャッチに失敗した。マヌーは庭を転がるボールを追い掛けて、それを拾い上げた。僕はクスッと笑った。

 「ルイ、今日は何をして遊ぼうか」

 「そうだなあ、どうしようか。ちなみにマヌーは朝から、何をしてたんだ?」

 「これで遊んでた」

 マヌーは手に持っているボールを指し示した。

 「朝からずっと、ボールで遊んでたのか?」

 「うん、ずっと」

 はつらつとした口調で、マヌーが答える。

 「やっぱり別格だな」

 僕は感嘆した。

 

 マヌーの凄いところは、そうやって同じ遊びを延々と続けても、全く飽きないってことだ。一緒に遊んでいても、夢中になったら、いつまで経っても終わろうとしない。

 昨日は僕の家でカードゲームをやったんだけど、マヌーはそれを気に入っていて、ずっと続けるんだ。ジュースを用意したのに、それを飲むのも忘れるぐらいだった。

 僕は正直、1時間ぐらいで他の遊びにチェンジしようと思ったんだけど、マヌーが夢中になっているから、それに付き合ってやった。ただ、さすがに外が暗くなってきたところで区切りを付けた。マヌーは残念がっていたけど、夜中まで遊び続けることは出来ないからね。

 でも、そんなに夢中になったのに、今日になったら、それを続けたいとは言い出さないんだよね。昨日のことは、眠ったら忘れちゃうんだろうね。

 それって、いいのか悪いのか、良く分からない。でも、嫌なことも全て、眠って簡単に忘れられるのなら、いいことなのかもしれない。


 「そうだ、久しぶりに、オサミさんの所へでも行ってみようか。好きな時に、遊びに来ていいって言ってたし」

 そう僕が提案すると、マヌーは目をキラキラさせて、

 「うん、オサミさんの所、行きたい」

 と、大きくうなずいた。

 オサミさんってのは僕の従兄で、近所のアパートに住んでいるんだ。オサミさんは大学生なんだけど、ほとんど学校には顔を出していないらしい。そんなことで単位を取れるのか気になって尋ねたら、

 「いやあ、無理だろうな、ハハハ」

 と、あっけらかんとした感じで笑っていた。

 オサミさんは、いつも楽観的で、とても前向きなんだ。そういう性格、羨ましいと思っちゃうね。僕はどちらかと言えば、悲観的な考え方をしてしまう性分なんだ。


 僕はマヌーと一緒にオサミさんのアパートに行き、4号室のドアをノックした。そこがオサミさんの住処というわけさ。

 4っていうのは不吉な数字とされているけど、オサミさんは、そういうことを気にしないらしい。むしろ入居する際、他にも部屋は空いていたのに、あえて4号室を選んだぐらいだ。

 「高校野球だと、セカンドが4番を付けることが多いだろ。オレ、セカンドっていうポジションが好きなんだ。タイプ的にセカンドっぽいから、ちょうど合うかと思ってさ」

 とオサミさんは言っていたけど、何となく分かるような、分からないような、微妙な感じだ。

 ただ、僕も4番っていう数字は、全く気にしない。数字の吉兆なんかに捉われるほど、神経質じゃない。そんな小さいことを気にするほど、穏やかで呑気な生活は送っていないからね。


 ドアが開いて、オサミさんが顔を出した。猫みたいに、左右に三本ずつのヒゲがピョコンと生えている。胸の辺りには、スピーカーが埋め込まれている。胃袋には食べ物、スピーカーには音楽を溜め込んで消化しているんだ。

 「よお、2人とも、どうした?」

 「遊びに来たんですけど、今、いいですか」

 「ああ、大丈夫。さあ、上がってくれ」

 アポ無しの来訪なのに、オサミさんは嫌な顔一つせず、僕らを歓迎してくれた。

 「オサミさん、久しぶり」

 マヌーは玄関で靴を脱ぐと、オサミさんに抱き付いた。


 マヌーは、オサミさんのことが大好きなんだ。勘違いしてもらったら困るけど、別にホモセクシャルとか、そういうことじゃないよ。すっかり懐いているって意味さ。

 だからって、中身は小学生でも外見がオッサンのマヌーが抱き付くってのは、普通に考えたら、あまり気持ちのいいものじゃないよね。

 だけど、オサミさんは頭を軽く撫でながら、

 「やあマヌー、今日もハッピーかい」

 と優しく語り掛けた。

 「うん、ハッピーだよ」

 マヌーが嬉しそうに笑う。

 そんな2人の様子をみて、僕まで嬉しくなってしまう。

 いいなあ、そういう雰囲気って。

 僕もオサミさんに抱き付きたい気分になったけど、遠慮しておいた。それはマヌーの特権として、取っておいてあげなくちゃ。僕が奪ったら、マヌーが可哀想だからね。


 部屋に上がると、たくさんのレコードとCDがラックに収納されている。テレビの横には、ベースと楽譜が置いてある。

 オサミさんは大学生をやりながら、インディーズでロックバンドとして活動しているんだ。

 僕が洋楽しか聴かないのは、オサミさんの影響が大きい。オサミさんの部屋に邦楽のCDはほとんど置いてないし、バンドでやっている曲も歌詞は英語なんだ。オサミさんはベースを演奏しているだけで、歌うのは別の人だけどね。

