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2.ドレスの色

「ジュリエッタ、王太子殿下とのお茶会はどうする?」


家族揃って朝食を食べている時、義父が尋ねてきた。


(ちょうどそんな頃なのね。)


この時、ジュリエッタはまだお妃候補の一人でしかないはず。

王太子殿下のお妃候補はジュリエッタを含めて三人いて、このお妃候補達は王宮で月に一度、一対一で王太子殿下とお茶を飲んで親睦を深めることになっていた。

そのお茶会がもうすぐ予定されているのだろう。


「体調が万全ではないのなら、無理して出席することはないんだよ。」


義父も母も気遣わし気な目で私を見てくる。

目が覚めて、つまりは時が巻き戻って一週間。

翌日こそ少し熱を出してしまったが、怪我もなくもうすっかり元気に普段どおり過ごしているのに、いまだに心配してくれているみたいだ。


「大丈夫です。出席します。学院も来週からは通えると思います。」


二人を安心させるように、にっこりと笑った。

 

(今回はアレクシオン殿下の婚約者に選ばれることにならないようにしなくては。)


王太子殿下に近づく機会がなければ、暗殺の容疑者に仕立てられるリスクは回避できるはず。


(でも…………きっともう私は婚約者の最有力候補になってしまっているわね。)


それは私の努力の賜物だ。

元々は伯爵令嬢の私。決して周りから侮られることがないよう、ローレンス公爵家の恥と言われぬよう、勉強もマナーも見た目も努力を惜しまず磨き続けてきた。

そんな私に対して王太子殿下も、初対面の時から好印象を抱いていたようだ。そして私も、金髪に王家特有の紫色の瞳を持ったまさにお伽話から飛び出してきたような正統派の王子様である王太子殿下に、強い憧れを抱いた。


(…………あと半年もすれば、私が正式な婚約者に内定してしまう。)


マナー良く音を立てずフォークとナイフを動かしながら、考える。

ここからどう婚約者に選ばれないようにしていけばいいか……悩ましい。

かと言って、王家からの要請である王太子とのお茶会をこれからずっと避け続けることは不可能だ。

それならならば何も行動を起こさないよりも、会って不敬にならない程度に好感度が下がるような振る舞いをした方が婚約者に選ばれない道に近づける気がする。


「王太子殿下との茶会は、私が王宮まで付き添うことにしよう。」


義兄の言葉に、思考と手を止めて義兄の顔をまじまじと見た。

 

「…………付き添いですか?」

「あぁ。そうすればお前の体調に何か変化あれば、すぐに対応できる。王太子殿下との茶会の間も、近くの部屋に控えておけるように取り計らうから安心するといい。」


(えぇ……??どういうこと??)


一度目の人生では義兄の方から私に関わってくることなんてなかったのに。


(どういう風の吹き回しなのかしら……?)

 

先日の私の部屋でのやり取りで、義兄が私のことをちゃんと家族として認めてくれていたことはわかったが、それにしたって公爵家の跡取りとして多忙を極める義兄がわざわざ私の為に時間を割いてくれるなんて……。

窺うように義兄を見るが、義兄はいつもどおり何も感情を顔に浮かべず、食事を続けている。


「そうだな。それがいい。」

「まぁ……!クリストファーがそばにいてくれるのなら安心ね。」


義父がうん、うんと大きく頷いて、母は嬉しそうに笑みを浮かべた。私の戸惑いはそのままに、義兄が伴ってくれることがこの場で決定したのだった。


◇◇◇


王太子殿下とのお茶会の日がやってきた。


「今日もとってもお綺麗です!きっと王太子殿下もお嬢様の美しさに今日も釘付けになってしまわれるでしょうね。」


身支度を整えてくれたアンナが微笑む。


(アンナは私が婚約者になりたがってると思ってるから、応援してくれてるのよね。)


今身につけているのは爽やかな水色のドレスだが、最初にアンナが提案してきたドレスは殿下の瞳の色に合わせたラベンダー色のドレスだった。

殿下への好意を示す為、これまでの茶会ではいつも殿下の瞳の色に合わせてきたのだからアンナは当然の仕事をしたわけだけど、「ごめんね、アンナ。私には紫色は似合わないと思うの。だから今日も手持ちのものから他の色のドレスを見繕ってくれる?これからのお茶会も、別の色で選んで。」と伝えると、アンナは大層驚いた顔をした。

アンナは何を思ったのか、「そんなことございません!お嬢様はどんな色でも素敵に着こなしていらっしゃいます!」と、励ましの言葉を沢山かけてくれたけど、最終的には「かしこまりました。」と、この水色のドレスを選んでくれたのだ。


コンコン


ドアがノックされて、「私だ。」と義兄の声がドア越しに聞こえた。

私がアンナに向けて頷くと、アンナは恭しくドアを開けた。

礼装した義兄が入ってくる。


(素敵…………っ!!)


