第15話~ナギ②~
ナギという少女について、実のところ仲間たちはあまりよく知らない。
と言ってもナギは別に秘密主義というわけではないし聞けば大抵のことは教えてくれる。そうした意味では仲間たちの方が余程脛に傷を抱えて謎めいていた。
だが彼女の語る言葉は嘘を言っている風ではないのに、どこか薄っぺらで作り物めいて聞こえた。
ナギ──孤児院育ちで姓はない。年齢は17歳。細剣と魔法を使いこなす魔法剣士にして吟遊詩人。短く切りそろえた金髪と深い緑の目が印象的な男装の麗人で、しばしばファンの女性を侍らせているところが目撃されている。
明るく快活で、享楽的に見えて思慮深い性質の持ち主。自由気ままに振る舞いながらも常に他者への配意を欠かさない。詩人らしく好奇心旺盛で、いつか最高の英雄譚を紡ぐのが夢だと語る彼女は、しかし聖剣という存在に対してだけは徹底して強い忌避感を抱いているように見えた。
これだけ──ナギという少女に関して仲間たちが知っているのは言葉にすればたったこの程度のものでしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ナギの様子がおかしい?」
長屋で就寝前にヒルダに髪を梳いてもらいながら、キーアが不安を口にする。
二人がいる小部屋は女性三人の荷物が置かれているが、ナギはファンの女性の部屋に泊まって帰ってこないことがよくあった。連絡はないが今日も恐らくそうなのだろう。
「そっかな~? あたしには普段通りに見えたけど……」
ヒルダは正直に首を傾げた。元々ナギは普段の言動が芝居がかっていて本音をさらけ出さないタイプだ。いつも通り王子様を演じているように見えたし、ヒルダには特別普段と違うところが思い当たらなかった。
「おかしいって具体的にどんなところが?」
「お尻の触り方がいつもと違う」
ナギはバイセクシャルを公言しており、パーティーを組んだばかりの頃はキーアだけでなくヒルダやシドも普通にセクハラされていた。
「……いや、そもそも触られてることがおかしいし、いい加減あんたも拒否しなさいよ」
「別に。触られるだけだし」
「……キーアがそれでいいなら、あたしはいいけどね」
ヒルダは仲間内で恋愛関係のトラブルとか、何ならこうして三人部屋で二人が横でゴソゴソ始めるようになったら嫌だな~と胸中で嘆息し、それ以上そこに踏み込むことを止めた。
「それで? その触り方が違ったからどうだってのよ。それだけ聞かされても何がおかしいのか分かんないわ」
「えっとね、普段はこっちの反応を探るみたいにソフトタッチから始まって少しずつ大胆に──」
「あの馬鹿の手癖の変化を聞かせろってんじゃなくて、それ以外に何か変化はないのかって聞いてんの!!」
ヒルダにツッコまれキーアは少し考え込み、ポツリと呟く。
「……ぼーっとしてることが増えた?」
「ふ~ん。あたしは別に心当たりはないけど、増えたっていつ頃から?」
「あの剣を抜いてから」
「ふむ……」
そう言われてヒルダは改めて最近のナギの様子を思い返す。言われてみれば確かにそんな気がしなくもない、が──
「考え過ぎじゃない? そりゃこんなことになってるんだからナギだって多少は悩みもするでしょ。あたしだって聖剣についてはどうしたもんかって一人で色々考えることもあるしさ」
程度の差はあれ皆そうなんじゃない、とヒルダに言われればナギはそれ以上何も言えなかった。問題を抱えているのだから悩まない方がおかしいというのはその通りだ。
「…………」
しかしそれでもキーアはどこか納得いかない様子で顔を顰める。うまく言語化できないが、ナギは他の皆のように聖剣をどう扱っていいか分からず困っているというより、何かを抱え込んでいるように見えた。
そんなキーアを見てヒルダは溜め息を吐く。
「はぁ。気になるなら直接本人に聞いてみなさいよ。どうせくだらない悩みだと思うけどね」
「……うん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『……例のトレントの一件で、近々王都からお偉いさんが調査にやって来るって話がある』
『ほ~ん? で、それがどうしたって? あんな巨大なバケモンが出たんだ。別におかしな話じゃねぇだろ』
