第2話
「どうだった?」
「今のところ緘口令が敷かれておるようじゃの。聖剣が無くなったという情報はまだローグギルドも掴んではおらなんだ」
リーダーであるレオポルドの問いかけに、情報収集から帰還したハイドがその成果を報告する。彼はシドから渡された水の入ったカップに口をつけて一息つき、床に腰を下ろして報告を続けた。
「どうやら村長は一先ず情報を隠匿することを選んだらしい。聖剣のあった丘は今は崖崩れがあったというていで立ち入り禁止になっとるそうじゃ」
「なるほど。とは言えいつまでも村長のところで抱え込んでおける案件でもない。恐らく今頃は領主に報告をあげている最中だろう。そこからまた領主が確認、対応検討、王家に報告──一月ぐらいは時間が稼げそうだね」
ナギの予想に一先ずその場に安堵の空気が流れた。
レオポルドたち一行がうっかり聖剣を抜いてから今日でちょうど一週間が経過。拠点であるバイカルの街に帰還した彼らは、いつ追手が来るのか怯えながら日々を過ごしていた。
周囲から怪しまれないよう冒険者としての仕事は普段通りにこなしており、その間聖剣は借り上げている長屋に置きっぱなしだ。真面目に仕事をしていたらいつの間にか聖剣が消えてなかったことにならないかなと少し期待していたが、残念ながらそんな都合の良い展開は起きてくれなかった。
「このまま黙ってれば逃げ切れたりしないかな?」
「……難しいだろうな」
皆の希望を代弁したキーアの言葉を、元騎士のレオポルドが難しい顔で否定する。
「もう誰も期待してなかったとはいえ、女神から授かった聖剣が失われたなんてことが知れたら国際問題だ。各教団も一斉に槍玉にあげるだろうし、王家としてはどんな手を使っても犯人を見つけ出そうとするだろう。時間はかかっても、いずれ必ず俺たちのところにも調査の手は及ぶ」
『…………』
重苦しい沈黙。布にくるんで壁に立てかけた聖剣にチラと視線を送り、ヒルダは溜め息を吐いた。
「せめて聖剣の現物がここになければ言い逃れも出来たんだけどね~」
「流石に湖に捨てても穴の中に埋めてもついてくるとは予想外だったのです」
シドの言う通り、実は一行はバイカルの街に帰還するまでの間に二度、聖剣を手放そうと試みている。だが深い湖の底に投げ捨てても山の中に埋めて念入りに固めても、聖剣は次の日にはシレッと枕元に戻ってきていた。
いっそパーティーを解散すれば六人中五人は解放されるのではないか、という意見も出たが──
『やめた方がいいのです。焦っていたとはいえ黙って聖剣を持ち出してしまった時点で全員連帯で罪に問われる可能性が高いですし、捕まった人は多分ヤケクソになってシドたちのことを巻き込もうとすると思うのです』
『そうだな。あり得ないことだが、万一にも俺が勇者なんてことになったら、どんな手を使ってでもお前らを道連れにすると思う』
レオポルドの意見に一行は「自分でもそうする」と共感し、一旦解散案を棚上げした。
「しかしどうするかのう? いつまでもあのまま聖剣をここに放置しておくわけにもいかんじゃろうし」
『…………』
「……あの、そもそも聖剣って何なのかな?」
考え込む一向に、キーアが根本的な疑問を口にする。
「何、というと?」
「昔からずっとあの場所に刺さってて、凄い力を秘めてるって話は私も聞いたよ。でも実際に今まで抜いた人はいないし、どんな力を持ってるか誰も知らないんだよね? ホントは伝わってる話とは全然違うものってことはないのかな?」
「いや、聖剣の存在は創世の女神の神託を記した碑文にも残されているし、流石にそれは……」
キーアの言葉にナギが否定的な反応を返す。だが意外にも神官であるヒルダはキーアの意見を支持した。
「確かに世間で思われてるような凄い兵器とかじゃない可能性はあるかもね」
「ヒルダ」
「実際、碑文やら神託やらが昔のお偉いさんの都合で改竄されてた例もあるわけだしさ」
