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このなかにひとりゆうしゃがいる  作者: 廃くじら


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第1話

──この聖剣を引き抜ける者は大いなる災いを打ち払う勇者のみ──


かつて創世神話で語られた聖剣は、どんな高名な戦士が挑んでも抜くことができず、勇者の訪れを千年以上に渡って待ち続けていた。


しかしあまりに長い空白は人々の心から勇者を御伽噺の存在へと追いやってしまい、現代において聖剣とそれを守る里はもはや寂れた観光名所の一つとなっている。


今では時折、村に立ち寄った旅人や冒険者が記念に試すことがある程度。


誰も聖剣を抜けるなどとは思っておらず、抜けないことを確認するだけのお遊び──その、筈だった。




「皆分かっていると思うが、この中に一人、勇者がいる」

『…………』


リーダーのレオポルドの言葉に、車座になった冒険者たちがめいめいに難しい表情で黙り込む。彼らの輪の中心には台座から抜かれた聖剣が地面に横たわっていた。


「心当たりのある者は正直に名乗り出て欲しい」

『…………』


その呼びかけに応える者は、いなかった。




事の発端は三か月前にパーティーを組んだばかりの新人冒険者パーティーが、依頼の帰り道、聖剣の里に立ち寄ったことだった。


今時、勇者だ聖剣だなんてのは眉唾物の話だとは分かっていたが、折角近くまで来たのだから実物を見てみたい。そう意見が一致した一行は、ふもとの村で参観料を払い記帳をして聖剣が突き立った丘の上を訪れた。そして神々しい気を放つ聖剣に感嘆し、記念にと聖剣を引き抜こうとチャレンジしてしまったのだ──よりにもよってパーティー六人全員で。


その結果が目の前の引き抜かれてしまった聖剣だ。


いっせーのーせで抜いたので、もはや誰が抜いたのかは分からない。


つまりこの六人の中にいるのだ──勇者が。




「お前ら、黙ってても誤魔化せるもんじゃないんだから、今のうちに白状しろよ」


そう告げるのはこのパーティーのリーダーで元騎士のレオポルド。


金髪碧眼の端正な顔立ちの青年で、このパーティーで誰が一番勇者らしいかと言えば満場一致で彼であるにも関わらず、自分は絶対に違うと言いたげにメンバーを詰めていた。




「いや、何で罪人を探すみたいなノリになってるのか分からないんだけど、もう面子的にリーダーが勇者ってことでよくない?」


冷静にツッコミを入れたのはエルフで交易神の神官ヒルダ。


見た目はローティーンの黒髪美少女だが、エルフである彼女はこのパーティーで一番の年長者である。




「勇者認定なんてされたら王家に取り込まれて使い潰されるに決まってるのです。きっとリーダーはそれを嫌がってるのですよ」


無邪気に毒のある発言をしたのがハーフエルフのショタ魔術師シド。


銀髪に白い肌の庇護欲をそそる見た目をしているが、言葉の端々に計算高さが滲んでいた。




「一緒に力を込めたから、本人にも自分が抜いたって分からないんじゃないかな?」


おずおずとフォローしたのが赤髪の少女戦士キーア。


見た目はヒューマンだが半分オーガの血が混じっているらしく、見た目の何倍もパワフルでよく食べる。




「真面目な話、儂としては剣を台座に戻してなかったことにしたいんじゃが……」


爺むさい口調で発言をしたのは、もじゃもじゃ髪の中年斥候ハイド。


成人男性の腰ほどしかない体躯は典型的な小人族の特徴だ。




「それも一つの手だけど後でバレたら面倒だと思うよ。麓の村で記帳してるから僕らの素性は丸わかりだしねぇ」


陽気な雰囲気とは裏腹に冷静なのが男装の吟遊詩人ナギ。


英雄譚を紡ぐために冒険者になったと語る彼女は、しかしこの劇的な状況を歓迎している風には見えなかった。




以上、ごく一般的な──と言うには些か癖の強い新人冒険者六人組。


功名心旺盛な普通の冒険者なら自分が勇者に選ばれたと聞けば大喜びだろうに、誰一人としてそんな様子がない。むしろ全員、誰か適当に勇者を押し付けたらそのまま関りを絶ってやろうとするまであった。


