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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第二十八話  背けていた現実

どのくらい眠っていたんだろう。

部屋は灯りがなく真っ暗で、耳鳴りがしそうなほど静かだった。


私はもそもそとベッドから起き上がり、机の上の水差しからコップに水を注いだ。


涙が止められず、泣きながら眠ったせいか目が重い。

そのせいなのか、頭に鈍い痛みが走る。


(仮病だったのに、本当に調子悪いや……)


私は水を一口含んだ。

冷たい水に刺激されたのか、また目からは涙が溢れてくる。


きっと、ずっと目を逸らしてた。

自分が消耗品だっていうことに。

健康に気をつければ長生きできるわけじゃない。

当たり前に歳を取ることもできないのに、これからどうしていけばいいんだろう。



考えながらも、涙はしつこく流れ続ける。

私は拭うのをやめ、そのまま涙を好きにさせた。


(見ないふりしてた結果かな)


止まらない涙が、自分の心の奥底に隠していた弱さなんだと思った。

毎日一所懸命過ごすことで、いつかは気にならなくなるかもしれないって思っていたのに。



私はそのまま床にしゃがみ込んだ。

冷たい床で、膝を抱えて。



子どもたちと眠るのが好きだった。

みんなで寝るのに、いつもラファエルさんと壁の間で眠ってた。

ラファエルさんが子どもたちの方を向いて寝るから、私には背中を向けることが多かった。

それでも、その背中を見つめているうちに安心してきて、ゆっくりと瞼が落ちていって、ラファエルさんの背中にこっそり頭をくっつけて眠る。


守られている気がしていたし、安心感もあった。

生き残る手段としての継承権だったラファエルさんは、道具を選ぶ気が無かった。

ラファエルさんにとって、私は扱いに困る存在だったはずなのに。

ずっとそばに居させてくれた。


「もう九年、なのか、まだ九年なのか……」

床に向けてこぼした気持ち。

返事は無いはずだった。



「……ここへ来て、二人で初めて子どもたちの親のような存在になり、育児にぶつかって……あっという間だったな」


扉の向こうから、ラファエルさんの声がした。


私は膝をついたまま声のした場所へにじり寄ると、扉はしっかりと施錠されていた。

背の高いラファエルさんの声が、私と同じように低い位置から聞こえる。

彼はいつからそこに居たんだろう。


「ラファエルさん、そんな場所で何してるんですか」


「お前が水を飲んでいる感覚がしたから、ここに居た」


声の方角はどうやら廊下に向けられている。

多分扉に背を預け、床に座っているらしい。


「感覚で気づくって、凄いですね」

私もラファエルさんと同じように、扉に背を当て、しゃがみ込む。


冷たい扉越しで話す。

そこまでが今の限界だった。


「扉を開けようとは思わなかったんですか?」


「いや、一人になりたい時もあるだろう」


「ラファエルさんも、あったんですか?」


「あの父の下で生き延びるために、自分以外の全てを信じなかった程度には」


平然とした顔立ち言っているんだろうと思った。

私もラファエルさんみたいに、平気なフリをして言ってみた。


「ネレイナがね、とうとう私と同じ年齢ですよ。ネレイナは大きくて、しっかりしてて、子どもたちみんなを見ていてくれて……」


言葉につまる。

ラファエルさんは、静かだった。

でも多分、聞いていてくれる。


「……私一人、何も変わらないし、できていないなって。……ずっと17歳のまま、家事は少しできるようになったけど……それだけしか、できなくて」


言葉に嗚咽が混ざる。

心を声に出してしまうと、弱音ですら自分自身に突き刺さる。


(ちゃんと一緒に喜びたかった。大切な一番最初に出会えた子どもなのに)


私は泣き声をラファエルさんに悟られないよう、手で口を抑えた。

ラファエルさんは、私の涙が少しおさまるまで沈黙していた。


そして「茜」と私の名前を呼んだ。


「お前は、子どもたちの笑顔を立派に守っている」


「そんなの、普通じゃないですか」

誰でもできる事。

それに、あの子たちはしっかりしてるから、私が居なくてもこの場所で立派に育っていたはず。


私のそんな捻くれた感情が届いてしまったのか、ラファエルさんは言葉を続けた。


「お前は、寄り添うのがうまい」


「……そんなの」


反論しようとした私の声を、ラファエルさんの穏やかな声が遮る。


「死にかけていたネレイナが健康に笑えている。親を亡くしたトトが大人に甘えられる。……後から教会来たアシュレイやローレンツ、ピノとノワールたちが、家族という群れを大切にして、未来を前向きに考えられることも、お前が穏やかに寄り添い続けたからだ」


扉の向こうで、ラファエルさんが息を吐く音が聞こえた。

彼はこんなに長く言葉を喋ることはなかった。

いつも短くて、言葉が足らなくて。

それなのに、私のために一所懸命言葉を選んでくれているんだろう。

私は扉から背を離し、くるりと向き直すと、そのまま扉に額をつけた。


「酷い顔してるから、扉は開けられません」


その言葉に、ラファエルさんの「ふっ」と笑う声が聞こえた。


「茜がいつも『お帰り』と迎えてくれる。それが当たり前になっていた」


「……」


「お前は、教会でーー帰る場所を守っていてくれた」


「…………」


「俺にできることはあるか?」


その言葉が優しくて、私は甘えた。


「今はぼろぼろだから顔見せられないですけど、元気になったらちょっとだけ『ぎゅっ』てしてください」


(こんなに優しい人の道具で良かった)


心からそう思えた。



ただ、翌朝みんなの前で突然「ぎゅっ」とされたせいで、子どもたち全員にもぎゅうぎゅうと締められる結果になった。


抱きしめられながら、みんなの泣き顔を久しぶりに見ることになったけど、私は胸が一杯になった。

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