第8話~シド①~
シドという少年はハーフエルフの魔術師だ。
若干14歳とパーティー最年少。成長速度の不安定な混血ということもあってか実年齢より更に4~5歳は年下に見え、小人族と見間違われることも少なくない。
だが賢者の学院から12歳で正魔術師の位を認められた秀才の彼はレオポルド一行の優秀な頭脳役で、パーティーメンバーからはある意味リーダー以上に頼りにされていた。
今も彼は他のメンバーたちが聖剣という厄介事から目を逸らす中、粛々と必要な対策を進めている。
「シドはもう一度学院で聖剣について調べてみるのです。ヒルダさんも時間を見つけて神殿に伝わる伝承を調べて欲しいのです」
「わ、分かったわ」
「ハイドさんとナギさんは領主や国の動向に注意を払って欲しいのです。追手がこの街に来てからだと手遅れなので、出来ればその前に情報を掴めるように」
「う、うむ」
「中々そう思い通りには──いや、はい。がんばります」
「リーダーとキーアさんはいつでも動けるように逃走ルートの確保と荷物の準備を。あからさまに馬とかを確保してたら怪しまれるので、周りに気づかれないように日々使える移動手段とルートの確認を怠らないで欲しいのです」
「りょ、了解だ」
「……頑張る」
年下の見た目幼い少年に尻を叩かれては、聖剣に関して正直「どうしていいか分からないしもう何も考えたくない」と現実逃避していたメンバーも重い腰を上げざるを得ない。
シドのこうした行動に助けられていることは間違いないし、メンバー全員感謝もしていた。ただ、年長者として年下の少年にあれこれ指図されることに思うところがないわけでもない──いや、不満とかそういうのではなくて、ちょっぴりモヤモヤするというか。
つまりレオポルドたちはこのしっかり者の少年に常々こう思っていたのだ。
『子供なのにしっかりし過ぎててこっちの立場がない』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃあ出かけてくるのです。帰りは遅くなるので晩御飯は食べてくるのです」
「気を付けるんじゃぞ」
「はい、なのです!」
子供らしく元気に返事をして、シドが借り上げている長屋から出かけていく。
今日はレオポルド一行の休養日。自由業である冒険者に決まった休日は存在せず働こうと思えば休むことなく毎日でも働くことができる。だがそうすると疲労が溜まっていざという時に十分に動けなくなってしまうため、一行は五日毎に一日、完全休養日をとることに決めていた。
普段ならめいめい趣味や鍛錬、あるいは一日寝て過ごしているのだが──
「行きましょうか」
「そうだね」
この日はシドが出ていくなり、ヒルダとナギの二人が示し合わせたように立ち上がる。
「おいおい、まさかと思うがマジでやんのか?」
「流石に悪趣味じゃと思うんじゃが……」
「…………」
その二人にレオポルドとハイドが呆れたように声を上げた。キーアは無言だが、その視線は如実に感心しないと語っている。
「何を言ってるんだい? これは単なる好奇心じゃない! シドが悪い道に足を踏み入れることを防ぐために必要なことなんだよ!!」
「その通り! 年長者として果たすべき責任なのよ!!」
『…………』
熱弁を振るうナギとヒルダに、レオポルドたちが向ける視線は冷めていた。
事の発端は昨晩。近隣の集落の近くに棲みついたゴブリンの討伐依頼を終え、酒場で打ち上げをしていた時に遡る。翌日が休養日ということもあり、一行は久方に遅くまで痛飲していた。ただ一人シドだけは年齢的に酒が飲めないこともあって、いつも通り早くに打ち上げを切り上げる。
『じゃあ、シドは明日も用事があるので先に帰ってるのです』
『おう。一人で帰れるかの?』
『もう! 子ども扱いしないで欲しいのです!』
そんな風にシドを見送った後、何気なくレオポルドが呟いた。
『……そういやあいつ、休みの日はいつも一人でどこか出かけてるけど、何してるんだろうな?』
まだ彼らはパーティーを組んで三か月と少し。互いに脛に傷を抱えた者同士ということもあって、プライベートについては把握していない部分も多かった。
『学院で勉強でもしとるんじゃないんか?』
『でも、いつも学院とは逆方向に出かけていくよね?』
キーアの言葉に『そう言えば』とその場の関心が高まる。
『確か冒険者になったのは魔術の師匠を探すためだって言ってたし、情報収集でもしてるんじゃないの?』
『いや、それはないね』
ヒルダの意見をナギが否定する。
『何で?』
『人探しなら手伝えることもあると思って以前その話をふったことがあるんだけど、その師匠とやらは魔術で姿をくらましているらしい。だから普通の方法では見つけられないし、シド自身がもう少し魔術の腕を上げてからじゃないと探しても意味がないんだってさ』
『へぇ、つまりそれ自体が師匠からの課題ってことね』
ヒルダが納得し、すぐに首を傾げる。
『あれ? ならあの子一体どこに行ってるの? 元々別の街の出身だって言ってたし、休日を一緒に過ごすような知り合いの話とか聞いたことないわよね?』
『確かに……』
この時、彼らはかなり酔っていた。
『……探ってみようか』
だからつい、こんなナギの提案に乗って盛り上がってしまったのだ。
『探るって、どういうことだ?』
『言葉通りさ。いくらしっかりしていると言ってもシドはまだ子供だ。何か善からぬことに巻き込まれている可能性もゼロじゃあない。ここは年長者として行動を把握しておく必要があると思わないかい?』
