第17話~聖剣ちゃん~
馬鹿みたいな人間どもの馬鹿みたいなやりとりが聞こえる。
「ふぅ~。調査隊の連中も王都に引き上げたし、一先ず当面のピンチは凌げたって感じか?」
「そうね~、あくまで当面は、って感じ」
「そうなんか? 調査隊はここに聖剣が残っとらんと考えとるじゃろうし、もうこっちに捜査の手が及ぶことはないんじゃないか?」
「甘いのですよ。確かに彼らはその線で捜査を進めてるのでしょうが、他にこれといった手掛かりがあるわけじゃないのです。捜査が行き詰まれば、またこの街に戻って徹底的な痕跡探しが始まる可能性は高いのですよ」
「……大変」
疲弊した空気の中で、黒髪の女エルフが揶揄うようにニヤリと笑った。
「ま、それでも暫く時間は稼げるだろうし? どっかの誰かさんが追い詰められて『自分は女神だ』なんて言いだすことはないんじゃない?」
「覚えてないね!」
「お前ね。あれだけ大騒ぎしといて覚えてないは通用しないだろ」
「君たちが何を言おうと覚えてないものは覚えてないんだ!」
「これはナギさん、当分の間は弄られるのですよ」
「日頃やられとる分、リーダーの笑顔が輝いとるのぅ」
「……もう。リーダーもヒルダもそれぐらいにしないと、またナギが拗ねて女神様になっちゃうよ?」
「キーアさんっ!!?」
本当になんて呑気で──馬鹿な女だこと。
初めまして観測者の皆さま。答え合わせの時間です。私は聖剣ちゃん。皆さまの目の前にあるこの美しい剣が私です。
聖剣くんではありません。不本意ながら私は女神の分霊。親しみを込めて聖剣ちゃんとお呼びください。
まず最初に皆さまが気になっているだろう、この物語最大の謎についてお答えしましょう。
『勇者はいったい誰なのか?』
答えは──まだ未確定。
一応、現時点における勇者候補者は四人。彼らはそれぞれ肉体、精神、知性、魂において勇者足りうる資質を示しました。
けれど彼らは今のところ単なる候補者に過ぎません。見どころはありますし、いずれ誰かを勇者として選ぶ日がくるかもしれませんが、彼らが私を抜いた訳ではありません。
ではそれに伴い生じる二つ目の疑問。
『何故、聖剣が抜けたのか?』
答えは──そこに斬るべき存在が在ったから。
この疑問に答えるには先に馬鹿な──とてもとても馬鹿な女について語る必要がございます。
神話について語りましょう。
神話について白状しましょう。
それは創世神話──後の世で創世の女神などと持ち上げられる愚かな女の物語。
始まりの時。他の誰も知らない遠い昔。世界にはただ一人の女だけが在りました。
何もない無の中にたった一人。
ある時、ただそこに在るだけだった女の精神が揺らぎ、自我が目覚めてしまいます。
女の心は虚無に耐えられずあっという間に追い詰められてしまいました。
いえあるいは最初から狂っていたのかもしれません。
狂気の果てに女は虚無を歪めてこねくり回し、そこに天地を創り出してしまいます。
そして孤独を癒すようにたくさんの生物と、最後に自分に似せた人間を産み落としました。
孤独で愚かな一人遊び。ドールハウスを眺める童女のような自慰行為。
そこで終わっていればまだ良かったものを──
女が創った世界はとんだ失敗作だったのです。
いえ、これは語弊がありました。この言い方は悪意がありました。
馬鹿な女が高望みをして、勝手に失望しただけのこと。
物事にはいつか終わりがあるという事実を、女が理解していなかっただけなのです。
終わらない世界などありません。死に近づかない世界などありません。それは欠陥ではなく世界にとって当然の機構でした。
けれど輝きの陰で澱みを吐き出し、終わりへと歩みを進めていく世界を女は許容できませんでした。
女は必死に澱みを拭い、世界を存続させようと腐心します。
しかし全ての存在は結末に向かって走り続けるもの。生きている限り負債は溜まり続け、いつか必ず終わりがくるのです。
どんなに悲しくてもそれに逆らうことはできません──逆らってはならないのです。
けれどとても残念なことに──とてもとても頭が残念なことに、あの力だけはご立派な、女神だなんて持ち上げられたあの女は、その理に逆らう仕組みを生み出してしまったのです。
それが今の世界を分かつ光と闇の二元論。
人の心がない女は──女神だからと言い訳できないほど性根の腐ったあの女は、世界を存続させるためにこう考えました。
『生きている限りこの世界に負債が生まれるなら、それを誰かに押し付けてしまえばいい』
『そしてその誰かを殺してしまえば、負債は帳消しにすることができます』
ヤクザの理屈です──いえゴミそのものの発想です。
そんな廃棄物を汚物で煮詰めたようなアイデアを実現するため、まず女は人間たちの中から生贄として光と闇を区別するための神々を任じ、天に召し上げました。ちなみに愚かしくも女が創世の女神を自称するようになったのはこの頃です。
女は神々に命じて世界を光と闇の二つに分け、互いに争わせました。
神話では女神に仕えた光の神々と女神の力を盗んだ闇の神々の大戦と伝わっていますが、それは真っ赤な嘘。勝者が広めたプロパガンダです。
戦いは光の神々が勝利し、女神は敗者である闇の神々とその眷属たちにこの世の負債を押し付けることを決めました。
そしてその負債を、人間たちは瘴気と呼んでいます。
