第16話~ナギ③~
『…………』
自分は創世の女神の転生体だ──衝撃的なナギの告白に対し、しかし仲間たちの反応は至極常識的なものだった。
「……は? どうした突然? 熱でもあるのか?」
「やだ、まさかローティーンのヒューマンが時々発症するっていうチューニ病? その歳で?」
「いやいや皆さん、よく見るのです。ナギさん、酔っぱらってるのですよ」
「辛いことがあったなら今から一杯──いや、朝まででも付き合うぞい」
「…………え?」
つまり、心配して正気を疑った。
「ちょ、真面目に聞いておくれよ!? 僕は正気だし、ホントのことなんだ!!」
ナギはその反応に顔を真っ赤にして抗議するが、しかし真っ当な感性を持つ仲間たちの心には響かない。
「うんうん、そうだな。正気じゃない奴は大抵そう言うんだ」
「チューニ病って精神異常? 【鎮静】の奇跡って効いたかしら?」
「酔い覚ましだから先に【解毒】じゃないのです?」
「酒で忘れられんならギャンブルも一つの手じゃぞ。脳汁で全てを洗い流すんじゃ」
「…………え?」
全く取り合ってくれない仲間たちに、ナギは普段のクールさとミステリアスさをかなぐり捨てて地団駄を踏む。
「信じておくれってば!! 僕は本当に創世の女神の転生体なんだって!!!」
『…………』
駄々をこねるナギに仲間たちはどうしたものかと顔を見合わせる。そして一様に優しい表情を浮かべた。
「そうだな、ナギ。お前は女神様だ。とっても可愛いよ」
「褒めて欲しいわけじゃなくて!」
「あ~、普段から男装してセクハラばっかりしてたから気づかなかったけど、実は女の子扱いされたかったんだ~?」
「お姫様願望でもない! ニヤニヤするなよ!?」
「それじゃあ女神様はどうして人間に転生したのですか? 何か証明できるものはあるのです?」
「い、いや……さっきも言ったけど、知識は封印してるからその辺の経緯は覚えてなくて、力とかも……」
「……はぁ。ナギよ、お主も詩人ならもう少し設定は作りこんだらどうじゃ? 記憶がないのに転生したことだけは分かるとか、今時子供の妄想にも劣るぞい」
「ぐふっ!?」
「ナギ」
「キ、キーア。君なら僕の言うことを信じて──」
「お願いだから正気に戻って」
「っ! 純粋な言葉が、一番くる、ね……!」
ナギが膝から崩れ落ちて項垂れる。
何がキツイって仲間たちの反応がいたって真っ当なことだ。考えてみればナギだってもし他の仲間が同じことを言い出したらきっと同じ反応をする。せめて女神の力とか女神しか知らない記憶とか証明するものがあれば話は別だが、それも無しに前世は女神だとか言い出したらソイツは絶対正気じゃない。
──あれ……? というか何で僕、自分が女神の転生体だなんて思ってたんだっけ? 昔からずっとそういうものだと思ってたけど、自分でもそれを証明する方法はないし……え? ひょっとして実は本当に僕って女神の転生体とかじゃなかったりする? ガチのマジでただの僕の妄想ってことも……
恐ろしい考えが頭をよぎり、ナギの顔がサッと蒼褪める。
「お? 正気に戻ったか?」
「そんなことはない!」
レオポルドの言葉に反射的に言い返し、そこでナギは彼の背後の長屋の中にある聖剣に気づいて指さした。
「それだ!」
「うん? 聖剣が何か?」
「僕は勇者ではないけれど、元女神として聖剣の力を引き出せる!! それが証明だ!!」
『…………』
その言葉に仲間たちは聖剣に目を向け、代表してレオポルドがポツリ。
「いや、不本意ながらもうここにいる全員がそれなりに聖剣の力を引き出せるようになってるのに、今更追加で機能が一つ二つ解放されてもなぁ……どっちにしても勇者ならまだしも女神はねぇだろ」
「そ、そうじゃなくて、もっときっとこうぐわ~って凄い感じで──」
「吟遊詩人のくせして語彙が貧相過ぎない?」
「ケフッ!」
「仮に今更ナギさんが勇者だと分かっても、ここまで問題を引っ張った以上はナギさんに全部擦り付けて解決という訳にはいかないのです。シドたちも絶対偉い人たちに連れて行かれるのですよ」
「う゛……」
「じゃのう。というか、もうこの街に中央の手の者が送り込まれて来とるかもしれんから外でこの手の話はするなと確認したばかりなのに、そんな目立つ真似をしてどうする。本当に力が引き出せるかどうかは別にして、目を付けられたらアウトなんじゃぞ?」
「…………」
「ナギ、もういいから。もういいんだよ……」
唯一の証明手段も仲間たちに懇切丁寧にバキバキに否定され、ナギは泣きそうな声を出した。
「う゛ぅ゛……僕は本当に女神なのに……!」
『…………』
再び仲間たちは顔を見合わせ──なんかもう面倒くさいなぁという空気がその場に流れる。
「シドもよくファンの人たちから天使とか堕天使とか呼ばれてるのです。ナギさんも良ければ一緒にステージに立ってみないですか?」
「おお、そりゃいいな。ナギならきっとすぐに神なんたらって呼ばれるんじゃないか」
「博打を極めるというのも一つの手じゃ。儂もよく賭場では神がかっとると言われるでの」
「不信心な連中が何を猪口才な。私だってよく怪我や病気を治療した信者から女神様って呼ばれてるわよ?」
「……神官のヒルダがそれは本当に駄目なんじゃない?」
「…………」
自分のあの苦悩は、告白はいったい何だったんだろう?
