第5話~ヒルダ①~
エルフというと世間では人里離れた山奥で自然と共に生き、滅多に人里に出てこない気難しい種族と言う印象があるが、実のところ最近はそんなこともない。
彼らも人類種である以上、文明発展の波には逆らえない。勿論今でも他種族との交流を絶ち自然の中で生きるエルフは一定数存在するが、人間社会の利便性と娯楽に惹かれて徐々にその数を減らしていた。
エルフの女神官ヒルダはある意味、そうしたエルフの変遷を象徴するような存在だ。
彼女の生まれたフェトルの森は元々精霊との調和を重んじる穏やかな隠れ里だったが──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『クアンダールじゃ戦争で小麦が値上がりしてるって話だ』
『絹織物の引き合いがあるんだが職人が足りない。誰か紹介してくれないか?』
『この契約は無効だ! 特約の範囲が不明確で条件を満たしていない!』
活気にあふれた商人たちの声が建物の中に響き渡る。
初見では商業ギルドと見間違うだろうこの場所は交易神神殿の共用スペースだ。交易神メルカトラスは商人の守護神として知られており、その神殿は宗派を問わず出入り自由。多くの商人たちが情報交換や仲介、トラブルの裁定のための場として利用していた。
そんな俗っぽい神殿内を一人練り歩いていたのはエルフの女神官ヒルダ。聖剣を巡るトラブルに巻き込まれた彼女は、それに関わる情報収集と仕事探しを兼ねて人々の会話に長い耳をそばだてていた。
『間違いない! この街にあの詐欺師共が逃げ込んだって確かな筋からタレコミがあったんだ!』
一際大きく興奮した男の声がヒルダの耳に届く。必死なその声と内容からすると、詐欺に引っかかった男が神殿にどうにかしてくれと泣きついているのだろう。領分違いだとは思うが、実のところ「交易神は商売の守護者だろう」とトラブルの解決を交易神神殿に持ち込む者は意外と多い。
『いや、そう言われましても──』
顔見知りの神官が、その男に絡まれて困ったように頭をかいている。お気の毒様と同情する反面、自分が当番じゃなくて良かったと胸を撫で下ろし、ヒルダはそっとその場を離れようとした。
『なんでだよ!? あんたら交易神神殿にとっても見過ごせない筈だろう、あの詐欺師共の神聖通貨は!!』
「!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はい。それではこれから依頼内容について説明します」
「待て待て待て」
唐突にそんなことを言い出したヒルダに、リーダーであるレオポルドが呆れ混じりにツッコんだ。
「依頼内容とかの前に言うべきことがあるだろうが。俺らはお前に『とりあえず来て』って神殿に呼び出されて、状況が何も分かってねぇんだから」
彼の言葉に他のパーティーメンバーたちも「うんうん」と同意する。今日は元々休養日の予定。そこを突然交易神神殿に呼び出されてしまい、酒場でカードゲームに興じていたハイドなどは特に不満顔だ。
「……とりあえず、依頼というなら先に依頼人を紹介してくれんかの。お前さんの横におる旦那がそうなんじゃろう?」
神殿内の貸会議室でヒルダと共にメンバーを迎え入れたのは波打つ髪を肩の辺りまで伸ばしたワイルドな雰囲気のヒューマンの男性。神殿関係者や冒険者には見えないので、恐らく若手の商人といったところだろう。
「それもそうだね」
ヒルダは外部の人間の前とあってか、いつもより少しだけハキハキした態度と口調で切り出した。
「こちらの方はバーゼルさん。元々は北のアンブロシアの街を拠点に活動されてた美術商で、今回の依頼の情報提供者よ」
『?』
ヒルダの説明に聞いていた全員の頭の上に疑問符が浮かぶ。
「ちょっと待ってくれ。情報提供者? じゃあ依頼人はどこにいるんだい?」
「依頼人は私──正確には交易神神殿ね」
吟遊詩人ナギの疑問にヒルダは即答した。
「……まさかと思うが神殿の無料奉仕ってんじゃないだろうな?」
「冗談。私がそんなことする訳ないでしょう」
レオポルドの懸念を鼻で嗤いヒルダは説明を続ける。