 前に、オサミさんのライブを見に行ったことがあるんだけど、ものすごく興奮した。英語の歌詞は全く聞き取れなかったけど、オサミさんのベースがすごくカッコ良かった。決して前に出ることは無いけど、バンドの疾走感やグルーヴ感をもたらしているのは、オサミさんのベースだった。


 僕がオサミさんを好きなのは、ベーシストだからってのも理由の一つなんじゃないかと、その演奏を聴いた時に思ったんだよね。

 オサミさんがギタリストやボーカルだったら、そんなに仲良くなれなかったんじゃないかな。ああいう連中は、自分が目立てばいいと思ってるからね。そういうタイプは、好きじゃない。

 そうじゃなくて縁の下の力持ちだから、僕はベーシストが好きなんだな。

 ドラマーはどうなのかって言うと、微妙なところだ。サポートに徹してくれればいいんだけど、たまにボーカルより目立とうとするようなドラマーもいるからね。そんなの、僕からすると、ドラマーの本分から外れている。

 僕がバンドを組むとしたら、ボーカルやギターの人とも仲良くしなきゃいけないだろうけど、そんなつもりは全く無いから、別に構わないんだ。


 「それで、遊ぶと言っても、何をしようか?」

 オサミさんが、僕とマヌーを見つめた。

 「前みたいに、音楽でも聴くかい」

 前回の訪問では、僕らはオサミさんの持っているCDを聴かせてもらった。オススメの奴をオサミさんに選んでもらって、それを順番に掛けてもらったんだ。

 あれは日曜日で、午前中から訪れたんだけど、途中でオサミさんが買ってくれたコンビニ弁当を食べて、暗くなるまで聴いていた。だから、たぶん6時間か7時間ぐらいは聴いていたんじゃないかな。

 延々と聴き続けた僕とマヌーも大概だと思うけど、それに付き合ってくれたオサミさんは立派だよね。


 その時に聴いた中で、僕が特に気に入ったのは、マーマレードの『リフレクションズ・オブ・マイ・ライフ』っていう曲だった。ハーモニーが心地良くて、壮大なスケール感があるポップスだ。

 歌詞は英語だけど、歌詞カードで日本語訳は分かった。曲だけでもスウッと体に染み込む感じで好きだったんだけど、歌詞を知って、もっと気に入ったんだ。

 大雑把に言うと、

 「この世界は嫌なところで、悲しみや死にそうな気持ちが僕を家路に向かわせる」

 っていう内容なんだ。何となく暗い感じだけど、それを明るく伸び伸びと歌い上げているんだよね。そのギャップも、また気に入ったね。

 そんな感想を話したら、

 「つまり、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』みたいなものかな」

 と、オサミさんは言った。そっちも、曲調から受けるイメージと歌詞の内容が全く違うから、そんなことを思ったらしい。

 それで僕は、『ホテル・カリフォルニア』を聴かせてもらったけど、そっちは歌詞も曲も好きにならなかった。


 マヌーは、どの曲を聴いても、

 「いいなあ、楽しいなあ」

 ってニコニコしていた。家では全く音楽を聴かないらしくて、とにかく音楽を聴くことが出来るってだけで、満足しているみたいだった。

 楽しんでくれたのは嬉しいけど、家で全く音楽が無いってのは、ちょっと可哀想な感じだ。

 でも、あの父親だったら、仕方が無いのかな。それでも演歌ぐらいは聴いていても良さそうだけど、そういうのも無いらしい。


 「ボウリング!」

 僕が何をして遊ぼうかと考えていると、マヌーが急に、大きな声を発した。

 「えっ、何?」

 「ボウリングだよ、ボウリング」

 マヌーは僕の腕を掴んで言う。

 「ああ、そうか」

 オサミさんは、指をパチンと鳴らした。

 「思い出したよ。前に来た時、今度はボウリングにでも連れて行ってあげようかって話をしたんだ。それを覚えていたんだな、マヌーは」

 「うん、そうだよ」

 マヌーは、大きくうなずいた。

 「そうだったっけ?」

 正直、僕は全く思い出せなかったけど、オサミさんとマヌーが納得しているんだから、そんな話があったんだろう。


 「じゃあ、ボウリング場に行こうか」

 オサミさんが立ち上がる。

 「でも、お金なんか持ってないよ」

 僕が困った顔をすると、オサミさんは微笑して、

 「もちろんオレが2人の分も払うよ。オレが誘ったんだから」

 と言ってくれた。

 実は、払ってくれることは分かっていたんだ。いつもオサミさんは優しくて、おごってくれるんだ。前に訪ねた時も、弁当とジュースを御馳走になったし。だけど一応は、支払う意思があるかのようなセリフを吐いてみた。支払ってもらうのが当たり前だと考えているようには、思われたくなかったんだ。


 それはポーズじゃなくて、本当に僕は、おごってもらうのが当然だとは思っていないよ。

 僕は、デートで金の入っていない財布を男にチラッと見せる性悪な女とは違うんだ。いつか自分で金を稼ぐようになったら、今度は僕がオサミさんに御馳走しようと思っているんだ。

 それは借りを返すとかじゃなくて、感謝の気持ちを込めての行為さ。

 その時のことを考えると、今から楽しみなんだ。

 きっとオサミさんは喜んでくれるはずだし、そんなオサミさんの姿を見たら、僕はハッピーな気持ちになれるだろう。


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