第9話~シド②~
「ここはシドの伯母さんが経営しているお店なのです。皆さんとパーティーを組む前から時々こうしてお手伝いをしているのですよ」
怪しいお店でメスガキアイドル「リリスちゃん」としてステージに立っていたシドは、スタッフを通じて楽屋にレオポルドたちを呼びつけ、アイドル衣装のまま何てことのない様子でそう説明した。
ちなみに楽屋は大部屋ではなく小部屋で、彼らの他に人はいない。
つい先ほどまで歌って踊って豚のお兄さんたちを罵倒して踏みつけていたシドの姿に、見てはいけないものを見てしまったと動揺していたレオポルドたちだったが、見られた本人はいたって平静だ。
「えっと……そういうことなら言ってくれれば──」
「リーダーがもし逆の立場なら一々メンバーに説明するのですか?」
言われて皆で想像してみる。パーティーを組んで間もないタイミングでレオポルドが突然告白するのだ。
『いや~、俺休日は親戚の店で女装してアイドル活動やってるんだよね~。また今度ステージに立つから、良かったら見に来てよ』
そしてフリフリの衣装を着たレオポルドが──
『おぇぇぇ~っ』
想像だけで全員がえづいた。
「ちょっと! なんてもの想像させるのよ馬鹿リーダー!」
「なまじ顔が良い分、解像度が高くてキツイわい……」
「……気持ち悪い」
「芸事への冒涜だね。久しぶりにブチキレそうだよ……!」
「リーダー、もう少し人の気持ちが分かる人間になって欲しいのです」
「何で俺やってもない想像の話で責められてんの!? つーか、シド! お前が言い出したんだろうが!!」
「全てリーダーの素材が悪いのですよ」
いつものように全員でレオポルドを弄って、妙な感じになっていた場の空気をフラットに戻す。
「というか、休日をどうするかなんてのは個人の自由なのです。皆してシドの後を付け回すのはどうかと思うのですよ」
『ぐっ……!』
そこを突かれると非は大人たちにあるため何も言えない──普通は。
「違うのよ、シド!」
「何が違うのですか、ヒルダさん?」
「確かに昨日の夜、酒の席で『シドは休みの日一人で何してるんだろう?』って盛り上がったのは私たちも良くなかったわ! でもね、私たちは最終的に止めようって言ったの! でもリーダーが強引に──」
「はぁっ!?」
酷い責任転嫁にレオポルドが目を剥くが、そこに更にナギが追随する。
「そうなんだ! 店の前でもう帰ろうと引き留める私たちを振り払ってリーダーが店に入ろうとするものだから、仕方なく……!」
確かに、嘘ではない。
「い、いや確かにそこだけ切り取ればそうだけど──」
「お前ら、リーダーを責めるでない。リーダーも若い男じゃ。好奇心を抑えきれぬこともあるじゃろう」
「若さを理由にするのは卑怯だしハイドもノリノリだっただろうが!?」
呆れた様子でそれを傍観するキーアの様子を含め、一連のやり取りでおおよその経緯を察したシドは深々と溜め息を吐いた。
一方、言い返しても形勢不利と判断したレオポルドは話題を自分自身からシドへと逸らす。
「というかシド! 休日は自由って言っても限度があるだろう!?」
「限度……なのですか?」
「そうだ! 休日はしっかり身体を休めて明日以降の仕事に備えるためにあるんだぞ! それがこんなハードに歌って踊って……冒険に支障が出たらどうするつもりだ!?」
苦し紛れの反撃は、しかし意外に的を射たものではあった。
実際レオポルド自身も休日はよくキーアと剣の鍛錬などを行っているが、翌日以降の疲れを持ち越さないよう気を遣っている。リーダーとしてパーティーメンバーの体調管理を注意するというのは、ストーカーという手段を棚に上げれば言い分自体は間違っていなかった。
シドが顎に指をあてどう反論したものか少し考えている、と──
「──この子を責めるのは勘弁してやってくれるかい? 冒険者になった後も仕事を頼んでたのはあたしの方でね」
そう言って楽屋に入ってきたのは銀髪のエルフの女性。細身が多いエルフとしては豊満な身体つきをした美女で、全身から匂い立つような色気を放っていた。
「伯母さん」
シドの言葉に、彼女は顔を顰め彼の額にデコピンを入れる。
「あだっ!」
「伯母さんって呼ぶなって言ってるだろ? さて、あんたたちがこの子の冒険者仲間だってね。あたしはメルニース。この子の親代わりでこの劇場のオーナーさ」
メルニースの美貌に見惚れていたレオポルドが、ハッと我に返って応じた。
「ど、どうも。リーダーのレオポルドです。それからこっちが──」
「ああ、自己紹介はいいよ。あんたたちのことはこの子から聞いてる。僧侶のヒルダに斥候のハイド、吟遊詩人のナギ、それから戦士のキーアだろ」
メルニースはそう言って初めて会うメンバーの名前を言い当ててみせた。
『……?』
この時ナギとキーアはメルニースの言葉に何か引っかかりを覚えたものの、それが具体的に何なのかまでは分からなかった。
「この子は元々ウチの劇場じゃ人気のキャストでね。一応、冒険者になってからは半引退扱いにはなってるんだけど、たまにでもステージに上がってくれるだけで客の入りが違うんだよ」
「…………」
メルニースの説明にそっと視線を逸らすシド。先ほどから女装したアイドル姿を見られても平然としていたが、よくよく見れば耳の先が少し赤くなっている。
──ひょっとして、シドの奴この伯母さんに頼まれて厭々こんなことしてるのか?
