第11話~ハイド②~
「何処へ行きやがった!?」
「探せ!! ガキの足じゃそう遠くまでは逃げられねぇ!!」
小さな体を利用し人ごみをすり抜けながら逃げるハイドとティアの背後で追手の声が響く。
「はぁ、はぁ、はぁっ!」
ハイドはともかくティアは体力的に見た目通り普通の少女。既に息を切らしお腹を押さえながら辛うじて走っているような有様だ。
ここでハイドが普通の大人の男なら彼女を抱えて走るところだが、生憎彼の体格でそれは不可能。叱咤しながらティアの手を引くことしか出来なかった。
「しんどかろうが頑張れ! とにかく足を動かすんじゃ!」
「は、はい……っ」
隠れるにしてもこの辺りは連中のテリトリーで人目も多い。もう少し離れなければすぐに見つかってしまう。
ハイドは苦しそうなティアの表情に胸を痛めつつ、彼女の手を引き酒場、劇場、学院、神殿の前と歓楽街を離れ追跡を撒くように走り続けた。
周囲に助けを求めなかったのはティアが何故追われているのか事情が分からなかったからでもあるし、この追手に対しそれが悪手だと理解していたからでもある。
何せ追手はハイドのご同輩──最悪の場合、ローグギルドそのものを敵に回したかもしれないのだ。
「ひぃ、ひぃ、ふぅ、ふぅ……」
「…………」
四半刻ほど街中を走り回った後、ハイドたちは何とか追手を撒いて街の外れに辿り着いていた。今二人がいるのは冒険者や憲兵がよく戦闘訓練に利用している屋外練兵場。街の内と外とを隔てる外壁と隣接するこの施設は、昼間は誰でも利用自由で賑わっているが、日が沈んだ今は人っ子一人おらず静まり返っていた。
あまり隠れる場所は多くないが、それだけに追う側からすれば盲点だろう。射撃訓練の的を張り付けた木の板に背を預けて、ハイドは周囲を警戒しながらティアの息が整うのを待った。
「はぁ……はぁ……」
ティアの肌は青白く、これだけ息を切らしても汗をかいている様子がない。ハイドは先ほどまで握っていた彼女の手の冷たさを思い出しながら口を開いた。
「いきなり引っ張ってすまなんだな」
「……い、いえ」
質問か非難の言葉を警戒してティアの身体が強張る。
「痛いところとかはないか? 無理やり走らせたから筋を痛めとるかもしれん」
「え……大丈夫なの……です」
「そうか。そりゃよかった」
ニコリと笑うハイドに、ティアが拍子抜けした表情になる。そんな少女の反応を気にするでもなくハイドは続けた。
「しかしこれからどうしたもんかの……嬢ちゃん、その探しとるっちゅうお姉ちゃん以外にこの街に知り合いはおらんのか?」
「えと、いないの……」
「そうか……確認するが、お姉ちゃんのことは置いておいて一旦この街を離れるっちゅうのはいかんのよな?」
「もちろんなの!……です」
「そうじゃろうのぅ……」
ハイドはティアの答えに顎を撫でてどうしたものかと考え込む。
「…………」
そんな彼の様子をティアはキョトンとした表情で見つめ、ポツリと呟いた。
「……あの、事情……聞かないの?」
「うん?」
ハイドはその問いに首をコテンと横に倒して問い返す。
「聞く必要があるかの?」
「え……」
「嬢ちゃんを襲ったあの連中についちゃ儂も大体理解しとる。碌でもない連中じゃ。そんで、そんな連中に嬢ちゃんは追われとる。連中について嬢ちゃんが儂より情報を持っとるっちゅうんなら話は別じゃが、さっきの反応じゃと嬢ちゃんも詳しいことは分かっとらんのじゃろ? とりあえず嬢ちゃんがあの連中に追われとって、お姉ちゃんを探して逃げにゃならんっちゅうことが分かっとればそれで十分じゃ──ああ、確認じゃが、お姉ちゃんとはぐれたのはあの連中絡みっちゅうことでええんよな?」
「あ……はいなの」
サバサバとしたハイドの態度にティアは答えながらも戸惑いを隠せない様子だった。
それを見てハイドは嘆息して付け加える。
「何で追われとるかとかは言わんでええ。訳ありなんじゃろ? 聞いたところでこの状況が良くなるとは思えんし、もし嬢ちゃんが儂に伝えた方がええと思うことがあったら言うてくれればええわい」
