火送り
がさ、がさ。
私の足音と呼吸音、木々の擦れる音だけが暗い森に響く。
数メートルごとに見えるランタンの灯りを頼りにして歩く道は何か大きな生き物の体内にいるような気持ちにさせた。
夜の森を歩くのはいつぶりだろう。野外学習での肝試しが最後だろうか。
同級生と引率の先生について歩き懐中電灯の光で照らされた森の夜は、恐ろしくはあってもこの森のような神秘と幻想の気配はなかった。
草陰や沼地から漂う何かが息づいているような、こちらをじっと見つめているような、奇妙な空気におもわず飲まれそうになってしまう。
手元にあの時のような懐中電灯はない。
遭難してしまった時のための信号弾のような魔道具と水筒、少量の食料のみだ。
この儀式ではやはり数年ごとに遭難者が出るそうで、お父様も幼い頃一度迷子になったことがあったのだとか。
それでも儀式の中止が提案されないのは精霊に対する信仰がこの地に根強く残っているからだろう。
梢の鳴る音に耳を傾け、時折星空を仰ぎながら進むうちに道の先に煌々とした灯りが見えてきた。あれが祭壇だ。
森の開けたところに聳える井桁と、そのすぐ脇に佇む人影。
私は直感的にその人が花送りの日に神殿で出会った女性と同質の存在だとわかった。
「珍しい魂を持つものがいると聞いてはいたが」
彼の声に呼応してぱちぱちっと火の粉が上がる。豊かな体格は壁のようで、逆光を受けて黒々とした顔はこの世界では文句なしに美形と呼ばれる作りをしている。
「迷い子であったか。それも、相当数奇な運命を辿ると見える。」
「迷い子、ですか…?」
「ふ、我の前で言葉を失わぬとは豪胆な。境を跨いでこの世界に迷い込んだ魂が時たま現れるのだ。多くはここに馴染み、やがて溶け合う。」
私の表情を見た彼はふっと気障に笑って言葉を続ける。
「其方は理に従おうとしない。かといって大っぴらに逆らうわけでもない。其方が与える影響が世界を変えるか、それとも馴染む時が来るのか。」
ごうっと音を立てて火がいっそう高く燃え上がる。肌を焼くような熱気に思わず目を瞑って。
耳元で楽しみにしているぞ、と囁かれたのを最後に彼の気配は消え失せた。
「…はあ」
しばし呆然として、一番に口から漏れたのはため息だった。豪胆なんて言われてしまったが無意識のうちに息が詰まるような存在感だった。
加えて情報量の多さだ。精霊様の顔もこの世界の美醜の基準と同じなんだとか、それでも神聖な感じするのすごいなとか、他にも転生者いるんだとか、諸々の感想は置いておいても。
「馴染む馴染まないって何…?」
これでも魔法だの貴族だの美醜だの前世と違いすぎる価値観と生活様式に相当順応してる方だと思うんだけど…。
うーん…。…まぁいっか、精霊様楽しそうだったし。他の「馴染んだ」らしい人たちも特別不幸になったとか聞いてないし。
「奉納して帰ろ。」
あんまり考えても怖いしね!
炎に手を翳し、手のひらに集めた魔力を送り込む。あっという間に炎は輝きを増し、明々として踊るように形を変えた。
魔力の操作ももうお手のものだ、なのにどうして土魔法が使えないのか…
内心すこし凹みながらも感謝の言葉を述べ、踵を返す。
一度来た道、加えて肝心の奉納も終わったことで足取り軽く進んでいくと、ふと違和感に気がつく。…あれ?道は合ってるはずなのに、ランタンがない。
辺りを見渡すと森の開けたところ、かなり遠くに微かに灯りが見えた。
いつの間にか道を見失っていたのだろうか。いや、あっちは沼地だったはず。
怪訝に思いながらも、灯りなしに無闇に歩き回るのは怖い。私は遠くの灯りを目指すことにした。




