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このなかにひとりゆうしゃがいる  作者: 廃くじら


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第4話~レオポルド②~

『レオポルド。お前はどうしてそうなんだ?』

『何でこんな子に育ってしまったの……』

『兄さん。貴方は人として最低です』


父が、母が、弟が失望の目で自分を非難する。


どうしてこんなことにと思う一方で、彼らの非難は当然だと受け入れる自分がいた。自分がおかしいことは重々理解している。だがそれでも止まれない。


例え家族を、仲間を、全てを投げ捨てても、叶えたい夢が自分にはある。




オークに襲われ護衛が足止めをしている──それだけを聞き具体的な敵の数も確認することなくレオポルドは駆け出していた。


──キィン、ガンッ!


遠くから微かに聞こえてくる戦いの音と悲鳴。彼は戦うための体力を残すことも忘れて走る速度を上げる。


ほどなくして視界の先にその光景が飛び込んできた。今も戦っているのは戦士一人とオークが三体。その周辺には生きているのか死んでいるのか分からない数体のオークが横たわっており、また戦士の背後には誰かを庇うように蹲る人影が二つ見えた。


『ぐぅっ……!?』


オークの攻撃が戦士の肩を捉え、その身体がぐらりと揺らぐも、彼は踏みとどまり剣を振るう。


距離が近づきレオポルドの目にもハッキリと状況が分かってきた。戦士は倒れた仲間を守っている。前衛らしき二人の男が血を流して横たわっており、その二人のすぐそばに後衛らしき男女が蹲っていた。動けないのは倒れた二人を見捨てられないからだろう。


実質一対三、しかも戦士の側は足手まとい付き。せめて後衛が戦いに参加すれば状況が好転するかもしれないが、そうしようとする気配はない。恐らく呪文を使い果たしたか、乱戦に対応する技量がないのだ。


このままでは程なく彼らは全滅する──そのことは当然、彼ら自身も理解していた。


『ラナ! エキュー! 二人を連れて逃げろ!!』

『そんな!? ヒース──』

『いいから行けっ!!』


戦士が捨て石となって仲間を逃がそうとする。彼の仲間たちは悲痛な声を上げるが、それ以外に全滅を避ける方法がないことは明らかだ。


故に仲間たちは戦士の決死の想いに応え、彼を見捨てて逃げるしかない。その心に一生消えることのない瑕を負って──


──ふざけるな……っ!



「──こっちだ豚どもぉぉっ!!!」



レオポルドが走りながら叫ぶ。オークたちの注意がレオポルドに分散し、戦士にかかる圧力が緩んだ。


「うおおおおぉぉぉぉっ!!」


──ガギィィンン!!


『グモッ!?』


レオポルドは勢いを緩めることなくオークたちに突っ込み、戦いに割って入る。そのあまりに迷いのない突撃に、護衛とオーク双方に動揺が走った。


「あんたは──っ!?」

「話は後だ!!」


戦士の誰何(すいか)を遮り、レオポルドは剣と盾を振り回してオークの動きを牽制する。


「この先に俺の仲間がいる! あんたらはそこで倒れてる奴らを連れて逃げろ!!」


その言葉はそれまで一人で戦線を維持していた戦士にも向けられていた。己に背を向けてオークに突っ込むレオポルドを戦士は慌てて引き留めようとする。


「待ってくれ! 俺も一緒に──」

「邪魔だ!!」


レオポルドは振り返ることなくそれを突き放した。


事実、それまで仲間を庇いながらたった一人で三体以上のオークを相手取ってきた戦士はボロボロで、気力だけで立っていたようなもの。とてもまともに戦える状態ではなかった。だが無関係な青年(レオポルド)を囮に逃げ出すような人間ならそもそもこうしてここに残ってはいない。


「そんなこと──」

「いいから行けっ!! あんたが逃げなきゃそいつらも逃げれねぇだろ!! あんたらを庇いながらじゃこっちも身動きが取れねぇ! 足手まといなんだよ!!」

「っ!」


レオポルドが彼らを逃がすために敢えてキツイ言葉を使っていることは明らかだ。だが同時に足手まといという言葉自体は間違っていない。そのことを、それまで動けない仲間を庇いながら戦っていた戦士は理解して歯がみする。


「──すまないっ!」


戦士に促され、護衛たちは動けないものを担いでその場から離脱していく。当然、オークたちは行かせるものかと彼らを追いかけようとするが──


「させるかよっ!!」


──斬ッ!!