それはハイドの本心だった。少女が見た目通りの存在でないことは分かっている。恐らくそれが彼女が追われている理由なのだろうが、理由を知ったところで何かこちらの行動に役立つとは思えない。
何よりつい先ほど知り合った胡散臭いオッサンが事情を教えろと詰め寄っても少女を追い詰めるだけだろう。
「…………」
そんなハイドの言葉にティアは目を丸くし、やがて覚悟を決めた様子で口を開いた。
「……お姉ちゃんは私を逃がして男の人たちに連れて行かれたの」
「ふむ? その連れて行った連中について分かることはあるかの?」
「ううん。怖そうな男の人たちだってことぐらいしか……」
「なるほど」
恐らくその男たちというのが先ほど追いかけてきたローグどもの仲間で、何らか事情があってティアは追われていて、彼女の姉が捕まっている。予想した通りだ。
後はあの連中がローグギルドのどの辺りと繋がっているかが分かれば、逃げるにしろ反撃するにしろ対応を決めやすいのだが……
「……何で?」
「うん?」
ティアの表情には不理解と微かな警戒が滲んでいた。
「おじさんは何でティアを助けてくれるの?」
それは当然の疑問だ。ハイドにとってティアは偶々街で会っただけの見ず知らずの他人。迷子の保護者探し程度ならまだしも、得体の知れないローグどもに追われてまで助けるというのは明らかに度を超えていた。
人を助けるのに理由が必要か?──仲間の元騎士ならごく自然にそう口にするのだろうが、そんなのは自分のガラじゃあない。本当に、そんなカッコいいものじゃないのだ、これは。
「そうさな──?」
「? おじさ──」
「しっ」
何か言いかけたハイドが言葉を途切らせ、ティアの口を押さえて黙らせる。
ティアは一瞬もごもごと抵抗しかけたが、ハイドの緊張した様子に動きを止め、そっと息を殺した。
「…………」
「…………」
一分、二分が経過し、複数の足音が近づいてくる。これが追手でも、通りからは回り込んで詳しく調べなければハイドたちが隠れていることは分からない筈だが──足音は二〇メートルほど離れた場所でピタリと止まる。
「──出て来い。そこにいることは分かってる」
ハッタリではない。確信を持った声音だった。
腕の中で不安そうにこちらを見上げるティアに、ハイドは安心させるようにニコリと笑って外壁の一角を指さし、小声で囁いた。
「……壁が崩れたところがあるじゃろう? あそこから外に出れる。儂が注意を引いとる内に逃げろ」
「おじ──」
「行け」
それ以上の問答を遮り、ハイドはティアをその場から残したまま一人物陰から飛び出した。
『…………』
先ほどハイドが足を刺した客引きの男を含め、一目見てローグと分かる男たちが六人、警戒も露わにそこにいる。
そのうち一人は鼻の利くオオカミの獣人。ハイドは場所がバレたのはこいつのせいかとあたりをつけた。
──しかし匂いで居場所を辿ることができるなら、ティアはとうに捕まっておった筈じゃ。つまり奴らが追っておったのは儂で、ティアの匂いを辿ることはできんと見るべきじゃろう。
それならまだやりようはある、とハイドは敢えて飄々した態度を装い口を開いた。
「何じゃご同輩。寄ってたかってこんなオッサンを追いかけ回さんでもいいじゃないか」
「ふざけんな!! いきなり攻撃しといて何言ってやがる!?」
足を引きずる客引きの男が顔を真っ赤にして怒鳴る。しかしハイドはそれに肩を竦めた。
「いやいや。先に殺気丸出しで飛び掛かってきたのはそっちじゃろう? 儂は驚いてつい反撃してしもうただけじゃ」
「っ! そんな言い分が通ると──」
客引きの男の言葉を片手を上げて遮り、リーダー格と思しき壮年の男が口を開く。
「あの娘はどこだ?」
「さての? 逃げとる途中ではぐれてしもうたで、儂も分からん」
「……隠しても無駄だ」
「そう思うならどこなりと探してみればええ──ああいや、拷問は勘弁してくれよ? 儂は痛いのは苦手じゃし、何をされても正直に知らんとしか言えん」
そう言いながら、ハイドは敵意がないことをアピールするように両手を上げて男たちの方に近づいていった。
男たちはハイドを警戒するように身構える。この隙に上手くティアが逃げてくれればいいのだが──
──ザスッ!
