第三十一話 赤き神狼とスラム
「こんちはー!いつものやつね!」
すっかり聖王国に馴染んで、行きつけのお店まで出来た、イグニスです!
しかも、一人で歩き回っても迷子にならない!
理由は簡単、宿が大聖堂のままだから!
やはり下町は良いねえ。飯が安くて美味しいんだよね。
「はい!おまたせ」
「今日もうまそー!」
地元民は「おすすめ」を基本的に頼むんだけど、俺は「いつもの」と言うと、肉が多くなって出てくる。
「今日も美味しかった!またね~」
ご機嫌でぬくもり亭を後にした。
足取りも軽く、慣れた道を進んで行く。
「よっす!だいぶ進んだねえ」
「へい!すべてイグニスのアニキのおかげでやす」
「なあ、おまえら!」と男が言うと「「「へいっ!」」」と大きな声が返ってくる。
「でも、良いんでやすか?」
「何が?」
「だって、こんないわくつきになった場所なんて、買っても得は無いでやしょ?」
「ハハハ。得がなきゃ、こんなに大きな土地は、買わないよ」
「周辺の土地も買ってるから、広さはあるでやんすが……よりにもよって、こんなスラムのど真ん中で……」
「大丈夫大丈夫、なんとかなる!」
「そうでやんすか、アニキがそう言うなら……」
「向こうの現場に行ってくる」
「へい、行ってらっさい!」
「「「行ってらっさい」」」
むさい声に見送られて、隣の区画に買った建物に入った。
こっちも解体予定だが、それはまだ先の話だ。
「よっす!だいぶ片付いて綺麗になったな」
「はい!イグニス様。お疲れ様です」
うんうん。順調順調。
「じゃあ、隣に行ってくる!」
「はい。いってらっしゃいませ」
……やっぱりこっちは普通だな。
「よっす!お、今日は焦げ臭くないな!」
「イグ様、ようこそおいでくださいました。最近は焦がしも減り、味付けも均一になりました」
「それは大した進歩だ。味にバラつきがあると困るからな!レイモンドはどこ?」
「支部長なら二階に居ますよ」
少し軋む音がする階段を上り、レイモンドを見付けた。
「レイモンド!今日は、追加の資金を持ってきた」
「これはこれは、イグニス様。ありがとうございます」
「順調そうだな」
「イグニス様のおかげです。スラムの皆、喜んでおります」
「一応、確認するが……本当に五ヵ国の料理が食えるんだな?」
「もちろんです。私は嘘はつきません!その証拠に、ゴールディア王国とシュトラール王国の料理を作りました。まだ試作品ですが美味しいですよ」
「おお!見たことのない料理だな!」
「どうぞ味見もしてください。本日の担当はセレスとゴードンです」
「ゴードン!?あいつおかしいよね。俺への挨拶が、こんにちマッスル。ありがとマッチョなんだよ!面白いよね!」
「イグニス様にも、そんな挨拶が出来るゴードンは大物ですね……」
なんかレイモンドの目が怖いが、気にしないでおこう。試食が最優先!
「うっまーい!こっちはスパイシー!こっちはごついね!?」
「その国の特徴のあるものから、作ってもらい絞り込んでいきます」
「楽しみにしている!」
こんな風に俺の毎日は忙しく過ぎている。
***
「い、行ってしまわれた……」
私の名前はレイモンド。
元々は冒険者ギルド職員だったが、怪我をして荒れてしまい、スラムにまで落ちてしまった。
まあ、スラムにはそんな者たちが沢山いる。
聖国の特徴なのかもしれないが、他国から流れてきてスラムに居つく者も少なくない。
そんなスラムが激変した事件があった。
聖獣連れ去り事件だ……その事件を解決したのが、神狼イグニス様だ。
事件の舞台となったのは、此処の隣にあった大きな屋敷の廃墟だった。
いつしか、廃墟は裏稼業のアジトとなりスラムの空気も変わった。
悪党共の裏には、廃墟の持ち主である貴族の関与も噂された。
そんなスラムに風が吹いた……その風は廃墟屋敷と周辺の土地を買い取り、スラムの住人を雇い整備させた。
それだけでなく、整備した場所を、冒険者ギルドの支部にすると言うのだ。
「そんな事できっこない!私は長年ギルドで働いていたから分かる。そんな採算が取れるか分からない事を、ギルドがやるはずがない」
買い取る土地の検分に来た、イグニス様一行に私は言い切った。
「なら一番近くで成される現場を見ればいい。お前が支部長だ」
「そ、そんな勝手な!」
口では迷惑だ。横暴だと言いながらも、心の中では、やりたいという思いが膨らんでいた。
このスラムに勝手に住み着いた俺に、支部長をさせるなんて……。
この辺りで働いているのは、そんな奴らばかりだ。
しかし、やりがいを求めていた者も多く居たのも事実。
ギスギスしていたスラムの住人に笑顔が戻り、荒れていた者たちに仕事と生き甲斐が生まれた。
感謝してもしきれない。全ては、規格外な神狼様の一言から始まった……。
「美味いもの食えば笑顔になる!」
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