『グモッ!?』


レオポルドが立ち塞がり、ここより後ろには一歩も通さないとオークを眼光鋭く睨みつける。


「ここを通りたきゃ俺を倒してから行くんだなぁ……!」


凄絶な笑みを浮かべるレオポルドにオークたちが気圧された。


あるいはそれは、赤の他人を助けるために命を懸ける尊い行為に見えたかもしれない。しかしこの時、レオポルドの胸中は悲壮さや献身とは全く異なる感情で満たされていた。


──感じる! 俺を犠牲に生き延びることへの罪悪感。痛みと苦みの入り混じった極上の情動……!


背中に感じる彼らの視線に、気を抜けばうっかり至ってしまいそうな己を律しながら、オークたち相手に剣を振るう。


──やっぱりくもらせは最高だ! こんな極上のシチュエーションを俺以外の奴に譲ってたまるかよ……!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レオポルド・ノーマン、19歳。名門ノーマン子爵家の嫡男であった彼は、15歳で正騎士の資格を得るなど将来を嘱望される存在であった。


そんな彼に周囲が不安を抱くようになったのは、騎士団においてあまりに自己犠牲に偏った行動が目立つようになったことが切っ掛けだ。


民を守るため、仲間のために命を懸ける──それは騎士の本懐であり理想。本来その行為は尊び称賛されるべきものだ。だが彼のそれはあまりに過剰だった。


上官は何度もレオポルドに「もう少し自分の身を大切にするように」と諭し、彼もその忠告を受け入れたように見えた。だがいざ誰かが危機に陥るとレオポルドは誰よりも早くそこに割って入り、躊躇うことなくその身を投げ出し続けた。


そんなことを何度も繰り返し、ある時レオポルドはとうとう重傷を負って自宅で療養することとなってしまう。


上官から話を聞いたレオポルドの家族は、彼が何か心に瑕を負ってそんな行動に出ているのではないかと案じ、彼の心を癒そうと手を尽くした。だがレオポルドは全くいつも通りで変わった様子はなく、家族はどうしたものかと途方に暮れる。


実のところレオポルドがそのように自己犠牲的な行動に走っていたのは、周囲が想像するような心の瑕が原因ではない。


幼い頃の彼は英雄譚を好むごく普通の少年だった。少しだけ普通と違ったのは、彼が憧れたのはいつも物語の主人公ではなく、主人公を守って死んでいく仲間であったこと。


偉業を成し遂げた英雄は確かに凄い。だがレオポルドはそれより死してなお人々の心に強烈な瑕を残していく脇役にこそ心を揺さぶられた。


──ああ、俺もあんな風に誰かの(きず)になりたい。一生忘れられない瑕を残して、その表情をくもらせたい。


それが全ての始まり。


幼い頃はただの妄想に過ぎなかったその衝動は、騎士団という格好の場を得て目標へと変わる。


もし今ここであの男を庇って死んだなら、彼は一体どんな表情で悲しんでくれるだろう? 彼だけではない。同僚や、家族はどんな風に泣いて、自分のことを惜しんでくれるだろうか?


そしてどうせならたくさんの人に自分の死を惜しんで欲しい。


たくさんの人の心に、深く消えない瑕を残して死んでいきたい。


彼はいつ、どうやって死に、どんな形で人々の心の瑕となり、どんな風に表情をくもらせるか、そんなことばかり考えて生きるようになった。


そんな妄想を書き綴っていたことが彼の最大の失敗だ。


ある日レオポルドを心配した家族がその書付けを発見し──絶望した。


自分の息子は、兄は、こんなことを考えて生きていたのかと泣き崩れ、悩み抜いた末に家族はレオポルドの勘当を決断する。


そしてレオポルドも家族の想いを理解した上で、それを仕方のないことと受け入れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ぐぅ……っ!!」


レオポルドは体格とパワーで自分に勝るオーク三体の猛攻を凌ぎ続けていた。


時間稼ぎはもう十分。とっくに襲われていた護衛の姿は見えなくなっている。後は自分が特攻でもして、一体でも二体でも道連れにしてやれば、救われた彼らや仲間たちはその死を惜しんで泣いてくれるだろう。


自分たちを助けるために、あるいは自分たちが一緒に戦っていれば、と。


家族にも伝わってくれればいいと思う。それで自分たちが勘当したせいで死んでしまったと泣いてくれれば、とてもとても嬉しい。


彼らの涙と心の瑕を想像しただけでレオポルドは軽く達してしまいそうになった。


『ブギィ!?』

「はぁっ!!」


だがレオポルドの身体はしぶとく粘り、着実にオークにダメージを与え続けていた。もうこれ以上粘らずとも良いと、頭では分かっているのに──


──違うっ!!


