火送り(後編)
「…あれ?…シャルロット嬢?」
「マックス様!もういらしてたんですね!
「ぁ…うん、でも…道に迷ってしまって」
あかりの見える方向へ進んでいくと、私と同じように道に迷ったマックス様が途方に暮れていた。
「私も迷っていたんです。ここからは見えにくいんですけど、あっち側からここの灯りが見えたので…」
「…よかった、ここで、急に…次のランタンが見つからなくなって」
途中のランタンがどこかで倒れてしまっていたのだろうか。沼地から祭壇の手前をつなぐ道を照らす灯りが途切れていたようだった。
どうせ帰り道だし、次のランタンの場所まで案内するくらいは許されるだろう。マックス様を誘って湿地を周り、元の道に一緒に戻ることにした。
隣に友達がいるというだけで暗くて心細い夜道は肝試しのようなアトラクションになる。今年の夏の思い出話にも花が咲いてとても楽しい道中だった。
だから気づくのが遅れてしまった。私たちの後ろで小さな火種が燃え上がり、あっという間もなく湿地に炎の手が広がったことに。
不意に強い風が吹いた直後、ぱちぱちっと音が鳴って。湿った草木と煙の匂いに振り返った時には熱気が肌で感じられるほど近くまで炎が迫っていた。
「っ、火?!どうして…?!」
「逃げましょう!マックス様」
驚愕する私に釣られて振り返り、呆然と目を見開くマックス様の手を取って走り出す。
どこから火が出たの?湿地なのにどうしてこんなに火が回るの?疑問ばかりが脳をめぐって有効な解決策など浮かんでこない。
それでもとにかく足を動かすしかない。想定外の速さで炎は追いかけてくる。少しでも止まったら炎に囲まれて身動きが取れなくなってしまうだろう。湿地を抜けて少しでも開けて火が燃え移る心配のないところへ…!
「っ行き止まり…!」
ごおごおと背後で音がする。闇雲に走っているうちに私たちは崖下へ辿り着いてしまっていた。炎からは多少距離が取れた。しかし、進む道も帰る道もすでに失っていて。
「は、っはぁ、はぁ、は…」
私と一緒に全速力で走ってきたマックス様も荒い息を必死に整えようとしている。
どうしよう?崖を登る?無理だ、『身体強化』を使ってもこの高さは高すぎる。他の道を探そうか…この暗い中で遭難せずにいられるなら、だけど。落ち着かなくちゃ、そうだ、信号弾があったっけ。
「…シャルロット嬢、…大丈夫?」
「あ、は、はい。大丈夫ですよ。マックス様も、お怪我はありませんか?」
「…うん、大丈夫。…信号弾、を使うの?」
「そのつもりです。私たちがどこにいるか知らせないと。ですが、このままここまで火が回ってしまったら…」
助けは来れるのだろうか。どこまで火が広がっているかわからないし、ここにくるルートが燃えずに残っているかもわからない。もしかすると朝になるか火事が収まるまで待つことになるかもしれない。嫌な想像ばかりが浮かぶ。
「…シャルロット嬢…」
「…ごめんなさい、取り乱してしまって。」
思考がいつの間にか口から漏れてしまっていたらしい。
マックス様が気遣わしげな表情で私を覗き込んでいた。
「…ううん、…信号弾を使おう。…もしここまで火が回ってきたら…私に、任せて」
マックス様は自分の胸をとん、と叩いて示す。
「…魔法障壁が、あるから」
「あ…!」
そうだ、マックス様は金属性魔法が使えるんだった!
「…今から、張っても…朝までは持つ、と思う。」
王家に伝わる金属性魔法は魔法陣やら詠唱やら準備が必要な代わりに一度貼れば火も魔法も、時には人さえも通さない鉄壁の魔法障壁を貼ることができるのだ。少なくとも、朝までは火事を恐れずに助けを待てるだろう。
「ありがとうございます、マックス様」
「…どういたしまして…。…私の魔法が役に立って、よかったよ。」
テキパキと魔法陣の準備をするマックス様の手伝いをしながらお礼をいうと、彼は少し照れくさそうな表情でわらった。
「…展げるね。私の、後ろに立っていて」
そういって魔法陣に手をつき、目を閉じて不思議な呪文を唱えていく。ぱたぱたぱたっと音がして正六角形の半透明なパネルが宙に浮く。それらは淡い金色に光りながら集まり、ドームの様に私たちを囲った。かっこいいなぁ、私もこういう魔法使ってみたい…!
障壁を広げて、信号弾を打ち上げて。
あとは助けをくるのを待つばかりだ。パチパチと火花の弾ける音が近づいてくるのを紛らわす様に、お互いの携帯食をちょっとずつ食べておしゃべりをして…そのうちにマックス様がうとうととして目を擦り始めた。
「…ごめんね…障壁は大丈夫だから、少し寝ても、いいかな」
「もちろんですよ。私の肩、よかったら使ってください」
「…ありがと…」
私の肩に頭を預けてマックス様が規則正しい寝息を立て始める。
疲れただろうなぁ…。
森の中を走り回って、魔法まで使って、緊張の連続だっただろうし。
私もクタクタなのだけど、興奮状態から抜けないのか眠気がやってこない。
火の壁はすぐ近くまでやってきている。
魔法障壁がなければ肌で熱気を感じられるほどだろう。あかあかと揺れる炎は手当たり次第に草木を飲み込み、まるで一つの生き物の様だ。この様子ではそうそう火は収まらないだろう。
マックス様が眠り話す相手がいなくなると途端に不安が襲ってくる。信号弾はちゃんと見えたかな。助けに来てくれるかな。
いや、きっと来てくれる。お父様もお母様も心配してるだろうし、レオもジェレミーも探してくれているはず。
弱気な気持ちを切り替えようと思うのに、どうしても気持ちが沈んでしまって。
ーーーシャルロット様!
その時、どこかから声が聞こえた気がした。
幻聴?炎の向こう側からのような…。
「レオ…?」
名前を呼ぶ声が一段と近くなる。
今度は疑いようがない、レオの声だ。助けに来てくれたんだ!
「マックス様、起きてください!レオー!!!ここにいるよ!!!」
慌ててマックス様を揺り起こし大声で呼び返す。
私の声に呼応するような障壁に迫っていた炎が激しく燃え上がったかと思うと、当然道を開ける様にパッカリと割れて。
「シャルロット様!マックス様も…よかった、無事で…!」
息を切らしたレオが現れた。