『ばっか。分かってねぇなぁ。王都の役人に例の話が伝わっても、まず最初は相手にされねぇよ。どうせ見間違いか話が大きくなってるだけだって鼻で嗤われるだけだ』
『あ~、そりゃそうか。確かに「天を突くような巨大なトレントが現れていつの間にか消えてました」なんて聞いたら、俺でも夢でも見たんだろって思うもんな』
『だろ? だからこういう話は先に領主の調査が入って、そっから正式な報告が上がってようやく中央が動くのが普通の流れだ。こんな真偽定かじゃねぇ速報段階でってのは異常だよ』
『ふんふん……つまり、どういうことだ?』
『はぁ~……ったく、テメェも少しは自分でモノを考えろよ。要するにアレだ。王都の連中は例のトレントに関して何か心当たりがあるってこった』
深夜。酒場で商人と思しき男たちの会話に耳をそばだて情報収集をしていたナギは、聞こえてきたやり取りに顔を顰め、無言で代金をテーブルに置いて席を立つ。本当はその男たちに話しかけて詳しい話を聞くべきだったのだろうが、そんな気分になれなかった。
「…………」
店を出て、夜の冷えた空気を頬に感じながらあてもなく夜道を歩く。幸い既に辺りは人気が少なく、声をかけてくる鬱陶しい連中の姿はない。
──どうしたものかな……
ナギは聖剣を引き抜いてからずっと悩みを抱えていた。
悩んでいるのは仲間たちも同じだが、ナギの悩みは彼らとは少し毛色が異なる。
仲間たちが『どうやって』この状況を切り抜けるかを悩んでいるのに対し、ナギはずっと『どうすべきか』を考えていた。
ナギにはこの複雑に絡み合った事態を明らかにし、解決する方法が分かっている。
それは彼女が勇者だから──では、ない。ナギは自分が勇者でないことに絶対の確信を持っていた。
では聖剣に関して何か仲間たちの知らない情報を持っている?──それも違う。ナギは聖剣に関して、世間一般に伝わっている以上の知識を持っていない。
勇者ではなく、知識もない。ならば彼女はどうやってこの状況を解決できるというのか?
答えは簡単。勇者にしか振るえない筈の聖剣の力をナギは引き出すことができる。
聖剣の担い手となれば今起きている問題はほとんど解決してしまうだろう、と彼女は考えていた。
「────」
考え事をしながらぼんやり歩いていると、いつの間にか仲間たちと借り上げている長屋の前まで戻ってきていた。
今はあまり彼らと顔を合わせたい気分ではないし、寝ている仲間たちを起こしてしまっても申し訳ない。どこかまた店に入って朝まで時間を潰そうかとナギが踵を返そうとしたその時、ギィと音を立てて長屋から寝着姿のキーアが顔を出した。
「……すまない。起こしてしまったかな?」
「ううん。眠れなくてぼうっとしてたの。そしたらナギの気配がしたから」
「そうか……」
特に何を喋ったらいいかも思いつかず、二人の間に沈黙が流れる。するとナギが何か言うより早く、キーアが長屋の前に転がっている木箱に腰を掛け、ナギにも座るよう隣をポンポンと叩いてみせた。
「お話しよう?」
「…………」
特に話すことはなかったが拒否する理由も思い浮かばず、ナギは促されるままナギの隣に座る。そして互いに視線を合わせることなく前を見て、しばしの沈黙が流れた。
「困っちゃうよね」
先に口を開いたのはキーア。彼女は普段通り、雑談でもするような調子で話し始めた。
「ちょっと記念に触ってみようかって話だったのに、突然スポンって抜けちゃうんだもん。どうしてこんなことで皆悩まなきゃいけないんだろ」
「……そうだね」
「女神様もさ、あんなもの作るならもう少し考えて欲しいよね。だってどう考えても私たちは勇者なんてガラじゃないし、多分抜けたのは事故みたいなものでしょ? もし本当に私たちの中に勇者がいたとしても、ならせめて誰がそうなのかハッキリ分かるようにしてくれなきゃ」
「……うん」
ナギの口数が少ないこともあり、普段無口なキーアが会話を主導する。キーアはそんな普段とは違うやり取りを楽しむように微笑みながら話を続けた。
「この間、ナギは『女神様は完璧でも全知全能でもなかった』って言ってたけど、それにしたって程度ってものがあると思うよ? 聖剣がそんなに大事なものだって言うなら、せめてセキュリティーぐらいはちゃんとしてくれないと困るよね」
「…………」
