3.王太子殿下との対面
王宮に到着すると、庭園にあるガゼボへと案内された。
王宮内にある応接室以外で行われたことは一度目の人生ではなかった。
(やっぱり単純な人生のやり直し……ってわけではないのかしら。)
そのことも気になるけれど。
王宮に入ってから指先がどんどん冷たくなっていくのを感じる。
(………………怖い。)
何とか平静を装っているけれど、ここに来ると一度目の人生の嫌な記憶がまざまざと蘇ってきて、息が苦しい。気を抜けばガタガタと震えが止まらなくなりそうになる。
耐えろ……と、唇を噛んだ。
(…………お義兄さまがついていて下さってるんだもの。大丈夫よ。)
付き添うと言われた時は驚いたけれど、今となっては義兄が来てくれて本当に良かった。
すぐ側にはいないけど、別れる間際に「少し離れた場所で見守っている」と義兄が言ってくれたので、今もどこからか様子を見ていてくれているのだろう。
義兄の顔を思い浮かべると、段々と心が落ち着いてきた。
「待たせたね。」
しばらくすると王太子殿下が側近のエドモンドを連れて現れたので、すぐに立ち上がりカーテシーをして挨拶する。
殿下は私の手を取ると、指先に唇を近づける素振りをした。
「堅苦しい挨拶はここまでにしよう。さぁ、座って。貴女が好きなスイーツを揃えたんだ。」
殿下に笑顔で促されて、私は礼をする。
「はい、失礼致します。」
殿下が席に座るのを確認してから、私も腰をおろした。
侍女が紅茶を淹れ終わり準備が整うと、殿下が口を開いた。
「貴女が階段から落ちたと聞いて、とても心配したんだよ。もう大丈夫なのか?」
「はい。幸い怪我もなかったので。その節は大変素敵なお見舞いのお品をありがとうございました。」
階段から落ちた翌日、まだ目覚める前に殿下から花と手紙が届いていた。
「喜んで貰えて何よりだ。本当は公爵邸まで見舞いに行きたかったのだが、他の婚約者候補と対応に差をつけるのは良くないとエドモンドにきつく言われたものでな。」
「エドモンド様の仰る通りですわ。お気持ちだけ、ありがたく。」
殿下がカップに口をつけた後、フッと笑みを浮かべて私を見つめた。
一度目の人生が頭を過ぎる。
殿下は婚約が決まった後は、婚約前以上に優しくなった。
王太子妃教育を受ける日には必ず会いにきてくれて、それがあったから厳しく辛い王太子妃教育も頑張れた。そして学院内でもひとつ学年が下の私のことを何かと気にかけてくれて、休憩時間やランチなどは一緒に過ごすことが多かった。
「殿下はジュリエッタ様を溺愛されてるのですね。」そんな風に学友に言われて、頬を熱くしたことも何度もあった。
(あの頃と、同じ眼差しだわ。)
愛しい気持ちを含んでいる眼差し。
三年後にはこの熱はなくなることがわかっている今は、ただただ悲しく虚しく映る。
「ところで。ジュリエッタ嬢。」
「はい。」
改まったような殿下の声にドキッとして、手にしていたカップをソーサーに戻して姿勢を正した。
その間もずっと殿下は私を見つめている。
「ドレスの色は何か心境の変化かな。とても似合ってはいるけれど。」
まさかストレートに理由を聞かれるとは思っていなかった。
(けれど、婚約者に選ばれたくないという気持ちを伝えるチャンスよね!!)
好意をもって下さっている殿下には申し訳ないのだけれど、どうせ殿下の御心はいつか離れてしまうのだから……。
(私は、もうあんな想いはしたくない。)
不敬にならないように気をつけて、言葉を選ぶ。
「…………そうですね。心境の変化と言えば、そうかもしれません。貴き色は、私には似合わないことに気がついたのです。」
殿下がスッと目を細めた。
「…………なるほど。」
殿下の笑みが消える。
そして徐に立ち上がると、私の側に歩み寄ったきた。
仕方ないので、私もその場で立ち上がる。澄ましているけど、頭の中はパニックだ。
(えっ!何!?何!?何か怒ってない!?言い方間違えちゃった!?)
