第二話 赤き神狼と撞球(どうきゅう)
世界樹の森に「あはははは!」と軽快で楽し気な笑い声が響き渡っている。
(その声の主、イグニスでっす! もうね、この間の失敗なんてどうでもよくなるくらい今が楽しい!)
高い山の麓で見つけた魔物、アーマーバグ。でっかいダンゴムシみたいなヤツで、鉄のように硬い外殻で丸まり、勢いよく転がってくる魔物だ
。
そんなアーマーバグが、谷間に何十匹もひしめいていた。
(これ、前世で遊んだ記憶があるんだよね! 長い谷間でゴロゴロ転がしてガッキーンってぶつけるやつ!)
名前は思い出せないけど、試しに一匹蹴っ飛ばしてみたら、すごい勢いで転がる。当たったアーマーバグが四方に弾け飛ぶのがたまらない。
転がりすぎて遠くへ行かないよう、逃げ場のない穴も掘った。穴掘りは段持ちの俺だからね、速さと美しさを兼ね備えた特設会場の完成である。
ガコン! と落ちる音も、カーン! とぶつかる音も最高で、時間を忘れて遊び倒した。
(明日も遊びたいし、逃げないように岩に投げつけてめり込ませておこうかな。油断すると逃げ出すし)
さっきだって、一匹の小さなウサギ(?)に寄ってたかって攻撃していた悪党どもだ。このくらいの扱いで逃げないでほしい。
(ウサギさんにも「一緒に遊ぼう!」って誘ったんだけど、「ちょっと今は遠慮します」だって! おもしろいのにねえ)
今日は穴を掘ってここで寝ようかな--なんてアーマーバグを転がしながら考えていると、少し顔色の良くなったウサギさんが恐る恐る声をかけてきた。
ゴロゴロ、カッキーン!
「あ、あの……! 僕は聖獣カーバンクルのルビーと申します。先ほどは助けていただきありがとうございました!」
(あっ、聖獣だったんだ……。しかもウサギさんじゃなかった!)
『いえいえー! 無事で何よりです!』
ゴロゴロ、カッキーン!
「あのう、言い難いのですが……アーマーバグの魔石を少し分けてもらえませんか? 図々しいお願いだと分かっていますが--」
『はいどうぞ!』
この世は食うか食われるか、生きるか死ぬかの真剣勝負! 俺と出会ったウサギさんの運も実力のうちだろう。
『どんどんもりもり食べなさい!』
ゴロゴロ、カッキーン!
俺はアーマーバグを転がしつつ叩き潰し、取り出した魔石をどんどんウサギさんに渡していく。
気づけばウサギさんの前には魔石が山盛りになり、「もう食べられません……!」と涙目になっていた。
『食べきれなかった分は、お土産に持っていっていいよー!』
「もう十分ですー……!」
頬にも魔石を詰め込んだのか、若干いびつな輪郭になったウサギさんに向き直り、尋ねてみる。
『この辺りに住んでるの?』
「僕は教会のシスターにお世話になってるんですけど、はぐれてしまって……」
なるほど、山の麓まで来ると世界樹の森の外縁近くになる。迷い込むこともありそうだ。
『目的地が分かっているなら送っていくよ?』
「本当ですか!? 是非お願いします!」
『今日はもう日が暮れるから、明日の朝に出発しようか』
「はい! ありがとうございます!」
ウサギさんを背中に乗せ、結界を張って安全な場所で一夜を過ごす。
『新規開拓村でシスターをするのかー。偉いねえ』
「そうなんです! エマは最高のシスターなんです!」
そんな他愛もない会話をしながら、いつの間にか眠りについていた。
翌朝。朝靄に包まれた森を、背中にウサギさんを乗せて走り抜ける。
「何度も言いますけど、僕はカーバンクルのルビーですからね! ウサギじゃありません!」
『うんうん、分かってるよ~』
朝のキリッとした空気が気持ちいい。自然と速度も上がり、空を跳ぶように駆け抜ける。
世界樹の森から少し離れたところに、細いがしっかりと踏みしめられた道があった。
『この道を北へ向かえばいいんだね?』
「はい! ここまで安全に来られました、ありがとうございます!」
跳ぶように道沿いを走り抜けていると、路肩に打ち捨てられた馬車の残骸が見えた。
「あああ! ここです! ここで襲われてしまって……!」
『荷物はなくなっているけど、血痕や遺体らしきものはないね。無事を祈りながら村へ向かおう』
悲しげな顔をするウサギさん--いや、ルビーを「きっと無事だよ」と励ましながら、俺はさらに速度を上げた。
「あっ! 白黒のマダラ模様のアーマーバグだ! まてっ!」
何十匹と倒してきたアーマーバグに、こんな模様がいるなんて! こんなとこで遭遇するなんてなんという幸運!
