第一幕
※作者は重度の史実文豪オタクであり、文豪ストレイドッグヲスオクであり、文豪とアルケミストオタクです。ご了承ください。
私の行きつけの大きな図書館は、不思議な場所だ。そこでは、私だけなのかもしれないが、不思議な力を感じる。私のお気に入りは、近代文学が集められている場所だ。
今日も学校の授業が終わると、そこに寄った。私のお気に入りの場所は、人がいるのをあまり見かけない。というか、そもそも本を読む人をあまり見かけない。少し寂しいが、本の内容やいろいろな解釈を、私だけが知っているような気がするから悪くない。
そう思って本棚に手を伸ばした瞬間、背後で微かな衣擦れの音がした。
誰もいないはずの場所に、いつの間にか一人の青年が立っていたのだ。
少し長めの襟足に、どこか鋭く周囲を値踏みするような、凍りつくほど強い警戒心を宿した瞳。
青年は、自分が今どこにいるのか瞬時に把握しようとするかのように、素早く辺りを見回した。そして、彼の視線が私の手元──『小林多喜二全集』でピタリと止まる。
「…君は、そいつの仲間(同志)か?それとも、特高のイヌか?」
低く、けれど酷く切迫した声で、青年は私を睨みつけた。
「ええと、どなたでしょうか....?いや、特のイヌっていつの時代の話ですか!?」
動揺する私をよそに、青年は本棚に並ぶ現代の歴史書の背表紙『志賀直哉・没後50年』という文字を不意に目にしてしまった。その瞬間、彼の強固な警戒心が、嘘みたいにガタガタと崩れ落ちる。
「な、なんだって…?直哉さんが、もうこの世にいらっしゃらない…?俺のいない間に、世界はどうなってしまったんだッ!」
鋭かったはずの瞳に絶望の涙を浮かべ、青年はその場に崩れ落ちたのだった。
急にどうしたんだ、この人。
完全に不審者である。このままだと遠くから聞こえる「パタパタ」という司書さんの足音に見つかり、私も同類だと思われてしまう。
「あの、立てますか...?あと、泣かないでください。志賀直哉センセなら教科書にいっぱい載ってますから!とりあえずここ出ましょうか」
私は慌てて青年の腕を引っ張り、図書館の出入り口へと小走りで向かった。
図書館を出たところにあったベンチに座り、話を聞くことにした。
「まず、貴方は何者なんですか。嫌でなけば、名前教えてください」
なんとなく同類の気配を感じ取った。
青年は夕暮れの風に吹かれながら、少し長めの襟足を揺らし、まだ名残借しそうに涙を拭った。そして、私から一歩距離を置き、値踏みするような鋭い視線を向けつつも、ぼつりと言った。
「……俺の名前は、小林多喜二。一応、文字を書く仕事(プロレタリア作家)をしていた。君が持っていたあの本の、作者だ」
えっと、うん。めちゃくちゃ知ってたーーッ!!
脳内ツッコミが追いつかない。目の前の顔が良すぎる限界志賀直哉先生ヲタク、本物の小林多喜二だった。教科書で見たあの蟹工船の。
「…嘘だと思うなら信じなくていい。だが、俺を助けてくれた君に嘘を吐くつもりはない」
警戒心が強いはずの彼は、私が彼の『同志』だと本能で察したのか、どこか不器用な優しさを滲ませて真っ直ぐ私を見つめてくる。その無駄に綺麗で仲間思いな瞳に、一瞬だけ不覚にもキュンとしてしまった。
──直後。
ぐううううううううううううう。
静かな夕暮れの公園に、本日二度目の、地球の地鳴りのような爆音が響き渡った。
青年は一瞬で耳まで真っ赤に染め上げ、プイッと顔を背ける。
「あー…すまない。前世(?)の最期が最期だったからか、どうにも腹が減るんだ。」
警戒心強めな割に、お腹の自己主張が激しすぎる。
私は深いため息を吐き、バッグからスマホを取り出した。
「…ええと。多喜二さん、ライスカレー、食べに行きます? 私が奢りますから。」
こうして、私の平穏な日常は、一人の限界ヲタク文豪によって(お財布的な意味も含めて)美しくもカオスにぶち壊されたのだった。
初めてなので変かもしれませんが、暖かい目で見守って下さい。




