第九話 赤き神狼と交易都市ルーエン
『♪さ、さ、さ、最高の、タ・レ・を、さあー頂くの、さあ♪』
最高のタレの危機を救った俺は、タレをもらいにヴェルディに向って全力疾走中!
そりゃ、ご機嫌に歌も口ずさむってもんですよ。
遠くに大きな街が見えてきた!あれがヴェルディ!
入り口は……おっ、あの列に並ぶんだな。
列の最後尾で大人しく列に並ぶ。
お、前に並んでるのは遠い親戚と言えなくもない、狼獣人じゃないか。一応挨拶しておくか。
『こんちは~。後ろ並びますね』
話し掛けられると思ってなかったのか、狼獣人はびくりと肩を震わせ勢いよく振り向いた。彼は冒険者のようで、腰に剣を佩いている。
「列に並ぶのに挨拶なんかする間抜けは……お、れ、かなぁ……?」
『ふむ。変な自己紹介だな。名はなんていう?』
「はひ。ピ、ピ、ピートです!」
(はひぴぴぴーとってなんだ?はいばひひーと、ばひいーと……あー、「はい。バハムートです」か!なかなか強そうな名前じゃないか)
『では、バハムートよ。なかなかの行列だけど、皆の狙いは最高のタレか?』
「最高のタレっすか?」
『そうだ。ヴェルディ名物となりうる、ティオの作る最高のタレだ』
「こ、この街は交易都市ルーエンへの入街の列です」
ルーエンだって!いや、確かにヴェルディに向ってたはずなんだが?
だけどもう並んだ上に、冒険者とも打ち解けてしまった俺が、いまさら間違いましたなんて言えるはずがない。
ここは華麗に冒険者になりに来たことにしよう。最初の目的は確かにそうなんだから。
『バハムートよ、俺も冒険者になりたいんだが、冒険者ギルドまで案内を頼めるか?』
「は、はひ……」
ガチガチに緊張しているバハムートの後ろを、ご機嫌ステップでついて行く。
門番がバハムートに俺を指さし、お前の従魔かと尋ねている。
バハムートはそんな滅相も無いと、大きく手を振り否定した。
『従魔だと!?聞き捨てならんな!我は神狼イグニスである!』
俺が神威を込めてそう言うと、門番は腰を抜かし何事かと他の門番が集まりだした。
「神狼様ですか!?盗賊の退治の話は伝わってきております!」
『人違いなんじゃないか?』
「緋色のフェンリルで、神々しく慈悲深い御方だと伝わっております」
(緋色は合ってるのかな?母さんはスカーレットねって言ってたしな。神々しく慈悲深いは当てはまらない!ということは)
『人違いです。いや、神狼違いです!それじゃあ、入らせてもらうね』
「お待ちください!身分証をお見せください」
(身分証?俺そんなの持ってないけど?それ以前に、神狼が誰から身分証を発行してもらうんだ?)
『持ってないが?』
「ならばお通しすることはできません」
バハムートが俺からも頼むよと、助け船を出してくれた。
『冒険者も入れて欲しいって言ってるし……』
「決まりです」
『でも、神狼に誰が発行するの?』
「知りません。身分証をお持ちください」
『じゃあ、この街のギルドが発行してよ!』
「発行してからおいでください」
『わからずや!こんな街、滅びてしまえ!!』
俺がそう言った瞬間。にわかに空は搔き曇り、ゴロゴロと雷鳴が轟きだした。
(え?これって俺がしでかしたの?噓でしょー!?)
『嘘!嘘!嘘!この街は滅びない!でも少し不幸になれ!』
すると雷鳴は収まり、雲は消えた。そして俺もその場から消えた……。跳び立つ瞬間目の端に、バハムートが派手に転ぶ姿が見えた……小さな不幸か……。
(危ない危ない、迂闊に恨み言も言えないな。それにしても身分証か……どうするかな)
***
「い、今の雷雲はいったい……」
交易都市ルーエンの正門前には、先ほどまで緋色の神狼が佇んでいた。
それが今はあちこちで人が転び、起き上がっては転ぶという異常事態に陥っていた。
門番はガタガタと震えながら言った。
「身分証で御立腹された神狼様が、『こんな街、滅びてしまえ』と仰られたが、すぐさま『少し不幸になれ』と仰られた」
「それは、我らの慢心を見抜き、街を滅ぼすこともできるが、少しの不幸で許してやるってことか……」
「神狼様はこうも仰った。神狼に誰が身分証を発行するのかと……。考えれば確かに、陛下が通るときに身分証を求めたことは無い」
「なんと英知に優れ、慈悲深いのか……」
それを聞いて感じ入った者は皆、神狼が去った空に向かって祈った。
***
一方その頃、ルーエンから大きく駆けた山の上で、洞穴を見付けたイグニスは安全を確認していた。
『いやー、危なかったー。うっかり街を滅ぼしかけてたじゃん。当分人目に付かない此処で大人しくしとこう』
それほど高くもない山だが、険しい山が連なった此処は何かいやに落ち着く場所だった。
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