第10話~ハイド①~
容疑者④斥候ハイド
・秘密:小柄なだけのヒューマン
・小人族を名乗っているのは、その方が世間的に信用されやすいから。
ハイドという男は周囲に対して小人族だと名乗っているが、実際はただの小柄なヒューマンである。とは言えその身長は成人男性の腰ほどしかなく、ヒューマンと名乗っても初見ではまず信じてもらえない。
両親は共にヒューマン。ごく稀に隔世遺伝でヒューマンから異種族の子供が生まれることがあるがハイドはそうではない。足の裏が毛深いわけでもなく、身長が低いこと以外はごく普通のヒューマンだった。顔立ちが父親そっくりで母親の不貞が疑われずに済んだことは、この一件にまつわる唯一の救いと言えるだろう。
彼が10歳になった頃、両親は背が全く伸びないことを心配し息子を医師に診せた。その結果、ハイドは幼い頃に頭を怪我した影響で脳にダメージが残り、成長障害が起きていたことが判明する。残念ながら原因が分かったところで治療方法はなく、ハイドは身体的ハンデキャップを抱えて生きていくしかなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、ハイドは小柄なこと以外健康面に問題はなく、また彼の実家は裕福で家族はハイドに惜しみない愛情を注いだ。そして家族から甘やかされて育った結果、ハイドは立派なニートの駄目人間へと成長する。
ハンデキャップを言い訳に一切働こうとせず家族に寄生し続けるハイドを、両親も「これはマズい」と気づいたのか心を鬼にして突き放す。しかしハイドはその後も寄生先を両親から優しい兄に替え、ニートであることを貫いた。
実家から独立し商人として大成していた優秀な兄は、ハイドを誰より愛し、信頼していた。
『ハイド、お前は優しい奴だよ。本当に大切な選択は決して間違わない』
そう言って、働きもせずダラダラと日々を過ごす弟を嫌な顔一つ養い続けたのだ。
だが半年前、そんな優しい兄が事故で突然他界する。兄の商売はしっかり者の義姉が継ぐこととなり、ごく当然の帰結としてハイドは家から追い出された。
それはそうだろう──碌に働きもしないニートの義弟などハイドも逆の立場なら絶対に追い出すに決まっている。金銭的負担がどうこうより、それを見て育つ兄の子供に悪影響だという義姉の主張は、ハイド自身全くもってその通りだと思った。
家を追い出されたハイドは紆余曲折の末、冒険者となることを選ぶ。荒事は勿論嫌だったが、長年ニートを貫いてきたこんなナリの中年男がまともな仕事に就けるはずもない。一応、若い頃に徴兵されそうになったことがあり斥候の訓練は受けたことがあった。それに小人族は優秀な斥候が多いことで知られており、小人族と名乗れば見た目のハンデキャップは気になるまい。
そして現在、幸運に愛された中年男はパーティーメンバーに恵まれ、冒険者となってからも酒に博打にマイペースに人生を謳歌していた。
──これは、そんなハイドが遭遇したある一夜の出来事である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日、仲間たちとは別に他パーティーが引き受けた警護依頼のサポートに入っていたハイドは、仕事上がりに一人歓楽街を練り歩いていた。