『確かに……』
そんなやり取りを経て、シドの後を付ける話で盛り上がっていた一行ではあったが、酔いが覚めてもその気なのはゴシップ好きのヒルダとナギの二人だけ。他三人はすっかり冷めていた。
「……昨日はああ言ったけど、仲間を付けるってのはやっぱりどうかと思うぜ?」
「そんなこと言って、もしシドが変なマダムとかに捕まって怪しい道にハマってたらどうするのよ!?」
「ねぇよ。変な小説の読みすぎだ」
「いやいや、そうとは限らないよ。リーダーは時々シドの服に香水の匂いがついていることに気づいてないのかい?」
「ギルドや酒場に出入りしてりゃ匂いがつくこともあるだろ。つーか一々ガキの匂いをチェックしてるお前らが怖えよ」
レオポルドがツッコミを入れるが盛り上がった二人は聞く耳を持たない。
『…………』
レオポルド、ハイド、キーアは気乗りしない様子で顔を見合わせるが、自分たちが行かないといっても二人は止まらないだろう。
成人した女二人が見た目ショタの少年を付け回す──官憲にしょっ引かれてもおかしくない案件だ。聖剣という厄介事を抱えている今、それはちょっとマズい。
「…………」
「…………」
「…………仕方ない。行くか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局五人でシドの後を付けることとなった。一行が見守る中、シドは迷いのない足取りであまり治安の良くないエリアの方へと進んでいく。雲行き怪しい展開に一行の表情が徐々に曇る。そしてシドがある建物の中に入ったのを見て、ノリノリだった筈のヒルダとナギの表情は完全に固まった。
『…………』
シドが入っていったのは歓楽街にあるピンクの建物。同じ通りには娼館なども立ち並んでおり、子供が立ち入ってよい類の店でないことは明らかだ。
『え? 本当にそういうことなの?』
驚愕と絶望の表情を浮かべる女性陣を差し置き、レオポルドとハイドが前に進み出た。
「行くか」
「うむ」
迷いなく怪しげな店の中に入ろうとする男二人をヒルダたちは慌てて引き留める。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ!?」
「正気かい!? こんないかがわしい店に昼間から──」
「お前ら今更何を言ってるんだ? シドが悪い道にハマってたら連れ戻してやるんだろう?」
「うむ。これは儂ら大人の責任というやつよ。シドが一体ここで何をしておるのか、しっかりと調査してやらねばのう」
先ほどまでとは打って変わってノリノリで店の中に入っていく男二人。女性陣は顔を真っ赤にして暫し躊躇う素振りを見せていたが、結局好奇心には勝てなかったのか人目を気にするように周囲に視線を走らせた後、コソコソとその後を追った。
「いらっしゃいませ。五名様ですか? お席にどうぞ」
『…………』
店内は意外にも普通だった──それは半裸の女性が接待していたりするわけではないという意味で、決して普通の飲み屋だったわけではない。
大部屋の中央に舞台のような半円のスペースがあり、それを取り囲むように大小多数のテーブルが並んでいる。何かのショーを楽しみながら酒を飲む店らしい。
違和感があったのはその客層だ。言葉では表現しづらいのだが、こんな店に出入りしている割に全体的に大人しそうでいやらしさがないと言うか……
更に言うならば数は少ないながら若い女性の姿もあり、ヒルダたちが入店しても周囲からおかしな目で見られることはなかった。
『…………?』
これはどういうことだろうか? とてもこれからエッなショーが繰り広げられるような雰囲気には見えないが──
場内にノリの良い声でアナウンスが響き渡ったのはそんなタイミングだった。
『皆さま、お待たせしました!! それでは本日のステージ! メスガキアイドル・お仕置き♡デビルプリセスの登場です!!』
その瞬間、場内のボルテージが一瞬で跳ね上がる。
──ウオオオオオオオオオオオッ!!!
『!?』
状況についていけず目を白黒させて困惑する一行。
ステージに煌びやかなフリフリの衣装をきた少女たちが登場すると、場内の熱気は限界突破した。
「よく来たわね、子豚たち!」
「今日は私たちのステージに思う存分酔いしれなさい」
「おバカなお兄ちゃんとお姉ちゃんを~、今日もいっぱい調教しちゃうぞ♡」
少女たちの言葉に、観客たちのテンションはもはや筆舌にしがたい狂気へと変貌した。
『レンちゃん愛してるぅぅ!!』
『アイナ様私を踏みつけてぇぇ!!』
『リリスちゃん罵ってぇぇ!!!』
そして少女たちの歌とダンスパフォーマンスが始まり、劇場は異界へと姿を変えた。
『…………』
少女たちのパフォーマンスは客観的に見て素晴らしいものだったのかもしれないが、未知の文化に遭遇し処理能力が限界に達したレオポルドたちの脳はそれを理解することができなかった。
一行はしばし呆然と立ち尽くし──
「…………あれ?」
余計な知識や先入観がなかった分、比較的正気を保っていたキーアがあることに気づいて声を出す。
「あの女の子……シド?」
『!?』
そう言われて、一行の視線がキーアが指さすステージ上の銀髪の小柄な少女に向く。
フリフリの衣装を着ていて普段のイメージと違うが、確かに雰囲気や尖った耳はシドの──と、ステージ上のその少女と目が合い、その口がパクパクと動いた。
──み~た~な~
『ひっ!』