「っ!」
壮年の男が投げたナイフがハイドの左の太腿に突き刺さる。だがここで彼が悲鳴を上げれば、それにティアが反応して見つかってしまうかもしれない。彼は痛みを堪えてその場で立ち止まり、ニンマリと笑みを浮かべた。
「おいおい。年寄りをイジメるもんじゃないぞ?」
「言え。娘をどこへやった?」
「……さて? どの辺りではぐれたかの──」
──ザシュッ!
今度は右の太腿にナイフが刺さった。ハイドは脂汗を流しながら悲鳴を噛み殺す。
「~~~~っ!」
「……俺たちが労わってやっている内に喋ることだ。あの鉱石人の娘をどこに隠した?」
「鉱石人? ああ、なるほど……」
その言葉にハイドは合点がいったと頷いた。
鉱石人──人と鉱石が融合した希少な亜人種だ。服の上からでは外見的にほとんどヒューマンと変わりないが、その身体の組成は一般的な人族とはまるで別物。外身の一部と内臓、肉体の八割ほどが鉱石で構成されており、温度変化に強く体温を調整する機能そのものが存在しないと聞いたことがあった。
一部の鉱石人は希少な宝石をその肉体に宿していて、かつては欲深い者たちに乱獲されていたこともあるという。現在では国際条約で亜人種の人権が公式に認められ、鉱石人を狩るがごとき行為は戦争犯罪として厳罰の対象だ。とは言え人の欲望は法や罰則で縛れるものではない。この連中は条約を破ってティアとその姉をどこかから攫ってきて、その途中でティアに逃げられてしまったということなのだろう。
「死にたくなければ娘の居所を吐け。何のつもりで首を突っ込んだかは知らんが、強情を張ったところで無駄に命を縮めるだけだぞ」
「……くはっ」
ハイドの口からつい失笑が漏れた。
「……何がおかしい?」
「いや……儂はギャンブルが好きでの」
突然全く関係のないことを口にするハイドに、男たちの顔が怪訝そうに歪む。
「さっきその若造には言ったが、勝負の前には出来るだけ徳を積むようにしとるのよ。若いもんはオカルトじゃなんじゃと馬鹿にするが、中々こういうのは馬鹿にしたもんじゃあない」
「…………」
「じゃが、どれだけ細々徳を積んだところで、あんな幼い子供を見捨てたとあっては補いきれん。これから先『あの時徳を積んでおけば良かった』と思いながらでは心からギャンブルを楽しめそうにないでな。お前さんらの言うことは聞けん」
ハイドは男たちに一歩も引くことなく言い切った。
「……命より一時の享楽の方が大事だと?」
「愚問じゃの──ギャンブルのない人生なぞ死んだも同然よ」
「そうか……」
壮年の男はハイドが口を割るつもりがないと理解したのだろう。腰から鉈のような剣を抜き、振りかぶった。
「これが最後通告だ。娘の居所を吐け」
「ホッホ。儂はいつどうなっても後悔せんようしっかり徳を積んどるでな」
「そうか──」
男が剣を振り下ろす瞬間。
「──駄目! おじさん!!」
物陰からティアが飛び出し男たちの注意が一斉にそちらに向く──それと同時に。
「『砂男よ 彼の者を深き安息へと誘い給え──【誘眠】』」
少年の声で詠唱が響き渡り、男たちの周囲を魔力で出来た靄が包み込んだ。
「っ!? これ、は……」
──バタバタバタッ
不意を突かれた男たちは眠気に抵抗できず一斉にその場に倒れ伏す。
こちらの名を呼びながら駆け足で近づいてくる仲間たちの姿を見て、ハイドはニヤリと笑って呟いた。
「……徳を積んどるから、昔から人にだけは恵まれとるのさ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからのこと。
