第八話 赤き神狼と大亀
美味しい肉も食ったし、足取りの軽いイグニスでっす!
ちょっと力が漲り過ぎた懸念が、無きにしも非ず……その理由は、海まで来ちゃった!
しかも、もう夜なんだよね。
月夜のフェンリルってなんか格好良くて、遠吠えなんかしてみたりしちゃったよ。
なんていうか、血が騒いだのかな?
はい、嘘でっす!血なんて騒ぎません。
満月と旅の高揚感で、なんとなくやってしまいました。
海風で毛がべたついたら嫌なので、ちょっと海からは距離をとって大きな木の下で寝ますね。おやすみなさい。
翌朝目が覚めると、結界の外を人が何処かへ移動している。
(視線を感じるが、敵意は……なさそうだ。ああ、昨夜は暗くてよく分からなかったけど、すぐ横を街道が通ってた)
『おはようございます。ここから一番近い街はどっちですか?』
大きな荷物を担いだお兄さんに声をかけた。
「へっ、えっえっ。念話か!?この道を行けば着きます」
『ありがとっ』
この道を真っ直ぐ行けばルーエンに着くことが確定!それならショーーーートカット!!
俺は曲がりくねった道を横目に大きく跳ねた。
長く空中を跳びながら木々を跳び越えていく。
(んっ!?強い視線を感じる……)
跳びながら左を見ると、湖の亀がこっちを見ていた。
長く白い髭を蓄え長生きしてそうな見た目の割には、ひっくり返って遊んでる。
精神は子供ってやつか!童心を忘れないって大事だと思う!
じゃあな!一吠えエールを送っといた。
「お待ちください!」
目の前に現れたのは水の精霊で、見た目はクリオネみたいだ。
つい足を止め見入ったために、地上へと降り立ってしまった。
空気の足場で気持ちよく跳んでたのに!
「突然呼び止めて申し訳ありません。どうか、主をお助けください!」
クリオネが必死の形相で頼んできた。
『どういうこと?』
「主は湖の主なんですが、最近何度も川への出口を堰き止められ困ってるんです」
『ひっくり返ってるのは遊びじゃないの?』
「何度も堰き止められた場所を戻していたら、ひっくり返されました……」
注意深く湖を見ると、川となって流れる部分に人が集まり埋め立てている。
『堰き止められると何が困るんだ?』
「あいつらは湖を溢れさせて周辺の水害を起こし、出口を壊すことで鉄砲水で下流域も押し流す計画なんです!」
なるほど、俺には関係ないな……。
『ルーエン行かなあかんねん!じゃ、またなっ!』
「そ、そんな。下流のヴェルディの民が!」
『ヴェ、ヴェルディ!?』
あの少年との約束の地じゃないか!
「ヴェルディだけじゃなく、グラトンやフィスカも被害にあうでしょう」
なんということだ!俺の最高のタレの焼肉を邪魔する奴らがいるとはな。亀いじめは狡猾な目くらましか!
『俺があやつらを蹴散らしてやろう』
「なんという掌返し……」
『なんか言ったか?』
「な、何も!?」
湖横の森から、湖の流出口へと向かって全速力で飛び出した。
向かう途中で、大きな亀さんにぶつかってクルクル回りながら岩に激突……。
まあ、よくある……ことか!?
流出口では、大きな魔物を使役して、岩を運搬している現場に到着した。
なんかザワザワとしているが、赤トカゲのトカちゃんの所でも使ったスーパースペシャルウルトラメガフレアバーストMAXをぶっ放した!
岩があった場所は爆散し、堰き止められていた水は空に大きく巻き上がり雨となった。
地は大きく抉れ、池が誕生した。不埒者たちは俺の攻撃によって無と帰した。
大した罪を犯してなければ生き残るだろう、それがスーパースペシャルウルトラメガフレアバーストMAXだ。
(あっ、虹だ!綺麗だなっ。よし、出発だ!)
そうだ!ヴェルディに最高のタレをもらいに行こう!俺は振り返ることもなく、急いでその場を立ち去った。
***
「い、行ってしまわれた……」
水煙が辺り一面に降り注ぎ、大きな虹が現れた後に残ったのは、流出口に出来た新しい池だった。
その池の畔で、水の精霊と大亀がポカンと立ち尽くしていた。
そこにあったはずの六割方出来ていたダムも、災害を起こそうとしていた者たちも全て消し飛んだ。
「凄まじい御力。不埒者どもを跡形もなく消し去り、下流域への水害さえも防いでしまうとは……」
『ギィ……(ただ、力加減が苦手で、思った以上の爆発が起こっただけな気もするが……)』
長命種の大亀がそう零し呆然とする中、水の精霊は神狼が去っていった空に向かって深く頭を下げた。
「見てください主様!神狼様は、湖の危機だけではなく、下流にあるヴェルディやグラトン、フィスカの民たちを一瞬にして掬ってくれたのです。なんという慈悲深く、全知全能の存在なのでしょう」
一方その頃、湖の下流域の街では――
「おい、見たか!?上流の山の方から、天を衝くような凄まじい爆発が起きたぞ!」
「あれは、間違いなく赤き神狼様の御業だ!」
街の人々が山に向かいひれ伏した。
「きっと、川の上流を堰き止め、水害を引き起こそうとしているところを神狼様が察知して一撃で悪党を粉砕してくれたのだ!」
「なんと!またしても我らは神狼様に命を救われたのか……!」
その輪にいた少年ティオは、胸の前で手を組み熱い思いをこみ上げさせていた。
「神狼様は、僕たちの『最高のタレ』を守るために、上流の災厄を焼き払ってくださったんだ!」
ティオのその言葉に、街の人たちはハッと息をのみ、そして次の瞬間、激しい決意の炎を瞳に宿した。
「そうか!神狼様は、我らが最高のタレを完成させ、万全の状態で肉を味わうその日のために、あらゆる障害を先回りして解決してくださっているんだ!」
「ヴェルディのタレ作りを、生半可なもので終わらせてはいけない。神狼様の慈悲を裏切ることになるぞ!全員、納得のいくタレを完成させるぞ!」
こうして、ただ最高のタレの入った焼肉を食べたい一心で、不埒者たちを消し飛ばしただけのイグニスだったが、下流の街々では神狼様の慈悲に応えるため、全都市総出の究極のグルメ大会が巻き起こった
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