「災いが起きるって分かってるなら先にしっかり備えておいてほしいし、聖剣だってあんなところに無造作に放置してないで、どこかの神様に託すとか管理する人を置くとかしっかりして欲しい」
「……ハハ、ホントにそうだね」
ナギの口から失笑が漏れる。全くキーアの言う通りだと、自分でもそう思う。
気がつけば言い訳なのか拗ねているのか分からない言葉が口を突いて出ていた。
「──創世の女神って奴はきっと正気じゃなかったのさ。だからそんな周りのことを考える余裕なんてなかったんじゃないかと思うよ」
「ナギ?」
「だってそうだろう? 世界を創ろうなんて考える女が──そこまで追い詰められた存在がマトモである筈がないんだから」
「…………」
キーアの真っ直ぐな目で見つめられ、一体自分は何を言っているんだろうと呆れる。そして俯いて顔を逸らし、誤魔化すように続けた。
「……いや、おかしなことを言ってすまない。つい今しがた酒場で、中央から例の件について調査員が派遣されてくるという話を聞いて、少しナイーブになってたのかもしれな──」
──ガタガタガタッ
『!』
言葉の途中で長屋の中から聞こえてきた物音に、ナギは言葉を途切らせキーアと顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
そして二人でじっと長屋の方を見ている、と──
「ち~す……」
「どうもなのです」
「いや~、立ち聞きするつもりはなかったんじゃが」
「……あたしは悪くないわよ。むしろ寝てるところを起こされた被害者なんだから」
二人の話で目を覚ましていた仲間たちが、少しだけ気まずそうな顔で姿を見せた。
「……シドは盗み聞きは良くないと言ったのです」
「うんうん。儂もそう言ったんじゃがリーダーが」
「俺のせいか!? いや、確かに何かナギが最近暗いし気になるって言ったのは俺だけどさ」
「あたしはナギがキーアを押し倒さないか見張ってただけだから、盗み聞きじゃないわよ。そりゃまぁ、キーアが『ナギの様子がおかしい』って言ってて、ちょっと何かあったのかなって気にはなってたけど、あくまで主目的は見張りだし」
『…………』
ナギとキーアは仲間たちの態度に顔を見合わせ、そのらしさに思わず笑みを漏らす。
そんな二人を見てレオポルドはホッと息を吐いた。
「まぁ、ナギも何か悩みがあるなら言ってくれよ。正直俺らも余裕はないし、いい解決策とかが出せるわけじゃないだろうけど、それでも一人で悩んでるよりはずっとマシだろ」
「そうよ。だいたい、さっき言ってた中央から調査員が来るなんて大事な話はあたしらを叩き起こしてでもすぐ報告しなさいっての。どーせその感じじゃ一人で朝までウジウジ悩む気だったんでしょ?」
ヒルダも腰に手を当て説教する。
皆、自分たちに追手が迫っていることより、普段と様子の違うナギのことを心配していた。
保身しか考えていなかった自分とは違う。
彼らはこんな自分を想ってくれていた。
「────」
「しかしとうとう来たか~。予想はしてたけど、実際に聞くと結構クルもんがあるな」
「ホントにの。王都からとなるとこっちに到着するのはいつ頃になるんじゃろうか?」
「転移魔法を使えば一瞬なのですが、そういう普通とは違う動きをすると情報が外部に漏れる可能性があるのです。その調査員がいつ出発するかにもよるし安心はできないのですが、多分移動だけで五日前後はかかると思うのですよ」
「まぁ、本隊はともかく先遣隊がいないとは限らないし、油断は禁物よね。キーアも、これから先は外でこの手の話はしちゃ駄目だからね」
「……気を付ける」
そんな仲間たちを見て、ナギの覚悟は決まった。
「──聞いてくれ、皆」
いつになく真剣な様子のナギに、仲間たちが何事かと注目する。
ナギは緊張した様子で震える息を吐き、自分の秘密について告白した。
「僕には前世の記憶がある」
ずっと隠してきた、自分の正体。
「記憶といっても知識の大半は転生する際に封印したし、特別な力が残っている訳でもない」
仲間たちの目を見ることができない。
「だが自分が何者であったかは覚えているし、聖剣を触媒とすれば前世の記憶と力を引き出せるという確信がある」
それでもこれ以上、彼らを裏切ることはできなかった。
「──僕は創世の女神の転生体だ」