「まずは私の話を聞いてちょうだいな。依頼内容はある詐欺師集団の捜索。そしてバーゼルさんはその詐欺師集団に関する情報提供者──平たく言えば被害者ね」
「…………」
被害者という言葉にバーゼル氏が無言で顔を顰める。その理由は聞くまでもなく想像がついた。商人にとって詐欺にあったなどを恥以外の何ものでもあるまい。
そんなバーゼル氏の反応に敢えて触れぬよう、ナギは疑問を口にした。
「……よく分からないな。その詐欺師集団が何者かは知らないが、犯罪捜査は官憲の領分だろう? それが何で交易神神殿が冒険者に依頼するなんてことになるんだい? しかも僕らは犯罪捜査に関しては素人だ」
「当然の疑問ね。実は──」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バーゼルが騙された詐欺の手口というのは手形に替わる新たな決済手段に関わるものだった。
多額の金銭を取り扱う商人にとって現金での取引は持ち運びの負担があってリスクも高く、商人間の取引では割符などの手形が用いられることが一般的だ。しかし持ち運びが簡単で現金に比べてセキュリティーが高い手形は便利ではあったが、決して良いことずくめというわけでもない。
まず現金と比べると流動性が低く、また発行や換金にあたり一定のコストがかかる。発行元の財務状況によっては現金化できなくなるリスクもあるし、手形そのものを偽造して金銭を騙し取ろうとする者も後を絶たない。
発行元を交易神神殿にするなどして信用を担保することもできるが、そうすると更にコストがかさむ。特に街や国を跨いで商売をする者にとって、こうした決済手段というのは常に悩みの種だった。
件の詐欺師集団はそこに付け込んだ。
『交易神神殿と賢者の学院の共同研究で、手形が持つ問題を大幅に改善する新たな決済手段が開発された。これを使えば面倒な手形の発行手続きをしなくても、端末一つで交易神神殿に開設した口座から相手方と自由に資金をやり取りできる。端末は登録した本人にしか操作できないし、交易神の加護でプロテクトがかかってるから安全性は万全だ。いずれ手形はすべてこの神聖通貨に置き換わることになるだろう』
バーゼルに近づいてきたその男は、交易神神殿の司祭を名乗った。
バーゼルは男から神聖通貨を先行導入した商人たちを紹介され、彼らからその神聖通貨がどれほど素晴らしいものか説明を受けた。端末を使った取引は確かに便利で、これが広まれば商売の仕組みが劇的に変わるのではないかと思えた。
ただしそれはあくまでこの神聖通貨とやらが世間に広まった後の話だ。今の段階で導入しても決済相手がいないのだから全く意味がない。情報として興味深くはあったが今すぐどうこうという話では──
『それでは少し遅い』
『何?』
『神聖通貨を使用する為には初期投資としてこの専用端末の購入が必要だ。だが今のところ端末の生産可能台数は限られていて、全ての商人に行き渡るまでには相当な時間がかかるだろう。この神聖通貨が本格稼働すれば大手から順に導入が始まり、小口事業者は出遅れることになる』
『…………』
男が何を言わんとしているかはバーゼルにも理解できた。これを単なる決済における利便性の違いなどと考えるべきではない。例えば同業者と似通った条件で競合になった時、この神聖通貨を扱えるかどうかが明暗を分けることになるかもしれないのだ。
加えて端末が品薄になれば、当然その値段は高騰する。それはつまり──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──と、バーゼルさんは上手~く詐欺師共に転がされて、端末だけを今のうちに大量購入しちゃったわけよ。勿論、神聖通貨なんて根も葉もない出鱈目で、端末はそれっぽく動くだけの玩具。紹介された商人も詐欺師の仲間だったってわけ」
『…………』
ヒルダの説明を聞いてレオポルドたちがとうのバーゼル氏に何とも言えない微妙な視線を向ける。それを受け、羞恥に顔を真っ赤にしていたバーゼル氏が立ち上がって言い訳した。
「し、仕方ないだろう!? 本当にこれは商機だと思ったんだ! 値が吊り上がったところで端末を売り払っても良し、取引相手に融通しても良し、このチャンスを逃すようなら商売人じゃないって言われて──」