「……勇者だって分かったら、具体的にどうなるのかしら?」


僧侶のヒルダが探るように呟く。


「まぁ、王都に連れていかれて王家か騎士団の下でガチガチに管理されることは間違いないな」

「魔物や異種族との戦いに強制的に駆り出されるのですよ」

「多分、拒否しようとしたら血縁者や故郷の連中とかを人質に取られるんじゃろうなぁ……」

「戦いだけで済めばまだいい方じゃないかな。最悪──というかほぼ間違いなく、勇者の血を残せって種馬か母体として利用されることになるだろうね」


上から、レオポルド、シド、ハイド、ナギ。


半ば予想していた答えとはいえ、ヒルダの表情がうんざりと歪む。黙って話を聞いているキーアは別として、誰一人ポジティブな意見を口にしないあたり、このパーティーの性根の卑屈さが滲み出ていた。


「あんたたち、もっと前向きに考えなさいって。勇者になったらきっと名誉とかお金とか、なんならハーレムだって思うがままよ? 今勇者ですって手を挙げたらそういうのが全部ついてくるんだから意外に悪くないんじゃないかな~? あたしは聖職者だからそういうの駄目だけど」

「シドは師匠を探している途中ですし、そういうのは興味がないのです」

「いくら金貰っても、勇者になったら賭場に出入りするって訳にもいかんじゃろうしなぁ」

「……堅苦しいの、無理」

「英雄譚を謳う者は傍観者であるべきだと思うんだ。巻き込まれるのは御免被りたいね」


めいめいに拒否の言葉を口にするメンバー。自然、彼らの視線は一点に集まった。


『やっぱりリーダーが勇者でいいんじゃない?』

「何でだよ!?」


異口同音に勇者を押し付けられそうになりレオポルドが悲鳴を上げるが、他のメンバーは容赦なく続けた。


「この中で剣を使ってるのってリーダーだけだし」

「他のメンバーだと、勇者とか名乗っても違和感バリバリなのです」

「元騎士じゃし、王家や騎士団に監視されても問題なかろ」

「……ハーレム、おめでと」

「元々君、家族を見返したくて冒険者になったって言ってなかったかい? 勇者になって凱旋とか願ったり叶ったりじゃないか」

「全然願っても叶ってもねぇ!?」


しかしレオポルドはそれに断固拒否の姿勢を崩さなかった。


「俺は勇者なんてガラじゃねぇよ! 万一そんなことになったら一〇〇パー世界を滅ぼす自信があるね!!」

「そんな情けないことに自信を持たれても……」


シドが呆れた様子でツッコむが、レオポルドはムキになって言い返す。


「勇者じゃないから情けなくても仕方ないんですぅー! 元騎士で剣を使うってだけで勇者扱いされたらたまったもんじゃねぇっての!! だいたい聖剣って女神のアーティファクトだろ? なら神官のヒルダが勇者って線もあるんじゃねぇの?」

「あたしぃ!?」


いきなりボールを投げられてヒルダが目を丸くする。


「……確かに。美少女エルフの女勇者というのは英雄譚的にありだね」

「ちょっとナギ!?」

「そうだろそうだろう? 戦いの素人が聖剣に選ばれて成長していくってパターンでもいいわけだし、別に現時点で剣の腕がどうとかは大した問題じゃないと思うんだ」


レオポルドの発言は明らかに苦し紛れではあったが一応筋は通っていた。むしろこんな見苦しい言い逃れをする男を勇者と呼ぶよりは見目麗しいエルフの女神官が勇者であった方が人類にとって何倍もマシかもしれない。