「…………」
女性陣のやり取りを受けて今度は男性陣が顔を見合わせる。
「まぁ、聖剣の何たるかはともかくとしても、一度ちゃんと調べた方がいいのは確かなのです。機能や性能もそうなのですが、調べていく過程で犯人が誰かも分かるかもしれないのです」
「……まぁ、そうだな。いつまでも目を逸らしてるわけにもいかないか」
「じゃの」
彼らの言葉に女性陣も頷いて同意。レオポルドは頭脳担当であるシドに話をふった。
「それで? 調査っていうと具体的にどうする?」
「そうですね……先ずは剣としての基本性能を確認したいところですが……」
そこでふとシドは『そう言えば今までこの聖剣はずっとレオポルドが運んでいたな』と思いだし、壁に立てかけてある聖剣の柄を手にかけた。そして──
「──うっ!? これは、シドには重くて持てないのです……!」
「はぁ? いやいや、いくらお前が貧弱だからってそんなわけ──」
剣を床に取り落とすシドにレオポルドが呆れる。
しかしシドの意図に気づいた他のメンバーは素早く彼の下に駆け寄り、一斉に聖剣を持ちあげようとした。
「ううっ! 確かに、儂も重くて持ち上げれん……!」
「ホントだわ!? まるで呪いでもかかってるみたいにびくともしない」
「うむ、これはきっと真の勇者にしか持てない仕組みに違いないね!」
「……重い」
キーアだけは少し恥ずかしそうに顔を赤く染めていたが、ハイド、ヒルダ、ナギの三人はノリノリで聖剣が重くて持てないことをアピール。
「これはきっとリーダーこそが真の勇者である証では──」
「やかましわっ!! 真面目な話をしてる時にそういう小芝居はやめい!!」
こめかみに青筋を浮かべて怒鳴りつけるレオポルドに、ヒルダは詰まらなそうに唇を尖らせた。
「リーダー、ノリわる~い。こう言うのはお約束でしょ~?」
「一週間も経って今更お約束もクソもあるか! せめて抜いた直後にやれ!」
「忘れてたんだから仕方ないじゃん」
「するなと言うとるんだ!!」
切っ掛けを作ったシドは二人の掛け合いをシレッとスルーし、聖剣を片手で持ってブンブンと振っていた。
「……軽いのです」
「そうだね。さっき持った感じだと、同じサイズの鉄の剣の五分の一ぐらいの重量かな? ただ軽いだけならその分威力も落ちそうなものだけど……」
「切れ味でカバーしとるのかもしれんぞい?」
「表で実際に何か斬って試してみるのです」
「ふむ? 誰かに見られるかもしれないけど大丈夫かな?」
「堂々としてれば誰もこんなところに聖剣があるだなんて思わないのです」
「それもそうか──キーア、試し切りを頼めるかい?」
「分かった」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
長屋裏の空きスペースでシドたちは聖剣の性能調査を実施する。幸いにも他の長屋の住人たちは皆出払っていて、周囲にはほとんど人の気配はなかった。一時間ほどかけて思いつく限りの実験を行った結果──
「……微妙じゃのう」
ハイドのこの言葉が一連の実験結果を如実に言い表していた。
「いや勿論魔法の剣としては大した性能じゃと思うし、それこそ大国で国宝扱いされていてもおかしくない逸品じゃ。じゃが伝説に伝わるような超兵器かというと……」
『…………』
この聖剣の性能を一言で言い表すとしたら『ブロードソード+3』と言ったところだろうか。一応『+』補正は1~3までで、3ともなれば魔剣としては最上位だ。
「軽いと感じたのは軽量化の魔術じゃなく、術者の身体能力を向上させる機能があったからだね。魔剣自体の切れ味と身体強化が合わされば、まぁ剣としての性能は相当なものではある」
そう言いながらチラとナギがレオポルドに視線をやる。彼は腕組みし、悩ましい表情で感想を口にした。