一世一代の告白を完璧にスルーされ、ナギの全身から力が抜けた。
確かに自分も考えが足りなかった部分はある。もう少し信じてもらえるような話の持って行き方はあったと思うし、今更聖剣の力を引き出せても解決にはならないという指摘はその通りではあった。だがそれにしても、もう少し言い方というか、仲間なんだし信じる素振りぐらいは見せてくれても良かったんじゃないかな?
すっかりいじけて小声で「ぼ~く~は~、もうそ~うのめがみさま、さ~」と歌い出してしまった彼女の姿に仲間たちは嘆息。代表してヒルダがその頭をはつった。
──ペシィ!
「あだっ!?」
「いつまでも下らないこと言ってないでシャンとしなさい。あんたには色々と相談したいこともあるんだから」
「……相談?」
ナギはその言葉に顔を上げ、すぐにまた俯く。
「ハハ、女神でもない妄想女の僕に相談なんて──」
「聖剣なんて厄ネタ作って放り出してった女神に何て最初から期待してないわよ。あたしたちがアテにしてるのはあんた」
「────」
顔を上げる。仲間たちの顔は慰めやおためごかしを言っているようには見えなかった。
「実はこの状況をやり過ごすアイデアを一つ思いついたのです。ただそれにはもう一押し足りない感じで、是非ナギさんのお知恵をお借りしたいのですよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから五日後。王都から派遣された調査隊がバイカルの街に到着する。人数はたった五名。対外的には先遣隊との位置づけだが、実際には彼らこそが聖剣調査隊の本隊だ。消失した聖剣が関係しているかもしれない事案ということで情報秘匿のためあまり人を入れることができず、宮廷魔術師二名、知識神神殿の司祭一名、近衛騎士二名の計五名という信用のおける最精鋭がこの任務に当てられていた。
調査隊はまず巨大トレントが出現したという現場を確認するため、現地の案内人を手配しようと冒険者ギルドを訪れる。
するとそこで金髪の若い戦士と黒髪の女エルフの神官が受付で何やら揉めている光景が目に飛び込んできた。
「だ~か~ら~、例の森で妙な剣を持った戦士がうろついてたんだって。真っ黒な見た目で亡霊みたいなナリしてるんだけど、やけに剣だけキラキラしてて逆に気味悪いっつーか」
『────!?』
光る剣を持った戦士──それはまさに彼らがイメージし探していた通りの存在だった。調査隊は思わず顔を見合わせ、ツカツカと話をしている彼らの元へ近づいていく。
「あんなのがいるんじゃ、とてもあの近辺の魔物の駆除なんて受けられないわよ。先に腕利きを派遣して正体を確認してもらわないと」
「そうは言われましても中々今は人手不足でして。それに──」
「話し中すまない。少しいいだろうか?」
リーダーである近衛騎士の一人が彼らの会話に割り込む。冒険者と思しき若者二人と受付嬢は突然の乱入に一瞬訝し気な表情をしたが、調査隊の身なりを見るとすぐに姿勢を正した。
「えっと……?」
「ああ、畏まらず楽にしてくれて構わない。そこの彼らの言っていたことが気になってね。我々にもその話を聞かせてくれないだろうか?」
「俺──いや、私たちの、ですか?」
金髪の戦士がキョトンと目を丸くする。
「ああ。我々は先日この街の近辺で巨大トレントが出現したという一件を調査するために王都から派遣された者だ。先ほど君が話していた『例の森』とは、ひょっとしてそのトレントが出現した森のことかな?」
「は、はい。その通りです」
「我々は丁度現地調査のためにその森に案内してくれる者を探していたのだが、何か森で問題が起きているのかな? その、光る剣を持った戦士がうろついていると聞こえたのだが……」
