1.家族
光を感じて目を開けると、そこには見慣れた天蓋があった。
光が差し込む大きな窓の外からは、鳥の囀りが聞こえる。
暗くてじめじめとしていた牢の中にいたはずなのに、ここは……私の部屋だ。
冷たい床の上で激しい痛みと苦しみに悶えながら、確かに絶命したはずなのに……。
意味もなく、ベッドの上でごろごろしてみる。
(…………幸せ。)
ふかふかのベッド、良き匂いがして清潔で肌触りの良いシーツ、久しぶりに感じる心地の良さに、自分は恵まれていたのね……と改めて実感する。
それにしても。
「………………夢なのかしら?」
天国でも夢は見られるのね。
悲惨な最期だっけど、夢の中は幸せな頃の自分で良かった……。
なんてしばらくセンチメンタルに浸ってみたけれど、これはきっと夢の中なんかじゃない。ほっぺたをきゅっとつねってみて、痛みもちゃんと感じることを確認する。
こんなに全ての感覚がリアルな夢が、あるわけがない。
これは、現実。
自分の両手を顔の前に掲げる。乾燥してカサカサになり、ところどころ切れて血が滲んでいたのに、今は指先までつやつやとして綺麗だ。手枷でついた痛々しい痕もない。
「お嬢様……っ。お目覚めになられましたか。」
部屋のどこかで控えていたのか、私の専属メイドのアンナがベッドまで駆け寄ってきて、私の手を両手で優しく包み込んだ。……とても温かい。アンナの肌のしっとりとした感触も伝わってくる。
こんなにはっきりとした感覚があるのに、夢であるはずがない。
アンナは涙を浮かべながら微笑んだ。
「心配しました……。本当に良かったです。」
「アンナ……。」
公爵家に来てからずっと私に仕えてくれていたアンナ。
17の私よりも10歳年上の彼女のことを、私はまるで姉のように慕っていた。そして彼女も慈しみをもって尽くしてくれた。
きっと私が捕らえらて、彼女にも大層心労をかけてしまったことだろう。捕らえられてからは会うことが叶わなかったから、アンナと再会できたことの喜びに涙が込み上げてきた。
「お嬢様……!どうされました?大丈夫ですか?すぐに先生をお呼びしますので、お待ちくださいね。それから旦那様と奥様も。」
心配そうにアンナが眉を下げる。
「え……?先生……?」
「はい。お嬢様は階段から落ちて頭を打たれて、それから丸2日目を覚まされなかったんですよ。お目覚めになったこと、皆様にお伝えしなければ。」
そう言うと、アンナは慌ただしく部屋を出て行った。
(そういえば階段から落ちたこと、あったわね。)
あれは何年前だったか……確か王太子との婚約が正式に決まる前だった。
(ということは、私が死ぬ4年前……13歳の時まで時を戻ってきたってこと?)
そういえばアンナも心なしか若かった気がする。
非現実的だけど、そう考えると辻褄が合う。
———4年前、転落事故があった日のことはよく覚えている。
その日私は私の部屋でリリーとお茶を楽しんでいた。
そしてお茶会後、帰るリリーを見送る為に連れ立って玄関ホールへと向かう途中の階段で、急にフラッと眩暈がして、バランスを崩してそのまま転げ落ちたのだ。
(…………リリー……。)
死ぬ間際のリリーとのやり取りを思い出して、激しい怒りに胸がムカムカしてくる。
(今思えば、階段から転げ落ちたのもリリーの仕業だったんじゃ……。)
そう疑ってしまうのも当然で。
いつからリリーは私を陥れようとしていたのだろう?
令嬢がひとりで計画実行できないだろうし、毒も簡単に入手できるはずはない。必ず協力者がいるはずで、普通に考えてリリーの実家であるコートニー侯爵家が主導していたと考えるのが自然だろう。
コンコン
ドアがノックされる。
身体をゆっくりと起こしてから、「どうぞ。」と返事した。
ガチャっとドアが開いて入ってきたのは、義兄のクリストファーだった。
(え……、どうしてお義兄様が。)
一度目の人生ではこの時、義兄は部屋に来なかったはず。
(巻き戻り……というわけじゃないのかしら……?)
混乱してるうちに、義兄がベッドの近くまでやって来た。
私の様子を確認するように視線を巡らせる彼を、じっと見つめる。
艶のある黒髪に、黄金の瞳。社交界の花だったという実の母親譲りの圧倒的な美貌をもつ彼は、表情を滅多に変えない為、どこか冷たい雰囲気を纏っていて近寄りがたい印象を与える。
その印象通り、「家族になるんだから仲良くなりたい!」と思って頑張って話しかけては冷たい目で短く「あぁ。」とか「わかった。」とか必要最低限のことしか返して貰えなかったことを思い出して、心の中で苦笑いする。
(お義兄様、顔が綺麗なだけに真顔だと圧があって怖かったのよね。)
けれども改めて出会った16歳の彼は、まだ幼くてあどけなさが残っている気がする。彼が口を開いた。
「目立った傷はないようだな。痛みはないか?」
「はい、ありません。」
「そうか。良かった。」
クリストファーの表情は変わらない。でもそう言った声色には安堵の色がはっきりと滲み出ていた。
(心配……してくれてたのね。)
「……ご心配をおかけして申し訳ありません。気にかけて下さって、ありがとうございます。」
「家族なのだから、当たり前だ。お前が謝ることも礼を言う必要もない。」
真っ直ぐと私の目を見つめて、彼はそう言った。
素っ気ない態度を取られるのは家族と認められず、好かれていないからだと思っていたのに。
(…………嬉しい。)
自然と溢れた笑みを携え彼を見ると、彼の目もとも少し綻んだ気がした。
ガチャッ
「ジュリエッタ……!!!」
あたたかな空気が流れたその時、ノックもなく扉が勢いよく開かれて、義父と母が部屋に飛び込んできた。
「ジュリエッタ……!良かった…………!!」
涙声の母に、ぎゅうっと抱きしめられる。
「お母様……。」
母も生きている。そのことに胸がいっぱいになって、ぎゅうっと私も抱きしめ返した。そんな私たちを義父は何も言わないけれど、嬉しそうに微笑んで見守っている。その隣には心なしか穏やかな表情のクリストファーも。
(…………みんな、私のとても大切な人。)
だから、今度は絶対に死なせたりしない。
母を抱きしめる手に力を込める。
(…………リリー、あなたを許さない。)
一度目の人生では私は世間知らずで、人を疑うとも知らなくて。
きっとリリーからすれば操りやすいバカな令嬢だっただろう。そのせいで、こんなに私を愛して大切にしてくれていた家族までも不幸にしてしまったことは悔やんでも悔やみきれない。
(けれど……今度はそうはさせないわ。)
リリー、今度はあなたに地獄を見せてあげる。