「……力任せの魔物が相手ならそこそこ有効かもな。ただ特殊な能力はないし、単に剣としての性能が良いだけじゃ格上の戦士相手にゃどこまで通じるか……」
「魔族の凄腕戦士とかが相手だとリーダーが持っても勝てそうにないってことね?」
「そういうことだ」
ヒルダの言葉にレオポルドが頷く。続いて口を開いたのはシドだ。
「この剣は魔術の発動体としても使用できるようなのです。驚くべきはシドの真言魔術、ヒルダさんの神聖魔術、ナギさんの伝承魔術、全く系統の異なる三つの魔術に対応していて、しかもその効果を位階二つ、三つ分は向上させる増幅器としての機能まで兼ね備えてるのです。ここには遣い手がいないので断定はできないのですが、多分精霊魔術とかにも対応してると思うのですよ」
「それって凄いことなのか?」
「一枚絵で幼児とオタクとフェミをターゲットにした作品を矛盾なく表現するようなものなのです」
シドの例えに訊ねたレオポルドがポツリ。
「それは……凄いっていうか意味不明だな」
「はいなのです。ただ汎用性は凄いのですが、それ以外に特別な能力が何もないので……魔法の杖として考えると他にもっと便利ですごいものがあるかな、といった感じなのです」
シドの評価に、呪文遣いであるヒルダとナギも同意するように頷く。
「つまり総括すると、基礎性能と汎用性は高いが、伝説に謳われるほどの武器じゃない、ってことか」
『…………』
レオポルドの言葉に六人は微妙な顔で押し黙る。
「あの……実は私たちが気づいてないだけで、まだ力が隠されてたりはしないのかな?」
「その可能性は多分低いのです」
マジックアイテムに詳しくないキーアの疑問に、魔術師であるシドが答える。
「どうして?」
「そういう特殊な力を秘めたマジックアイテムは持った時点で所持者との間に能力発動のための回路を作ろうとするので、能力の内容はともかく有るか無いかはすぐに分かるのです。勇者にしか反応しないとしても、だとしたらどうして六人の誰が持っても反応が無かったのかという話になるのですよ」
今シドが説明したのは一般的なマジックアイテムの話なので、聖剣もそれに該当するとは限らない。そのためシドは敢えて断定はしなかった。
「となると考えられる可能性は概ね三つね」
シドの説明を受けてヒルダが指を三本立てる。
「三つとな?」
「そう。一つは聖剣が伝説に謳われるほどの代物じゃなかった、あるいは伝説そのものが誇張されていたパターン」
今見えている情報からはこれが一番可能性が高い。
「二つ目はまだ聖剣の機能が封印されていて、本来の力を発揮するには試練か何かを潜り抜けなければならないってパターン」
「あ~、確かに神話とかだとそういうパターン多いよな」
神が人に試練を与えるのは良くある話だと、レオポルドがこの意見に理解を示す。
「そして三つ目──何かの間違い」
「間違い?」
予想外の言葉にキーアがコテンと首を傾げる。
「そう。あたしたちはてっきりこの六人の中に勇者がいて、それで聖剣が抜けたんだばかり思ってた。だけどひょっとしたら抜けたのは長い年月で偶々封印が緩んでたから、みたいな可能性もあるんじゃないかしら?」
「なるほど! それなら俺たちが力を引き出せなかったことも説明がつくな」
その可能性は思いつかなかったとレオポルドが手を叩く。しかしそれに異を唱えたのがハイドだ。
「じゃが、だとしたらどうしてこの聖剣は儂らの後についてくるんじゃ? 普通に考えたら間違いで抜いた者に付きまとう理由はないと思うんじゃが」
「そこはよく分かんないけど、鳥のヒナの擦り込みみたいに最初に抜いた人について行く習性とかあるんじゃない?」
「ヒナと聖剣を一緒にしてえぇんか?」
「……まぁ、抜いた瞬間に何らかの魔術契約が結ばれるようになってた可能性はあるかもです」
適当なヒルダの言葉をシドが補強する。
「ふむ……つまり最後のパターンが正しいとすると、儂らの中に勇者はおらん、と?」