そう思ったレオポルドは、シドに助け舟を出すつもりでメルニースに意見していた。
「えっと、さっきもシドには言ったんですけど、今のシドは冒険者で俺たちのパーティーメンバーです。休養日にはしっかり休んでもらわないと本業に支障がでるし、ひいては俺たち全員の生存にも関わってきます。ちょっとしたお手伝いぐらいなら何も言いません。でも見た限りステージは相当ハードでしょう? こういうのは極力控えていただきたいんですが……」
「ああ、すまないね。それはあんたの言う通りだ」
レオポルドの言葉にメルニースはアッサリと非を認める。その上で──
「一応、この子が冒険者になってからはステージに上げるのは控えてたんだけど、この子がちょっとお金が要り様だっていうもんだから、つい──」
「伯母さん」
メルニースの言葉をシドが短く遮る。それを見て一行は顔を見合わせ、ヒルダが口を開いた。
「お金って……何か欲しいものでもあったの?」
「…………」
沈黙するシドに代わってメルニースが答える。
「詳しいことはあたしも聞いてないけど、頼んできたのは半月ぐらい前だったかね。冒険者の依頼でちょっとこの街を離れてたことがあっただろう? その直ぐ後さ」
「それって……」
半月前──それは例の聖剣を引き抜いてしまったタイミングだ。
そこまで聞けばレオポルドたちも何故シドが女装してまで金を稼ごうとしていたか理解する。聖剣について調べるにしても、解呪を試すにも、はたまた追手から逃げるにしても、まず先立つものが必要。シドはその為の資金を稼ごうとしていたのだ。他のメンバーが聖剣の存在から目を逸らし現実逃避している間も、一人粛々と。
『…………』
下世話な気持ちで仲間の後をつけていたメンバーは顔を見合わせ、何とも気まずい表情でシドに頭を下げた。
『……何か、ごめんなさい』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夜遅く。一日ステージに立ち歌って踊ったシドは、劇場のオーナーであるメルニースの私室を一人訪れていた。
「お疲れ。しかしあんたも仲間に怪しまれて付けられるとはまだまだだねぇ」
「……上司がケチで碌に経費も出してくれないのが原因だろ」
メルニースの揶揄いに、シドが普段のあどけないそれとはまるで異なる冷たい口調と声音で吐き捨てた。もしこの場にレオポルドたちがいれば別人ではと目を疑うほどの変貌ぶりだ。
いや、彼らがこの場にいればもう一つ──あるいは二つ、目を疑うだろうことがあった。
「言い訳するんじゃないよ。半端者のあんたを里から連れ出してやったのを誰だと思ってるんだい」
そう語るメルニースは部屋が暗いこともあって少し分かりづらいが、昼間会った時と異なり肌が褐色に変化していた。見る者が見れば一目で分かる。ダークエルフだ。
そしてもう一つ、メルニースの足元に手足を縛られ猿轡をされたダークエルフの男が転がっていた。そしてその顔にシドは見覚えがある。つい先日、詐欺師集団捜索依頼の際にヒルダを襲っていた男だ。
シドはその男にチラと視線をやり、メルニースに訊ねる。
「わざわざ捕まえたの? 放っときゃいいのに」
「そういう訳にゃいかない。あのパーティーにあんたを潜り込ませたことは極秘だからね。知られた以上は生かしちゃおけないよ」
ダークエルフの男が「うぅっ!」と懇願の呻き声を漏らすが、メルニースもシドもそれに何の関心も示さなかった。
ここでダークエルフという種の性質について語ることにしよう。
学者の間ですらその存在が疑問視されるほど謎に満ちた存在であるダークエルフだが、彼らはとかく暗躍と謀略を生き甲斐とする種族であった。