「ちょちょちょ、イグニス様速すぎます!」
やはりレアなアーマーバグなのか、勢い余って蹴ったところ、とんでもない速度で飛んでいった。
『あいつレアだから、追いかけるね!』
「いやいや。まずはエマの安全確認を!」
レアアーマーバグが転がって木をなぎ倒し、草が千切れ、土が抉れできた溝を急いで追いかける。どうやら洞窟に転がり込んだみたいだ。
洞窟の入り口から煙が出ている……
(これはちょっとマズいか……?)
「大変です! 洞窟から盗賊団が口を押えながら飛び出してきますよ!」
ウサギさんは勢いよく俺の背から飛び降りると、一目散に髭面の男に駆け寄りキックをお見舞いした。
(エマっておっさんだったんか……)
めでたしめでたしだなと、眺めているとウサギさんの強烈なキックはおっさんの顎にまともに入り、おっさんは後ろに倒れてしまった。
(熱烈な再会だな~。俺もウサギさんと久し振りに会う時は気を付けよう)
うんうんと首肯しながらウサギさんを眺めていると、洞窟から手を縛られた人たちが飛び出してきた。
(ちょっと待ってよ。レアアーマーバグをちょっと蹴ったくらいでこんな大事になるの!? 森の外って怖いな……)
ウサギさんとエマの再会も出来たし、俺は山登りに戻ろう。
(うん。そうしよう。それが良い!ウサギさんに挨拶だけしとくか)
『無事再会できたようだし、俺は旅の続きをするね。じゃね~』
そうして俺は旅の続きを再開するのだった! 決してウサギさんに怒られるから逃げたわけじゃないし、冒険者の事も聞き忘れたわけじゃない!
***
「……い、行ってしまわれた……」
神狼イグニス様の気配が完全に消えたことを確認し、ルビーはぽかんと口を開けた。
目の前には、顎を撃ち抜かれて白目を剥く盗賊の頭目と、煙の吹き出す洞窟から逃げ出してきた開拓村の人々--そして、無事に救出されたシスター・エマの姿があった。
「あ、あの……ルビー? 今の恐ろしいほどに気高く、美しい神獣様は……?」
「あ、エマ! 無事だったんだね……! あのね、あのお方は『特別』な神狼イグニス様! 僕を助けて、盗賊の煙幕アジトごと一蹴してエマたちを救ってくださったんだよ!」
ルビーは興奮気味に、イグニスがいかに威厳に満ち(※ただレア魔物を蹴っただけ)、慈悲深く(※ただ魔石を大量に押し付けられただけ)、圧倒的な神威で悪党を滅ぼしたかを熱弁した。
「なんと……! 我らを救うため、聖獣様を遣わし、神罰を下してくださったというのですか……!」
涙を流して感謝を捧げるエマと村人たち。
ルクレシア王国の『救世の神獣』の伝説に続き、開拓地においても『赤き神狼様』の威名が刻まれた瞬間であった。
(……でもイグニス様、絶対に僕のキックから逃げるように去っていったよね……?)
少しだけ呆れつつも、ルビーはその背中があった場所に深く深く感謝の礼を捧げるのだった。
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