第6話~ヒルダ②~
ダークエルフとは謎多き種族だ。
一般的には闇の勢力に与したエルフを指す言葉で、物語や絵画などでは褐色肌のエルフとして描かれることが多い。
しかし実際には通常のエルフにも肌の色が黒い者は存在するため──エルフに色白な者が多いこと自体は事実──「肌が黒い=ダークエルフ」というわけではない。
確かなことは光と闇の勢力の大戦において褐色肌のエルフが多数闇の勢力に与していた、ということだけ。
現代でも時折ダークエルフと思しき存在が戦争や犯罪の裏で見え隠れすることはあるが、その全容は杳として知れず、ある学者は「大陸の地下にはダークエルフの大帝国が築かれていて、彼らは虎視眈々と世界を征服するため暗躍しているのだ」などと主張して失笑を買ったこともある。
人々の中にはダークエルフの実在そのものを疑う者もいるほど、その存在は謎と秘密に満ちていた。
「色々と言われてはいますが、ダークエルフは実在するのです」
ヒルダの後をついて行きながら、ハーフエルフのショタ魔術師シドはそう語った。
「ただし、彼らは徹底した秘密主義で滅多なことでは人前に姿を見せないのです。その詐欺師集団がダークエルフが化けたものだったという目撃証言は信憑性に欠けるのですよ」
「まぁ、そうだろうね~」
彼らに「ダークエルフを探せ」と指示したヒルダ自身が、アッサリとシドの言い分を認める。
「そもそも素人のバーゼルさんに正体を見破られるってところからあり得ない話だし、多分その詐欺師集団が自分たちから目を逸らすために魔術か何かでダークエルフの仕業に見せかけたってのが実際のところだと思うよ~」
「……なら何で私たちはダークエルフを探してるの?」
不思議そうに首を傾げる女戦士キーアに、ヒルダは自信満々に答えた。
「決まってるじゃない! 楽に稼げるからよ!!」
『詐欺師集団の正体はダークエルフ』『このバイカルの街でそのダークエルフが目撃された』というのは被害者であるバーゼル氏からもたらされた情報だ。しかし詐欺師の正体がダークエルフだという話は勿論、その目撃情報からして怪しいもの。恐らくは何かの見間違い、精一杯好意的に解釈してもバーゼル氏の目を逸らすための偽情報と考えるのが妥当だろう。
だがそれでいいのだとヒルダは口にする。
どうせ成果を期待された仕事ではないのだから勘違い誤解大歓迎。フラフラ街を練り歩いてダークエルフを探しているフリをするだけでお金を貰えるなんてこんなうまい話はない。
ちなみに現在一行は二組に分かれて行動中。バーゼル氏はレオポルド、ハイド、ナギのコミュ力高い組に同行していた。
「ふ~ん。じゃあ、私たちはのんびり散歩するだけでいいんだ?」
ヒルダ組に割り振られたキーアは、気が抜けた様子で彼女の後をついて行く。
「まぁ、アリバイ作りじゃないけど一応聞き込みぐらいはするつもりよ。今日は街の西半分をぐるっと回って、ダークエルフを見たって噂がないかだけ確認しましょう」
聞くまでもなく答えは分かってるけど、と肩を竦めるヒルダに、しかしシドは何故か苦い表情を浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ダークエルフ? 本物かは分からんが肌の黒いエルフなら最近見た気がするなぁ』
『儂が若い頃は、戦場でダークエルフやオーク共をバッタバッタと──』
『昨日の晩、ウチの旦那が夜道で出くわしたって言ってたねぇ。ハハハ、どうせ酔っぱらって何かと見間違えたんだろうさ』
『グフフ、我が封印されし右目からはいかに闇の眷属とて逃れることはできぬ──こないだ家の前でコソコソしてるのを見たよ』
『スラムの方で顔を隠してる奴を見たんだけど、今思えばフードの奥の顔がそれっぽかったような……』
「…………あれ~?」
小一時間ほど聞き込みを行い、集まった情報にヒルダは「おかしいぞ?」と首を傾げた。
「ダークエルフ、いないんじゃなかったの? 普通に目撃情報があるんだけど」
「う~ん……」
キーアの疑問にヒルダは腕組みして少し考えながら答えた。
「……最初はただ色黒なエルフがいたってだけだと思ったんだけど、コソコソしてて、しかもあちこちで目撃されてるっていうのがそれっぽくないわね」
「どういうこと?」
「やましいことがないなら顔を隠す必要はないし、誤解や偏見を避けるためだっていうならそもそも人が多い街に長居しようとはしないでしょ」
「つまり?」
「……ガチでダークエルフがいるっぽい?」