仲間と合流したハイドはレオポルドたちに頼んで襲ってきたローグたちを縛り上げ、自身はヒルダの治療を受けて傷を癒す。それから事情を説明し、ローグギルドの対処やティアの姉の救出については仲間たちに丸っとぶん投げた。
ちなみに仲間たちが助けに来てくれたのは幸運ではあっても偶然ではない。もともと此処は聖剣絡みで何かあった場合に備えて仲間内で決めていた合流場所。彼は街中をわざと仲間たちの耳目に付きやすいようルートを選んで逃走することで仲間たちの救援を待っていたのだ。
頼りになる仲間たちは事情を聞いて驚き、呆れはしたものの、学院や神殿などそれぞれのコネクションを使ってローグギルドと交渉し、上手く落としどころを見つけてティアの姉を救出してくれた。
「今回の一件が表沙汰になればローグギルドもただではすまないので、立場が強いのはこっちなのです。トカゲの尻尾切りだとは思うのですが、今回の一件は一部の下っ端の暴走ということで処理されたのですよ」
「ま、あんまり追い詰めすぎて報復されても面白くないし、神殿経由でギルドに貸し一つ作れたってことでよしとしましょう」
特にシドとヒルダの口八丁はこういう状況では頼もしいことこの上なく、仲間たちは二人から白粉が取れて褐色の肌が覗く光景を幻視した。
「いや~助かったわい」
一段落付いて、命懸けで少女を守った小柄な中年男は、勇敢さなど露とも感じさせない惚けた顔でカラカラと笑う。仲間たちはそんな彼の態度に何も言わず肩を竦め、いかにも彼らしいと微笑んだ。
「本当に、何から何までありがとうございました」
「…………」
事件から三日後。
あまりことが公になっても好ましくないということもあり、ティアとその姉ファナの二人は、早々に交易神神殿の手配した馬車で故郷へと護送されることとなっていた。
見送りに来たハイドにファナが深々と感謝の言葉を述べるが、ティアは俯き黙り込んでいる。
「ほら、ティア。おじさまにお礼を言わないと」
「…………」
「ごめんなさい。この子、おじさまとお別れするのが寂しいみたいで……」
「ホッホ、気にせんでええ」
困った顔をするファナに笑いかけ、ハイドはティアに声をかけた。
「じゃあな嬢ちゃん。元気での」
「…………」
ティアは無言のまま、ファナはもう一度お礼を口にして馬車に乗りこんで──
「──おじさん!」
──ドサッ!
「おっと」
勢いよく飛びついてきたティアを受け止め、ハイドは驚き目を瞬かせる。
「ありがとうなの! また会いに来るね!」
少女はそう言ってハイドの頬に口づけした。
『!』
驚く周囲を置き去りに、ティアは「待たね!」と言い残しそのまま馬車に乗りこんで行った。
「…………」
呆気にとられた表情で馬車を見送るハイドの背中を、仲間たちがニヤニヤ笑いながら小突く。
「フフッ、このロリコンめ。宝石を宿す鉱石人は彼らの中では貴人として扱われていると聞く。玉の輿というやつだね」
ナギの揶揄いにハイドが珍しく焦った様子で反論した。
「あ、阿呆! いくら儂がこのナリでも子供には興味ないわいっ!」
「鉱石人は長命種なので、彼女は多分ハイドさんより年上なのですよ?」
「は!?」
「やったな、ハイド! 姉さん女房じゃねぇか!!」
「ちが──」
「何マジで焦ってんのよ。キモいオッサンね」
「……キモ」
「~~~~っ!!」
容疑者④斥候ハイド
・秘密:小柄なだけのヒューマン
・小人族を名乗っているのは、その方が世間的に信用されやすいから。
・なお、今のように小柄な見た目となった原因は、幼い頃に魔物から兄を庇って脳にダメージを負ったためである。(NEW)