『…………』
金髪の戦士とエルフの女神官、受付嬢はその言葉に顔を見合わせ、受付嬢が口を開いた。
「ここ数日、巨大トレントが現れた森の近辺で亡霊染みた不気味な風体の戦士がうろついてるって噂が流れてるんです。ギルドの方でも現地で何か問題が起きていないか確認するため駆除を兼ねて冒険者に見回りをしてもらってたんですけど──」
「噂だと思ってたそいつをホントに見かけたんです。それが何ともこの世のものとは思えない雰囲気で……」
『…………』
調査隊は顔を見合わせ頷き合い、更に質問を続けた。
「その戦士というのは具体的にどういったところが不気味だったんだ? 光る剣を持っていたと聞こえたが」
「ええ。すごい立派な剣でした。何て言ったらいいんだろう。魔法の剣なのは間違いないと思うんですけど、魔剣って言うより伝説に伝わる聖剣みたいな神々しさがあるというか……」
『!』
「その剣がなければ戦士の方はアンデッドか何かと疑うような不気味さでした。こちらの声は聞こえてないようだったのに、ずっとぶつぶつ呟いていて──」
エルフの女神官の補足に後ろで話を聞いていた司祭が口を挟む。
「呟く? 具体的にどんなことを言っていたか分かるかね?」
「えっと……ハッキリとは聞き取れなかったんですけど……もう少し? その、もう少しでこの場所が終わるみたいなことを言ってたような……」
『!』
終わる──それはつまり、その戦士が役目を終えて近々この地を離れるという意味かもしれない。
「君たち! 我々をその戦士を見たという現場まで案内してくれ!!」
「え? でも──」
「依頼料は相場の倍払う! 勿論、ギルドを通した正式な依頼だ! 戦いはこちらで対応するし、君たちの安全は騎士の名誉にかけて保障しよう!!」
『…………』
血相を変えた騎士たちに詰め寄られ、彼らに断るという選択肢はなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「えっと、その戦士は確かあの辺りを森の奥に向かって歩いていました」
調査隊はそのままとるものも取り敢えず巨大トレントが出現したという森に向かった。数日前に魔物が大量出現したその森は、今は魔物どころか生き物の気配すらほとんどなく静寂に包まれている。
「……やけに清浄な空気が漂っているね。本当にここで魔物が大量発生してから半月も経っていないのかい?」
「間違いありません。俺たちだけじゃなく、街の人たちもみんな目撃してますから」
司祭の疑問に金髪の戦士が少しムッとして言い返す。
「いや、疑っているわけじゃないんだ。ただ普通、こうした現場はもっと瘴気が充満しているものだから、妙だなと……」
「それはあたしも思っていました。例の巨大トレントが消えた直後もやけに瘴気が薄いとは皆言ってましたけど、今はその時よりずっと空気が澄んでいる気がします」
司祭の疑問にエルフの女神官が同意し、事情を補足する。調査隊はますます何かを確信した様子で頷き合った。
「……奥に進もう。その戦士とやらの手掛かりがあるかもしれない」
そう言って森の奥に更に五分ほど進む、と──
『おお……!』
彼らの目の前に、大地に突き立った神々しい剣が姿を現した。
聖職者ならずとも一目見て分かる清浄な輝き──それが周囲の瘴気を浄化していることは明らかだ。
──間違いない! これこそが聖剣……っ!
「あれ、例の戦士が持ってた剣、だよな……?」
「え、ええ……多分」
案内役の若者二人が困惑した様子で聖剣を見つめている。
近衛騎士が彼らにここで見たものを口外しないように口止めしようと振り返った──その時。
──カッ!!!