レオポルドは自らの安易な衝動を否定するように盾でオークを殴りつけ間合いを取る。


──これじゃ足りない! こんなところで死んでたまるか……!


まだ、死んでたまるかと彼の魂が叫んでいた。


──あんな行きずりの連中を守って死んでもどうせすぐに忘れられちまう。ヒルダもシドも、他の連中だってまだ仲間になって三か月ぽっちだ。もっと信頼関係を築いて、劇的なシチュエーションで死ななけりゃ……この程度のくもらせで終わってたまるか! 俺はもっとたくさんの人の魂に、一生、いや死んでも消えない瑕を残して死ぬと誓ったんだ!!!




「──……?」

「あ、起きた」


目を覚ますと目の前にヒルダの顔があった。


レオポルドが周囲に視線を巡らせようとすると、ヒルダがその頭をがっちりと押さえ込む。


「動いちゃ駄目。頭打ってたんだから大人しくしてなさい」

「…………」


そこでようやくレオポルドは自分がヒルダに膝枕されていることに気づいた。


状況が理解できていない様子のレオポルドにヒルダが事情を説明する。


「リーダーが逃がした護衛の人たちは全員無事よ。何人かはダメージが大きかったから本格的な治療は街に戻ってからになるけど、一先ず命に別状はない。あと、オークも全部倒したから」

「…………そうか」


無我夢中で記憶にないが、どうやら助けが来るまで粘ることができたようだ。


生き残れたという安堵と、死に損ねたという失望とが同時にレオポルドの胸を満たす。


そんな彼の内心に気づいた様子もなくヒルダは続けた。


「後始末は今シドたちがやってくれてるから、リーダーはしばらく安静にしてて」

「……分かった」


素直に目を閉じるレオポルドに苦笑して、ヒルダは厭味っぽく続けた。


「……まったく。こういう暴走はこれっきりにしてよね? 今回は偶々上手くいったけど、状況次第じゃリーダーを見捨てなきゃいけなかったかもしれないんだから。あたしらにそんな嫌な決断をさせないでよ」

「……気を付けるよ」


心の籠っていない返事にヒルダは嘆息した。


「それにしても、散々嫌がってた割に大したヒーローっぷりじゃない。この分だと、やっぱり勇者はんにんはリーダーで決まりね」

「冗談」


ヒルダの揶揄うような言葉を一笑に付す。


「言っただろう? そんなことになったら俺は世界を滅ぼす自信があるって」

「?」


レオポルドは自分の性根をよく理解していた。もし自分が聖剣に選ばれた勇者だとしたら、きっと最高のくもらせシチュエーションを我慢できない。


では勇者として最高のくもらせとは何か?


命と引き換えに世界を救ったところで、それでは本当の意味で人をくもらせることなどできはしない。何故なら勇者とは元より命を懸けて世界を救う存在だ。世界を救って死んだとしてもそれはただの尊い犠牲で終わってしまう。幾人かは悲しんでくれるかもしれないが、いずれその死は必要なものだったと受け入れられてしまうだろう。それでは駄目だ。もっと深く、心を抉るような死に方でなくては。


理想は世界を救うことなく、力及ばず果てることだ。それも自分自身の責任ではなく、周りに足を引っ張られる形で、その死を皆が悔やむように。


それが最低の発想だということはレオポルドも理解していた。その上で、もしそのチャンスを目の前にぶら下げられれば我慢することはできないだろうとも。


だからこそ彼は自分が勇者ではないと確信していた──世界より自分の欲望を優先するような人間を聖剣が選ぶはずがない。


「…………」

「? どったの、変な顔して?」

「……いや。お前らの誰かが勇者と分かったら、俺はきっとそいつを守るために命を懸けるんだろうなって思ったのさ」

「馬鹿言ってんじゃないの」


額に突き刺さるヒルダのデコピンに、レオポルドは己の本音を覆い隠すように苦笑した。




容疑者①戦士レオポルド

・秘密:くもらせ破滅願望

・幼い頃から人をくもらせ、その心に深い瑕を残して死にたいという願望を抱く。

・その妄想と思いの丈を綴った『くもらせ計画ノート』の存在は家族を絶望させた。

・なお、家族が彼を勘当した理由は、自分たち家族の存在がレオポルドを死に近づけると考えたためである。

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― 新着の感想 ―
 これはなかなかの「癖」。  良いですねえ。  もしかしなくともこんなのがあと5人分あるのか⋯⋯!  なんか6人の歪みが上手いことミックスされて「パーティとして」勇者認定とかがあり得るのかもしれない。
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