第二十九話 熊、捕獲
誕生日を迎えたばかりのネレイナが意気揚々と戻ってきたのは、昼食の準備に取り掛かりはじめたころの事だった。
教会の扉が勢いよく開かれた。
ネレイナは鼻息荒く私のもとへと走ってくる。
……いつもと違う様子は沢山あったけれど、何よりも違和感があったのは左手だった。
その手の先には、クラウスさんの手がしっかりと握られていた。
私はおかえりなさいと声をかける前に、戸惑う様子で笑顔を浮かべるクラウスさんに話しかけた。
「久しぶりだね、クラウスさん。元気……だった、かな?」
クラウスさんは姿勢を直し「お久しぶりです」と返してくれた。
その横で得意げに胸を張っているネレイナに、気になっていることを尋ねた。
「ところでネレイナ、クラウスさんを無理やり捕まえてきたの?」
「うん! 強い相手は奪われる前に捕まえないと取られちゃうからね」
その笑顔は、子どもの頃に大きなミミズを捕まえた時のように誇らしげだった。
とりあえず二人に椅子に座る事をすすめ、頭を落ち着かせようと自分の分もお茶を淹れる。
二人にお茶を差し出しながら、何があったのかをクラウスさんに質問した。
「クラウスさん、どういう流れでこうなったのか、教えてもらえるかな?」
ネレイナが口にした「奪われる前に捕まえる」という物騒な言葉にはらはらする。
本人の同意を得ず攫ってきてしまったのだろうか。
その場合、ステフさんやフレイアちゃんにどう謝罪すればいいのか。
私の頭は真っ白だった。
クラウスさんは、ネレイナをちらと見て私に説明してくれた。
「いつものようにこの町に行商に立ち寄ったのですが、町を散策しているネレイナとラファエルさんに会いまして……」
クラウスさん自身もまだ混乱している様子で、たどたどしく状況を説明していく。
頭の中でイメージしながら私は続きを促す。
「僕を見たネレイナが、ラファエルさんに『決めた! クラウスさんと番になる』と宣言し……」
告白も全部飛ばしたネレイナの勢いがネレイナらしくて、私は頭を抱えた。
「……それで?」
続きを聞くのが不安になった。
(それでも、聞かないわけにはいかないから)
「ラファエルさんが、ネレイナが決めたなら良いと言った直後に腕を引かれてここまできました」
「誘拐かな!?」
私は思わずツッコミを入れた。
私の言葉に、ネレイナはけらけらと笑っている。
「誘拐なんてしてないよ。クラウスさんだって、逃げずに着いてきたから大丈夫!」
(自分の知ってるプロポーズと全く違うんだけど!?)
漫画やドラマで観たプロポーズは、もっと感動的なものだった気がするのに。
逃げる選択肢を与えた結果、手を離さなかったから成立……するの?
戸惑うクラウスさんには何のお構いもできずに申し訳ないけれど、私は一人頭を抱えていた。
そんな時、昼食を食べるためにみんなが帰ってきた。
「ただいまー! お客連れてきた」
「ただいま、茜。町にステフさんとフレイアがいたから一緒に来たよ」
ローレンツとアシュレイが二人を連れてきてくれた。
行商に来るたび、彼らはここに泊まってくれる。
届けてくれる蜂蜜以上に、旅の話が楽しかった。
ーーが!
「ステフさん、すみません! うちのネレイナが……」
私は土下座する勢いで頭を下げた。
ところが、ステフさんもフレイアも平然としている。
「あぁ、目の前で見ていたから謝罪は不要です。それに、我々獣人は基本的に雌が雄を選ぶんです、だから本人が拒否しないのであれば問題ないでしょう」
ステフさんはおおらかに笑う。
「兄貴は強いけど、ネレイナと番うなら私は問題ないよ」
フレイアは長年のライバルとしてネレイナを認めてくれているらしい。
私はクラウスさんに視線を向けた。
私をみたクラウスさんは、小さく頷いた。
「さすがに恋も何もかも飛ばしたから驚いたけど、知らない相手ではないし、ネレイナなら家族という群れを守れる気がするから拒否する気はないです」
クラウスさんの器の大きさに驚いた。
ローレンツはそんなクラウスさんの背中を叩きお祝いしている。
ただ、アシュレイは笑うと同じで混乱している様子だった。
「茜、僕の考えがおかしいのかもしれないけど……告白して恋人になるのが先じゃないのかな」
「気が合うね、私も同じこと考えてたよ。『お付き合いしてください』ってセリフから新しい関係が始まるんだと思ってたからさ……」
地球人の考えかと思っていたけど、アシュレイも恋人関係になることが先だと思っていたらしく、種族によって価値観が異なる事を私は学んだ。
「ただいまー! なんか賑やかだね」
ピノとノワール、そしてトトとラファエルさんも帰ってきた。
ラファエルさんがこの状態を察したのか、クラウスさんに向けて「ネレイナを頼む」と言った。
その言葉で、ピノとノワールは素早く察したのか「ネレイナ、結婚するの!?」とか「おめでとう!」と即座に受け入れていた。
(私の頭が固いのかなぁ……)
早くも幸せを歓迎するムードに置いて行かれてしまった気がするけど、みんなに満面の笑みで説明するネレイナはとても輝いてみえた。
アシュレイと私は顔を見合わせ「幸せなら、いいのかな」と互いに納得することにした。