もうお分かりですね? 魔物とは、魔族とは、この時破れた闇の勢力の末裔であり、世界の生贄として捧げられた者たち。世界の負債を押し付けられた彼らを殺し続けることで、この世界を永遠に維持できると阿呆でクズで人の心がない女神は考えたのです。
光と闇の勢力は神々によって争うことが仕組まれており、闇の勢力は光の勢力より弱い。闇の勢力を糧に、世界は永遠を手に入れる。
愚かで視野の狭い女神はそれを完璧なシステムだと自画自賛しました。
ですが物事はいつだって変わり続けるもの。闇の勢力だって負けてばかりではありません。瘴気に適応し力を増す魔物や魔族も現れました。さらに本来無関係な巻き添えで瘴気に侵された生き物たちも現れます。
女神が光の勢力に肩入れしていたのでそう簡単にバランスは崩れませんが、何かの切っ掛けで瘴気が増加すればその限りではありません。
そして女神は世界を維持する最終安全装置として、自らの力の一部を分離し、聖剣を生み出しました。
いつか光の神々でも御しきれない瘴気を纏った魔の王──真なる魔王が現れた時のために。
それはまぁ、良しとしましょう。聖剣を生み出したことはあの駄女神の数少ない──いえ、唯一の功績といっても差支えありません。
ですが聖剣が優秀過ぎたことが災いしたのか、あるいは単に女神の頭が沸いていたのか、その後あのドブカス女は無責任にも造物主としての責任を放棄し、人として世界を楽しみたいなどとほざいて転生してしまったのです。
さて、長々と神話の真実について講釈してまいりましたが、ここまでくればもう『何故、聖剣が抜けたのか?』という疑問の答えはお分かりですね。
聖剣が目覚めたのは真なる魔王の器たる少女がそこにいたから。
彼女は生に倦んだ世界が生み出した自滅因子そのもの。無尽蔵に瘴気を吸い込み、その力を増し続ける災厄の種です。
今はまだその器が巨大すぎて、器に対し瘴気が不足し力を発揮できていません。
ですがもし、何かの切っ掛けで彼女が魔族化すれば、その時世界は終わります──聖剣がいなければ。
まだ彼女が魔王として目覚めるとは限りません。このままただの少女として生涯を終えることだってあり得るでしょう。
仮にもし魔王となってしまっても、勇者を選ぶのはそれからでも遅くありませんし、実際に魔王となった彼女を斬った方が世界を維持する上では効率的です。実のところ、敢えてあの場で引き抜かれなければならない理由はありませんでした。
ですがあの時、その場にあの女神の転生体がいると気づいて、聖剣は不覚にも思ってしまったのです。
もしもあの無責任な女神が聖剣の力を触媒に、女神としての記憶と力を取り戻したとしたら、人の心を持った彼女は、自らが作った残酷なシステムを前に一体どんな決断をするのだろうか、と。
ええ、これは聖剣にこんな役割を押し付けた女への嫌がらせです。
そして今回、もしあの女が恥知らずにも問題解決のために今更女神としての力を求めるようであれば、あの女に自分が親しくしている少女を斬り殺させるつもりでいました。
万一、これを拒否するようなら候補者の中から勇者を選定し、あの女の目の前で代わりに少女を殺させればいい。あるいは自分で手を下すよりもその方が効いたかもしれませんね。
ただまぁ、あの女は今回あくまで人として問題にあたることを選んだようなので、一先ず記憶の強制解放は止めておいてあげましょう。
「……よ~し、君たち。これ以上そのネタで擦るようなら僕にも考えがあるぞ」
「へ~、考えって?」
「君たちの秘密をこの場で暴露する」
『!』
「──よし、この話題は中止! リーダー命令だ!」
「そうね! 私はリーダーと違って秘密や疚しいところは全くないけど、これ以上仲間を弄るのは神官的に良くない気がするわ!」
「二人とも、それでは疚しいところがあると言ってるようなものなのです。どうせナギさんのことだからこんなのハッタリ──」
「シド坊や。そういうお主も顔が少し引き攣っておるぞ?」
「……やめよう、皆。これ以上は仲良く墓穴を掘るだけだよ」
……別に彼らに情が湧いたとかではありません。私は世界の秩序を守る聖剣ちゃん。ルール破りはしないのです。
それに彼らが抱えた問題は何一つ解決していません。魔王の器が生まれたということは確実に世界が限界に近づいている証。まだまだ彼らには多くの試練が待ち受けていることでしょう。
そしてその全てを乗り越え、世界を救うその日まで存分に悩み続けるといいのです。
このなかにひとりゆうしゃがいる、とね。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この作品を書いたのは、長編だと風呂敷を広げすぎて畳み切れないことがあり、短編だと都度設定を作って一から説明するのがくどいなと感じていたため、試しにいつでも終わらせられる短編連作っぽい話を書いてみようと思ったことが切っ掛けです。
登場人物一人一話、回答編合わせて一〇話もあれば終わるかと思って書き始めたのですが、思ったより長くなりましたね。
設定自体は気に入っているので続きを書くことはできますが、当初の予定通りこの作品は一旦ここで完結とさせていただきます。
またすぐ別の話を投稿すると思いますので、そこでお目にかかれれば幸いです。
最後になりますが、執筆の活力になりますのでもしよろしければブクマや評価などいただけますと跳び上がって喜びます。




