第二十話 赤き神狼と代償
チュンチュン……チュンチュン。
『こ、これが朝チュン……』
(一晩寝たら神狼に戻ってるじゃないか!?)
硬いベッドで目覚めれば、目に入るのは見慣れた赤い毛並みだ。
いつの間にか人化は解けてしまっていた。
(とりあえず、朝ごはんか?)
【ポンッ!!】
手慣れたもので、すぐに人化は出来るようになった。
ベッドに落ちている下着をつける。
全裸になるの地味に困る~。
「おかみさん。おはよ~」
「おはよう、イグニスさん。朝食すぐ出すからそこに座ってておくれ」
カウンター席に座り、目標がいくつも叶ったが実感が湧かない……。
「はい。お待たせ、熱いから気を付けなよ」
(これはポトフかな……パンは硬い……。これは人化の弊害!顎弱っ!)
「おかみさん。肉欲しい……」
「銅貨六枚でソーセージ出せるよ?」
「じゃあ、十二枚ね!」
「イグニスさん計算速いね!?」
やはり俺は天才神狼なのか?
おかみさんは、二皿を一皿にまとめて持ってくると言い厨房に行った。
「じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」
「またね、おかみさん!」
朝の冷たくも澄んだ空気の中を、冒険者ギルドへ向かう。
ギルドで依頼を受けなければ、一人前の冒険者とは言えない!
「ち~っす。依頼受けに来た!」
「イグニスさん。依頼はそこの掲示板に貼ってあるものを選んで、受付窓口に持ってきてください」
「本当に人化してる」や「人化すると子供なのか」などの声が聞こえてくる。
「本物の神狼イグニスっす!」
そう言い残して掲示板へ向かった。
受けられる依頼はEとFと書かれた依頼のみだ。
(最初の依頼はやはり定番の薬草採取でしょ!)
窓口で受付を済ませギルドを出た。
「今日も朝からご苦労さん!」と門番に挨拶をする。
「昨日はすいませんでした」
「じゃあ、行ってくる!」
神狼イグニス様は細かいことは気にしない!
目指す薬草は歩いて半刻の森に生えてるようだ。
町の外に出たし、走り出す……。いや!少し速度を落とす!
「全力ダメ!また行きすぎちゃう!」
必要なのはハージ草、赤ハージ草の二種類。
森の奥に行かなくても生えてるそうだが……そりゃ浅い層にも生えるよな。
森の奥からは、精霊の気配が漂ってきている。
「あった!」
根元を残して採取、根元を残して採取を繰り返す。
昔から、何かを集めるのは好きなんだよねー。
十本を一つにして、それを五束ずつにまとめてとかにしたい!
意外と几帳面な神狼イグニス様と言われたいな。
「まあ、紐がないんだけどなー」
『ヒモあるよ』
フヨフヨしたやつが話し掛けてきた。
「お、ちょうだいよ」
『どうしようかなー』
「じゃあ、要らない」
『……ちょっと!もう少し粘ろうよ!』
無視無視、こういう構ってちゃんは無視が一番。
黙々と採取を続ける。
「あっ、これなんだろ。赤ハージ草より霊力のようなものを感じる!」
『それはマール草だよ!』
はい。スルーでーす。
辺りを見回しても、この草と同じものは無い。
慎重に周りの土ごと掘り出した。
「よし!帰ろう!」
足に力を込めてハージマーリングへ向けて駆けだした。
早すぎると通り過ぎるから、気を付けてしばらく走る。
「あー、お腹空いた~」
【グ~キュルキュル】
【ポスン】
『ええええええ!?服が脱げた!?』
脱げた服を回収しながら、なぜ人化が解けたのかを考える……。
お腹空いたって言っただけだ。
えっ、もしかして呪文的な?
(人化して検証するか!)
「あ、お、な、か、す、い、た」
「おなかすいた」
「あー、お腹空いた~」
言い方に工夫もしてみたが、何も起こらない……。
その時【グ~キュルキュル】と可愛くお腹の虫が鳴った。
【ポスン】
『お前かー。腹の虫が原因!』
神狼の姿のままハージマーリングへ向かった。
「イグニス様、おかえりなさい」
『ただいま~』
『おやじ~、肉銀貨一枚分おくれ』
「イグニス様、今日は人じゃないんですね」
肉を焼きながら、おやじが訊いてきた。
『お腹空いたら人化解けちゃう』
「なるほど」
おやじは、「お待ちどう様」と肉を盛った皿を差し出した。
『今日も良い塩梅だ!』
「へへ、いつもありがとな。これ少し包んだから、人化が解ける前に食べるようにしな」
『おやじ~』
やっぱ田舎は良い人が多いな!
「イグニス様!?それは緊急用だから!!」
俺は貰いたての肉も、モグモグと食べてしまっていた……。
『ごめんっす!』
【ポンッ!!】
***
『い、行ってしまわれた……』
森の外縁でフヨフヨと浮きながら、イグニスが走り去った後姿を見送るのは森の精霊だ。
『あの時どうして意地悪を言っちゃったのかな……』
ヒモなんていくらでもあるし、あげることに何の問題も無かった。
しかし、精霊の口からは『どうしようかなー』という言葉……。
『でも、普通はもう一度「ちょうだい」って言うよね!?一回で切り捨てて、そのあとはフルシカト……』
精霊は自分のツンデレ気質を深く呪った。
イグニスが去ったあとには、出しそびれた縛り紐がポツンと取り残されていた。
『……誰でも良いから使ってよ!』
その叫びは静かな森に消え入るだけだった……。
この日を境に精霊はツンデレを封印した。
その後この森は、精霊の森と呼ばれるようになる。
森を守る精霊が、人々に恩恵を授けるとして有名になるのだった……。
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