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現れたのは、3年前に事故で失ったはずの恋人…?  作者: ネロ


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転換の夜

蒼はもう、詩乃への想いを否定できなくなっていた。

詩乃のメッセージが来るたび、胸がざわつく。

彼女の笑顔を思い出すたび、凛の影と重なりながら、新しい温かさが心に染み込んでくる。


一緒にランチを食べた日——

詩乃のグイグイに根負けして、ついにOKした日——

彼女の話す声、食べる仕草、ふとした表情。

すべてが、心地よかった。

凛に似ているのに、凛じゃない。

詩乃は、詩乃だ。

その違いが蒼の心を、少しずつ溶かしていった。


でも、それが怖かった。


詩乃を好きになるほど、凛の記憶が、薄れていく気がした。

夜、一人でアパートに帰ると凛の写真を手に取り、「ごめん」と呟く。

「君を、忘れたくない。新しい人を愛したら、君を裏切るみたいで……

君の場所を、誰かに取られるみたいで……」


喪失の恐怖と、忘却の恐怖。

二つの鎖が、蒼の心をぎゅっと締めつけた。

愛したい。

詩乃を抱きしめたい。

でも、愛したら、いつか失うかもしれない。

愛したら、凛を失うかもしれない。

板挟みの苦しみに、蒼は酒に逃げる日が増えた。



ある夜、蒼はいつもの小さなバーに入った。

カウンターの端で、静かにウイスキーを飲む。

そこに、見覚えのある二人がいた。


柊と理央。

二人は旅行でこの街に来ていて、偶然このバーを選んだ。

蒼は数年前、共通の知人を通じて、

少しだけ柊と話したことがあった。

柊は、蒼の過去の喪失を知っていた。

蒼も、柊の過去の苦しみをぼんやりと聞いていた。

目が合った。

柊が穏やかに微笑んで、「久しぶり」と声をかけた。

三人は自然にカウンターで隣り合った。


最初は他愛ない話。天気、仕事、街の変化。

でも、酒が進むにつれ話は深くなった。

蒼がぽつりと、本音をこぼした。

「誰かをまた愛したら……あいつを、凛を、裏切る気がする。

新しい人を好きになるって、過去を上書きして、あいつのことを、忘れることなんじゃないか。

忘れたくない。

失うのも怖いけど、忘れるのも同じくらい怖い」

柊は静かに聞き、理央は優しく頷いた。


柊がゆっくりと口を開いた。

「俺も、昔、同じことを思ってた。瑶季って人がいて……彼女との関わりは無くなったのに執着だけが手放せなくて……手放したら、忘れたら、生きていけない気がした。忘れたら、あの苦しみが無駄になるんじゃないか、生きがいや生きる理由を見失うって。

でも、理央と出会って少しずつわかった。

忘れるって、悪いことじゃない。思い出は薄れても、心の奥にちゃんと残る。

新しい人を愛しても、過去は消えない。それは上書きじゃなくて、新しい章を加えることだ」


理央が、穏やかに続けた。

「蒼さん。自分のペースでいい。詩乃さんのことを大事に思ってる気持ち、否定しなくていい。

凛さんの記憶は、詩乃さんを愛しても、ちゃんと蒼さんの胸にいるよ」


柊が蒼の目を見て、静かに言った。

「俺は、瑶季のことを今でも忘れてない。他にも、海月さんって先輩もいた。その人の事も覚えてる。

当時は、異常なほど独占欲や嫉妬心、執着が強かった。

でも、理央と一緒にいることで、瑶季や海月さんの記憶が痛みじゃなくて、優しい光になった。

忘れるんじゃない。忘れられなくたっていい。残していたっていいんだ。」


理央が微笑んで、蒼の手元に置かれたグラスを見て優しく言った。

「自分のペースでいいよ。急がなくていい。誰かを愛したいと思ったとき、その気持ちを怖がらなくていい。失う恐怖は消えないかもしれない。でも、それでも愛することを選べば、失った人もきっと喜んでくれる。だって愛された人は、愛する人が幸せでいてほしいって、きっと思ってるから」


蒼は黙って聞いていた。

胸の奥で固く凍っていたものが、少し溶け始めた。

涙が静かに頰を伝った。

「ありがとう……本当に、ありがとう」

その夜、蒼は初めて、心を開いた。


詩乃への想いを、もう否定できない。

凛を忘れる恐怖も、失う恐怖も、まだそこにある。


でも少しだけ、前に進むことを許せそうになった。


翌日、蒼は詩乃にメッセージを送った。

「今度、一緒にご飯でもどう?」

詩乃からの返事はすぐに来た。

「もちろん!待ってたよ!」

蒼はスマホを握りしめて、小さく微笑んだ。


灰色の世界が少しずつ、色づき始めていた。

凛の記憶は、優しく胸の奥に残ったまま。

新しい光が、そっと加わろうとしていた。


ここの柊と理央は、『好きになりすぎるのは、悪いことですか』の彼らと同一人物です。

ハーレム物語の方は無関係です。

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