『…………』

「いやいやいや、そんな目で見られてもあたしは違うって! 大体、私は交易神の神官であって創世の女神に仕えてるわけじゃないから宗派が違うし!」

「同じ光の神々なんじゃし、そこは気にせんでもよかろ。確か至高神の聖戦士が太陽神や地母神やらの加護を集めて吸血鬼の親玉を倒した話とかなかったか?」


ハイドの言葉にヒルダは顔を引き攣らせて言葉に詰まる。


「そ、それは元々その聖戦士が凄い英雄だったからでしょ? それとあたしに聖剣を託すってのは全然話が違うって!」

「そこはあれじゃ。潜在能力とかそういうのでも──」

「潜在能力っていうならあたしよりシドの方がありじゃないかな~!!」


その言葉に、今度はパーティー最年少のハーフエルフに視線が集まる。


「シドが勇者……ですか? シドは魔術師で剣なんて使わないのですよ?」

「これから覚えればいいのよ!」

「勝手に予定を決められても困るのです。それに自分で言うのもあれですけど、この身長と細腕ではとても立派な戦士になれるとは──」

「まだ14歳でしょ? 沢山食べれば大きくなるって!」


ヒルダの言い分は無茶苦茶なものではあったが、しかしそれは吟遊詩人であるナギの胸には刺さった。


「幼い魔術師の少年が聖剣に選ばれ魔法戦士として成長していく……凄くありだね!」

「ナギさんまで……」


シドは前二人のようにムキになって反論するようなことはせず、シレッと標的を逸らした。


「そういう話ならハイドさんもありじゃないですか?」

「儂ぃ?」


シド以上に小柄な体躯で中年オヤジということもあり自分だけは絶対に無関係と油断していたハイドは素っ頓狂な声を上げた。


「はいです。聖剣が強大な力を持つアーティファクトであるなら、使い手に必要とされるのはその力に呑まれない揺るぎない精神性だと思うのです」

「いやいやいや。それで何で儂? 儂、自分で言うのもなんじゃけど、かなりの駄目人間よ?」

「小人族と言えば邪悪な誘惑に呑まれることなく過酷な旅を乗り越えた指輪の英雄で有名なのです」

「そんな一握りの例外と同じ括りにされても困るんじゃけど!?」


シドの論理展開はかなり強引なものだったが、他の者たちが『確かに……』と納得しそうになっているのを見て、ハイドが顔を引き攣らせる。


「というか話がズレとるぞ。シドや儂でもイケるとかそんな話をする前に誰が勇者に相応しいかを考えるべきじゃろ。リーダーは見苦しいからあれじゃとして──」

「おい!」

「剣と言えばやはり戦士。キーアがいいんじゃないか?」

「……私?」


無口で大柄な女戦士が目を瞬かせる。


「私、槍遣いだし」

「それでも儂らよりはマシじゃろ」

「…………」


キーアは暫し黙り込んだ後、ショートカットの赤髪をかき上げ側頭部に二本飛び出した小さな角を見せる。


「私のお父さんは鬼種だよ? その血を引いてる私が勇者はないと思う」


オーガは地域によって人族にも魔物に分類されることがある扱いの微妙な種族だ。その混血である自分が勇者というのはないだろう、というのがキーアの主張。


「いやいや、今の時代そんな種族差別は──」

「ないと思う」

「じゃが──」

「ないの」

「…………」

「それに剣の扱いならナギの方が上手だよね?」

「僕かい?」


順番に押し付け合っていたので、最後となったナギは落ち着いた様子で肩を竦めた。


「僕が使うのは細剣だよ。聖剣みたいな幅広の剣(ブロードソード)は専門外さ」

「…………」

「そんな目で見られてもね。確かに僕は専門ではないとは言え剣も魔法も使えるし見た目に関しては非の打ち所がない。勇者だろうと言いたくなる気持ちは分からなくもないが──」


ナギは前髪を描き上げながら鬱陶しいぐらいに自信満々に微笑み、しかしキッパリと断言した。


「だが僕は絶対に勇者ではない。詳しい理由は明かせないが、それだけは確信を持って言える」

『…………』


ナギの宣言に他五人は顔を見合わせ、


「そんなの俺だってそうだよ」

「あたしも違うと言い切れるわ」

「シドも絶対ないのです」

「儂も絶対違う」

「私も」


口々に『自分だけは絶対に勇者ではない』と言い切った。


困ったことに、彼らは全員その場限りの適当なごまかしを言っているのではなく、自分が勇者ではないということに絶対の自信を持っているように見えた。


『…………』


しばしその場に困惑まじりの沈黙が流れる。沈黙を破り最初に口を開いたのはナギだ。


「……仕方ない。今ここで犯人ゆうしゃ探しをしていても始まらない。誰も犯人ゆうしゃだと名乗り出るつもりはないようだし、現実的な話をすることにしよう」

「現実的?」


首を傾げるレオポルドに、ナギは「そうだ」と頷いて続けた。


「剣を元に戻してなかったことにしよう」


なるほど現実的だ、と一行は頷いた。


「それは構わんが、バレたら後で面倒だと言ったのはお主ではなかったか?」

「そうだよ。だから理想は誰かが正直に名乗り出てくれることだったんだけど、全員違うというからには次善策をとるしかない。何、バレなきゃいいのさ」


些か楽観的な意見にも思えたが、意外にも慎重派のシドがそれに賛同する。


「……それしかないかもですね。もし誰かが名乗り出てもその人が客観的に犯人ゆうしゃだと証明する方法がない以上、聖剣が抜けたことが周囲に知られてしまった時点でパーティー全員が拘束されてしまう可能性があるのです」