彼らは常に何かを企んでいる。他種族からすれば偏執的としか思えない計画を基に、生涯をかけて謀略の糸を巡らせ続けることを自分たちの存在意義としている。そして同時に彼らの謀略は個々人で独立したものであり、その成就のためならば同族同士での殺し合いさえ厭わない狂気と残酷さを兼ね備えていた。
先日の事件の際、ヒルダを襲ったダークエルフが撤退を選択したのは他のダークエルフの計画を知ってしまうことを恐れたため。そして今彼がメルニースの足元に転がっているのは、その判断が既に手遅れだったためだ。
傍目には理不尽にも思えるが、彼らダークエルフにとって計画と秘密は命より重い。
ダークエルフをよく知る賢者は、彼らの欠点はその行き過ぎた秘密主義と長すぎる寿命にある、と語った。
彼らは同族間でも互いに何を企んでいるのか知り得ず、下手に刺激すれば世界を滅ぼしかねない厄ネタをいくつも抱えているため、種として組織だった行動をとることができない。
加えて、事実上の不老である彼らの計画は数百年、あるいはそれ以上の単位で進められるため、本人たちでさえその計画が何のためにあるのかを忘れていることさえままあった。
つまりダークエルフという連中は、手段と目的が逆転した陰謀好きの種族、と言えるだろう。
そしてシドはそんなダークエルフの手駒の一つ。まだ己の計画を持たない彼は、伯母であるメルニースに指示されるがまま行動していた。
冒険者となりレオポルドたちとパーティーを組んだのもその一環。しかし彼はメルニースの手駒に過ぎず、その計画の全容は勿論、自分の行動に一体何の意味があるのかさえ教えられていなかった。
「……それより、本当にいいのか?」
「何がだい?」
「俺らのパーティーに今何が起きてるのか報告しなくてもいいのか、って聞いてるんだよ」
「ああ、そのことかい」
シドはただレオポルドたちとパーティーを組むよう言われただけで、それ以上のことは何も指示されていなかった。そうは言っても聖剣絡みのことは当然報告すべきと思ったが──
「しなくていい。というよりあたしには甥っ子としての立場で伝えておくべき話以外はするんじゃないよ」
「何で?」
「あんたの行動に違和感が出かねないだろう? 情報をやり取りすれば、あたしの反応を見てあんただってものを考える。それじゃ駄目なんだよ。あんたはただあのパーティーにいることに意味があるんだ。あたしが次の指示をするまでは真面目に冒険者を続けてな」
メルニースからこのように言われて報告自体を拒否されている。
正直、シドとしてはメルニースに報告して聖剣絡みの悩みをぶん投げてやりたい気持ちもあったのだが、逆らえばどんな目に遭うか分からない。
「……次の指示っていつだよ?」
「さてね。10年か、100年か……1000年より長いってことはないんじゃないか?」
「長ぇよ」
「ハハッ。まだまだ青いね。あたしらにとっちゃ1000年なんてあっという間さ」
そう言って笑い、メルニースはシドを手招きする。
シドが素直に彼女に近づくと、メルニースは汗で滲んだ彼の頬を指でなぞり、その白粉を拭った。
「──ま、文句があるなら白粉が取れてから言うことだね」
「…………」
変装に白粉を使っている内は赤ん坊同然、というダークエルフ特有の言い回しで笑われ、シドは子供っぽく頬を膨らませた。
容疑者③魔術師シド
・秘密:ダークエルフのスパイ
・伯母であるメルニースの指示で行動しているが、それに何の意味があるのか彼自身まったく把握していない。
・そのため子供っぽい口調を除けば、普段の行動はほぼ彼の素である。
・ヒューマンの男性冒険者にダークエルフの母親が乱暴されて生まれた子供で、母親は彼が5歳の時に心を病んで亡くなっている。