思わず見惚れてしまった。

シックな濃紺の礼装に身を包んで、後ろへ前髪を流してヘアセットをしている義兄は普段以上に眩しく見える。

義兄も義兄で、私を見て珍しくハッとした表情を見せた。


「……どこか、おかしなところがありますでしょうか?」


義兄の反応に不安になって、自分の姿を検めながら問いかけた。


「……いや。似合ってる。とても綺麗だ。」


ボン!っと顔が熱くなる。


(お義兄さまが……!!私に綺麗って言った……!!!)


一度目の人生でそんなことあったかな?…………いや、絶対になかった。

私に対してどころか、他の女性に対してもそんな言葉をかけている義兄を見たことがない。

義兄は私の隣に立つと、スッと腕を曲げた。


(エスコート、してくれるのね。)


一度目の人生でもまだ成人していなかった私は、義兄にエスコートされたこともない。殿下の婚約者に内定後は、成人前とはいえいくつかのパーティーに出席する機会があったが、エスコート役は勿論殿下だった。


(少し……気恥ずかしいけれど。)


ドキドキとしながら私がその腕を取ると、義兄の目元が少し綻んだ気がした。

 

◇◇◇


(そういえば、どうしてリリーは婚約者候補に入らなかったのかしら?)


馬車に揺られ、外の景色を眺めながらふと疑問に思った。

家格的にも、年齢的にも、候補に入っていて当然だろうに。

どうしてこれまで疑問に思わなかったのか、不思議なくらいだ。


(…………本当に、私は何も考えていなかったのね。)

 

恥ずかしくて、情けない。

 

「お義兄様、ひとつ聞いてもいいですか?」

 

私の対面の座席に両腕を組んで座っていた義兄に声を掛ける。


「何だ?」

「リリーが殿下の婚約者候補に入っていないのには、何か理由があるのですか?」


義兄は面白くなさそうにため息をついて、外を見た。


「私の婚約者だからだ。とはいえ、正式なものではないが。」

「ええええ!!!!」


思わず淑女らしからぬ声を出してしまった。


「も…………申し訳ありません。はしたない振る舞いを。」

「私の前でなら、別にいい。」


良かった。義兄の機嫌は損ねなかったみたいだ。


(それにしても、リリーがお義兄様の婚約者だなんて……。)


そんな話、一度目の人生でも聞いたことがない。


(でも……確かにあり得ないことではないわよね。)


義父とリリーの父親は友人同士だ。

家格も釣り合って、年頃も合う異性の子どもがいたらそんな話になるのも不思議じゃない。


(まだ……正式じゃないって言ってたわね。)


さすがに正式に決まっていたら、一度目の人生の私も知っていたはず。…………ということは、四年後のあの時点でも決まっていなかったということ。高位貴族同士の婚約としては、いささか遅すぎる。


(何か……事情があったのかしら?)


たとえ事情があっても、そこまでは義兄は教えてくれないだろう。

美しい義兄の横顔をそっと見つめていると、唇が動いた。


「ジュリエッタ。」

「はい。」


義兄の目が、外から私の方へと向けられる。


「今日のドレスは紫ではないのだな。」

「…………は……い。そうですね。今更ですが、私にはあまり似合わない色だと気がつきましたので。」


予想外の問いかけに、戸惑って少し返事が遅れてしまった。

私のドレスの色を義兄が把握していたなんて。


「お前は、王太子殿下の婚約者になりたいのではなかったか。」


ずっと瞳の色のドレスを纏っていたのに、急に色を変えることが王太子にどんな心証を与えるかわかっているのかということが言いたいのだろう。


「私が、愚かだったのです。」

「何?」


義兄が訝しむように、片眉を上げた。


「確かに私は、王太子殿下の婚約者になりたいと思っていました。でもそれはあまりにも浅はかな理由からだったのです。王太子殿下の婚約者になれば、ローレンス家の為になる。そしてようやく私も周りから公爵家の令嬢として認めて貰える。あまりにも自分本位な理由ばかりで、そこには王太子を支える強い気持ちも、将来国母になる覚悟もありませんでした。」

「…………お前をローレンス家の令嬢として扱わない者がいたのか。」


義兄の瞳に怒りの色が滲む。


(怖い……っ!!)


身が竦む。

けれどその怒りが自分の為だと思うと、何だか嬉しい。


「いいえ、そうではないのです。ただ、私が勝手に劣等感を抱いていただけなのです。周りは皆、あたたかく包み込んでくれていたのに。そのことに、私はようやく気づくことができました。」


義兄は黙って私の言葉の続きを待った。


「私は、王太子妃に相応しくありません。政略の為に決められてしまえば従う気持ちはありますが、自ら進んでなりたくはないのです。」


義兄は私の目をじっと見た後、ゆっくりと長い足を組んだ。


「お前を政略で使ったりなどしない。余計な心配などしなくとも、ローレンス家は盤石だ。」


(…………お義兄様の瞳って、まるで太陽みたいね。)


一度目の人生ではこんな風にしっかりと言葉を交わすことがなかったから、義兄の瞳をじっくりと見つめたことはなかった。


(あたたかくて、力強くて……安心する。)

 

「…………ありがとうございます。」


義兄にわかって貰えたのが、とても心強くて、嬉しくて、胸の奥が熱くなった。

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