「あ~そっか~。もうリーダーを縛り上げて聖剣ごと憲兵に突き出せばいいって話じゃないのか~」

「おまっ!?」


物騒なヒルダの言葉にレオポルドがギョッと目を見開き後ずさる。そんな彼を無視して他のメンバーは具体的な対策について話し合いを続けた。


「具体的にどうするの? 戻しただけじゃすぐまた抜けちゃうよ?」

「シド。君の【錬金】の呪文で剣を台座に固定することは可能かい?」


ナギの確認に、シドは少しだけ考えてから答えた。


「……可能なのです。でも、あくまで物質的な固定なのでちょっと力の強い人なら引き抜けなくはないのですよ?」

「十分さ。その時は引き抜いたその人物に勇者になってもらう」


自分たちが聖剣を抜いたことにさえ気づかれなければ十分、とナギは語る。だがそれにヒルダが疑義を呈す。


「ん~? でもさ~、それだと一時的には誤魔化せても、聖剣の力を引き出せなかったらやっぱりこいつ勇者じゃないって話になっちゃわない?」

「む……」


後から聖剣を抜いた者は実際には勇者ではないのだから、聖剣の力は引き出せない。その内誰かが別人が抜いたのではないかと疑念を抱き、彼らの存在に気づく可能性は否定できなかった。そして先にも述べた様に彼らはここに参拝する前に麓の村で記帳してしまっている。


「……忍び込んで台帳を改竄するしかあるまいの」

「出来るのか?」


レオポルドの確認に、ハイドは自信たっぷりに頷いた。


「見たところ管理は杜撰じゃったし、どうとでもなるわい。儂らの情報を別人のものに書き換えておく。記録を消して時間さえ稼げれば、目撃情報から辿られる可能性も低かろうて」

『…………』


一行は顔を見合わせ頷き合う。


「よし。じゃあ、ナギとハイドの案で行こう」


そうして彼らは聖剣を元に戻し、証拠隠滅を図った後、麓の村に帰還。空き小屋を借りて何事もなかったかのように一泊した。




「っ! 何でこれがここに……!?」


翌朝。一際早く目を覚ましたレオポルドが小屋の中に、昨日元に戻した筈の聖剣を発見して悲鳴を上げる。


その声につられて起きた他のメンバーも目を覚まし、すぐ彼と同じように目を丸くした。


「……え? 昨日ちゃんとシドが元に戻してたよね? ガッチガチに固定して、ちゃんと抜けないことを確認したよね?」

「はいです。間違いないのです」

「誰かがコッソリ持ってきた……は、流石にないの」

「うん。そんなことしたら誰かが絶対に気づくと思う」

「…………」


まだ夢を見ているのかとも疑うが、間違いなくこれは現実だ。ポツリとナギが呟く。


「まさか……聖剣が自らの意思で追いかけてきた……?」

『…………』


そんなまさか──だが状況的にそうとしか考えられない。一行はしばし呆然と聖剣を囲んで立ち尽くした。


「っ! マズいのです! これがここにあるということは──」


──ぎゃぁぁぁぁぁっ!!?


シドがそのことに気づいて警告を発しようとしたのとほぼ同時に、聖剣が安置されていた丘の方から悲鳴が聞こえてきた。


『…………』


それが何の悲鳴かは改めて確認するまでもない──聖剣が無くなったことに村人が気づいたのだろう。


「逃げるぞ」


レオポルドの号令で、一行は聖剣を布で隠し一目散に村から逃げ出した。





【容疑者リスト】


容疑者①戦士レオポルド

 秘密:■■■せ■■■望


容疑者②僧侶ヒルダ

 秘密:■■神■■■の僧侶


容疑者③魔術師シド

 秘密:■■■エ■■の■■イ


容疑者④斥候ハイド

 秘密:■■■だけの■■■■ン


容疑者⑤戦士キーア

 秘密:■■の娘


容疑者⑥吟遊詩人ナギ

 秘密:■■の転生■

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