『なっ!?』
聖剣が突然輝きを増し、その場にいた者たちの目が眩しさに眩む。そして次の瞬間、聖剣はその場から跡形もなく消失してしまった。
「ど、どこへ行った!!?」
「探せ! 何か痕跡が──」
「魔術ではない……完全な空間転移……?」
調査隊はその後、一時間近くに渡って周辺を捜索したが、聖剣は影も形も見当たらなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──以上、世界を巡って魔物を倒す放浪の黒騎士の物語さ。割といい出来だろう?」
酒場の片隅でナギが旅の吟遊詩人に新作の創作英雄譚を語って聞かせる。
「ああ。だけど本当にいいのかい? 折角作った飯の種をこんな風にタダで教えてもらって……」
このナギとそう年齢の変わらない男は、元々巨大トレントが出現したという噂を聞き、何かネタがないかとこの街を訪れた駆け出しの詩人だ。しかし彼はネタを仕入れるだけのつもりが、街に流れる噂を基にすでに出来上がった歌を聞かされ、戸惑いを隠せなかった。
「何、構いやしないさ。作ってみたはいいもののどうせ自分じゃ披露できそうになかった歌だ」
「どういうことだ?」
「僕は当分この街に残る予定だからね。事件の傷痕が残るこの街で、それをネタにした歌ってのはウケが悪い」
なるほど、と旅の詩人は頷く。
「とは言え折角作った歌だからね。世界を旅してまわる放浪の黒騎士の伝説をあちこちに広めておくれよ」
「おお、そういうことなら──」
「それと、僕はタダなんて一言も言っちゃいない。こういう時は美味い酒の一杯も奢るのが礼儀ってもんだろう?」
若い旅の詩人に高価な葡萄酒を大ジョッキ一杯奢らせたナギは、軽くなった財布に肩を落として酒場を後にする詩人をニヤニヤ笑いながら見送る。これで彼は元手を取り返そうと、頑張ってあのでっち上げの英雄譚を広めてくれる筈だ。
──これで五人目。あまりやり過ぎると逆に目立つし、この辺で十分かな。
ナギが今行っているのは聖剣調査隊の目を誤魔化すための情報工作の一つ。
──全く、ウチのパーティーの参謀たちの性格の悪さには恐れ入るね。これじゃあ国家の精鋭たちも形無しだ。
凡そのことは既に分かっているかもしれないが、ここでナギたちがいかにして調査隊の追跡を誤魔化そうとしているのか、その裏側について語っていこう。
彼らの作戦の概要はとてもシンプルだった。実在しない謎の黒騎士の存在をでっち上げ、それが聖剣を抜いた勇者だと調査隊に誤認させる──言葉にすればたったこれだけ。
まず彼らは最初にローグギルドを通じて黒騎士の噂を街に広めた。ローグギルドは目的を伏せた意味不明な情報工作に良い顔をしなかったが、そこは以前にハイドが巻き込まれた鉱石人を巡る一件での貸しが役に立つ。
そうして黒騎士の噂の信憑性を高めた上で、レオポルドとヒルダが街を訪れた調査隊の前でその黒騎士が聖剣らしき剣を持っていたという目撃情報を語ってみせる。聖剣を探してやってきた彼らがその話に食いつき、二人に案内を頼むのは当然の成り行きだった。後は少し前に機能解放された聖剣の浄化機能と転移機能を利用し、聖剣がこの地での役割を終えてどこかへ移動したかのように見せかけてフィニッシュ。
彼ら調査隊は精鋭ではあるが、現時点では秘匿性を重視しなければならないため人海戦術がとれないというのが弱点だ。
この後、聖剣を持った謎の黒騎士の噂が別の街でも流れ始めれば、彼らの目は自然とこの街から他所へと移っていくだろう、というのがシドたちの目論見だった。
「女神の力があればすべて解決、か──クク、とんだお笑い草だ」
葡萄酒を舌の上で転がしながらナギは静かに独り言ちる。
自分は元とは言え女神だから、仲間たちを巻き込んでしまった元凶は自分だからと勝手に気負って、空回っていた自分自身に苦笑する。
ああ、何と自分は驕っていたのだろう、と。
女神がいったい何を思って人の身に転生したのか、今となっては彼女自身にも分からない。だが──
「女神には決して手に入れられないものが、ここにはある」
そう人としての自分を誇るようにナギは美しく微笑んだ。
容疑者⑥吟遊詩人ナギ
・秘密:女神の転生体
・女神としての軛から解き放たれ一人のプレイヤーとして世界を楽しむために転生した。
・転生した際に能力と記憶の大半を封印しており聖剣に関する情報もない。
・なお女神だった際の彼女は、今のナギが知れば首を括りたくなるレベルで人の心がなかった。