最低限の生活費だけを残して、その日稼いだ金は全て何かしらのギャンブルにベットするのがハイドの流儀。負ければそれまで。勝てばパッと何かに使う。いつ死ぬか分からないのに、せこせこ金を貯め込んでも仕方がないと彼は本気で信じていた。
そして彼はギャンブルを愛していた。勝ち負けではない──などとおためごかしを言うつもりは毛頭ないが、勝利によって得られる金銭よりも脳を揺さぶるスリルと快感を選ぶ程度には、彼の愛は誠実だった。
今宵はどこの賭場が良いだろう。最近はカードばかりだし、趣向を変えて骰子もいいな、とハイドが頭の中で店の選定をしている、と──
──ドスッ
「うわわっ!?」
「──っと」
ハイド自身、キョロキョロ周囲を見回しながら歩いていたのが良くなかったのだろう。人ごみの中から飛び出してきた小さな影を避けることができずに衝突してしまった。辛うじて転倒することは避け、飛び出してきたその影を受け止める。
「……ふぅ、大丈夫かの?」
「ふわわっ? ご、ごめんなさいなの!」
そう言って慌ててハイドの腕の中から飛び退いたのは、緩く波打つ銀髪を腰の辺りまで伸ばした幼い少女だった。幼いと言ってもハイドよりは頭半個分は背が高い。恐らくは上ばかり見ていて小柄なハイドが目に入らなかったのだろう。
「えと、その……ティアがよく周りを見てなくてぶつかっちゃって──」
「ああ、構わん構わん。オッチャンこそボーっとしとってすまなんだ。嬢ちゃんに怪我はないか?」
「は、はいなの!……です!」
いかにも人慣れしていないたどたどしい態度に思わず笑みがこぼれる。それと同時に『何故こんな少女が歓楽街に一人でいるのか?』という当然の疑問が頭に浮かんだ。
「それよりもお嬢ちゃん、そんな急いで何かあったのか? パパかママはどこかの?」
「えっと……」
ハイドの問いかけに、ティアは困惑した様子で言葉を詰まらせる。
「ああいや、すまなんだ。いきなり知らないオッチャンに聞かれても答えれんわな」
「そ、そうじゃないの!」
頭をかいて詫びるハイドに、ティアは慌てて訂正した。
「その……パパとママはいないの」
「ふむ?」
言い辛そうに俯くティアの姿にハイドはそれ以上その話題を深掘りすることを止める。代わりに敢えて鈍感な風を装い、ニコリと人好きのする笑みを浮かべて続けた。
「なら友達か誰かと一緒に来たんかの? この辺りは一人でうろうろしとると危ないぞい。行きたいところがあるならオッチャンが連れてってやろうか?」
「…………」
ティアはハイドの申し出に少しだけ躊躇う素振りを見せてから口を開く。
「……お姉ちゃんを探してるの」
「そーかそーか。お姉ちゃんとはぐれたんか。どの辺りではぐれたか分かるか?」
「…………(フルフル)」
ティアは無言でかぶりを横に振る。
そこでハイドはどうしたものかな、と顎を撫でて考えた。言葉通り姉とはぐれた迷子に見えないこともないが、それにしてはティアの言動にはおかしな点がある。
まず一つは先ほど彼女がかなり急いでいたこと。何かを探している時、普通人は顔を確認するためにゆっくりと移動するものだ。特にこんな人気の多いところであれば猶更。勿論、姉の名を呼んでいる様子もなかった。
またティアの白いワンピースはところどころ汚れてほつれている。これはちょっと姉とはぐれている内にといった汚れ方ではない。だが同時にティアの肌は汗で汚れた様子もなく清潔で、どこかアンバランスだ。
──何かの厄介事かの?