『…………』
ヒルダの推測に三人の間に嫌な沈黙が流れる。ヒルダは頭を抱えて言葉を捻り出した。
「ん~……考えられる可能性は大きく三つかな」
「三つ?」
「そう。一つはバーゼルさんの件とは全く無関係なダークだか色黒だかなエルフが偶々この街に潜んでるパターン」
個人的にはこれが一番可能性が高いと思っていた。バーゼル氏は交易神の司祭に化けたダークエルフに騙されたという。だが人に化けれる連中が、こんな風にあちこちで姿を目撃されるというのは矛盾している。
「じゃあ、他のパターンは?」
「残り二つはこの街に本当にその詐欺師集団がいるってパターン」
「バーゼルさんの言ってることが正しかったってこと?」
「それが二つ目ね。たださっきも言った通り、この可能性は限りなく低いと思う。素人のバーゼルさんに正体を見破られて、しかもそれがダークエルフだなんてまず普通じゃあり得ないもの。一応、私たちが想定してない何か特殊な事情とかがあれば、可能性自体はゼロじゃないのかな」
例えばその詐欺師集団に何かトラブルが起きて下っ端が勝手に動いている、といったパターンだ。
「三つ目は詐欺師集団が今まさに偽情報を広めてる最中ってパターン」
「? どういうこと?」
「多分、そいつらに騙された商人はバーゼルさん以外にもたくさんいて、同じように犯人を追ってると思うのよ。その人たちの目をここに向けるために大々的に情報工作をしてるところなのかもしれない」
「ああ、なるほど。本当ならその詐欺師集団は先にこの街を離れてる予定だったけど、バーゼルさんが偶々その情報を早い段階で掴んでこの街に来ちゃったってことだね」
──余計な工作をすれば却って正体が露見するリスクが高くなるだけだし、まずないとは思うんだけど……国外を拠点にしてる奴の中にはそういうことをする奴がいないとは限らないのよね~。
ヒルダはキーアに説明しながら、胸中でウンザリとうめいた。
「──誘導されてるのが詐欺にあった被害者とは限らないと思うのです」
そこで、それまで黙って話を聞いていたシドが固い表情で口を挟む。
「? どういう意味?」
キーアの疑問にシドはその視線をヒルダに向けたまま答えた。
「ダークエルフに罪を擦り付けた詐欺師集団がいて、偶々ダークエルフの目撃情報があって、それを追って被害者が交易神神殿に相談に来た──そもそもこの状況が出来過ぎているように思うのです」
『?』
シドが何を言わんとしているのか分からず、ヒルダとキーアは顔を見合わせる。
「ダークエルフは世間の認識では正体不明のとにかくヤベー連中なのです。そんなのが関わってると分かったら普通は仕方ないと諦めて損切りすると思うのですよ。というか多分、その詐欺師集団もそれを狙ってダークエルフに罪を擦り付けた筈で、今更こんな偽情報を流すってこと自体に違和感があるのです」
「まぁ……確かに」
ヒルダはシドの言葉に頷く──が、まだ彼が何を言いたいのかが分からない。
「何? シドはダークエルフの目撃情報は本物だって言いたいの?」
「いえ」
シドはヒルダの言葉をきっぱりと否定して、己の推測を口にした。
「もしこれが偽情報だったとしたら、誘き寄せられるのは被害者だけでしょうか? これは詐欺師集団の正体がダークエルフではない、と仮定した上での話なのです」
「それって──っ!?」
ヒルダはシドの言いたいことを理解してハッと息を呑む。
──この状況が正にそれじゃない!?
「???」
キーアはまだ理解できていないようだ。だがこれは彼女の理解力がヒルダより低いことを意味しない。
キーアに説明している時間の余裕はない。ヒルダはバクバクと脈打つ心臓を周囲に気づかれないよう、冷静を装ってシドに確認した。
「……もしシドの言う通りだとしたら、偽情報を流したのは誰だと思う?」
「可能性は二つあると思うのです。取り締まる側と迷惑を被った側」
ヒルダにとってはどちらであっても最悪だが──
「どちらにせよ確認の必要があるのです。もし後者だった場合はリーダーたちが危険かもしれないのです」
「!」
「どういうこと?」
話についてこれていないキーアが困惑した様子で口を挟む。
「説明は歩きながらするのです。まずはリーダーたちと合流しましょう」
「分かった」
キーアは頷き、シドと共にリーダーたちがいるだろう街の東側に向かって歩き出す。
ヒルダもそれに続こうとし──
「っ!?」
背後から気配もなく伸びた手に口を塞がれ、抵抗する間もなく物陰に引きずり込まれた。




