第二十四話 新たな伯父③
今夜はみんなで寝る。
そう宣言した子どもたちは、順番を決めるのに忙しい。
大きくなってからは男女別の子ども部屋で眠っていたから、私もラファエルさんもこのところはそれぞれの部屋で休むようになっていた。
(みんなで雑魚寝していたのが、ついこの間みたい)
私はみんなの寝相を思い出していた。
誰が誰の隣で寝るかを決めるのに、毎晩楽しかったっけ。
今夜はお客様であるシグルドさんもいるから、雑魚寝に混ざりたいだなんて言えない。
ラファエルさんとは、なんとなく出会った頃の立場上、一緒に寝ても許される相手だと思ってる。
だけど、そのお兄さんであるシグルドさんとなると、流石に常識的に考えたらダメなんじゃないかな……そんな事を考え悶々としていた。
「茜は私の隣ね!」
ピノに手を掴まれた。
(……つまり、ピノを真ん中にして、シグルドさんと挟んで川の字状態!?)
並び順は、シグルドさんの反対隣がノワール、その横がトト。
トトの隣がローレンツとアシュレイで、ラファエルさんを挟んで壁際がネレイナ、という並びに決定したらしい。
(九人で寝るってことは、川が三本になるから……いいのかな?)
考えてもよく分からなかったし、ラファエルさんどころかシグルドさんも気にしていない様子だったから、私も雑魚寝に混ざる事になった。
久しぶりにお布団を敷き詰める。
広くない部屋に隙間なく敷かれた布団に、シグルドさんは「狭いな」と呟いた。
確かに、市橋さんや横山さんとみんなでお邪魔したシグルドさんの塔は広かった。
食堂でさえ、この部屋の何倍もある。
「子どもたちの寝相に気をつけてくださいね」
シグルドさんに小さな声で伝えた。
そんな私のアドバイスを聞いていた隣のラファエルさんは、すっと目を逸らしていた。
お布団にみんなで並んで入ると、久しぶりの距離感と体温に思わず笑みが浮かぶ。
「茜っ、嬉しい?」
隣のピノが囁いた。
「懐かしくて、楽しいよ」
私の言葉に、ネレイナは満足そうに目を細めた。
シグルドさんは、ピノとノワールにぴったりくっつかれているから、仰向けのまま微動だにしていない。
「さぁ、みんな! 寝るよー」
私は頭元にある蝋燭の火を吹き消した。
暗くなった部屋に、ごそごそと懐かしい音がする。
しばらくその音に耳を澄ませていたけれど、ひとつ、またひとつと寝息が増えるたび、私もうとうとし始めた。
繋いだピノの手から力が抜けた頃には、多分眠りについたのだと思う。
+ + +
狭い部屋で九人で眠る。
シグルドの人生には一度も無かった経験だった。
せいぜい一夜限りの情事の後、広いベッドの上で僅かな時間を共有することはあったくらいか。
(こんな事になるとは思わなかった)
シグルドは身体に張り付くように眠るピノとノワールのおかげで身動きが取れなかった。
わざわざ広げた腕の中で寝るのだから、腕を動かすことすらできない。
視線を隣に動かすと、義弟であるラファエルと暮らす茜が寝息を立てている。
「お前は、茜が俺に近いこの状況を何とも思わないのか?」
子ども数人挟んだ場所から、ラファエルが小さな声で答えた。
「部屋の広さと子どもたちの希望を叶えた結果がこれだ」
「……そうか、お前がよければ、問題はないな」
二人が会話を終えると、小さな寝息がいくつも聞こえる。
シグルドは目を閉じ、感覚を張り巡らせた。
結界も張られていない無防備な部屋。
教会の入り口に鍵はあるが、全ての侵入者を防げるほどのものではない。
それでも、この部屋の子どもは安心しきった顔で寝息を立てていた。
「……穏やか、だな」
シグルドはポツリと呟いた。
幼い頃から、一度も夜に穏やかさを感じたことなど無かった。
夜の闇は、欲望を露わにする。
寝息の広がるこの空間が、信じられないほど平和なものに感じた。
「兄上、気を緩めるな」
ラファエルの短い言葉からは、緊張感が感じられた。
しかし、周囲に悪意を感じるものなど何ひとつない。
「何かあるのか」
あるのならば警戒しなくては、シグルドはラファエルに尋ねた。
ラファエルは気配を殺し、ローレンツの隣に眠るアシュレイを、起こさないようネレイナの奥へと動かした。
そして、何故かこちらに背を向ける。
「そろそろ始まる」
その直後、ローレンツが寝返りを打った。
トトの足元を器用にくぐるように、シグルドの足まで転がってきた。
シグルドはローレンツの気配を探ったが、一定の呼吸を繰り返している。
「……寝ている?」
「油断するな」
ラファエルがシグルドを振り向かず、警告を発した。
(……油断?)
聞き返すままなく、茜が動いた。
綺麗なニ回転だった。
ピノに乗り上げている。
シグルドは、片腕をそっと動かし、ピノから茜を引き剥がした。
それが気に入らなかったのか、茜が布団に対して真横に寝返りを打った。
両足はシグルドの腹に乗っている。
「……なんだこれは」
シグルドは混乱した。
眠っている相手がこれほどまでに寝返りを打った経験が無かったからだ。
かと思えば、そんな茜に平行に並ぶようにローレンツが転がった。
そこからは熾烈な争いだった。
茜の足と、ローレンツの足が、容赦なく蹴り合っている。
最終的には茜の足がローレンツを絡め取った。
そのせいか、ローレンツの寝顔は眉間に皺が寄り、うなされている。
どうしたものかと悩んでいると、小さなものがもそもそと胸の上に乗ってきて丸くなる。
トトだった。
シグルドは自分の置かれた状況に混乱した。
(この状況をどう打破すべきか)
悩んでいるうちに、茜がローレンツを足で挟んだままもぞもぞと動き寝言を言った。
「まくら……枕が、ない」
その言葉が終わると、茜はむくりと身体を起こし、シグルドの腹に勢いよく倒れ込んだ。
「うっ!」
頭の重さに思わず唸った。
「兄上、腹の力を抜くな」
夜の寝室にあるまじきアドバイスだった。
「お前は、いつもコレに耐えていたのか……」
「明け方には動かなくなる、耐えろ」
その言葉通り、夜の闇が僅かに白み始めた頃、ようやく全ての動きが落ち着いた。
ラファエルが布団から起き上がり、子どもを一人ずつ最初の定位置に戻し始めた。
動かされているというのに、誰一人目を覚さない。
シグルドはそんなラファエルを眺めていた。
シグルドの胸の上のトト、そして茜の足に捕まったままのローレンツを戻すと、茜をそっと抱えあげた。
ラファエルは、茜をゆっくり寝かしつける。
その表情は穏やかだった。
(その顔に気づいているのか)
愛しいものを見るその眼差しに、思わず訊いた。
「茜は、どんな状況だ」
ラファエルはその質問の意図を的確に理解した。
「……循環する事で補ってはいる。だが、入る量は減った」
その言葉に、シグルドは「そうか」と短く答えた。
起こさないよう整えられた寝相。
顔を動かせば、茜の幸せそうな寝顔が見えた。
(せめて、この時間が長く続けばいい)
ラファエルは、ネレイナとアシュレイの間に身体を横たえた。
「兄上、朝まで一刻は眠れる。今のうちに休め」
その言葉に、シグルドは苦笑しながら瞳を閉じた。