ハイドはそう直感し、ごく自然に手を差し伸べた。
「この辺りは人も多いし闇雲に探すのは大変じゃぞ。憲兵の詰め所に連れてってやろうか? お姉ちゃんも嬢ちゃんを探してそこにおるかもしれんぞ」
「あの、詰め所はもう…………」
ティアは曖昧に言葉を濁す。
「なら、案内所に行ってみるか? この辺りの地図もあるし、客引きの連中がお姉ちゃんを見とるかもしれんぞ?」
「案内所……えと、お願いしていい、ですか?」
「勿論じゃ──ほれ」
おずおずと言うティアに、ハイドは笑って手を差し出した。
「はぐれたらいかんし、手を繋いでいこう」
「え……その……」
ハイドの言葉に、ティアは見て分かるほどに顔を曇らせ戸惑った様子を見せた。明らかに手を繋ぐことを嫌がっている。
ハイドはそれを察してすぐに手を引き、おどけた様子で続けた。
「おっと。あんまり子ども扱いするのは良くないの」
「あ……」
「それじゃ、ゆっくり歩くから儂の後をはぐれんように付いておいで」
そう言って、ハイドはそれ以上何も言わずティアに背を向け歩き出した。
「あれは……?」
その様子を少し離れた場所から見つめる人影が一つ。
「どうしたんですか~、ナギ様~?」
「ああ、ごめんよ子猫ちゃん」
甘えた様子でしな垂れかかってくる少女を、男装の吟遊詩人が気取った様子であやす。
「ちょっと知り合いを見かけてね」
「も~、私といる時に他の人のことは考えないでっていつも言ってるでしょう~?」
「ふふふ、妬いてるのかい?」
そういってファンの少女に微笑みかけながら、ナギの脳裏には先ほど見た光景が焼き付いて離れなかった。
──あの小人族の中年オヤジめ。拗らせてとうとう幼い少女に手を出したか……?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おう、小僧ども。景気はどうじゃ?」
「……ボチボチだな」
気さくに話しかけてきたハイドに歓楽街の案内所で客引きをしていた男が片眉を上げる。この男とハイドは顔見知りというわけではない。だがハイドが掲げた手の指が独特の形に曲がっているのを見て、男も同じ仕草を返しニヤリと笑う──この街のローグギルド固有の符丁だ。互いの所属を確認した後、先に客引きの男が口を開いた。
「店を探してるって風でもないが、何の用だい?」
「何、迷子の嬢ちゃんを拾ってな。姉ちゃんを探しとるらしいんだが、この辺りでそれらしいのを見かけなんだか?」
そう言ってハイドは指で大銀貨を一枚弾いて男に渡す。男はそれを受け取り、ハイドの後ろに立つティアを見た。
「……っ!」
強面の大人の男性に凝視され、ティアは少し怯えた様子でハイドの後ろに隠れる。
「ホッホ、すまんの。どうも恥ずかしがり屋らしい」
「いや……それより、その姉ちゃんの特徴は分かるかい?」
「ティア」
ハイドに促され、ティアがおずおずと口を開く。
「えっと、お姉ちゃんはティアと同じ髪の色だけと、長さは短くて、えとえと、背はティアより高くて……」
「ふむ……まぁ、銀髪で髪の短い若い女ってことだな。待ってろ。俺は見てねぇが、他の連中にも聞いてみる」
そう言って、男は少し離れた場所にいた若い男に話しかけ指示を出していた。
指示を出している最中に男たちの視線がチラチラとこちらに向けられ、ティアは落ち着かない様子だった。
「……今、若いのに確認させてるから、もう少し待っててくれ」
「すまんの」
「構わんよ」
緊張してどこか怯えた様子のティアを横目に、待っている間もハイドと男は何気ない会話を交わす。
「それにしてもオッサン、その嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「何、偶々見かけて困っとるようだったから声をかけただけよ」
「へぇ? 随分人が善いんだな?」
「クハッ。実は今日の運試しをする前に一つ徳を積んでおこうと思うてな。こういう機会を逃さんのが勝負事の秘訣よ」
「……なるほど」
そんなくだらないやり取りをしていると、ハイドが何かに気づいて片眉を上げる。
「……うん?」
「どうかしたか、オッサン?」
「いや……」
ハイドは首を傾げながら辺りを見回すように身体の向きを変え、こっそりと腰の後ろに手を回す。
「さっきからやけに向こうの方が騒がしいなと思うて……なっ!!」
──ザシュッ!!
「ぐぅっ!?」
こちらに飛び掛かろうとしてきた男の機先を制し、ハイドは隠し持っていたナイフを男の太腿に突き立てる。
「逃げるぞっ!!」
「え、ええっ!?」
ハイドは状況について行けず困惑するティアの手を引き、その場から一目散に逃げだした。
「ちぃっ! 逃がすなっ、追えっ!!」