「ええ。そう考えれば聖剣の力が微妙なのも説明がつくと思わない?」
『…………』
自分たちは全員勇者ではないから聖剣の力を引き出せていない。ヒルダの言葉を否定する理屈が思いつかず一行は黙り込む。いやむしろ自分たちの中に勇者がいるなんて突拍子もない展開より、それはよほど納得のいく説明だった。
「その……本当に俺たちの中に勇者がいなかった場合は、どうなるんだろうな? この事が国にバレた時とか」
「儂らが勇者じゃないという証明ができん以上どうにもならんような気もするが……」
レオポルドの問いかけに、ハイドが少し考えるように首をひねる。
「いえ。シドたちが困っているのは手元に剣があって誤魔化しがきかないからなのです。勇者がこの中にいないとしたら、何とか素性を隠してこの剣を誰かに押し付けることができれば……」
「うん。聖剣が勇者だからって理由でくっついてきてるわけじゃないなら、解呪は可能かもしれないわ」
シドの意見にヒルダが賛同した。
『…………』
問題は、どうやって聖剣との繋がりを他人に押し付けるのか。案外、他の誰かに持たせたら簡単に契約が移ったりしそうな気もするが──
「──うん? お前らそんなとこで固まってどうしたんだ?」
一行が聖剣を囲んで至高の海に沈んでいると、いつの間にか同じ長屋に暮らしている先輩冒険者の一人が戻ってきていた。
「あ、アーチボルトさん」
「おう。それより何だ、レオ。そのゴテゴテした剣」
アーチボルトはレオポルドの手の中にある聖剣を見て、首を傾げた。
「あ、いやこれは……」
慌てて隠せば余計に怪しまれる。一行が反応に迷い固まっていると、アーチボルトはつかつかとこちらに近づき無造作に聖剣をその手の中から奪い取った。
「何だよ。新しい剣でも買ったのか? ちょっと見せてみろ──うおっ!?」
──ズンッ!
しかし聖剣はレオポルドの手を離れた瞬間、重さを急激に増したようにアーチボルトの手から零れ落ちて地面を転がる。
「何だこりゃ!? 馬鹿みてぇに重てぇ……!?」
『!?』
アーチボルトは転がった聖剣を拾い上げようとするが、剣は全く持ち上がる気配がない。
「レオ、お前こんな重てぇもんいったいどうやって持って──」
「ごめんなさいなのですアーチボルトさん! これはシドが学院の先生から調査のために預かった魔剣なのです!」
レオポルドに疑惑の目を向けるアーチボルトにシドが勢い良く頭を下げた。その様子にアーチボルトは毒気を抜かれ目を瞬かせる。
「……調査?」
「はいなのです! お怪我はないですか!?」
「あ、ああ。大丈夫だけどよ……」
「よかったです!」
どういうことだと困惑の視線を向けるアーチボルトに、シドは邪気のない笑顔を浮かべてスラスラとほらを吹いた。
「実はこの剣には特定条件で重くなる魔術がかかってるのですが、失敗作なのか仕様なのか効果の発動が安定しなくて困ってたのです。それで条件に法則性がないかを確認するために色んなパターンでテストをしてたところだったのですよ」
「ああ……そういう……」
魔術の実験、しかも使い道の怪しい魔剣の実験と聞いて、アーチボルトは理解は不十分ながらそういうものかと自分を納得させる。
「……そういうことなら実験の邪魔して悪かったな。俺はもう行くから続けてくれや──じゃ」
「あ、はい」
そう言ってアーチボルトはそそくさとその場を離れて行った。妙に焦った様子なのは、自分のせいで魔剣が壊れたなどと言いがかりをつけられたらマズいとでも思ったのかもしれない。
『…………』
アーチボルトの姿が見えなくなり、辺りに再び他の人間の気配が無くなったのを確認してから一行は顔を見合わせる。
『どういうこと?』
自分たちが軽々と振るえた聖剣を何故かアーチボルトは持ち上げることさえできなかった。それはまるで聖剣が勇者でない者を拒絶したかのようで……
──この中にやっぱり、勇者がいる……?