心臓がバクバクする。
「ジュリエッタ嬢。」
名前を呼ばれたかと思うと、返事をする前に殿下の右手が私の頬に触れた。
「一応言っておくが、私は貴女を放すつもりはないからね。」
「…………っ。」
殿下の瞳から光が消えて仄暗くなり、そんな殿下を見るとまた前の人生を思い出してしまい、恐ろしくてゾッとした。
そして、これはどう見てもまだ婚約者候補でしかない令嬢に取っていい距離感じゃない。
エドモンドの方に助けを求めるように目を向けるが、だんまりを決め込むつもりのようでこちらの方を見ようともしない。
(役立たず……!!!)
お見舞いに行くのはちゃんと止めたんじゃないの!?
じゃあこれも止めてよ!!!
「殿下、お戯れが過ぎます。」
声が震えないように毅然とした態度を取ると、殿下は「…………本当に今日の君は、いつもと違うな。」と唇に弧を描く。
「婚約者をすぐに決められないというのは、本当に面倒なものだ。…………いっそ、既成事実というものを作ってみるか。」
そして頬にあった殿下の手が、今度はわたしの顎を掬い取るように掴んで持ち上げた。
「殿下……っ」
語気を強めたその時、殿下から引き剥がされるように背後から誰かに抱きしめられた。
「殿下。大変申し訳ないが、いもうとは体調が優れないようなので、本日はここで失礼してもよろしいでしょうか。」
(お義兄様……!!)
本当に見守っていてくれて、そして助けに来てくれた。
殿下は何事もなかったように、いつもの殿下に戻って微笑んだ。
「何だ、そうだったのか。無理をさせてこちらこそ悪かった。」
「……いいえ、とんでもございません。では、本日はこれで失礼致します。」
硬い表情のまま殿下に挨拶を済ませると、義兄がふわりと私を抱き抱えた。
「お義兄様!?」
「フラついて転んでは危ない。馬車まで運んでやるから、大人しくしていろ。」
そう言うと、義兄はそのまま歩き始めた。
だが、すぐに殿下に呼び止められてしまう。
「クリストファー。」
「何でしょうか?」
義兄は立ち止まり、振り返る。
「そういうことであれば、私が彼女を抱き抱えて連れ行こう。」
「いえ。結構です。未婚の令嬢に家族以外が触れるのは、マナー違反でしょう。」
あまりにも義兄が素っ気なくて、変な汗が出てくる。
(お義兄様……!殿下にそんな態度とって大丈夫なの!?もちろん私だって殿下に抱き抱えられるよりはお義兄様の方がいいのだけれど……。)
「……私は彼女の婚約者なんだが?」
「"候補"です。正式な婚約者ではない令嬢に触れるのは、殿下といえどもいかがなものでしょう。先程のようなことが再びあるようであれば、我が公爵家としても黙っているわけにはいきませんので、ご承知おきを。」
義兄はそう言うと、殿下の返事を待つことなく踵を返して歩き始めた。
「お、お義兄様、殿下にそのような態度をとって大丈夫なのですか?」
「心配するな。問題ない。」
義兄が王族への礼儀を失しても自分を優先する態度をとってくれるなんて驚いた。こんな風に抱き抱えられるなんてことも、前の人生では考えられなかった。
(……やっぱりお義兄様の様子が、前の人生と違うわ……。)
家族と認められていたということを知って嬉しかったものの、義兄の変化の理由がわからないから、手放しで喜んでばかりもいられない。
(リリーとの関係みたいに……信じこまされた後で裏切られる可能性は十分あるもの……。)
そうなってしまったら、この人生も地獄だ。
(…………気を引き締めなきゃ。)
ぎゅっと胸の上で組んでいた両手を握りしめた。