「それで騙されてりゃ世話ないの」
「──ぐふっ!?」
ハイドのツッコミにバーゼル氏が胸を押さえてその場に突っ伏す。
その場に流れた何とも言えない空気を断ち切るように、ヒルダがパンパンと手を叩いて話を続けた。
「はいはい。まぁ確かにバーゼルさんが迂闊だったことは否定できないけど、情状の余地がないわけじゃないのよね」
「と言うと?」
「バーゼルさんを騙したその詐欺師が交易神の司祭を名乗ってたって話はしたでしょう? その男は実際に交易神の聖印を持っていて、実際に奇跡を行使してみせたそうなの」
「そうなんだ!!」
バーゼル氏はガバッと起き上がって勢いよく頷いた。
「俺も神殿にはよく出入りしてるから交易神の聖印を見間違えたりしない。それで実際に魔法を使って見せられたら──」
「碌に確認もせずまんまと騙された、と」
「──げふっ!!」
「あ、また死んだのです」
ハイドのツッコミによるダメージは大きく、バーゼル氏が起き上がってくる気配はなかった。
「……騙された事情は分かったけど結局どういうことなの? 交易神神殿の中に詐欺師がいるってこと?」
それまで黙って話を聞いていた女戦士のキーアが眉を顰めて疑問を口にする。それにヒルダはゆるりとかぶりを横に振った。
「分からないわ。だけど商売を穢すような真似は交易神様が最も嫌うことよ。仮にも聖職者がそんな真似をすればすぐに加護を剥奪されるだろうし、最悪の場合は神罰を受けることになる。普通に考えたら、何者かが交易神神殿の名を騙って詐欺を働いてるんじゃないかと思うけど、奇跡を使って見せたってのが少し気にはなるわね」
「しかし妙じゃの。儂は今までそんな詐欺師の話など一度も聞いたことがないぞ? 神聖通貨などという変わり種の手口ならもっと噂になっても良さそうなものじゃが……」
「それは多分ターゲットが商人だからだと思う。ほら、プロの商人ほど『自分に限って』って油断しがちだし、こんな手口に騙されたなんて話が広まったら沽券に関わるでしょ? 被害があっても中々言い出せる人って少ないんじゃないかと思うのよね」
「っ!(ビクン)」
ヒルダに死体蹴りされ、美術商なのに贋物を掴まされたバーゼル氏が痙攣するが、もはや誰も気に留めなかった。
「なるほど。話は大体分かった」
ナギが深々と頷いて話を総括する。
「交易神神殿としては当然、自分たちの名を騙って詐欺行為を行っている連中を放っておけない。官憲が動いてくれればベターだったんだろうけど、状況に視て彼らが動けるほどの証拠や情報は揃っていないんだろう。だから交易神神殿主体で動かざるを得なくなった。捜査に関して素人の僕らにお鉢が回ってきたのは神殿関係者のヒルダがいるからかな。何せ現段階じゃ海のものとも山のものともしれない話だ。成果報酬にしたんじゃ誰も引き受けてくれないだろうし、逆に成果が出なくても報酬を支払うことにしたら冒険者なんてサボるに決まってる。一先ずヒルダを監督役にして、軽く探りを入れてみようってところかな?」
「そゆこと。何か決定的な手掛かりがある話じゃないからね。上と話をして今日から三日間聞き込み調査をしてみようってことになったわ。まだその詐欺師共がホントにこの街にいるって確証もないしね」
要するに交易神神殿もメンツがあるので何もしないわけにはいかないが、本当にその犯人を捕まえられるとは期待していないのだろう。でなければいくらヒルダがいようとこんな新米冒険者パーティーに話が来るわけがない。成果が出なくても良いのなら気楽な話だと、一行はコッソリ気を緩めた。
「そういうことなら依頼を受けるのは吝かじゃないけど、具体的にどう調べるつもりなんだ? まさか詐欺師はいませんか~って聞いて回るわけにもいかないだろうし、具体的なものじゃないにしろ、何か手掛かりぐらいはあるんだろう?」
レオポルドの質問にヒルダは頷いて方針を告げた。
「ええ。勿論あてもなく詐欺師を探せなんて無茶は言わないわ。皆に探して欲しいのはね、ダークエルフなの」
「!?」
その言葉に、大人しく話を聞いていたシドの表情が大きく歪んだ。




